変則戦闘編 4
「ごめんなさい! 本当に、本っ当にごめんなさいっ!!」
頭に血の上ったナオが、投擲によりリタを巻き込みかけた。間一髪でリタは回避したが、一つ間違えれば取り返しのつかない事態になっていた。
正座し頭を下げて謝るナオ。土下座ではないのは、文化の違いだろうか?
「一番冷静でいなければいけないナオが、何やっているですか!」
「あの槍は攻撃範囲が広いんだから、ちゃんと回り見ないと駄目だよ。最初に使った時に気を付けようって言ったよね?」
「……弁解の余地もございません」
ああこれは、私はナオが折れないように安全地帯として存在してやらなければいけないな。残りの一人、エリスには干渉しない事を先に約束させておいてある。ナオは涙こそ流してはいないが、その寸前で堪えている様子。
「最近のナオ、なんかおかしいですよ? 本当にどうしたですか?」
「……」
黙して語らず。
「とりあえずお前達はカフェの手伝いもあるんだからな、さっさと仲直りしておけ」
手の掛かる子供達だ事。と思ってたら、ナオが口を開いた。
「ごめんなさい。もうこの際だから全て吐き出したい……んだけど……」
言いよどんだ。という事は、あまりいい話ではないのだろうな。
「わたしは全部話したよ。嫌われる事も覚悟で全部」
「リタも思っていた不満は全て吐き出したですよ」
「……ぼくも知っている事は話してるよ」
三人が見事に話を催促している。ナオの顔は見る見る眉間にしわが寄っていき、お怒りの表情。しかしこれは我々にではなく、自分自身への怒りだろうな。
「……ぃ」
うん? 声が小さくてよく聞こえなかった。
「……恥ずかしい」
その一言とともに、ナオの感情が大噴火。
「私は! 私自身が恥ずかしいのよ! もうこの際だから全部ぶちまけるわ。どうなったって知った事じゃない」
次の問題児はナオという事か。ナオは立ち上がり、大きな身振り手振りを加えて激昂。
「私はね、未だにあんた達を心のどこかで下に見てるのよ! だから……だからあんた達にだけは負けたくない! サイキの強引な手段で掴んだ力には負けたくない! 一般人のリタに戦力で並ばれるなんて嫌! 追い越されるだなんて絶対に嫌!! 負けたくないし、負けを認めたくない! 私の、第三槍撃部隊一番槍としてのプライドがそれを認めたくないのよ! ……だから、焦っているのよ。焦っている自分が恥ずかしいのよ! 仲間の実力をプライドの一つで否定するだなんて、あんた達を侮辱しているも同じ! そんな自分が嫌なのよ!!」
ナオのこの言葉に、私は驚く事はなく、むしろやはりな、という答えが先に出た。真面目で実力主義者のナオが、三人の中で一番兵士らしい背景を持つナオが、方向性の違う二人の力を認められないのも仕方がない。そう納得すらしている。
そして私のこの納得は、侮辱を受けたはずの二人も同じだったようだ。
「なあんだ、やっぱりそうなんだ。よかったあ、もっととんでもない事を言われるかと思ってた」
「ナオがそう思っているだろう事は想像出来ていたですからね。今更驚きもしないですよ」
この二人の反応に、ナオは肩透かしを食らったようで唖然としている。
「……え? いや、あのね、私は二人を心の中では見下し侮辱しているようなものなのよ? 何でそんな薄い反応なのよ? 何で怒らないのよ!?」
「だって」「ねえー」
と二人とも声を合わせている。
頭の回転が止まってしまっている様子のナオに、サイキがその理由を説明した。
「今まで色々あって、皆それぞれの性格や考え方は分かっているよね? だからわたしもリタも、ナオがそういう気持ちをどこかで持っているんだろうなって思っていたんだ」
「……とっくに読まれていたっていう事?」
「うん、そういう事。それにね、わたしの中身を知ったら、純粋に実力で生き残った兵士ならばナオじゃなくても反発はあるだろうし、一般人のリタに力で並ばれるのは、わたしだって嫌だもん。それは第一線で戦ってきた人ならば誰もが持つ、当然の感覚だよ」
サイキの表情は怒るどころか、むしろ笑いかけるほどである。次にリタの視点でも同様に語られる、
「リタは一般人なので感覚は違うですが、サイキの装備は、人がせっかく手書きで計算している横で電卓を使われるようなものですし、心血注いだ武器開発を素人に追い抜かれるだなんて絶対に嫌ですよ。立場は違えども、ナオの感覚はリタにも分かるです。リタは技術者としての実力ならば、ナオの兵士としての実力と比較しても、勝るとも劣らない自信があるですよ」
こちらは怒るというよりも、むしろナオのプライドを脅かせた事に満足といった感じ。
ナオは二人の言葉を聞き、すっかり力が抜けてうな垂れている。
「……何それ。私が勝手に空回りしていただけじゃない。違う意味で恥ずかしいじゃないのよ」
抑揚のない棒読み。これは相当に落ち込んでいるな。
「私はね、最低だ何だと、もう顔も見たくないと言われる覚悟だったのよ。それが何よ、まるで茶番じゃない。馬鹿馬鹿しい……」
そしてようやく顔を上げ、そのまま天を仰いだ。瞬きをすると、頬を涙が伝った。
「あー何て愚かで馬鹿馬鹿しいんでしょ。本当、嫌になるくらいの馬鹿さ加減。ほとほと呆れ返るわ。……この中で一番哀れなの私じゃないのよ、全く」
深呼吸とも溜め息とも取れる動作をし、改めてサイキとリタの顔を睨むナオ。
「認められたいのならばそれだけの努力をしなさい!」
と、見事な捨て台詞を残し、そのまま部屋へと戻って行った。
「はっはっはっ、ナオらしいな」
「うん」「全くです」
これはもっと頑張れという意味の他にも、本当は二人の実力、努力を認めたいという意味も含まれている。つまり自分の気持ちに整理がつくまで、待っていてほしいという事。それを直接言えない事こそが、第三槍撃部隊の一番槍であるナオのプライドなのだろうな。
「ねえ工藤さん、工藤さんだったらもしもわたし達から侮辱を受けたら、どうしますか?」
「娘から侮辱されても痛くも痒くもないし、そもそもお前達はいわれのない侮辱を人にするような性格じゃないから想像出来ないな。それに例え司令官失格だとか父親失格だとか大人失格だとか言われても、心当たりがあるから侮辱じゃないからな」
「えーそれってどうなの?」
と笑いながら言われてしまった。なるほど、これぞ侮辱だな。
改めて昼食を作り、完成したタイミングで丁度青柳が来た。予想していた事なので昼食は多めに作っていた。結局は普通のものになったが、まあ全員美味しそうに食べるのでいいか。ナオは先ほどの事もあり、未だに少し恥ずかしそうであるが、他の三人が一切気にしていない様子なので、これまた肩透かし感がある。
青柳も雰囲気がおかしい事に気付いているが、特にエリスの動向を見て問題ではないと判断した様子。
食後に青柳からいつもの戦果報告だが、今回は深紅が三体に赤鬼が一体。被害が大きそうだ。
「いえ、軽傷者三名だけです。あまり人のいない時間と場所だったのと、特に西側でのサイキさんの判断が良かったようです。迅速に到着し、囮になり敵を一手に引き付け、そして素早い殲滅。これによって西側での被害はゼロに抑えられましたから」
「やった」
と小さく喜ぶサイキ。
「……ちなみにですが、何かありましたか?」
やはり確認しに来たか。さてどう言おうかな、と思っていると、ナオ自身が説明に入った。
「無駄なプライドが邪魔をして、自己嫌悪に陥っていただけよ。もう話は終わってますから、問題はありません」
そんなナオをじっと見つめる青柳。ナオは恥ずかしそうである。
「な、なによ……」
「いえ、ナオさんもようやく自然体になったなと」
「じゃあ今までは何だって言うのよ?」
「今までは……例えるならばハイヒールを履いていたようなものですね。今は肩の力が抜けたというか、背伸びをしていないように見受けられます」
我々四人は思わず頷いてしまった。
「……ふふっ、あっはっはっ!」
大きく笑うナオ。笑い終わると、少し寂しそうになった。
「……うん、大正解よ。私はずっとハーフである事を疎まれていましたからね。だからこそ純粋な実力こそが全て。マイナスからのスタートである私はね、実力があって当然と思われてようやく人と同じスタートラインに立てるの。そしてそこから勝ちを奪うためには、認識をひっくり返すためには、背伸びをしていないとやっていけないのよ。……あんた達相手には不必要な背伸びだったけれども」
そして大きく溜め息を吐き、私に目を合わせた。
「でも帰れば私はまた元に戻るわよ。それが私が生まれながらに背負っている宿命ですからね。そしてそれは工藤さんにも否定させないわ」
つまりはこの話はもう終わり。ただし変わるのは今だけという事だな。宿命と言われてしまっては文句は言えない。そもそも文句を言う気もないのだが。
後は愛車で三人をカフェまで送り、エリスと一緒に商店街を散歩という普段通りの一日。
夕食後に四人に明日の予定を伝えておく。
「明日は金辺市に行くぞ。それから、もしかしたらだが、一泊二日の小旅行として更に遠い街まで行くかもしれない。天気は両日晴天だし、菊山神社にも諸々の話はしてある。安心して出かけられるぞ」
「という事は、ようやくリタの出番ですね。張り切るですよ」
「ははは。そうだな、いままでで一番の見せ場かもしれないな。ただし俺もどうなるかは分からんし、自衛隊とはいえ軍事機関だ。しっかりわきまえて行動するようにな」
「はい」
三人とエリスも一緒に返事をした所で解散。おそらくは、この週末が過ぎればリタはもう一度帰りたいと言い出すはずだ。そして、明日からの駐屯地訪問の内容如何では、彼女達の作戦が終了する可能性もある。
先週の渡辺との話で、心のどこかでは、帰すのではなく奪われるという感覚であったのを自覚し、その考えを改めた私。今ならば、笑顔で彼女達を送り帰す事が出来るだろう。




