水上戦闘編 20
日曜日は雨なのだが、朝の九時からナオの友達、木村中山コンビが来た。
「おっはようございまーす」「お邪魔します」
「おういらっしゃい。今日はリタが出払っていて、サイキも後で剣道場に稽古に行くから、ナオとエリスだけだよ」
「あ、じゃあこの天気だと本当にお邪魔でしたね」
「いやいや、全く構わないよ。むしろ賑やかなほうがいいってもんだ」
こうして人数は同じ四人の子供達はのんびりとしていた。
「あ、そろそろ十時だよ。おねえちゃんたち準備!」
エリスが一番に時間に気付いた。
「えーなになにー?」
「十時にリタが帰ってくるから、そのためにね」
不思議そうな顔になる友達二人。
「情報収集でもしているんじゃないの?」
「いいえ、私達の世界に戻っているのよ。それで十時に帰ってくる予定だから、その道を示してあげる必要があるの。それを私とサイキでやるのよ」
という事で庭に出てビーコンを打つ準備に入る。
「今度はきっとナオが出てきた所だろうな。サイキ、ビーコンを打ったらリタを迎えに行ってくれ」
「うん、分かった。でも外れたらどうしよう。あはは」
随分と余裕のある笑みだ。すると青柳も到着。
「ギリギリ間に合いましたね。念の為に監視させていただきます」
「いつもすまんな」
青柳には昨日の時点で話は通してあり、昨日の襲撃も含めてリタが帰ってきてから話をするという事になっている。
「それじゃあビーコンを打つわね」
そう言い数秒の沈黙。何故か我々まで緊張し無言になってしまう。
「……よし、そうしたらわたしは予定場所で待機しています」
飛び立つサイキを見送り、こちらは居間へ。それから二分ほどでナオが反応した。
「おっ、帰ってきたわよ。やっぱり場所は予想通りみたいね」
居間の窓から外を眺めていると、遠くに赤と緑の光を確認。この組み合わせだとカップ麺みたいだな。
「リタ戻りましたです。あれ? 二人も来ていたですね」
「おかえりー」「お帰りリタちゃん。お邪魔しています」
やはり我々の顔を見ると、安心したような表情になった。安心したついでか、まぶたがいかにも重そうだ。
「ははは、眠そうだぞ」
「うん。ちょっと仮眠したいです。話はその後でもいいですか?」
青柳に確認してみると、問題ないとの事。我々に大あくびを披露し、部屋へと戻っていくリタ。
「あいつ、また徹夜で作業していたんだな」
「仕方ないわよ。それがあの子に出来る最大限の努力の方法ですからね」
私もそれは理解しているつもりなので、それに対して文句を言う事はない。それに私がわざわざ言わなくても、リタ自身が既に、自分がどこで無理をすればいいのか、というのを理解しているのだ。
リタが無事帰ってきたので、次はサイキを剣道場へと送り出す。と、青柳が送迎を買って出た。
「雨ですからね。それにたまには私も子供と一対一で話がしてみたいので」
「おっと、これはサイキ、責任重大だぞ?」
「あはは。でもわたしも青柳さんと話をしたかった事があるから、丁度いいかな」
うん? そちらのほうが気になるぞ。しかし私にはそれを言わないだろう事は分かるので、素直に送り出した。後で青柳に聞くという手もあるからな。
あとはリタが起きるまでのんびりと過ごすだけだ。エリスは木村中山コンビとも対等に話しており、二人もそれを受け入れている。面白いのが、中山のボケに木村がツッコミを入れるより先にエリスがツッコんでいる所。やはり頭の回転という意味ではエリスはかなり優秀だ。唯一頑固な所さえどうにかなればいいのだが。
正午を回り、さて昼飯の準備をしようかという所で、ようやく青柳が帰ってきた。
「ついでなので買い物をしていました」
「というわりには袋がないぞ?」
「いえ、自分用なので」
なんだ。まあ青柳も料理の出来る男なので、不思議ではないな。
昼飯を食べ終わり、サイキも帰宅。後はリタが起きるのを待つだけ……と思っていた矢先、襲撃だ。
「えーっと、小型が八体だからリタは起こさなくてもいいかな。わたしとナオだけで対処出来ます。それじゃあ行ってきますね」
隣に青柳がおり、しかも木村中山コンビもいる状況。さてとパソコンを持ってきたのだが、この戦闘は本当に特に見所は何もなく、そして被害も一切なく終わったのだった。
「もう小型種であれば、黒でなければ相手にもなりませんね」
「それでも一気に百や二百来たらどうしようってなるだろうけれどな」
と言っていると、遂にリタが起きてきた。
「ふわあぁーぁ。おはようです。……二人はどこ行ったですか?」
「ははは、戦闘があって出てるよ。もうそろそろ帰って……きたぞ」
丁度いいタイミングで二人も帰ってきた。これで全員と、ついでに木村中山コンビも揃った。
「あ、私達お邪魔かな?」
「ううん、いても大丈夫ですよ。聞かれたくないほど重要な話は、そもそもないです」
という事でついでに友達二人も交えての報告会。
「まずはこちらだ。……何もない。実質半日程度だからな。以上」
「だと思ったです。でも安心したです」
小さく微笑むリタ。やはりリタの笑顔は可愛い。
「えっと、それじゃあリタからです。まずリタの種族が射撃に向いている可能性があるという話を通したです。でも今の銃撃部隊は全て合わせても千人以下なので、リタと同じ種族は一人もいなかったですよ。なので確証が取れなかったです。それから水鏡岩の調査けっ……」
中途半端な所で、突然リタが固まった。
「……えーっと、えっと……ぶ、分析は、ま、まだ、です」
もうあまりにもあからさま過ぎて呆れてしまう。そしてこういう場面に強いのが中山だ。
「ねーねーリタちゃん。水鏡岩って菊山神社のでしょ? 私知ってるー。でもあれを調査してまずい事でもあるのー?」
「いや、まずいとかでは、えっと、なんと言うか、その……」
脂汗が出まくりのリタ。漫画的表現にするならば、床に水溜りが出来るのであろうな。仕方がない、ここは一番避けられている私が助け舟を出そう。
「分析結果次第では今後の作戦が変わるかもしれないから、大っぴらにどうこうとは言えないんだろ?」
「あ、うん。そういう事、です。あはは……」
こりゃ駄目だな。
「あの、一つよろしいでしょうか? もしかして昨日起こった、晴れの襲撃と何か関係があるのでしょうか?」
青柳が小さく手を挙げた。そしてその予想は当たりだ。
「はい、そうです。菊山神社にある水鏡岩を調査中、試しに岩の側面を濡らして、雨天に似た状況を再現してみたですよ。そうしたら、ああなったです」
先ほどまでの苦笑いから一転、真剣な表情のリタ。切り替えが早いなあ。
「なるほど。つまり水鏡岩が濡れると侵略者が出てくると確定したと。その実験で晴天なのに襲撃があった、という事ですね?」
「そうです。……不安を抱かせてごめんなさいです」
しっかりと頭を下げ謝罪するリタ。
「いえ、状況は分かりましたので、謝る必要はありませんよ」
と言いつつ青柳はリタの頭をなでなで。青柳も随分と遠慮なく頭を撫でるようになったな。私に似てきたのか?
「次にプログラムの更新です。二人にはこれでおしまいです」
相変わらず綺麗なクリスタルを取り出し、二人は手をかざす。淡く光るクリスタルを見て、友達二人は「綺麗ー」と同時に感嘆の声を上げていた。
「今回は武器や装備の追加はないんだな」
「時間が時間だったですから。今回のプログラムも微修正だけなので、使っても実感が沸かないくらいの違いしかないです」
「へえ。……それで、二人”には”おしまい、という事は、まだ何かあるんだろ?」
するとリタは無言でエリスの腕を掴み。そのまま二階へと上がって行った。ああそうか。遂にエリスがあちらの世界に帰るための装備が出来たのだな。
それから十分ほど。二人降りてきたものの、見た目は何も変わらない、
「何があったんだ?」
「何もないよ」
どう考えても嘘なのだが、リタも何も言わない。これはもう、その日まで隠し通されてしまうと考えるべきだな。彼女達なりの優しさなのだろうが、既に気付いているこちらからしたら、切なさだけが積み重なってしまっている。
夕方になり、青柳が帰ると言うので友達二人も乗せて行ってもらう事に。上手い具合に青柳と私だけになる機会があったので、、サイキと何を話したのか聞いてみた。
「普通の世間話でしたよ。それと恋の進展を。やはり年頃のお嬢さんですから、そういう事には敏感なようですね」
「それ以外には何かないのか? これからの事とか」
「……例えあったとしても、刑事がそれを喋るとでも?」
「ははは、そうですかそうですか。分かりましたよーだ」
あえて冗談めかして拗ねてみせる。
単純に何もないと言うのではなく、回りくどい言い方をしたというのは、何かがあったのだが、私には言えないという青柳からの無言の暗示だろう。
「ちなみにですが、最近いびきがうるさいと……おっと、傷付くから言わないでほしいと頼まれていたのですが、口が滑ってしまいました」
なんという機密漏洩っ! ……いびきか。どうにもならない気がする。
青柳と木村中山コンビが帰り、いつも通りに戻った長月荘。
晩御飯を済ませると、リタはさっさと寝に行ってしまった。これは私を避けているのではなく、本当に眠いのだろう。
「不安?」
と珍しくサイキが聞いてきた。
「うーん……不満」
「……待ってて下さい。わたし達の出す答えを」
そう言われてしまっては、もう無理に聞く事など出来ないではないか。仕方がない。サイキの指示通り、待っていよう。




