水上戦闘編 19
土曜日はまず、青柳からの報告と、子供達からの報告。
青柳からは、被害ゼロだという話だけ。あっさりしたもので、昼に電話一本で終わった。
子供達からは、来週木曜金曜の二日間で、遂に学年末テストが開始されるというもの。今回はナオだけではなく、サイキもリタも気合が入っている。これは期待出来るかな。
サイキはいつも通りに相良剣道場へ。残り二人は早速テスト勉強といった所。
「工藤さん、菊山神社に行きたいです」
サイキが帰ってきて全員揃ったので、リタにこう催促された。先週の日曜日、彼女達が隣町で遊んでいた間に、私は神社に行き雨に関する情報を得ており、そしてそれをリタは確かめたいのだ。
「そうだな。一応神社に連絡を入れるから、先に準備を済ませなさい」
「了解です」
堰を切ったかのように部屋へと駆け戻るリタ。
神社に電話してみた所、二つ返事で「お待ちしております」との事。どうやら先方も子供達と会うのが楽しみの様子。リタの準備を待っていたのだが、中々降りて来ないのでサイキに様子を見に行ってもらった。
「……それで、勝算は?」
ナオだ。含んだ言い方でニヤリと笑いながら私を見てくる。
「勝算とは? 何とも勝負をしている気はないぞ?」
「ふーん、まあいいわ」
勿論その意味は分かっている。もしも菊山神社の水鏡岩が侵略者側のゲート開放と何らかの繋がりがある場合、それを調べる事で根本的な解決方法が発見出来るかもしれない。つまりこの場合の勝負とは、この情報を巡っての侵略者側との競争、という意味である。
「ちょっと色々積み込んでいたら遅くなったです。準備万全です!」
ふんすと鼻息荒くしたリタが来た。気合充分だな。積み込んだとは言うものの、やはり見た目には何も持っていない。つくづく便利な奴だな。
菊山神社までは私の愛車で行く。
直って以来、二日に一度は乗っているので、すっかり運転には慣れた。そして車が車なだけに目立つ。更に今日は派手な髪の色をした四人の子供を乗せているので、余計に目立っている。
「髪の色、変えるべきかな?」
「もう遅いと思うわよ。さっき明らかに動画として撮っていた人がいたからね」
「ははは、まあ仕方がないさ。今の所実害はないから大丈夫」
そもそも信号で止まれば隣の車のドライバーが頻繁にこちらを凝視するのだ。私一人で運転していてもそれは変わらないのだから、子供達のせいでさらに目立ったとしても、あまり気にしないのだ。
一方助手席のリタは、そんな事お構いなしに楽しそうであり、顔も耳もあちらこちらを行ったり来たり急がしそうである。
「リタの耳は本当によく動くなあ」
「意識すれば自由に動かせるですよ。それに両耳を一点に集中させれば音源との距離も測る事が出来……ああっ!?」
「うん!? どしたいきなり!」
「リタの命中率がいい理由が分かったですよ! 耳で相手との距離や方向を測れるから正確な位置を特定出来て、それで命中率が良くなっているですよ!」
なるほど、素質もあるだろうが、種族的にも向いているのだな。
「……帰ったらこれも……」
と小さく呟いた後、私の顔をちらっと確認するリタ。やはり私は、そういう覚悟を決める必要があるのだろうな。
車は無事に菊山神社に到着。
「エリスの時以来ね。サイキ、思い出して暴走するんじゃないわよ」
「何もない時にあんな事はしないし、もう二人を足蹴にする事なんてないよ!」
「足で蹴らない代わりに手で殴るですか?」
「……もう!」
早速やり込められているな。
「おねえちゃんを蹴るのはぼくの役目だよ」
いや、それは違うと思うぞ。
そんな感じでわいわいとしていた子供達だが、境内に一歩足を踏み入れれば途端に大人しくなり、表情はすぐさま真剣なものに変わった。
「お前達にもこういう所の雰囲気ってのは分かるものか」
「うん。何ていうか、自分の心の奥を見られている感じがあって、ふざけちゃいけないなって」
「はっはっはっ。よく分かっているじゃないか」
まずは社務所へ。名前を告げるまでもなく、彼女達を見ただけで応接間に通され、そして神主さんが来た。
「話は既にうかがっておりますので、どうぞこちらへ」
本堂の裏手にある水鏡岩へ。リタは早速神主さんに機材の使用許可をもらい調査に入った。
「改めて、お三方とは正月の初詣以来ですよね。一番小さい、えーとエリスさんでしたか。あなたとは初めてですね」
「はい。初めまして」
と、いつもならば少しは警戒するエリスが、一切警戒なしにこの神主さんに懐いている。その光景に一番驚いているのは他でもない姉のサイキだ。
「工藤さんにも警戒していたエリスが、こうもあっさりと……」
「うーん、でもあの時はまた特殊だっただろ」
「そうだけど……珍しい」
数分後リタが神主さんと我々に聞いてきた。
「あの、ここに水を入れてみてもいいですか?」
「ええ構いませんよ」
あっさりと承諾が取れたので、神社に備え付けてある桶に水を入れて持ってきた。
「一応、何かあるかもしれないので、二人は準備をよろしくです」
「うん。分かったよ」
「さてどうなるかしらね」
水位は現在、かなり低い。リタでは水を入れにくそうなので、私が注水係に。
「半分くらいまで入れてみるです」
「はいよ。いい所まで来たらいいと言えよ」
という事で注水開始。
「……そこでいいです」
穴はそこまで深いものではないので、半分くらい入れてもまだまだ桶の水は余裕である。リタはやはり難しい表情で岩を凝視。
「次はギリギリまで入れてみるです」
「はいはい。溢れたらすまんな」
更に注水。なみなみになった所で止めると、明らかにリタの表情が変わった。
「……分かったです。えーと……説明しても分からないと思うので省略するですけど、簡単に言えば、水が溢れそうになると波形が変わるですよ。このまま溢れさせると、本当に侵略者が出てくるはずです」
「という事は、この水鏡岩がゲートの開閉に関係していると見て間違いないと?」
「間違いないです」
と言いつつリタは布を取り出し、静かに水面に浮かべた。すると若干水位が下がった。
「ただの吸水クロスですよ。村田さんの自動車整備工場にあったのを頂いたです」
「ああなんだ。てっきりお前達の世界のものかと」
するとリタは、水を吸ったその吸水クロスを、岩の側面にぺたりと貼り付けてみた。
「……あっ」
慌てて剥がすリタ。次に上空を見つめている。すると晴れなのにゲートが開いた。
「これで確信が持てたです。でも、ごめんなさいです」
「いいからさっさと倒すわよ」
「地面に着く前に終わらせる!」
出現したのは……何だろう? 下からではよく分からない。いつも通りに携帯電話で三人と繋げる。
「えっと、普通の小型が三体。とんでもないのが来なくて良かった」
本当にな。再度謝るリタだが、今その必要はない。
木の陰に入り、戦闘は全く見えない。しかしものの数分で殲滅報告があり、三人とも一切の無傷で帰ってきた。そしてリタの耳は下がっている。
「……失敗したです」
「いや、成功だろ? 今のは成功した上での産物だ。調査の内容はよく分からんが、確信が持てたのならばそれを生かすまでだ」
「確かにそうですね。……工藤さん、実は……」
と、そこまで言ってまた口ごもるリタ。
「一旦戻るって言うんだろ? ちゃんと日程を決めてくれれば構わないよ」
「……ごめんなさいです」
後は神主さんに挨拶をして帰宅。
「……工藤さん、今回の情報ですけど、なるべく早く持って帰りたいです。それで……必ず戻ってくるので、これから帰ってもいいですか?」
長月荘に着くなりリタからの嘆願。その口調はかなり逼迫したもので、何故か若干涙目である。
「うーん、これからっていう事は、晩飯はどうするんだ? せめて食べてから行けばいいだろう?」
「そう……ですね。そうしたら晩御飯が終わってから、明日のお昼までには帰ってくるです」
強行軍だが、恐らくリタは引かないだろう。残り三人の意見も聞いてみたのだが、揃って行かせてほしいとの事。ならば止める事もないだろう。
「分かったよ。ただし明日は雨の予報だ。ちゃんと帰ってこいよ」
「了解です。えっと……朝の十時を目処に戻ってくるです」
その後は青柳にもこの事を報告しておいた。
晩御飯を終わり、一息ついた所でリタを送り出す事に。
「確認だけど、明日の朝十時にビーコンを打てばいいんだよね?」
「そうです。お願いするですよ」
「任せなさい」
三人手を繋ぎ、夜空に極彩色の扉が開いた。リタがあちらの世界に戻るのはこれで三度目だな。見守る私もすっかり慣れたものだ。
ゲートが閉じるとサイキとナオは大きく溜め息を吐いた。
「はあ、やっぱり一人減ると寂しいね」
「明日は雨だから余計にね。それに……まあ、リタならば大丈夫よ」
少々の不安はあるが、朝の十時ならば戦闘前に帰ってこられる可能性は高い。今はその可能性に賭けよう。