水上戦闘編 17
渡辺と一緒に観戦中、今までにない量の追加が来た。
「ちょっとちょっと待って待って! えっと……十二体追加!」
「じ、十二体!? まずいな」
明らかに焦り声のナオ。これで未だ倒せていない大型四体も含めると、十六体と一気にやり合う事になる。
「場所は?」
「すぐ近く。だから被害はあまり出ないと思う。えっと、どこから手を付ければ……」
「あんたは深緑二体に集中! 私達も先に大型を叩くわよ!」
「了解です」
追加分は放っておいて、先に大型四体を倒す作戦だな。
「しかしリタに暗視装置を作らせておいて正解だったな。あのライトのままだったらどうなっていた事か」
「本当だね。だからもっと早くに情報がほしかった」
(……ごめんな、無力で)
思わず小さく声に出てしまった。エリスには気付かれたが、渡辺には聞かれていない様子。ならば三人にも聞こえていないはず。聞かれたら三人の調子が狂いかねない。
戦闘ではサイキが一体目の深緑を撃破。
「やっぱりこの刀怖いよ。切れ過ぎるんだもん」
ほぼ同時に、リタの支援を受けてナオが深灰へと槍を投擲。投げたのは久々登場の投擲特化の槍だ。勿論一撃である。
「こっちはこっちでダメージ範囲が広いから怖いわよ。リタ、大丈夫ね?」
「リタは武器よりも、暴走して工藤さんに怒られるのが怖いですよ」
「いや、そういう話じゃないわよ?」
とリタが狙撃態勢に入り、対戦車ライフルの引き金を引き、これで深灰二体撃破。
「よし、次! リタはまた小型を頼むわ。それが終わったら見えた奴から殲滅!」
大雑把な作戦だが、ナオはそれだけリタの力を買っているのだ。
一方サイキも担当中の敵を撃破した。
「よし、大型深緑終わったよ! あと何体?」
「あと十二体丸ごと残っているはずよ。中型と小型だけだから拡散する前に早めに倒したい所ね」
「分かった。……ふふっ、わたし本気出すよ!」
さて何が始まるのか。と思っていたら、サイキは刀を光らせっぱなしにして敵陣のど真ん中へと突撃、舞い踊るように次々と敵を撃破し始めた。まさに一騎当千。
「な、何!?」
「ちょっ……上空待機するです」
二人も驚いており、まるで踊り狂うサイキを避けるために、戦闘を止めて上空に退避。
勿論侵略者もサイキへと向けて攻撃を放っており、サイキには当たっているはずなのだがまるで効いていない。
「まさかとは思うが、あいつ昔のように死ぬ気なんじゃないだろうな?」
思わず不安になる。しかしエリスは違った。
「おねえちゃん、もうそんな気はないよ。隠している事は何もないってぼくに言ってくれたし、きっとおねえちゃんなりの方法があるんだと思います」
うーん……どちらにしろここは見守るしかないな。残り二人も狙いは付けているが、何よりもサイキの本気の動きに対応出来ていない様子であり、完全にサイキに任せている状態だ。
見る見る減っていく侵略者。まるで蒸発しているようにすら見える。最初に動きの早いはずの小型四体が順序よく消え、近接攻撃特化の中型緑色が三体一気に餌食になり、必死に攻撃を繰り返していた灰色は攻撃を当てるも無視され消滅。現在の残りは赤鬼と青鬼のみである。
「全く、あいつあれで実力がないだなんて言っているのよ? 信じられないわね。……いえ、信じてはいるけど……信じたくない……?」
すると赤鬼のビットを掃除し、残り二体になった所でサイキが二人と合流しに来た。
「ねえ、本当に十二体だった?」
「え? ええ、そうよ。それよりもあんた……」「足りない!」
「どういう事?」
ナオは今までの動きの事を聞きだそうとしたのだろう。しかしサイキが焦った表情で足りないと言い放った。また問題発生だな。
「詳しく話せ……の前にあれを片付けろ」
「あ、そうだった」
とリタが64式に持ち替えて二人が動くよりも先に二体を撃破した。
「最後まで気を抜くな、と言ったのはどこの誰だったですかね」
「ご、ごめんなさい」
やはり戦闘になれば一番真剣なのはリタだな。
「それで、足りないとはどういう事だ?」
「うん、倒しながら数えていたんだけど、赤鬼のビットを含めない場合、あそこには十一体しかいなかった。だから残り一体どこかに消えた可能性があるんだ」
「消えたって……数え間違っているんじゃないのか?」
「リタも十二体を確認しているです。なので数え間違えているのであれば、サイキの側が間違えているですよ」
「わたしちゃんと数えたよ! ……わたしが倒す前に二人が一体でも倒した?」
「いえ、位置的に私とリタは追加分に関しては見てるしかなかったもの。……あんた、帰ったら何が起こったのか説明してもらいますからね」
「うん、それは構わない。でも、やっぱり一体足りない事になるよ?」
これは困ったな。一応エリスと渡辺にも確認してみるか。
「ぼくは分からないです」
「俺もなー……海に落ちたって可能性は?」
渡辺の疑問にリタが考え唸り始めた。
「うーん……だとすると、今の装備では対処出来ないです。二種類のレーダーはどちらも水中には対応していないし、このスーツも水中用ではないです。なので自力で潜るしかないですが、夜の海、波もある、おまけに武器は水中で使えるか微妙です……」
「というか、あいつら水中でも大丈夫なのか?」
「普通に水中から衝撃波を撃ってきたりするわよ。私の主な戦場は水が豊富な地域だったから、そういう場面に出くわした事は何度かあるわ」
つまり侵略者は我々のような息はしていない訳だな。
「ちょっと待ってくれよ」
渡辺が動いた。何処かへと電話をしている。
「……ああ俺だ、渡辺だ。突然ですまんが、今すぐ魚探貸してくれ。それか船ごと貸してくれ。……分かったよ。じゃあお前とはもう取引しないよ。……はっはっはっ、脅しじゃないさ」
明らかに脅している。ちらっと私を見た渡辺。私は大袈裟に耳を塞いでおいた。ついでにエリスも真似をして耳を塞いだ。
数分もせず渡辺が電話を切ったので、私もエリスも耳を塞ぐのをやめた。
「三人、今から言う所に行け」
渡辺が指定したのは海岸沿いのとある一軒のお宅。
「そこの奴が釣り好きで、船と魚探を持っている。借りられるように言っておいたから、使え」
「……本気ですか?」
サイキが懐疑的な声を上げる。まあ突然の事だ、普通は疑いたくもなるな。一方渡辺。
「本気も本気さ。魚探自体はあまり高性能ではないはずだが、役には立つはずだぞ」
後は私の一押しという所だな。
「どちらにしろこのままではどうにもならないだろ。全て倒せていればそのまま返せばいいんだから、ここはありがたく提案に乗っておけ」
「うーん、分かりました。お借りしに行ってきます。わたしと……リタがいたほうがいいかな。ナオは念の為待機していて」
という事でサイキとリタが渡辺の知り合いのお宅へ。呼び鈴を鳴らすとちょっと強面の男性が出てきた。
「あ、あの……」
「あっ、お前さん達! という事はさっきの音は……ならば協力しない訳にはいかないな。船と魚探だろ?」
見た目にもお金を持っていそうな大きな家に、そして車が五台は入りそうな大きな車庫。船とはモーターボートの事だったのだが、そこにはしっかりと魚探、魚群探知機が載っていた。
「実はもう一つな。先日買ってまだ載せ換えていない新しいのがある。傷付けず壊さずに返してくれるならば、高性能だからそっちを持って行くといい」
選ぶのはリタに任せた。
「えっと、先にスキャンしてもいいですか?」
「スキャン? まあ壊さないならどうぞ」
「……えっと、終わったです」
ほぼ一瞬で終わった事に男性は驚いている様子。私はすっかり見慣れた光景。
「傷を付けるような事は絶対にないので、新しいのをお借りしたいです」
「いいよ。どうぞ」
二人深々と頭を下げ、魚探をお借りした。渡辺ももう一度電話を掛け、感謝を言っていた。
「しかし魚探だけ借りて、電源なくても大丈夫なんだろうか?」
「一時的にリタの装備に組み込んで使うから、大丈夫ですよ」
便利だな、お前。
さて現場に戻りナオと合流。沈んだと思われる最後の一体を探し出そう。
「私に任せて。おおよその場所は分かっているわ。十二体全ての出現位置は覚えている。そこからサイキが倒した奴を引けば、消えた一体の位置は予想出来るのよ」
さすがナオだな。早速移動してみると、リタが海底に動く物体を発見。恐らくこれだろう。あとはどう倒すか。
「……私のご先祖が素潜り漁師だって言うのならば、私にだって出来るはず。ここからは全て私に任せてもらいます」
「待て待て根拠のない自信はやめろ。ここは別の手段を考えるべきだ」
「嫌よ!」
ナオの全力での否定が来た。私は一気に不安になってしまう。
「……根拠ならあるわ。この前のプールで競争して、最上君には負けたけれど、私は二位だった。それに昔から泳ぎは得意だったのよ」
「それだけでは……」
と、ナオを止めようとした私を、他の二人が止めた。
「ねえ、ここはナオが行くべきだよ。わたしの剣じゃ水中で振るのは難しいし、リタの銃も多分無理。残りは投げれば急加速するナオの槍だけ。他にあいつをどうにか出来る方法って、ないんだよ」
「リタもそう思うです。もし方法があったとしても、相手が動いている以上、それを用意する猶予はないと考えられるですよ」
「……また俺に難しい選択を迫るんだな、お前達は。フラックといいサーカスといい、今回といい。……全て失敗じゃないか。全て俺は無力だったじゃないか。なのに、何故お前達はそんなに俺の心労を増やそうとする」
言った後でしまったと思った。この場面で私の心境を吐露するのは間違いだ。しかしもう遅い。三人にどう言われるものか……。
「……ふふっ、ふあっははは!」
予想外に、ナオに大笑いされてしまった。
「なーに馬鹿な事言ってるのよ。私がこの二人と同じ失敗をするはずがないでしょ。それにね、こんなもの難しくも何ともないわよ。ただ息を止めて潜り、槍を投げて帰ってくる。それだけよ。仰々しい事を言う気はないし、今工藤さんが待ったをかけなければ、さっさと行ってさっさと終わっていた案件よ」
「つまり、俺の過剰反応だと?」
「ええそうよ。今回だけじゃない。最近ずっとよ。それとも謝ってあげるのがいいのかしら? 心配し過ぎるほど心配かけてごめんなさいって」
思わず黙ってしまう私。私が悪いのか? 心配のし過ぎ……つまり彼女達がいなくなる事を怖がっているという事。否定出来ない。しかし……。
「長月荘の問題は住人全員で解決する。そうだったな? ならば工藤さん、あんたの今の問題を俺が解決してやろうか」
「渡辺……何を考えている?」
突然に私の思考の横から割り込んでこられたので、頭が回らず予想が出来ない。
「簡単な話だ。おい子供達よ。俺の権限で作戦続行だ。ナオちゃん気を付けて潜れよ」
「了解。じゃあ潜るわ」
唖然としてしまう私。ナオは渡辺の指示を聞き、本当に夜の海へと潜った。
「お前さん、子供達を本当に心からは信頼していないだろ? 信用はしていても、信頼はしていない。それではあまりにも子供達が可哀想だとは思わんか?」
「俺が……信頼していない? 馬鹿な。俺は無力だと感じる事はあれど、指揮を奪う事などしないぞ!」
「分かってねーなー。無力だと思う事自体が間違っているんだよ。全幅の信頼を持った部下が危険な橋を渡らなければいけない時、俺は心配をする事はあっても、自分が無力だなんて思わない。何故ならば、その部下は俺の力だからだ。俺自身の分身、そう思えるまでに心血を注いで育て上げた、自慢の部下だからだ。でなければ部下に失礼だろ」
渡辺の指摘は的確だった。何故ならば、私はそれをすぐさま理解したからだ。
「そういう事か。俺は子供達を未だに道具として見ているのか。……代用品として見てしまっているのか。自信を持って送り出すのではなく、他人に奪われ失うものとして見てしまっているのか」
「分かってくれたようだな」
私を見て、いかにも悪役のようにニヤリと笑う渡辺。
「このクソジジイめ、今回の硬貨はなしだ」
持ち合わせが五百円玉四枚しかないのでな