水上戦闘編 16
火曜水曜は平和なもの。木曜日には雨だったが、珍しく襲撃はなかった。問題は金曜日。
「今日も雨だね。明日は晴れて、日曜日また雨だっけ」
「ああ。昨日は出てこなかったが、二日連続で雨ならば今日は出てくるだろうな。皆一段強くなって、そろそろ気が緩んできている頃なんじゃないか?」
注意を促すと、三人顔を見合わせ、少し笑った。
「ええ、そうね。さすが工藤さん、分かっているじゃない」
「昨日寝る前に皆で、改めて気を付けようって話していた所なんだ。戦力的には強くなっても、わたし達自身は普通の人間、普通の子供だから、間違わないようにしようって。それと同じ事を言われちゃったなあ」
「ははは、なるほどな。ならばこれ以上強く言う必要はないな」
という事で三人は登校。私は普通に家事をこなす。
昼の三時ごろに客が来た。渡辺だ。
「今日明日と突如暇になったんでな」
「そうか、そしたら晩飯食っていくだろ」
「ああ、それが一つ目の狙いだよ。もう一つはエリスちゃんの顔を見にな。俺も孫がいない身だから子供達が可愛くてなあ」
私が知っている渡辺は、笑顔の裏にどこかしら暗い部分を持っている奴だが、そんなこいつがエリスには目尻を下げ微笑んでいる。
「ははは、お前にしては慈愛に満ちているじゃないか。ついでにもう一つあるんだろ? 俺の車の事」
「はっはっはっ、バレたか」
やはりな。渡辺もだが、住人は皆こぞって俺の愛車に乗りたがっている。
「あの車は俺達住人にとっても印象に残っているんだよ。俺の知る限り、あれに乗るお前さんは笑顔だった。一方事件の後は錆びて朽ちかけていて、そして今は綺麗に直っている。まるでお前さんの心を見ているようじゃないか」
否定は出来ないな。そして俺の心をまた動くようにしてくれた子供達には本当に感謝しきりだ。
やはりジジイ同士の世間話には飽きたようで、エリスが暇そうにしている。
「エリス、俺のパソコンでも使うか?」
「うーん……うん。使わせてもらいます」
「ならば俺も使わせてもらおうか」
渡辺はエリスにくっ付き始めた。
「嫌がられても知らんぞー。おじいちゃんどっか行って! って」
「うえっ!? それは勘弁だ」
と言いつつも、やはりエリスが可愛くて仕方がないようである。当のエリスはお構いなしといった所か。実はかなり肝が据わっているエリス。
「あの、渡辺さんって、今どんなお仕事をしているんですか?」
私ですらその質問をした事はない。何も知らないエリスだからこその怖いもの知らずな質問だな。さて渡辺の答えは?
「えっとね……えーっと……あー、今はいい人をやっているんだよ」
たじたじになりながらも、ギリギリで逃げたか。
「今は? 昔は?」
「む、昔は……あはは、秘密じゃ駄目?」
珍しくどんどん突き進むエリス。渡辺も困り顔であり、ちらっとこちらへ助けを求める目線を送ってきた。
「エリス、人には聞かれたくない過去ってのが、一つや二つあるものなんだよ」
「……分かりました」
これでエリスはどうにか止まった。しかしそれに安堵している渡辺を見て、私のSっ気が疼いてしまった。
「……でも渡辺は昔、悪い人だったんだぞ」
「お、おい」
渡辺としてはエリスを怖がらせないようにだとか、そういう視点から見ているのだろうが、このエリスはその程度で怖がる玉じゃない。
「今はいい人なんですよね。なら怖くないです」
ほらこの通り。私の知る限り、エリスはこの年齢で既にたった一人で赤鬼を迎え撃つくらいの度胸を持っているのだ。そんなエリスが昔ワルだったというだけのジジイ相手に怯むはすがない。
「これはお見逸れしました」
白旗を振る渡辺。
晩飯の準備を開始。
「渡辺がいるからって特別にはしないぞ」
「むしろ歓迎だよ。どうしても付き合いでの食事が多いから、普通の家庭料理には中々ありつけないんだよ」
なるほどなあ。ご飯が焚き上がった頃に三人も帰ってきた。
「ただいまーって、渡辺さんだあ」
「おかえりー。お邪魔してますよー」
三人とは何度か会っているし、三人も渡辺がどういう人物か分かっているので、警戒心など微塵もないな。
食事中こんな話になった。
「俺も、子供達の事は青柳を通して色々聞いているんだよ。最近だとリタちゃんが自信を失いかけていたとか、その反動で追尾弾を開発したとか」
世間話の最中に、私もそれは聞いた。今は三人に向けて話しているのだな。
「だからもしも俺に用事があるけど、工藤さんを通しては出来ない話があれば、その時は青柳を通してくれればいいんだよ」
ああ、これは以前ナオがテレビに出演出来るかどうか聞いた時の話だな。子供達は頭を下げ、感謝していますとしっかり伝えている。
「このままだと渡辺にいい所を全部持っていかれそうだな」
「お前さんは一緒に住んでいるんだからいいだろ。少しくらい俺達にも分けろ」
「気苦労くらいしか分けられるものはないぞ」
私の言葉に子供達苦笑い。
「よし俺はそろそろ戻るかな。街中にある旅館に泊まっているんだよ。いいだろ?」
「俺なんか毎日長月荘に泊まっているぞ。いいだろ?」
「はっはっはっ、負けたよ」
という事で渡辺とはお別れ。雨は未だ降っているが、襲撃は……。
「来た!」
「遂に来ちゃったか」
渡辺が車に乗り込もうとした所で襲撃発生だ。三人にはそのまま出撃してもらう。
「どうせだ、俺も手を貸しそう」
渡辺も一旦居間に戻り、即席司令室に参加。三人と青柳と接続。
「まずは相手の数の確認だな」
いつも通りサイキが報告に入る。
「えっと……大型の深緑と深灰が二体ずつ。それから小型が三体。場所は南西の海岸沿いだから被害は少ないと思うけど、久しぶりに多いね」
「朝に言った事は覚えているだろ? 充分に気を付けろよ」
「ええ分かっているわ。二人とも、行くわよ!」
ナオの号令により一層速度を出す三人。
こちらはエリスを挟み、渡辺も一緒に画面を覗き込んでいる。ジジイ二人に挟まれて、さすがにエリスが可哀想になってきた。
「こうやって見るのは俺は初めてだな。子供達、怪我のないように帰ってくるんだぞ」
「ふふっ、分かっていますとも。渡辺さんも工藤さんも心配性なのね」
「俺は工藤さんよりも現実的だぞー」
非現実的なコネを持っている奴が何を言うか。……と思ったが、私もだった。
「おや、そちらのゲストは……渡辺さんでしょうか?」
「正解だぞ。青柳もいつもお疲れ様」
「いえ……それでは私は急行中なので、これで」
青柳は渡辺が嫌いだと言った事があったが、あれは本当だったのだろうか? 後で聞いてみようっと。
「見つけたよ。遠浅の砂浜だから被害は見た感じないね」
「それじゃあ、リタは小型を。私とサイキは灰色を。ここなら緑は無害ですからね」
作戦は決まった。
まず一番に切り抜けたのはリタだ。バラバラに散開していた小型三体だが、リタはきっちりと狙撃して見せた。
「追尾効果を付加した事で、リタ自身も気持ちが楽になったですよ。戻ったら銃撃部隊の皆さんにも喜んでもらえると確信しているです。後は皆さんがこれを使いこなせるように練習するだけですね」
すると渡辺がふとした疑問をリタにぶつけた。
「なあリタちゃん、そういうのってどう練習しているんだい?」
「えっと、練習というよりは実戦で経験を積み重ねるだけですよ」
「シミュレーターは無いのかい? 君達のような技術力ならば、仮想空間を作っての安全な演習訓練装置を作れそうだけど」
「……リタは分からないです。訓練学校出身の二人のほうが知っていると思うですよ」
「ごめん、後にして」
すぐさまサイキの返事が飛んで来た。という事で話は後回しだな。
そのサイキとナオだが、大型深灰が上手い具合に十字砲火を行うので中々近づけなくなっている。埒が明かないので二人は一旦攻撃範囲外まで退避した。
「二人揃って苦戦とは珍しいな」
「仕方ないよ。なるべく被弾しないように、安全を重視して戦っているんだもん」
なるほどな。という事は安全性度返しならばあっさりと倒せるのだろうか? などと考えていると、ナオからサイキへ指示が飛んだ。
「サイキは先に深緑に行って。私は投擲のタイミングを計りながらリタを待つから」
「うん。被弾なんかしたら許さないからね」
「あー怖い。よっぽど侵略者やナイフ突きつけられるよりもサイキが怖いわ」
「んもうっ!」
戦闘中とは思えない会話だ。するとエリスも同じ事を思っていた様子。
「おねえちゃんもナオさんも、朝の事も覚えていないくらい忘れんぼうさんなんだね」
この一撃はチクリではなくグサリだったようで、二人とも消沈し、同時に謝った。
「なー工藤さんよ、エリスちゃんって毒舌家なのか?」
口に手を当て当人には聞こえないように喋る渡辺だが、エリスを挟んでいる限り、その努力は無駄だぞ。
「いや、年齢以上に、それこそ俺以上にしっかりしているだけだよ。な?」
「うん。それを悔しいと思わない事には触れないくらい、しっかりしているだけですよ」
もう少し緩い返事が来るかと思っていた所にこれだ。閉口してしまう私と渡辺。
「冗談ですよ?」
「……今の俺は、何よりもエリスが怖い」
「俺もこの子が怖い」
そんな不甲斐ないジジイ二人を見て、エリスが怒った。
「ぼ、ぼくだって冗談くらい言うの! 本気にしないで! もうっ」
怒ったというよりは恥ずかしがっている。なるほど、会話の空気を読んでわざとそういう役回りを演じてみた訳か。しかし大当たりしたのは事実であり、末恐ろしい。
「何やってるですか。ナオと合流です」
「よし、来たわね。それじゃあリタは……待って! 本格的にまずいわね。大量の追加注文よ!」
どうやらここが踏ん張り所のようだ。