水上戦闘編 15
「ただいまー」
三人が学園から帰宅。その声を聞き、いの一番にエリスが飛んでいった。やはりこれだけ暴風で家が揺れると、不安で仕方がなかったのだろうな。
「おかえり。凄い天気の中戦闘お疲れさん。特にリタ、よくやったぞ」
「えへへ、素直に嬉しいです」
頭を撫でると満面の笑顔。暴風と降雪による吹雪の中、広範囲攻撃の出来る中型の白い侵略者との戦闘。悪条件だらけの中、普段ならばかなりの苦戦を強いられるはずなのだが、今回はリタのおかげですんなりと終わらせる事が出来た。リタ自身も本当に嬉しいのだな。
「所でカフェはどうなんだ? そのまま帰ってきたっていう事は休みか?」
「ええ、はしこさんから連絡があって、今日は休みだそうよ。この天気だからお客さんも来ないだろうって事みたい」
「そうか。じゃあ後はサイキの稽古時間まではのんびり休めるな」
「……工藤さん、二戦目があるかもしれないわよ?」
「嫌な事を言うなあ」
とは言うものの、その心構えはしておかなければ。
青柳から電話。戦果報告かな。
「すみません、こちら立て込んでいるので簡単な連絡だけを。この天気で被害状況の確認が出来ないので、報告は明日以降にさせて下さい。それだけです」
「ああ分かったよ」
と言った途端切れた。本当に急がしそうだな。
すると次はサイキ宛に連絡が入った様子。風でうるさいためか、両耳を塞いで独り言のように喋っている。
「……うん……うん。いいよ、分かった。じゃあ明日ね」
そして内容を私達に報告。
「稽古もお休みだって。これだけ風が強いと小さい子供は通うのが危険だからって」
「そうか。まあ仕方がないな」
するとリタと目が合った。褒められ足りないのだろうか? と思ったらそっぽを向かれた。
「何だ? 言いたい事があるならはっきり言えよ」
「……じゃあ……いや、いいです」
結局はっきりしない。
今更ながら、久しぶりに四人とも居間で過ごしている事に気が付いた。
サイキとエリスはいつものように仲良くべったり。最初はエリスがサイキを頼りくっ付いていたが、最近ではサイキもエリスに甘えるような所がある。血の繋がり以上に強い姉妹の絆である。
ナオはいつも通り勉強中であるが、ここ最近は他の三人の勉強を見る機会が増えている。教え方も上手なようで、特にリタの国語には熱心な様子。完全に家庭教師だな。
そのリタは現在、私のパソコンを持ち出してなにやら調べ物の最中。緊急時以外は子供達にも貸し出しているのだが、使うのは専らリタだけだ。
「それでリタは何を調べているんだ?」
と画面を覗き込もうとしたら、パソコンごと仕舞われてしまった。
「一応言っておくけれど、それ俺のだからな」
「……でも見せないですよ」
「お前最近冷たいなあ」
「……」
黙り込んでしまうリタ。冗談半分だったのだが、どうやら思いがけず大当たりしてしまい、怒らせてしまったようだ。
「冗談だよ。攻めている訳じゃないから、機嫌直せ。な?」
「……」
あらま。余計そっぽを向かれてしまった。
「リタ悪かったよ。だから……」
「そうじゃないです。そうじゃないし、そう言ってられないです!」
未だに暴風で窓がカタカタと鳴っている状況なのに、そこに悲鳴音が混じった。それはつまり、かなり近くに侵略者が現れたという事だ。
「エリスの悪い予感はこっちだったみたい。……赤鬼四体の大所帯だ。行ってきます!」
三人を送り出し、私もすぐさまパソコンで……あれ? ……リタがそのまま持って行ったな? 仕方がないので携帯電話で繋げよう。
「おいリタ、パソコン持って行っただろ」
「あっ……ごめんです。でも今余裕ないので……後で!」
「後でって……まあどうしようもないか。しかしこの天気だ、気を付けろよ」
こちらからは声と音で判断するしかないが、何しろ風の音がうるさくて本人の声を聞き取るので精一杯だ。つまり、もしもパソコンで映像を見たとしても、その画面は真っ白であろう。
「敵は長月荘を囲むように四方に展開。工藤さん、リタからもらった短剣あるよね。あれを準備しておいて」
「……本気なのか?」
「この状況で冗談言うはずない!」
サイキに怒られた。仕方がない。私も腹をくくろう。
「風上の二体を優先するわよ。正月の吹雪ではビットが枷になって赤鬼は動けなかったから、恐らくは……」
「いた! ……ナオの言った通りだ。赤鬼が飛ばされそうなビットを押えていて、身動きが取れなくなってる。これなら一網打尽!」
あの時はナオが笑いのツボにはまってしまい大爆笑していたのだが、こちらのサイキはそんな状況お構いなしの様子。すぐさま最初の地点の殲滅報告が入った。
「こちらも発見したわ。……ふふっ、あー私どうしても笑っちゃう。ふあはははっ!」
「またかよ……リタはどこにいる?」
「こうなると思ってナオの横にいるですよ。こんな笑い袋は放っておくです」
酷い言われ様だが、事実未だにナオの笑い声が電話口から響いている。これはリタの判断が正解のようだな。
少々して発砲音が聞こえた。
「リタ、風上の二体目を撃破完了です。残りは風下ですね。……ナオは放置するです」
「こちらサイキ。風下の敵発見しました。状況は同じでやっぱり飛ばされそうになってる。エリスはどうしてますか?」
するとエリスは自分の携帯電話を使い、通信に接続してきた。もう使い方を熟知しているのだな。やはり子供の吸収力は凄いな。
「ぼくは大丈夫だよ。おねえちゃんこそ気を付けてね」
「うん、任せておいて!」
サイキは改めて気合を入れたようである。
「私もそういう風に応援してくれる人がいればなあ」
「大笑いしている限りは無理だな」
「ちょっ……否定しきれないのが悔しいわ」
するとエリスが空気を呼んだ。
「ナオさんもリタもがんばってね!」
「ええ、頑張るわよ!」「リタもです!」
あっさりと乗せられたな。それだけ二人にとってもエリスが愛でる存在にあるという事だろう。勿論私も現在進行形で頭を撫でているのだが。
「よし、こっち終わったよ!」
「汚名返上、後は私がやるわ! リタは周辺警戒」
どうやらエリスの声援は本当にナオに火をつけたようだ。
「見つけた! ……んーっ、笑ってやるものですかっ!」
「と言いつつギリギリだったぞ」
「うるさいっ!」
これが所謂若者の逆切れというものか。
「あんたのせいなんだからね!」
赤鬼への八つ当たりも入っている様子。
「……はい終了! 帰るわね」
という事で、数は多かったのだが、ナオが大笑いしただけの戦闘であった。
「そのまとめ方は……否定したいのに出来ないじゃない!」
「笑えるうちは大丈夫な証拠だよ」
全くである。エリスの一言で全て締められた。
帰ってきた三人は早速エリスにくっ付いた。
「おかえり……っておねえちゃんたち、つめたい!」
「さすがに外で冷えたからね。エリスあったかーい」
声援を受けたのがそこまで嬉しかったのか。つまり私も声援を送れば、あるいは……?
「工藤さんはいつもの事でしょ」
「ねー!」
四人声が重なった。全く何なんだこの子供達は。
「それはいいとして、リタ。パソコン返せよ」
「あ、ごめんなさいです」
最近履歴の使い方を覚えたから、後で何を見ていたのか確認してやろう。
この日はそれ以上何もなく、風も夜には収まった。皆寝に戻ったので、リタが何を調べてみよう。どれどれと履歴を探ると、まさかの料理のページが出てきた。あいつ本当に料理を覚えたいんだな。
あれ以来少しずつはリタにも教えているが、未だに刃物と火には触れさせていない。ナオの時はフライパンが三つ撃沈したが、リタの場合は自身を傷つけそうでなあ……。