水上戦闘編 14
「……強い寒気が流れ込み、台風並みの暴風と、所により降雪にも警戒が必要でしょう」
本日天気は最悪だ。風が強く、更に雪。ここ数週間は降っても雨だったので、余計に重い気持ちになる。
「天気に文句を言っても始まらないわ。それじゃあ行ってきます」
という事で三人は登校。エリスはというと、風が強くて家が揺れるので、私に強くしがみ付いて離れない。
「……それもあるけれど、何か嫌な感じがあるんです」
「第六感という奴かな。お姉ちゃんにはもう話したのかい?」
「はい。心配いらないって」
「ならば大丈夫だよ。お姉ちゃん達を信じなさい」
私は安心させるためにエリスの頭を撫でる事に集中。
視点を三人へと移す。
「いやあああ風つよおおおい」
「リタ飛ばされないようにしなさいよ」
「うー……」
エリスが来た時もかなり風が強かったが、今回はそれ以上である。
どうにか学園に到着。教室に入るといつもは既にかなりの人数が揃っているはずだが、本日はほとんど人がいない。
「あれ? 皆休み?」
「この風だから休校を期待しているんじゃない? 正直私も休みたかったけれどね」
友達の中では唯一木村だけが来ていた。
「っていうか三人さ、この風で飛べるの? 雪降ってるから絶対に出るでしょ?」
するとこれには技術者であるリタが答えた。
「リタ達の装備は、一応これくらいの風ならば補正で問題なく動けるようになっているですよ。多少は風に流されるですけど、水中と火中と真空以外ならば、大抵大丈夫です」
「へえ、さすがだね。でもまあ、私が言っても仕方がないけれど、気を付けてね」
「ええ。ありがとう」
孝子先生が来てホームルーム開始。
「遅刻と欠席が多数だが、授業は通常通りあるからなー」
すると息を切らして泉と相良が同着。
「ご……ごべんなざいー……」
「死ぬかと思ったー」
二人とも真っ白。泉に至っては鼻を垂らしている。
「あーはいはい。今日だけは大目に見てやるよ」
リタはティッシュを箱ごと取り出し、泉に渡した。
「ありがとう……ふんすー!」
見た目と全く異なる豪快な鼻かみに、周囲は驚き。
「泉ちゃんって、見た目の割りに豪快な所あるよね」
「あうっ……」
まるで頭に乗った雪が溶けて湯気になりそうなほどに、顔が真っ赤になる泉。クラスメートは皆大笑いである。
一時間目の授業中も遅刻で数名が到着。そして隙間の休み時間。
「男子二人とあい子は来ないみたいね」
「サボり魔だね」
「泉さんを見習うですよ」
そんな三人の会話に相良が入ってきた。
「あんた達も辛辣だねー。あー所でさ、ナオちゃんってあっちでは泳いでたの? 競争した時凄く速かったでしょ」
「昔から得意だった……のかもしれないわね。兵士になってからは泳ぐ事なんてあまりなかったから、詳しくは……ね」
「あの、ナオさんのご先祖様って確か漁師さんですよね?」
泉の一言に、皆一様に可能性を思い浮かべた。
「……そこまで上手い話はないと思うわよ。確かに素潜り漁師で銛を使っていて、私も槍を使っているけれど、それも含めて偶然だと思うわよ? 大体そこまで行ったらもうオカルトの域よ。私はそういうの信じませんから」
若干落ち込む泉。それを見て少々焦るナオ。
「あっ、怒った訳じゃないわよ」
「……分かってます」
わざと大袈裟に頬を膨らませる泉。するとリタがその頬をつついて遊び始めた。その光景に皆噴き出し笑わざるを得ない。
「ぷっははは! そんなのに勝てるはずないじゃないの! リタ卑怯だわー」
一方サイキは笑いのツボにはまり、机に突っ伏しつつ体を震わせていた。
午後の授業中、ナオが手を挙げ、サイキとリタは返答を待たずに、駄目と言われていた窓から暴風雪の空へと飛び出した。
「ガラス割れるかもしれないから、窓際から退避して下さい!」
「まずい奴かい?」
「かなり!」
教師の確認にそう言い残し、ナオも急ぐ。教室では一斉に廊下側の空いている席に移動。教師は急ぎ放送で退避指示を伝達。
「本当酷い天気……こんな時にあれが相手だなんて……」
「……工藤さんと繋がらないです。なにかあったのかも?」
そして後ろからナオも合流。
「サイキ、サーカス使用許可するわ。責任は全て私が持つ!」
「……ごめん、今回は無事に帰るから!」
一方ただならぬ意欲を燃やす人物が一人。
「いや、ここはリタが行くです。中型白にリベンジするには、最高の天候です」
「あんた、またそういう事を……」
「大丈夫です! リタを信じるですよ!」
強く自信満々なリタに、サイキとナオは少々困惑。
「……リタ、勝算は?」「アリアリです!」
サイキの質問に間髪いれず答えるリタ。
「あはは、だってさナオ。こういう時のリタは言っても聞かないよ?」
「……全くもう、仕方がないわね。じゃあ前回と全く同じ作戦で行くわよ。リタが遠距離、私が防壁。サイキはサーカス使用ね。さあ白い空に白い敵、あいつに白旗振らせてやるわよ!」
「狙撃範囲に入ったです。二人はリタが数発撃つまで防御に徹するです」
「吹雪で全く見えないのに撃つつもり!?」
「目では見えなくても、センサーにはバッチリです」
半ば疑心暗鬼のナオ。しかし時間は待ってはくれないので、リタの自信に任せる事にした。
「……まあいいわ、リタはそれで。サイキ、あんたは躊躇せずにサーカス使いなさい。リタが駄目な時に頼れるのはあんただけなんだからね!」
「うん。じゃあリタ、三発待つよ」
「ありがとうです」
早速対戦車ライフルを取り出しスコープを覗くリタだが、その先にはただ白い光景しか映っていない。
「……あたしには見えているんだよ!」
いつものようにスイッチが入り変貌、引き金を引くリタ。緑の弾丸は強風に流され上下左右に揺れ動きながらも飛んでいく。
「当たった?」
「……いや、もう一発!」
リタは再度真っ白い空へと緑の弾丸を放つ。回転し揺れ動きつつも弾丸は空を切り飛んでいき、そして……。
「よしっ!」
思わずガッツポーズのリタ。
「……凄いわね。レーダー上から中型白の反応消失を確認。念の為確認するから、戦闘体制は維持」
しばし沈黙。緊張し報告を待つ二人には、風の音だけが聞こえている。
「こちらナオ。中型白の撃破確認よ。リタ、おめでとう」
「んいいいやったぁっ!」
今までで一番、これでもかと大きく喜ぶリタ。その喜びように、二人もリタがどれほどこの一戦を重要視したのかを思い知った。
「リタにとっては本当に一世一代の大勝負だったんだね」
「ふふっ、そうみたいね。……ねえリタ、最初否定しようとしたのを謝るわ。ごめんなさいね」
「ううん、ナオの言う事も分かるですよ。むしろリタのわがままに付き合わせちゃってごめんなさいです。さあ帰るです」
双方謝りながらも、特にリタは声に嬉しさがにじみ出ている。
「……でも工藤さんは?」
「私近いから少し様子を見てくるわ」
「その必要はないぞ。ごめん、風の音がうるさくて俺もエリスも全く気付いていなかった」
今更な工藤の連絡に、三人とも呆れ顔。
「もう、心配していたんだよ。でも、きっちり中型白はリタが仕留めたよ」
「リタの手柄です!」
「ははは、そうみたいだな。下からも緑の光弾が走るのが見えていたよ。おめでとう。エリスの嫌な予感は当たったようだが、リタのおかげで何事もなくてよかったよ」
こうして三人は学園に戻った。
「うぉっ!」「あ痛っ!」「はぅっ!」
窓から飛び出した三人は、案の定待機していた学園長に日誌で頭を叩かれた。
「理由を、説明しなさい」
「はい。えっと……今回の敵は、攻撃範囲が凄く広くて、急がないと間に合わなくなる可能性があったんです。なので屋上に上がる間を惜しみました。ごめんなさい」
サイキの要約した説明に納得した学園長。
「分かりました。今回は緊急性を認め、不問とします」
「不問という割には叩かれたです……」
「あなた達が緊急性もないのに飛び出したりしないためです! それとも反省文を書きますか?」
「いえ……」
そう言いながらも不満のある様子のリタ。
「私が危惧しているのは、何よりも周囲への影響です。あなた達を真似して窓から飛び降りる子供がいないとも限らないでしょう? それに、もしそうなればあなた達への責任論も出てくるかもしれません。それを防ぐためにも、しっかりと痛い思いをしてもらいます」
「……分かりましたです。ごめんなさいです」
こうして学園長は、内心感謝をしながらも、厳しい態度を崩さないのであった。