水上戦闘編 13
日曜日、起きてきた四人はそれぞれまだ眠そうであり、エリスは筋肉痛だそうな。リタは朝食を食べ終わると、早々に部屋へと篭った。
「いつも以上にさっさと上がって行ったな。何かあるのか?」
「うーん、わたしは特には聞いてないよ」
「ぼくも」
サイキ姉妹は何も知らないと。
「私は……心当たりがあるといえばあるわ。でもリタのいない所で言っていいのかどうか。ただ工藤さんが心配するような話じゃないわよ」
「そうか。そうしたら……今もリタとは繋がっているんだよな? 俺からも話があるから、適当に切り上げるように言っておいてくれ」
「了解。……ああリタ? ちょっと……」
早速リタと連絡を取るナオ。昨日の涙はもう心配無用か。
サイキも今日は稽古を休みにしてもらったので、エリスとべったりである。本当に仲のいい姉妹で羨ましい限り。私の娘、明美は一人っ子だったのだが、もしも兄弟姉妹がいれば、運命は変わっていたのであろうか。その答えが返る事はない。
のんびりとしていると、ナオがとんでもない事を言い出した。
「あ、ねえ工藤さん。私達が直接テレビに出る事って出来るのかしら?」
「おいおい、そんな事をされたら俺の胃に穴が空くぞ」
「……でも、今後そういう機会が必要になるかもしれないのよ。可能か不可能化だけでも、ね?」
確かに又聞きではなく、直接彼女達からの説明が必要になる場面も考えられない訳ではない。警察署で要人を集めた時だって、それが必要だったからだ。
「うーん……分かったよ。一応渡辺に聞いてみる」
正直あまり気は進まない。一度散々な目に遭わされて、私の中でのマスコミへの信頼度は、ないも等しい。
「……もしもし、工藤ですけど。今大丈夫か?」
「ああ大丈夫だ。どうした?」
「えーっとな、子供達をテレビに直接出す事は可能かどうか、確認してほしいと言われてな。……このままナオに代わるから、後は本人から聞いてくれ」
という事で電話をナオに渡す。
「代わりました。ナオです。……はい。実は今後その必要性が出てくると思うので。……理由、ですか……」
ナオがこちらを気にした。渡辺には言えて私には言えない、テレビ出演を欲する理由。そんなもの、一つしかあるまい。やはりその時は近付いているようだ。
私は一度自室へと入る事にした。数分で襖がノックされ、ナオから携帯電話を戻された。
「あーもしもし、どうだ?」
「ナオちゃんにも言ったがな、不可能ではない。菊山市内の、それこそ警察署なんかで会見を開けばいいからな」
「会見か。もう少し柔らかい雰囲気でどうにかなればいいんだが。ともかくありがとう。手間取らせてすまないな」
「これくらいどうって事はないさ。……それよりも、お前さんの事だから気が付いているんだろう?」
「……何の事だ?」
勿論気が付いてはいるさ。しかしせめてもの抵抗として、本人達の口から聞かされるまでは、そっとしておきたいのだ。
「あーまあ、何だ。……それならばいいんだよ。またいつでも連絡くれ」
渡辺も私の心境には気が付いているはずだ。というか、そうでないとおかしい。あいつが何の仕事をしているのかは未だに知らないが、省庁の長と面識があるほどの人物なのだ。一介の下宿屋主人相手に、その心の内くらい読めて当たり前だ。
昼飯時になってリタが降りてきた。
「昨日散々疲れた表情して、今日もまだ疲れが抜けきってないだろうに。そういうのを無理をしているって言うんだぞ?」
「勿論分かっているですよ。でも、これは早めに作っておかないと……えっと、ご飯を食べたら説明するです」
どうやら重要な事項であるようだ。という事は、やはり……。
昼食は簡単に作れる焼きうどん。晩飯に作ってもよかったのだが、先ほどから私の脳内を嫌な想像が巡ってしまい、さっさと作ってしまいたくなったのだ。
サイキ姉妹は笑顔で食べているが、ナオとリタは私の表情を読んでおり、時折箸が止まっている。それだけ私はその事を恐れているのだな。
食後、早速リタが説明に入る。
「えっと、まず最初に、今回作ってきたショットガンには、工藤さんには説明していない機能を一つ追加していたです。試験的なものですし、脳に負担のかかる可能性があったので、隠していたです。ごめんなさいです」
素直に謝るリタ。こいつも最初の頃とは随分と変わったな。
「それでその内容ですけど、弾丸にターゲットへの自動追尾機能を追加してみたですよ。追尾能力はそれほど高くはないですけど」
「自動追尾って事は、戦闘機のミサイルみたいなものか」
「多分正解です。……というか、リタはそれについての知識がないです」
そういえばそうだった。
「問題はその追尾する弾道の計算処理です。今回は時間もなく急造だったので、弾道計算を使用者の脳で処理をする事にしていたです。脳への負担があると言ったのは、この事です」
「なるほどな。だがそれを俺に話すという事は、問題ない程度だったという事だろう?」
私の予想に頷くリタ。
「それでも人の脳を横から無理矢理使っているのは変わらないですから、早めにどうにかしたかったですよ。なので今回ちょっと無理させてもらっているです。まだ完成はしていないですけど、順調ですよ」
相変わらずこういう話をする時のリタは、自信満々である。
「リタ達が、身に着けているものを倉庫代わりに様々な装備や装置を格納出来るのは分かっているですよね? それを銃にも転用して、弾道計算装置と大量の銃弾を持ち歩けるようにする予定です」
例として一番小さい拳銃サクラを取り出すリタ。
「今回の変更が成功すれば、この小さな銃の中にも弾道計算装置と、そして百発を超える銃弾を格納出来るはずです。前に話した石を銃弾化する機能も併用すれば、計算上は数万発撃っても弾切れを起さない拳銃の出来上がりです」
相変わらずとんでもない代物を作り出す奴だな、この主任殿は。
「……リタからはそれだけです」
「それだけ? 他にも何かあるんじゃないのか?」
「それだけですよ」
うーん、私の尋問にも引っかかる気はない様子。まだ言えないか、私には言わないつもりなのだな。
「じゃあ次に俺から。リタもさっさと戻りたいだろうから手短に話すぞ」
私の顔を見る子供達の表情には、期待よりも不安が色濃く出ている。
「菊山神社は分かるだろ? お前達の起点になった所だ。一つ考えがあって、昨日あそこに行ってきたんだよ」
「車が動かせるようになった途端、行動範囲が広がったわね」
「ははは、そうだな。……それでだ、リタの復帰第一戦で泉さんが襲われたあの時、雨はほとんど降っていなかったにもかかわらず襲撃は起きた。そこで少し疑問に思ってな。何故雨で出てくるんだろうかと。本来ならば一番最初に疑問に思うべき事柄なのに、それに疑問を持たなくなるほど慣れてしまっていた事に気が付いたんだ」
私の言葉に、彼女達も改めてそれを認識した様子。やはり慣れてしまっていたのだ。
「それで、長月荘最初の住人である林さんの息子さんが、二十八年前の当時から既に、菊山神社に関する資料をまとめていたんだよ。お前達がこちらの血を継いでいる事が分かったのもそのおかげだ。そして改めてそれを読み返すと、菊山神社にも雨に関するものがあったんだよ」
「えっ、それなんでもっと早く気付かなかったの?」
「……慣れの恐ろしさだな」
子供達は目を見合わせ、溜め息。子供達も自分が慣れていた事を分かっているのだ。
私はノートを持ってきて、子供達に提示した。
「菊山神社には裏に水鏡岩という御神体があってな、一枚岩の中心に窪みがあり、そこには夏の日照りでも常に水が溜まっているという不思議な岩だ。水面が常にある所から、水が鏡のようになっている岩、という事だな」
四人は不思議そうにノートを覗き込んでいる。
「あ、ぼく分かった。雨が降るとそこから水が溢れて、それと侵略者とが重なるんだ」
「言う前に言われてしまったな。正解だ」
エリスは、ナオ以上に頭の回転が早いかもしれない。
「神主さんに確認した。理由は分からないが、直接雨が降っていなくても水面の上下動はあるそうだ。そして窪みはそれほど深くはないから、少しの雨で頻繁に溢れる。さすがに測定機器なんて持っていないから、それがどういう作用をするのかは全くもって不明だが、関係があると考えてまず間違いないだろう。しかしこれ以上は今の俺には無理だ。話は以上」
私の話はこれで終わりだ。すると険しい表情をしていたリタが口を開いた。
「もっと早くに知っておきたかったです。優先すべきは……まずは戦力の構築を取るです。もう話はないですよね? じゃあリタは戻るですよ」
有無を言わさず部屋へと戻るリタ。少し怒られたような気分だ。
「あれは怒っているんじゃなくて、早く次に行きたくて仕方がないのよ」
「ああ、勿論分かっているさ。どれだけお前達と関わっていると思っているんだ?」
「ふふっ、そうでした」
そのまま特に何もせずごろごろと過ごす。
晩飯になり、リタを呼ぶが反応がない。また集中し過ぎているな?
「工藤さん、今回はこのままにしてあげて下さい。リタね、あの中型白に命中させられなかった事、かなり悔やんでいるんだ。それで今回の装置には力を入れているみたい。だから、リタの満足いく装置を作らせてあげたいんだ」
「私そこまで聞いていないわよ?」
「うん、一旦戻った時にリタがね、わたしに無理をさせてごめんなさいって謝ってきて、新しい方法を考えているから、それが完成すればもう無理はさせないって。それって今回の事を言っているんだと思う。だから今回の装置はきっと、リタの意地でもあるんです。だから、お願いします」
サイキにここまで言われては、拒否権などないな。
「分かったよ。まああいつだっていつまでも無理しっぱなしという訳ではないだろうからな。今は大目に見てやろう」
結局リタが降りてきたのは、三人が部屋に戻った後、日付が変わる寸前だった。サイキに諭されたと伝えると、恥ずかしそうに、そして嬉しそうに微笑んでいた。