下宿戦闘編 19
リタが来てから四日が経ったこの日、渡辺から電話があった。病院での一件を記事にすると言っていた雑誌が発売されるので、私達にも内容を確認しておいて欲しいという事だ。内容如何では我々の先の行動も変わってくる。早めに彼女達の服を買いに行きたかったのだが、雑誌の結果が出るまではあまり出歩かないようにと止められていたのだ。
彼女達には家で待機してもらい、朝一番に近所のコンビニで雑誌を購入。家に戻り三人集合。各々かなり不安げである。私もだが。
「またテロか!? 病院前で夜中の大爆発! 謎の巨大物体出現も!」
……結論から言うと、彼女達の事は書かれていなかった。そして記事自体もよくあるゴシップ風であり、渡辺とお偉いさん二人の尽力の後が見える。本当に頭が上がらないな。
改めて渡辺に連絡を入れよう。どうやってか、電話回線に横入りした子供達からも感謝の言葉が掛けられた。当の渡辺はカードの一つを切っただけだと言い、気にするなとの事。とある政治家の浮気が独占スクープされているが、この情報を売る代わりに記事を改編させたのだ。
「これでマスコミ全体に報道協定が結ばれた事になった訳だが、ネットで情報が流出する事も充分考えられるし、これほどの大スクープだ。裏切りもあるかもしない。支援は続けるつもりだが、あまりにもこういう事が続くと、こっちとしても疲弊していく一方になる。戦闘の際にはまず自分達が目立たない事を第一に」
「ううん、人の命が第一です」
渡辺にこう切り返したサイキ。渡辺には予想外であったようで、一瞬の間が開いた。
「……それでも気を付けるようにな。自分がいてこそ人を守れるんだ」
こう言い残して渡辺との電話は切られた。
また電話が鳴った。今度ははしこちゃんからだ。風邪を引いたので数日間の臨時休業だそうな。そういえばサイキが来てから一度もカフェの仕事を休んでいない。色々あってほぼ仕事になっていない日はあったが……。よし、この機を利用して彼女達の服を買い揃えよう。幸いここ数日雨の予報は無いので侵略者の襲撃の可能性も薄い。まずは下着からだが、私は秘策を思いついている。
長月荘の名簿を手に取りある人物と連絡を取る。松田みさ子、通称みっちゃん。服のデザイナーを夢見ていた娘で、当時は親からの反対が凄く、毎日のように電話口で口論していたのを思い出す。彼女ならば三人娘の普段着も任せられる。
「もしもし。長月荘の工藤ですが、松田みさ子さんは居られますでしょうか?」
まずは彼女の実家に電話してみる。電話に出たのは彼女の母親……と思ったら本人だった。偶然にも実家に帰省していたのだ。女の子三人分の服を下着から一式揃えて欲しいと話す。
「あーあれね、わっかりました。今日戻る予定だったから、明日のお昼には会えるかな? 楽しみ。でも工藤さんがそんな子供の下着に興味があったなんてねー、意外ー」
おいっ! ……まあこれで大丈夫だろう。しかし最初の一言には引っかかるな。誰かから既に連絡が入っているのか? 念のため青柳に確認してみたが彼は関係ないそうだ。そして口外させないようにと釘を刺される。はい、分かっていますとも。
翌日の昼一時、大きな4WDに乗り、みっちゃんが来た。すっかり大人の女性である。
「工藤さんただいまー」
「おーおかえりー。何歳になったよ? すっかり綺麗になっちゃって」
「女性に年齢は聞いちゃいけないんだー」
鋭いツッコミが入った。
現在、被服デザイナーは諦めてしまったが隣町で洋服店を始めたそうだ。結構儲かっており、二号店の出展準備で実家に戻っていたという。きつく口外禁止と言いつけ、彼女達とご対面。
「ほほおーこれは逸材。あたしがデザイナーやってたら、間違いなくモデルに推奨してたわ。腕が鳴るわー!」
車からダンボールを降ろして欲しいと言われたので手伝う。三箱見える。
「おい俺こんなに買い付けるお金ないぞ。子供服って高いし」
「残念だけどそれ全部下着よ。洋服はこっちの箱の中」
というと奥から更に三箱出てきた。何万円吹っ飛ぶのかと思うと冷や汗が出てしまう。いきなり三人分だものな、仕方ないか……。
昼食がまだだというみっちゃんと一緒に、五人で食事。
「相変わらず工藤さんの料理は美味しいわ。もうお店出せばいいのに。あたし出資するよ?」
「冗談はやめておけ。俺くらいの腕で金が取れる訳無いだろ」
「えーいい線行くと思うのになー」
その後はさすがにジジイが女の子の下着選びに付き合う訳にもいかないので、三人をみっちゃんに任せて私は自室へ。居間からは楽しそうな声が聞こえる。私ももっと若ければ、居ても立ってもいられずに偶然を装いスケベな顔を晒しに行っただろう。しかし大丈夫、五十八歳のジジイはドアの隙間から覗くだけだ。
(む……見えないようにダンボールで仕切ってあるだとっ!? くそっ、その為のあの大量のダンボールかっ!)
仕方がないので一声かけて商店街へ。カフェも休みなのでさっさと買い物を済ませて帰宅。丁度服装が決まった所だった。
サイキは白を基調に赤チェックのスカート。ナオは背丈があるのでタイトなデザインのジーンズ、リタは黄色いフード付きだ。さすがみっちゃん、どれもよく似合っている。
「似合ってるなー。俺のも頼もうか?」
「あたし女性専門だから。ジジイの服装はしないよーだ」
ひどい言われようであるが、昔からこうだったのを思い出した。
値段を聞いたら初回限定、無料でいいという。その代わり写真を撮らせろとの事。
「写真はさすがにまずい。色々と事情があってこの子達の事は秘密にしたいんだ」
「分かってるわよ。私達にしか見せないんだから。約束します」
うーんと考え、渋々許可を出そうとしたのだが、ふと気が付いた。
「うん? 私”達”って何だ”達”って。昨日の電話でも既に何か知っているような口ぶりだったし。何か隠してるな。重要な事なんだ、全部吐け」
「あ、いや、それはその……」
「誤魔化すんじゃない!」
私の半ば怒鳴るような口調に観念したのか、みっちゃんが自白した。
……驚いた。私物のノートパソコンを弄るみっちゃんが、とあるサイトを私に見せた。
「長月荘SNSって言ってね、ここで過去の住人達とやり取りしているのよ。長月荘や工藤さんに何かあったら皆で協力し合いましょうって。このハンドルネーム”HTake”っていう人が管理人でね、そこで今、長月荘には女の子が二人入居しているって話が出ていたのよ。まさか三人目まで居るとは思わなかったけどね。あーあ、見つかっちゃった」
HTake……竹口はじめだ。IT社長の彼ならこれくらい造作もない。あれだけ口外禁止と言っておいたのに……。
がっくりと肩を落とし落胆する私。サイキが代弁してみっちゃんに説明してくれた。事態を理解し、どうしようと、うろたえるみっちゃん。
「みっちゃんが悪いんじゃないさ。俺の監督不行き届きだ……」
「とりあえず、見つかった事だけは報告するです。ここと青柳さんと渡辺さんにです」
リタの言う通りだ。まずはここにみっちゃんから私に見つかったと報告を入れさせる。次に青柳に謝罪する。内容を確認次第折り返し連絡をしてくるとの事だ。最後に渡辺。
「渡辺、すまん。長月荘SNSってので俺達の事が書かれてる。やっちまった」
「……そうか、仕方がないな」
いやに冷静な渡辺。しかし今までの全ての苦労が水の泡だ。マスコミに報道協定まで結ばせておいて、この失態だ。謝り続けるしか言葉がない。
「……工藤さん、俺もメンバーに入っているんだよ」
……なに!?