水上戦闘編 8
水曜日の襲撃は赤鬼と深緑だけであり、ものの数分で片付いたので被害はほぼなし。
木曜日は赤鬼青鬼と深緑。相変わらずあっさりと倒して被害微少。
本当に三人とも強くなったなあと思う。サイキの初戦は赤鬼一体にすら手を焼いていたのになあ。
金曜日、学園を終えた三人が、カフェには行かず直接帰宅した。
「土日にプールでしょ? でもわたし達水着を持ってないから、昨日はしこさんにお願いして休みにしてもらったんだ。荷物置いたら駅前のデパートに行ってきます」
「行くのは構わないが、まさか子供達だけか?」
ただでさえ目立つ上にすっかり顔を知られた四人が、何かしらの事件に巻き込まれる可能性は否定出来ない。
「大丈夫だって。何かあったらすぐ連絡するよ。それにエリスにはビーコン代わりの通信機もあるからね」
「うーん、じゃあ姉らしく妹の手は離すなよ。リタは中身が大人なんだから落ち着いて周りを見て行動を。ナオは年齢的に大人なんだから皆をしっかり見ていろよ」
不安ではあるが、たまには子供達だけで日常的な何かをさせるのもいいかもしれないな。何より水着売り場に私が入れる気がしない。
四人はバスに乗りデパートへ。視点もそちらへと移動。
「ねえリタ、エリスの髪の色も変えられないかしら?」
「うーん、こう見るとやっぱり必要ですよね。方法自体はあるですよ。でもエリスがいいと言うとは思えないです」
バス後部の二人掛け椅子に分散して座った四人、前にサイキ姉妹、後ろにナオリタコンビ。小声で喋っていた後方の二人だったが、サイキ姉妹が同時に振り向いた。
「聞こえてるよ。ね? エリス」
「うん。ちゃんと言ってくれないと分からないよ」
「……それじゃあ。髪の色を変えるにはスーツの機能を利用しているですよ。でもエリスは着用していないので無理ですよね? ならばその機能だけを取り出して使えるようにすればいいですけど、それには体に何かを埋め込むか、常時身に着けているものを改造するかの二択になるですよ」
全く同じタイミングで頷くサイキ姉妹。ナオはそれをみて噴き出しそうになっているが、リタは冷静に説明を続ける。
「でも、エリスが普段肌身離さず着けているもので改造可能なものといったら、髪どめかその腕輪だけですよね。さすがにエリスの髪どめのサイズでは無理があるですから、つまり腕輪を改造するしかないですよ。でもサイキからもらった大切な腕輪に手をつけるのは、さすがに気が引けてしまうですよ」
するとエリスは、あっさりと腕輪を外しリタへと差し出した。これには後方二人、驚き。
「確かにおねえちゃんからもらった大切なものだけど、リタの手が入れば、それだけもっと大切なものになると思うなあ」
と、そして姉妹目を合わせ「ねー!」と声が揃った。
「……何なんですかね、この姉妹は」
リタは腕輪を受け取りながら、心の奥底から渾身の一言を叩き込んだ。そして隣のナオは遂に噴き出し笑ってしまった。
「あはははは、もう何それー。あんた達本当に血の繋がりないの? 信じらんない」
赤髪の姉妹は目を合わせ、同じく大笑い。唯一リタだけはどう改造するかという事に頭が行っており、仏頂面であった。
デパートの中はさすがに人が多く、保護者なしでの初来店に緊張の色が見え隠れ。
「とりあえず目的のものをさっさと手に入れちゃおう」
という事で一直線に婦人服売り場へ。
「うーん、時期外れだからやっぱり見当たらないわね。ちょっと店員さんに聞いてみるわ。……変装するべきかしら?」
ナオは一旦更衣室に入り、髪の色を変え、眼鏡を装備。
「あはは、やっぱり似合うなあ。ナオ将来は学校の先生になっちゃえばいいのに」
「先生ねえ。まあそういうのもありかもしれないわね」
そう言いつつ眼鏡をクイッと上げる青柳の仕草を真似するナオ。一同は、やはり楽しそうに笑っている。
「聞いてきたわよ。別の階だって」
全員仲良く移動。一つ上のフロアにその売り場はあった。
「時期が外れているから、ちょっと少ないですね。多分今回しか使わないですから、あまり高いものじゃなくてもいいかもですよ」
「そうね。……リタの予想では来月だったわよね?」
「そうです。なので三月の頭にもう一度、という感じです」
意味深な会話の二人に対し、サイキ姉妹は楽しそうにはしゃいでいた。
「エリスはフリル付いたのが似合うよー」
「じゃあおねえちゃんこれにする?」
「えっ、そ、それは……布少な過ぎない?」
等など。
「ねえそっちは決めた?」
「まだよ。ってかあんた達ちゃんと値段見てるんでしょうね? お金貸さないわよ」
「えーそんなに気にしなくても大丈夫だっ……て……」
言われて値段を確認したサイキが青くなった。
(うわっ、桁一つ違った……)
急ぎエリスの選んだ水着の値段もチェックするサイキ。
「エ、エリスはあんまり高いの選ばなかったんだね。あははー」
「おねえちゃん、買い物するのに値段見ない人はいないよ。んもう……」
エリスに呆れられ、しょぼくれ無言で選び直すサイキであった。
「皆買ったわね? よし、それじゃあ……何処に行く?」
いざとなると何処に行こうか迷う一同。とりあえず当てもなく色々なお店をめぐり始めた。十分ほどうろついて、ようやくサイキが行く場所を決めた。
「あっ! 地下行こう? 前に工藤さんと来た時は、試食途中で切り上げさせられたよね。あの続き」
「それ、間違いなく晩御飯が入らなくなるわよ? それに前回凄く混んでいたじゃないのよ。何かあったらどうするのよ?」
「えーでもリタもエリスも行きたいよね?」
と、振り向いたサイキの目に映るのは方々に目が行ってきょろきょろしているリタだけ。
「……あれ? エリス何処行った? あれえ!?」
「え!? あんた姉なんだからちゃんと見てないと駄目でしょ!」
一斉に周囲を見渡す三人。しかし陳列棚やワゴンなどの障害物で見通しが悪い。
「あ、このためのビーコンですよ! えっと……ん?」
リタの表情が焦りに満ちていく。
「……信号、ロスト……です」
「え、えっと、どどどどうしよう!? まさか誘拐じゃないよね!? また別の世界に飛ばされたりしてないよね!?」
「ま、まずは落ち着きなさい! ま、まずは、そうね、まずは……リタどうする?」
「こっちに振らないで下さい! えっとですね、えっとえっと……」
大混乱の三人。すると案の定、放送が掛かった。
「東町からお越しの、さえき様、お連れ様がお待ちです」
「わたし……で、いいんだよね? 急ごう!」
大急ぎで指定の場所へと駆ける三人。サイキは最早泣きかけである。デパート内を走る三人は、ただでさえ目立つのに、更に大目立ちである。
息を切らし、ようやく到着。
「すみません! えっと、サイキですけど……」
すると担当者はぽかーんと、唖然とした表情。
「えーっと……呼んだのはサイキさんじゃなくて、さえぎさんなんですよ。紛らわしくて申し訳ありません」
「ええっ!? ちょっと……どうしよ……」
三人顔を見合わせ困っていると、本物のエリスが向こうからやってきた。その表情は物凄くお怒りである。
「おねえちゃんたち何処行ってたの! もう! 探したんだから!」
「いやいやエリスこそ何処行ってたの! 心配したんだから!」
「ぼくトイレ行くって声掛けたよ! 何で三人もいて誰も聞いてないのさ! 大体何でおねえちゃんが気付かないのさ!」
これには反論する言葉を持たないサイキ。
「……ごめんなさい」
エリスはナオとリタになだめられ、ようやく収拾がついたのだった。
「一気に気力を削がれたわね。もう素直に帰りましょうか」
「無駄に気疲れしたです」
「誰のせいだろうね」
「それぼくの台詞だよ」
溜め息を吐き、トボトボと店を出た四人。ふと横に目をやると、デパートの店先で露店たいやきが売っていた。
「……たまにはいいかもですね。ちょっと買ってくるですよ。ちゃんと待っているですよ?」
「大丈夫、分かってるって。あーわたしも食べたいから、あんこ買ってきて」
「ぼくもあんこ」
「私は一緒に買うわ。そこの姉妹は一歩も動かない事!」
「はあーい」「おねえちゃんを見張っておきます」
サイキ姉妹は待機。ナオとリタで売店へ。
「いらしゃいませー。……おっ」
店員が二人に気が付いた。
「あんこ二つと……クリーム。リタは?」
「うーん、リタもクリームにするです」
「あんこ二つクリーム二つねー。四百八十円です」
「一番大人として、ここはリタが払うですよ」
自称大人のリタのおごりとなった。
「はいおまちー。熱いから持つ時気をつけてねー」
茶色の紙袋に入り、更に白い袋に小分けされたたいやき。
「買ってきたですよ。歩きながらは行儀が悪いから座って食べるですよ」
「これくらいならば晩御飯に影響はないよね」
近くのベンチに腰掛け、袋を開け配ると、二つも多く入っていた。
「うーん……?」
どうしようかと残り三人の顔を見るリタ。
「オマケしてくれた……のかな?」
「……みたいよ」
店員と目が合った四人はそれぞれ軽くお辞儀。店員はにこっと笑顔。
「こっちが四人いたから、二つもオマケしてくれたみたいね。半分にして食べましょうか。これならば全員に行き渡るでしょ」
「たいやきは左右非対称です。どちらを取るかで中身が……」
と話し始めたリタに、強制的に頭の側を渡すナオ。
「簡単じゃないの。リタがおごってくれたんだから多いのを持っていくべきよ。サイキもお姉ちゃんなんだから……って、この二人はどっちも子供だったわね」
呆れるナオ。サイキ姉妹はどちらが多い側を取るかで喧嘩中。
「あんた達、さっさと食べないとリタが食べちゃうわよ!」
「え……んがおー食べちゃうですよー」
突然話を振られ、仕方がなく乗るが微妙にズレているし怖くも何ともない。そんなリタにサイキが気を取られている間に、エリスが横からあんこの多い頭の側をガブリと一口。
「あっ! んもー……」
「サイキもお姉ちゃんなら譲るくらいの器量を見せないと駄目ですよ」
「……はーい」
そして帰宅となった。