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別世界からの下宿人  作者: 塩谷歩
水上戦闘編
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水上戦闘編 7

 「ただいま! あの車、直ったですね!」

 「おうおかえり。遂にな」

 リタを見ると、それはそれは嬉しそうである。勿論他の二人も満面の笑顔。あれを走らせる事がどれほどの意味を持つのか、三人ともしっかりと理解しているからこその表情だな。こちらには村田の他に青柳も来ている。青柳はこの事は知らず戦果報告が目的だったのだが、そのまま居ついている。

 「ついさっき村田が到着してな。実際には昨日の時点でナンバーが取れたんだが、最功労者のリタのいる前でエンジンを掛けるのが礼儀ってものだろ? だから今日まで待ってもらったんだよ」

 私の言葉に、リタが嬉しそうに頷いた。やはりな。

 「実は工藤さんも、子供さん達が帰ってくるまではと、細かくは見ていないんですよね」

 「あはは、工藤さんらしいなあ。じゃあ早くしよう!」

 サイキに急かされ、それではと車を車載車から降ろす。一旦降ろしてからエンジンを掛けたいので、こういう事には慣れているサイキに移動させた。

 「やっぱりお前のそれは便利だなあ」

 「えへへ。でも人に使う装備じゃないってのがよく分かるでしょ? 自分でも、わたし何でこんなの載せたんだろう? って思う事があるんだ。何でだろうね?」

 自分でも疑問に思っているのか。しかしその表情はどうだと言わんばかりである。


 村田から鍵を受け取り、早速運転席へと滑り込む。

 「さて……」

 鍵を鍵穴へと差し込もうとするが、私の心の未だ錆びた部分が最後の抵抗を始めた。手が震えて鍵穴から逃げるのだ。横で見ていたサイキがそれに気が付き、私へ一言。

 「この車も、十五年待っていたんだね」

 年甲斐もなく、思わず涙が出そうになってしまった。そして、その言葉のおかげで私の心の錆は全て落ちきり、私の手の震えは止まり、導かれるように鍵穴へ。

 「……さあ、目を覚ます時が来たぞ」

 セルを回す手に思わず力が入る。そして遂にエンジンに火が入った。

 「おお……はっはっはっ、さすがにエンジンは換えているから音が違うな。しかし……よく生き返ってくれた」

 私は最初にリタを助手席に乗せた。リタにはその権利がある。

 「よく生き返らせてくれたな。感謝してもしきれないよ。本当にありがとう。……ははは、なあに泣いてるんだよ」

 リタも感極まったか、にっこり微笑みながら袖で涙を拭う仕草をした。

 「何というか、ここまでちゃんと感謝されるような事を成し遂げたのが、リタも初めてで……リタも嬉しいです。直させてもらって本当に良かったです。リタからもありがとうです」

 技術者、開発者とは言っても直接に感謝される事はないものな。私とこの車のような関係であれば尚更だ。手を伸ばし頭を撫でてやると、頷きながらも余計に涙が止まらなくなってしまった様子である。


 大きく深呼吸をして、ようやく涙を止めたリタ。そして何か、少し笑った。

 「ふふっ、実はですね……」

 と、ダッシュボードを開けるリタ。覗き込むと一枚の鏡面加工された十五センチ四方くらいの板が出てきた。そこには何度か見た事のある、読めない文字が彫ってある。

 「ああ、それお前達の世界の文字だろ。何て書いてあるんだ?」

 「上からサイキ、ナオ、リタ、エリスですよ。本名じゃなくてあえての呼び名にしたです。裏面は磁石なので何処にでも貼り付けられるですよ」

 「ははは、また粋な事してくれたな。思い出がどんどん増えるじゃないか」

 また頭を撫でると、よく耳が跳ねて喜んでいるのが分かる。

 「改めて説明するとですね、基本的にリタの世界の技術は使ってないです。部品を作った時くらいですね。何というか、そこは踏み込んじゃいけない気がしたですよ。なので新車時の状態を、なるべく忠実に再現しているつもりです。唯一違うのはエンジンだけと言ってもいいと思うです。その説明はリタよりも村田さんに聞いて下さいです」

 「はい。えーとですね、元は百二十馬力くらいのエンジンだったんですが、今載っているのは百六十馬力あります。でも燃費はこちらが勝っていますし、エンジン自体も新しいものですから、結果いい事尽くめですよ。と言っても保険料はどうにもなりませんけれどね。今後車検を取る時はうちに持ってきて下さい。最後まで面倒を見させてもらいます」

 なるほど、村田とリタの案は大正解という訳だな。


 「それじゃあ私はこれで。これでも結構忙しいんですよ」

 と言い残し村田は帰って行った。次に青柳だな。

 「私も引き上げます」

 「うん? でも戦闘の報告がまだだぞ?」

 すると青柳にしては珍しくまともに笑顔になった。

 「いえ、工藤さんがあまりも嬉しそうなので、水を差すのもどうかなと。細かい話はまた夜に連絡しますが、繁華街にしては被害は少なかったですよ。……ああ、一ついいですか? 運転には気を付けて下さい」

 警察らしい注意喚起だな。

 「よし、そうしたら車だとすぐだけれど、カフェまで送るぞ。ついでにはしこちゃんにも自慢したいからな」

 「やった! わたし達も楽しみにしてたんだ。あ、でも無理はしないで下さいよ」

 「ははは。そうだな、初心に帰って慎重に運転しないとな」


 子供達は何処の席に座るのかと思っていたのだが、リタは助手席から降りる気はない様子であり、後部座席の運転席側にナオ、助手席側にサイキ、その間に挟まれる形でエリスが座った。

 「シートベルト締めろよ。さすがに切符切られるのは勘弁だからな」

 準備が整い出発。マニュアル車であるが、事前に青柳に教習してもらたおかげで、我ながらスムーズに運転出来ている。半クラも出来ているし、エンストもせず快調。それにこいつも随分と機嫌がいい。まるで十五年ぶりのドライブを、こいつ自身が楽しんでいるようだ。

 「……ただいま」

 走行中、ふと口から一言零れ出た。その事実に、何よりも私自身が驚いた。ようやく私は過去から逃げるのをやめ、妻と娘の顔を見られるようになったのだと、家族の元へと帰ってきたのだと、しみじみと実感し、またそれを私自身が喜んでいるのだ。

 不覚だった。隣に座るリタに指摘されるまで、私はずっと満面の笑顔だったのだ。

 「リタは、こんな素敵な機会を得られて、本当に嬉しいです。技術者冥利に尽きるですよ。やっぱりリタは、武器よりも、人の笑顔を作れる技術者になりたいです」

 「なれるよ。誰よりも失敗の痛みを知っているリタならば、なれる。俺が言うんだから間違いないぞ」

 運転中なので目線を外す訳にはいかないが、それでもリタが頷いたのは横目で見えた。


 商店街に到着。カフェに近い駐車場という名の空き地に車を止め、皆でカフェへ。

 「遅くなりましたあ。すぐ準備しますね」

 三人は止まらずに店の奥へと消え、エプロン姿で手伝いを開始。私とエリスに関してはもう手を上げて目線を送るだけで注文が済んでしまう。

 私はどうやら、愛車を自慢したくて仕方がないらしい。

 「工藤ちゃーん、良い事があったのが顔に出てるわよー」

 やはり察しのいいはしこちゃん、私の表情一つでおおよそ見抜いてしまったようだ。

 「ああ。ここ十五年で最も嬉しいかもしれないな。実はな、俺の愛車が今日、遂に動いたんだよ。今も慣らしがてら、子供達を乗せて運転してきた所だよ」

 するとはしこちゃんはかなり驚いた様子。

 「ええーっ! ビックリ! あれ直せたの? いやー良かったわねー。あ、写真撮ってSNSに投稿しなさい。皆喜ぶわよー!」

 「ははは。そうだな」

 はしこちゃんでもこれだけ喜んでくれるのだ。皆も喜んでくれるだろうな。

 「小さなお祝いだけれど、今日は私のおごりにするわよ」

 これには私も嬉しい。


 カフェを出て買い物。今日は、二人の帰り道を言い当てたエリスの要望を聞く。

 「えーっと……」

 悩んでいる悩んでいる。

 「サイキはオムライス、ナオはハンバーグ、リタはカレーが好物だ。同じのでもいいし、違うのでも構わないぞ」

 牽制という訳ではないが、念の為。

 「うんと、最初に食べたの……は、ダメですよね?」

 「エリスが来て最初に食べたの……ああ、あれはさすがに無理だ」

 エリスが最初に長月荘に来た日には、青柳も居たのでオードブルとケーキを用意したのだ。さすがに平日でそれは厳しい。そして残念そうにするエリス。

 「ならばデザートにケーキを買っていくのでどうだろう? エリスの好きなのを選んでいいぞ」

 途端に表情が輝き出した。こう言っては何だが、まるで子供だ。

 ケーキ屋に入ると、すぐさま陳列棚に顔を張り付かせるエリス。やはり子供だ。しかし好きなのを選んでいいとは言ったのだが、まさかホールのチョコケーキを指差すとは思わなかった。バラで二つ選び直させると、チョコケーキとモンブランを選んだ。やはりチョコケーキなのか。残り三人の分は私が適当に見繕っておこう。


 全ての買い物を終わり、我が愛車の元へ。すると私と同年代の男性が車を覗いていた。

 「何か御用ですか?」

 「あ、いえ。珍しいのが止まっているなあと思いましてね。随分と綺麗ですね」

 「ええ。実は直して今日納車されたばかりなんですよ」

 驚嘆の声を上げるその男性。

 「っはあ! なるほどそれは綺麗で当然ですね。いやあ私も昔、これの兄弟車に乗っていましてね、それで思わず懐かしくなって近付いて見ていたんですよ」

 男性の目が爛々と輝いている。これも何かの縁か、ついでなので運転席に案内して差し上げた。

 「いやあ、懐かしい限りですよ。私も探そうかな。まあ、妻に怒られるので手は出せないですけど」

 なるほど、私の愛車は笑顔を乗せる車なのだな、と男性を見て思った。だからこそ私はそこに悲しみを乗せない為に、十五年もの間触る事すらしなかったのかもしれない。

 「ありがとうございました。お孫さんには待たせちゃいましたね」

 「いえいえ、これくらいならお安い御用ですよ」

 男性がエリスに目を落とした。そしてここでようやくエリスが例の、別世界から来た子供達の一人であると気付いた。

 「あっ! という事は、下宿先のご主人さんでしたか。いやあ……お疲れ様です」

 「ははは……どうも」

 どうやら私の心情や苦労も察しているようである。

 男性の前でエンジンを掛けると、あれっ? という表情をした。

 「エンジンは最近の車のものに載せ換えたんですよ。だから音は違いますよ」

 「あっ、なるほど。しかし音まで覚えているものなんですね。自分でも驚きました」

 男性に軽く会釈をし、エリスを助手席に乗せ、帰宅の途に就く。


 道中エリスがちらちらと私の緩み切った笑顔を覗き見てくる。言いたい事は分かるが、もう少し運転に集中させてもらいたい。

 帰宅した所で留守電が一件。誰だ?

 「村田です。早速入金確認しました。そのご報告です」

 ……おい、私はまだ入金所か請求書すらもらっていないぞ? これは折り返し確認せねば。

 「え? ちょっと確認しますので待って下さい。……いえ、ちゃんと全額一括で入金されていますよ?」

 謎の入金者現る。と思ったのだが、約一名こういう事に長けている奴がいる。

 「はっはっはっ、見つかるの早いなー」

 「やっぱり渡辺だったか。しかし結構な額だろ? 何も全額払ってくれなくてもよかったのに」

 「いやな、俺もハンドル握らせてもらいたいし、それにおまじない硬貨のお礼も兼ねてだよ。あーついでだから、自衛隊の皆様が首を長くしてお待ちだぞ」

 「……暇がない。週末じゃないと動けないし、予定を入れた日に限って天気予報が外れるんだよなあ。今週は四人と友達で温水プールで遊んでくるんだと」

 「いいなあ休み。しかし用心はしておけよ」

 という事で予定は詰まりっぱなしだな。


 夕食を食べ終わりケーキを広げると、三人は不思議そうな表情。

 「二人が帰ってくる時、何処に出るのか青柳と賭けたんだよ。エリスが正解したからケーキを買ったという訳だ」

 エリスは二個をあっさりと完食。三人は一つだけ食べて、もう一つは明日だそうな。

 「今回は長月荘の真上に出たよね。だから探さなくてもすぐ分かったよ。もしかしてリタ狙った?」

 サイキの質問にリタは首を横に振った。

 「ゲートに関しては、開け方くらいしか分かってないです。でもエリスの……」

 最後で言いよどんだリタ。どうしようか悩んでいる。

 「何となくは分かっているつもりだが、つまりエリスに隠された情報から、ゲートに関して詳しい情報が手に入ったっていう事だろう? 今更隠す事でもないだろうに」

 「……ごめんなさいです。これ以上はやっぱり言えないです」

 リタの耳が下がる。他の二人も何やら申し訳なさそうな表情をした。なるほど、大きな秘密が判明したが、それを私に話すのは好ましくないという訳だな。

 「まあ気にするな。お前達自身に関する情報ならば打ち明けてもらいたいが、技術的な話ならば俺が聞いた所でどうしようもないからな」

 頷いたリタは、まるで逃げるかのように部屋へと戻った。サイキは剣道場へ、ナオも早々に部屋へと戻り、何やら含んだ状態で今日を終えた。



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