水上戦闘編 6
「おはよう……ってもうこんな時間か。寝過ぎた」
私が起きると、既にサイキが朝ご飯と弁当を作り終えており、もう登校する準備も済んでいた。
「ナオも眠そうだけれど、工藤さんも寝坊さんだね。さっきナオから聞いて、今日はカフェに行く前に家に寄るね」
「ああそうしてくれ。サイキ、体の痛みはどうだ?
「うーん、まだ少し痛みはあるかな。ただ戦闘に支障はないから大丈夫だよ。痛みが抜け切っていないっていう感じだから」
「そうか。恐らく襲撃はあるだろうから、無理をしないようにな。それと二人とも、さっさと勉強追いつけよ」
「はーい」「了解です」
返事が来た所で三人仲良く登校。私はのんびり朝食を……これナオが作ったな。
「ぼくのはおねえちゃんが作ったお弁当の余りでしたよ」
つまり私だけナオの朝食……複雑な心境だ。
視点を三人へ。
「二人とも、まずは皆に謝りなさいよ」
「うん、分かってる」
リタも頷いている。
教室に入り、やはりすぐさま中山が飛んで来た。
「おはよー帰省どうだったー?」
「うん、えっとね……あ、その前にごめんなさい」
「なんで謝るのー?」
「なんでって……皆に心配かけたから」
すると泉が一言。
「いつもの事ですから」
周囲に小さな笑いが起こった。
「私達は、闘いがあるごとに、皆さんが大丈夫かなって心配しているから、心配をかけてごめんなさいって謝られても、今更なんです」
泉の言葉に、友達だけではなく周囲のクラスメートも頷いた。
「ありがとう。でも心配をかけた事に変わりはないから、ごめんなさい」
「うん。リタからもごめんなさいです」
四時間目も終盤、あと数分で昼休みという所で三人から手が上がった。
「っと、あれかな? 気を付けて行ってくるんだよ」
「はい。行ってきます」
屋上へと駆け上がる三人。その忙しい足音で他のクラスや学年の生徒も気付いた様子。
「リタ、これが正式な本番になるみたいよ。もしも自分に自信がなければ、せめて私達を信じなさいよね」
「もとより信じているですよ。だからこそリタも自信を持って戦うです」
屋上からの出発時、教室の窓から何人もが手を振っていた。
長月荘と通信を接続。まずは工藤から状況の確認要請が入る。
「襲撃場所は中央西の繁華街。赤鬼と緑が二体ずつ。お昼時だし敵の数も多いから、慎重に、かつ迅速に!」
「赤鬼二体はリタに任せてもらいたいです。命中率100%を目指すですよ」
そんなリタに、念の為と釘を刺しておく工藤。
「リタは随分と気合が入っているな。だが空回りだけはしないようにな」
「大丈夫です。でもその時は怒って下さいです」
リタには空回りなどしないという自信がある。だからこその発言である。
三人は現場に到着。
「やっぱり人が多いね。わたしは北のを」
「分かったわ。じゃあ私は南。西の赤鬼二体はリタに任せるわね。二人とも、急いでもいいけど焦るのは駄目よ!」
各々戦闘開始。サイキはやはりあの水晶の刀を取り出す。ナオは芦屋家の槍、リタは二丁拳銃。
最初に接敵したのはナオ。中型緑の直上から急降下し、そのまま一刺しにしてしまった。
「広い所ならば剣に遅れは取らないんだから。リタ、そっちに合流するわね」
次にサイキ。一旦地上に降りてから急接近し、旋回・停止・反転を織り交ぜつつ敵を翻弄し、切りつけている。
(切れ過ぎて怖いくらいだ)
中型緑など一撃で葬る事の出来る相手ではあるが、試し切りを兼ねての攻撃をしているサイキ。
「よし、感覚は掴んだ。これで終わりっ!」
一方リタ。
「十対一でもリタは怯まないですよ。己を信じずして何を信じようものかです」
その後方からは、既に自分の獲物を仕留め終わったナオが接近。
「リタ……っと、ちょっと様子見しようかしらね」
敢えて合流せず、リタのやりたいようにやらせる事にしたナオ。後方からはサイキもやってきたが、ナオの手振りにより状況を理解、ナオに従いリタを見守る。
リタは地上から数メートル、およそ三階ほどの高さに陣取りホバリング、そして戦闘を開始。赤鬼は二体とも、ビットを全てリタへと仕向けた。合計八体が一斉にリタへと向かう。
「……数ならこっちも負けないんだよ!」
獲物を睨む表情のリタ。感情のスイッチが入り、拳銃ではなく、新しいショットガンを取り出し構えた。
「吹っ飛べ!」
強く一言発したリタにより、スパス型ショットガンの引き金が引かれた。緑の散弾は幾つもの輝く星となり敵へと降り注ぐ。
「う、嘘っ!?」「一発であの数を!?」
上空から観戦していた二人が同時に驚きの声を上げた。それもそのはず、このたった一発でビット全滅、赤鬼も一体撃破。つまり散弾一発で九体もの数を同時撃破したのである。
最後の赤鬼へ向け、リタは容赦なく対戦車ライフルを構えた。
「最後に残った自分を恨め。じゃあな!」
赤鬼は防御体勢虚しく、銃弾がまるで薄い紙切れであるかのように風穴を開け、そして小さく消滅。
「……ふう、赤鬼二体撃破確認です」
振り向いたリタの視線の先には二人。冗談で銃口を向けると、二人とも焦り少し離れた。それを見て笑うリタ。
「おー確かリタちゃんだっけ? すげーな、格好良かったよー!」
「おかげで命拾いしたよ、ありがとう!」
などなど周囲からも声を掛けられ嬉しく耳が跳ねるリタ。しっかりお辞儀をして二人と合流し、学園へと戻る。
「それじゃあ気を付けて帰れよ」
工藤との接続を解除し、駆け足気味の速度で飛行中。
「リタちょっと、さっきのあれは何よ?」
「何って、何がですか?」
「ショットガンの一撃でビットがごっそり消えたよね。正直凄かったもん。散弾ってあんなに当たるものなのかな?」
「ああ……実は言っていない機能を一つ付けてあるですよ。きっと工藤さんには怒られるですから、秘密にしてあったです」
呆れ顔のナオと、興味津々のサイキ。
「中型白の時に、弾丸が逸れたですよね? 衝撃波で防がれていたのが原因だったですけど、それを反省して、ある程度敵を追尾するようにしたですよ。少し向きがずれていてもこれで命中するです」
「へえ。でも工藤さんに怒られるっていうのは?」
ナオの質問が飛ぶ。
「弾道の計算に使用者、つまりリタの脳を利用するです。だから使い過ぎると脳への負荷がダメージに変わる危険性をはらんでいるです。早急に改善するつもりではあるですけど、それにはもう一度研究所に戻る必要があるので、ある意味で命を削ってしまう状態のままになってるですよ」
「なるほどね、それは間違いなく怒られるわね。というか、私も怒るわよ。リタの事だから常時ではないでしょうから、普段は使用禁止。いいわね?」
口調は優しいが、軽くリタを睨むナオ。それに対してリタは少し笑った。
「ふふっ、大丈夫です。そう言われると思ったから隠していたですし、今言ったですよ。それに散弾九発でも脳への負荷は思ったほど高くなかったですから。四桁の割り算くらいですよ」
「……じゃあそう工藤さんにも説明しなさいな。これ以上無闇に心配かけさせちゃ駄目よ? 工藤さんって、あっけらかんとしているようで、その心の内では私達の力になれていないっていう想いに苦悩しているんだから」
頷くリタ。サイキも同じく頷いた。そして学園屋上へと到着。
「よいしょっと。もうお昼だね」
「もう、というか、早く食べないと休み時間終わっちゃうわよ」
「あ、おかえりー。ねーねー三人の怖いものって何ー?」
そして教室に戻った途端、この中山である。
「何よ唐突に。まずは説明をしなさい」
「泉さんが襲われた後、リタちゃんと一緒に帰った時に空から帰ったって話しててね、高所恐怖症じゃ無理だなーって話が出たんだよね。それで三人は何が怖いんだろうって話になったの」
木村の説明に三人も納得。
「そうね、私は……あいつらに対しての一定の恐怖心は持っているわよ。何を言おうとも命を賭けた戦いである事に変わりはないからね」
その答えに不満の中山。
「えーそういうのじゃなくて、虫が怖いとかー」
「あっ、ふふっ、そっちね。怖いっていうか苦手なのは虫の羽音。全身むず痒くなっちゃうのよね」
皆一様に納得。ナオの耳の事を知っているので尚更である。
「リタは……実は水に潜るのが苦手です。水自体に怖さはないですけど、耳が上に付いているので水が入りやすくて、入ると平衡感覚がおかしくなっちゃうので」
「じゃあブールに行くのって……」
それを聞いて泉が申し訳なさそうな顔に。
「プールで遊ぶ位ならば大丈夫ですよ。それに人が一杯いる所では耳は隠すつもりですから。そうすれば水も入りにくいはず。後は潜らなければ大丈夫です」
ほっとする一同。そして視線はサイキへ。
「わたし、恐怖心ってあんまりないからなあ。ああでも今回の事はもう絶対嫌だ」
「やっぱり違う方法を探るべきだったですね……」
ナオを挟んだサイキとリタとの会話に、皆興味津々。
「あー……今回あっちに戻って、ちょっと痛い思いをしたんだ。やっぱり痛いのは皆嫌でしょ? そういう事」
サイキの煮え切らない表情と言葉に、最上が一言。
「なんか、痛いで済んでない気がするんだけど」
真意を突かれたサイキは困り顔である。
「えっと……あはは、まあ色々あったんだ」
一方リタは冗談めかしたようにではあるが、詳しく話を始めた。
「まずサイキの身体検査をしたですよ。それで異常があったので、ベッドに括り付けて一切身動きが出来ないようにして、麻酔なしで手術してやったです。地面に固定されたベッドが揺れるほど、泣き叫んでいたですよ」
「うわーすげー痛そうなんだけど」
思わず顔をしかめる一条。皆も引いている。
「あはは……そんな感じだから、あれは二度とごめんだよ。……本当」
サイキの溜め息に、周囲は何も言えなくなってしまった。
放課後になり三人仲良く下校。最近は途中まで泉と相良も一緒である。
「サイキ今日はどうするの?」
「行くよ。さすがにこれ以上開いちゃったら鈍りそうだし、それに骨替えてから初めてだから」
「骨替えてって何よ?」
「あー、昼に言ってた痛い話の事」
「ふーん。まあいいや」
あまり興味なさげな相良であるが、根掘り葉掘り聞くと気を悪くするだろうと、気をつかっているのだ。
そして帰宅した三人に目に映ったのは、村田自動車工業のロゴ入り車載車と、それに積まれている工藤の愛車であった。