水上戦闘編 5
リタからの報告は続く。
「今回も武器を新調してみたです。リタが五つの武器を持っているのに、サイキとナオが三つというのは不公平かなと思ったですよ。それに何よりも、技術者が目の前で使っているのを見るですから、情報収集に便利なんです。……二人には実験台みたいになってしまって申し訳ないですけど」
「ふふっ、リタが気にする事はないわよ。私だってそれを楽しみにしている側面があるからね。サイキもそうでしょ?」
「うん。何が出てきて、どれくらいの強さがあるのか試すのは楽しいよ。それにリタはいつだって正解を引いてくれるもん」
この二人の評価は、どうやらリタには意外だったようである。
「だって、実験台ですよ? もしも何かがあったら……」
「何かがあった事なんて一度もないわよ? それに私達兵士の命は軽いのよ。使い捨てる気で実験しなさい」
「あはは、でもナオ、そう言っちゃうと工藤さんに怒られるよ?」
勿論私は眉間にしわを寄せ、三人の視線を迎撃。わざとではあるが、三人には効果覿面である。
「ごめんなさい。でも、それくらいの気持ちで遠慮はいらないっていう事よ」
私は表情を戻し、少し微笑んでみせる。
「それくらいは分かっているよ。もう何度も何度もその事は話したからな。だからこそ、自分で自分の命を軽いだなんて言っては駄目だぞ」
頷く二人……だけではなく、リタもエリスも、青柳までも頷いた。その光景に笑ってしまった。
「それではまずリタから」
すると、口径の大きな銃が出てきた。色は銀色であり、部分的に黒い部品が組み合わされている。そこにリタの色である緑があしらわれ、やはり綺麗だ。
「今までのショットガンを置き換える目的で、新しく作ってみたです。元はスパスという連射出来る散弾銃です。そして今回試験的に付けてみたのが、サイズの合う石などを銃弾として装填発砲出来る機能です。豆まきの時に、サクラから豆を発射出来たですよね? それで思い付いたです」
「冗談でサイキを撃ったあれか。しかし石なんて撃って大丈夫なのか?」
「リタは大丈夫じゃない機能なんて付けないですよ。石のサイズを自動判別して、合うものだけを使うです。と言ってもそれは最終手段なので、普段使う分にはまずそんな事にはならないです。ただ、この機能が成功すれば、銃撃部隊の最大の懸案である弾切れの心配も相当に軽減されるですから、これは絶対に成功させるですよ」
かなり気合が入っている様子のリタ。もしかしてナオに感化されて自分も下克上を狙おうと考え始めたのだろうか?
「成長とは競い合ってこそ、です」
つまり二人に負けたくないという気持ちが芽生えたのか。
「次にナオです。ナオにはリタの使っていたショットガンを少し改良したものです」
「え? 新しい槍じゃないの? 私てっきりリタに渡した旗付きが新しくなって戻ってくるんだとばかり思っていたんだけれど」
リタからのお下がりという訳だが、ナオはそれに不満のある様子。ナオに渡されたショットガンは、リタの緑の装飾がそのまま黄色になっており、それ以外の変更点は……私にはいまいち分からないな。
「旗付きは諸事情により手元にはなくて、とある人物に渡す事にしたです」
「……誰よ?」
お怒りのナオに、リタ苦笑い。
「第三槍撃部隊の隊長さんにお渡ししたです。偶然にも今までの槍の修理と装備の点検に来ていたので、ナオも納得するかなと。駄目ですか?」
ナオは溜め息を吐き、首を横に振った。
「あの人ね。構わないわよ」
あの人、という言い方からして、少し不満がある様子。
「何か遺恨でも?」
「いえ、そうじゃないわ。私の尊敬する一人よ。ただあの人、槍の使い方が荒いのよ。武器は消耗品って、そういう考えの人。私はなるべく綺麗にずっと使い続けたい人だから、考えの相違があるのよ」
なるほど。私もナオ派だな。結婚当初から使い続けている中華鍋があるくらいだ。
「そして何故ショットガンをナオに渡したかというと、先日の演習の時、ナオは全く問題なくショットガンを振り回せていたですよね。……あ! というか、リタに当てたですよね! まだ謝ってもらってないですよ!」
話の途中でリタが思い出したように怒った。
「ご、ごめんなさい。でもあの時は……」
「なあナオ、最近言い訳が多くないか?」
横槍を入れると黙ってしまうナオ。どうやら自分でもそう思っていたようで、もう一度小さくごめんなさいと謝った。一方リタはニヤリと笑う。
「話を戻すですよ。ナオの弱点は狭い所で槍を振り回せない所にあるです。最初はリタが工藤さんにあげた短剣と同じようなものをと考えていたですけれど、ショットガンを問題なく使えるならば、無理に新しい装備を用意しなくてもいいだろうという判断です。でもナオ用に調整と、持ち手の改良を施してあるですよ」
「えー……」
と、やはり残念そうな声を出すナオ。
「うーん、リタの言う事も分かるけれど、やっぱりちょっと肩透かしよ。短剣でも良かったのに」
「じゃあ一つ聞くですけど、短剣の扱いは熟知しているですか? リタ達にはあの大きさの武器を振り回す知識はないですよ。それでも戦場でリタやサイキの邪魔にならない自信があるですか?」
リタの鋭い指摘に、また何も言えなくなるナオ。
「……分かったわよ! もう、こうなったら槍と銃の両刀使いになってやるわよ」
やけくそ気味だな。
「最後にサイキですが、もう既に渡してあるです」
するとサイキは立ち上がり、自慢げに新しい剣を取り出した。それはまるで水晶のように白く透き通る刀身を持った刀である。恐らく振り回すと刀身が見えなくなるのではないだろうか? 同時に今までの刀も取り出したサイキだが、並べて見ると今回のは少しだけ上下に長い。刀身は、つばの付近だけ少し赤くなっており、つばは金色、柄は赤に橙色が巻かれている。間違いなくサイキ姉妹を示しているな。
「刀身は水晶に似た鉱物で出来ているです。本当はナオがもらった芦屋家の槍の切れ味を、サイキの刀でも再現するつもりだったですけれど、これが見事に失敗したです。何故鉄を鍛えるだけであんな切れ味が出るですかね? そこで代替案として、エネルギー伝道効率が最高クラスを誇る、この鉱物を材料に刀身を製造してみたです。エネルギーの使用量が無制限なサイキだからこそ出来る、贅沢な仕様です」
するとサイキが刀を光らせて見せた。透き通る刀身が赤く輝くのだから、それはもう綺麗なもので、思わず触ってみたくなる。
「あっ駄目! 指切り落としちゃうよ!」
綺麗さに見とれ思わず手を伸ばした私に、サイキが慌てて警告を出した。
「おっと、すまん! しかしそんなに切れ味がいいのか。このテーブルなら真っ二つに出来そうだな」
「うーん……床まで真っ二つになると思うよ。研究所で試し切りさせてもらった時は、鉄も豆腐みたいに切れて驚いたから」
何という切れ味か。しかし思い返せば、サイキの剣やナオの槍で何度か鉄の標識を切断してしまった事があった。それを考えれば、より攻撃力が上がったのだから、豆腐のようにという表現は、誇張ではないのかもしれない。
「ならば試しに青柳の車を……」
冗談ではあったのだが、思いっきり青柳に睨まれた。
「あはは……うーん、明日から三日間は雨だよね? そうしたらすぐに切れ味を見せられると思うよ」
自信満々なサイキ。そして横にいるリタも同様である。これは期待せざるを得ない。
「そして最後にですが……ナオ、喜んで下さいです」
「え、私? 何か喜ぶ事なんてあったかしら……?」
ナオには思い当たる節はない様子。私も分からないな。
「いいですか、よーく聞くですよ? 前回リタが戻ってから今回までの期間、剣士隊と槍撃部隊との戦果ですが、ほぼ同一です」
「……えっ!? ちょ、ちょっと待って。それって、剣と槍が、全体で並んだっていう……そういう事?」
一瞬理解出来なかったようだが、その後は大きく驚いているナオ。やはり下克上を狙うナオには、大きな意味を持つ事柄なのだな。
「そういう事です。それはつまり、槍撃部隊の戦果が剣士隊の戦果を上回った戦場が、幾つもあるという事です。事実、ナオの所属する第三槍撃部隊が、第二剣士隊を抑えて戦果一位を取った戦場もあるですよ」
「えっ!? ちょっ……相手が第二!? あ、えっと……驚き過ぎてなんか体調おかしくなりそう。お水一杯もらいます」
ここまで動揺したナオを見るのは初めてだな。その証拠に、コップを一つ落として割ってしまった。そしてその事に驚き、余計に動揺しているナオ。仕方がないのでナオは居間に戻し、改めて私が水を持っていく事にした。ついでに割れたコップの処理は青柳が買って出た。
「……ごめんなさい。正直ね、たまに剣士隊に勝つ事はあるだろうという、その程度で考えていたの。だから、まさか第二に勝つだなんて、夢にも思わなかったわ。だって、以前までならば第一槍撃部隊が下位の剣士隊に負ける事もあったのよ? それを、第三が第二に勝つだなんて……嘘、ではないの、よね?」
不安一杯で再度リタに確認をするナオ。
「そう言うと思って、その時の戦果報告書を特別に持ってきているですよ。勿論機密資料なので、工藤さん達には見せられないです」
どうやらその資料がリンカーを通じてナオに渡ったようであり、当のナオは口が半開きのまま固まり、全く動かなくなってしまった。
「おいナオ、大丈夫か?」
「……」
反応なし。次に体を揺さぶりつつ声を掛けてみる。
「おーい、ナーオさーん!」
「……ええ……大丈夫……」
深呼吸を三度し、ようやく自我を取り戻した様子のナオ。
「ええっと……私きっと変な顔をしているわよね」
平静を装ってはいるが、それでも目が泳いでいるな。というか、まるで睨むようである。
「変な顔というよりは怖い顔をしているぞ」
「確かに怖い。ふふっ……戻らなくなったらどうしようかしら」
ようやく満面の笑顔になったナオ。ナオの言った怖いの意味は、幸せ過ぎて怖いというのと同じものだな。
「多分これを私一人の時に見たら、あまりの嬉しさに、飛んで叫んで転げまわっている所ね。それくらい嬉しい。まるで私自身が世間に認められたような気分。……よし、この勢いで第一槍撃部隊にまで上り詰めてやるんだから!」
改めて気合充分のナオ。これでもう何が来ても我々は負ける気がしない。
リタの報告が終わり、既にサイキとリタは眠そうだ。
「わたしもリタも寝られてないんだ。わたしは痛みで、リタは忙しくて。今日はもう寝ますね」
「ああ、ゆっくり休め」
エリスはサイキにくっ付きながら一緒に部屋へ。青柳もここで帰宅し、残りはナオだけ。
「……私の顔、まだ緩んでいるかしら?」
「ああ、摘んでみたくなるくらいに緩んでいるぞ」
するとナオは遂に抑えていた感情を爆発させた。
「ふふっ……ふあはははは! あー嬉しいのなんの! 槍撃部隊が剣士隊からは見下げられていたのは何度か話したわよね? それが並ぶ所か、私の第三部隊が、第二剣士隊を追い抜いたのよ? もう愉快で愉快でたまらないわ! 連中どんな顔をしていたんだろうなあ。いやあ私もそれに参戦したかったわ! あはははは!」
まさに大爆笑、笑い転げているナオ。こんなこの子は初めて見た。
「じゃあ次は万全のサイキにナオ自身が勝たないとな」
「あはは、あーそれは無理無理! ふふっ、あれに勝てだなんて、一人で世界を救うよりも無理難題!」
深呼吸をしてようやく笑いが収まったナオは、その理由を教えてくれた。
「えーっと、サイキはね、私との勝負の時も手を抜いていたの。本人は気が付いていない様子だったから無意識ね。でも相手になった私ならばそれが分かる。だからエリスが来た時みたいに暴走でもしない限り、あの子は私達に対しては本気を出さないし、もしも本気で来られたら今の私とリタでもまず負ける」
ナオは自分が勝てないという話をしているのに、少し嬉しそうである。
「サイキは自分には実力がないだなんて言っていたけれど、本当に実力がないならば、こっちの世界に来る以前に、とっくに死んでいるものよ。あの子はね、イジュルマみたいな異常な戦果を残しつつ、それでも尚相良さんの剣道場で学んで伸びている、とんでもない化け物よ。そんな化け物に実力がない訳ないじゃない?」
ナオは私の顔を見て笑顔を見せる。まるで自慢しているみたいだ。いや、事実自慢したいのだろうな。
「だから私やリタではあの子には勝てない。本人がどう否定しようと、こればかりは変わらないわね」
ナオはやはりサイキの実力を高く買っているのだな。そしてそれに気付いていないのはサイキ本人だけという訳だ。
さあ明日は私の愛車が遂に帰ってくる。恐らくは嬉しさで中々寝つけられないであろうナオと同じく、私も遠足を前にした子供のように、待ち遠しさで中々眠れなくなりそうだ。