水上戦闘編 4
サイキとリタが帰ってきて、これで青柳も入れて全員揃った。
「じゃあ報告な。こちらは特に大きな事はない。ただ明日から三日間は雨、今週末は晴れるから、ようやく隣町に遊びに行けそうだぞ」
二人とも大喜び。雨の三日間の事は一瞬で何処かへ行ってしまったようだ。
「じゃあ次にわたし達。えっと……全部リタに任せていい?」
サイキは声がかすれているのを気にしているのだろうか? というか、何故こんなにかすれているのだろう? 後で聞き出さなければ。
「了解です」
一方のリタは、さすがは主任である。報告を任せると言われた途端に表情が変わり、真剣そのものになった。
「ではまずエリスも気になっていると思うので、サイキの身体からです。最初に、ナオに撃たれた右足義足ですが、まるっきり元通りです。わざわざ改良する必要もないですしサイキにも了承をもらったので、本当に元通りに直しただけです」
するとサイキは義足を外し、それを「はい」と私に渡そうとした。
「おい、さすがにそれはやめろ。言っちゃ悪いが気味が悪いぞ」
「えへへ、冗談冗談。でもこれで日常生活も元通りだよ」
二日ぶりのサイキの笑顔。可愛いぞ。
「それから、全身の骨も検査したです。金属疲労や骨折跡などが散見されて、どれほど高負荷を掛け続けていたのかと、それはもう呆れ返ってしまったです」
リタの表情口調を見るに、本当に呆れるほど問題だらけだったようだ。
「元からある骨は強度を計算して、現在の負担を減らした装備ならば、全て大丈夫だと判断したです。そして金属疲労のある義骨は全て交換したです。サイキには物凄い負担を掛けてしまったですけどね」
「うん、正直まだ痛いもん。でも、これもわたし自身が原因だから、わたしが背負うべき痛みなんだ」
サイキはやはり何でも自分で背負ってしまうのだな。この場合は代わる事は出来ないが。
「ちなみにだが、どれほどの負担を?」
痛い話は聞きたくはないのだが、しかししっかりと把握しておきたいのだ。
「本来ならばしっかりと手術するべきですけれど、時間がないので強引な手段を使ったです。リタ達が武器を仕舞う時のように外部から義骨を消滅させ、交換する骨を出現させるという方法です。その際に、義骨に張り付いた肉が一斉に剥がれるので……そういう事です」
「うわあ……麻酔なしだったら気絶するだろうな」
するとリタが一言。
「全身麻酔でも目が覚める痛みですよ」
申し訳なさそうに苦笑するサイキだが、この数日はまさに地獄を見たのだろうな。
「もしかして、サイキの声がかすれているのって……」
「うん。そういう事なんだ」
ナオの質問に、サイキはさらっと言ってのけてくれたが、つまり激痛に声が枯れるほど叫び続けたという事だな。全くこいつは……。
「それで、昼頃までは全然声が出なくて、皆に心配を掛けさせちゃいそうだから、少し遅めに帰ってきました。でもナオの話では、どちらにしろ心配させちゃったね」
「いや、無事に帰ってきてくれれば、それでいいんだよ」
まるで私達を安心させるためであるかのように、にっこりと笑顔を見せるサイキ。
「そしてサイキの代替内臓器官ですが……破損こそないものの、やはりかなり危険な状況だったです。よくサーカス使用で壊れなかったなと、不思議になったですよ」
「おねえちゃん……やめてよ……」
「ごめん。もう大丈夫だから、ね」
深く溜め息を吐き、泣きそうになっているエリス。サイキはそんなエリスの頭を撫でている。
「えっとそれで、全部直したですよ。こっちは肉から剥がす訳じゃないので痛みはないです。代わりに内臓器官を一時的に停止する必要があったので、特に心臓は大変だったですよ。でもおかげで、特に負担の掛かる部分は強化部品に変更も出来たですから、これでかなり先まで使い続けられるです」
結局負担はあったようだが、安心した。
しかし私とは違い、青柳はまだ疑問があるようだ。
「質問よろしいでしょうか? かなり先まで使い続けられるとは言いましたが、具体的にどれほどの先までなのでしょうか?」
「うーん……二十年先までは使えると思うですが、それ以上は使用状態にもよるので、具合的には分からないです。もしかしたら、丸ごと交換するしかなくなる可能性もあるですし、そうなると間違いなく大手術が必要になるです。でもそれまでにはこの戦いを終わらせるですよ」
百年続いた戦争の、その幕を引く方法を掴んでいるのだな。
「ただ……エリスには一つ謝る事があるです。サイキには先に教えたですけど、サイキはもう身長は伸びないです」
「……身長が伸びないって、どういうこと?」
リタはどう説明しようか迷っている様子。だが、敢えてそのままで説明をした。
「身長を伸ばすためには骨が成長する事が大前提ですが、散々骨折して骨を取り替えたサイキは、骨の成長が止まってしまっているです。もしもサイキの身長を伸ばそうとした場合、それこそ全身の骨を交換して強引に身長を伸ばすしかないですけど、そうしたら次は肉や皮膚が追いつかないので、やっぱり激痛に苛まれる事になるです」
リタの説明は私ならば分かるがエリスはいまいち掴めていないようだ。そこで次はサイキが噛み砕いた表現で説明した。
「つまりね、お姉ちゃんは身長が伸びるような体じゃなくなってたんだ。今回全身を検査して、それがしっかりと分かったの。いつかお姉ちゃんはエリスに追い抜かれる事になるんだ」
「……おねえちゃんと、また離れる事になるの?」
また涙声を出すエリス。やはり今回数日間離れただけでも、実はかなり寂しかったようである。その証拠に、普段のエリスならばこのような勘違いは起こさないはずだ。
「ううん、エリスとお姉ちゃんはずっと一緒だよ。ただ今はお姉ちゃんが先を歩いているけれど、そのうちエリスが先を歩くようになるかもしれないっていう事。でもずっと先の事だよ」
サイキはエリスを抱き寄せ、頭を撫でている。エリスもサイキに手を回し抱きついている。直接血は繋がっていないとはいえ、その絆はよほど実の姉妹よりも強いな。
「サイキについては以上です。これでサイキは、より安定した戦力として見る事が出来るですよ」
「……リタ、本当にありがとう」
サイキに抱かれながらも、しっかりとリタへの感謝の言葉は忘れないエリス。やはりしっかりしている。
「次にですが、あちらの世界の現状を報告するです。今までは均衡やや劣勢という感じだったですが、現在は優勢以上に転じているです。ただリタ達のようなエネルギー使い放題の状態にはなっていなくて、そこは変わっていなかったです。こればかりはリタだけの手には負えないので、仕方がないかなという所です」
つまり彼らは、この三人には全面的に力を貸しているが、他には今まで通りという事か。その違いは何なのだろうか。
「そして装備関係の報告です。あちらにもリタ達と同じ装備を配備開始したです。ただブースターに関しては事故報告があって、早々に使用禁止にしたです」
「事故? またフラックみたいにか?」
「違うです。速さに慣れていなくての、文字通りの事故です。リタ達はサイキから学んでいるですけれど、一般の兵士はそうじゃないです。だからアンカーでの急停止も出来なくて、出会い頭にぶつかってしまったり、止まりきれず障害物にぶつかったり」
何やら私の現状と重なる部分がある気がしてしまったぞ。
「まさにいきなり速い車に乗った若葉マークだな。しかしあれだけ速度が出るんだから、ぶつかったでは済まないんじゃないか?」
「これくらいならば大丈夫です。リタだって速射型に撃たれても平気だったですよね? この装備はそこまで弱くないですよ」
どうだと言わんばかりのリタの表情。さすがは主任である。
「次にエリスに隠されていた各種資料を分析したです。これが一番大きな事ですが……でも工藤さん達にはあまり詳しくは言えないです。すみませんが理解して下さいです」
頭を下げるリタ。主任たるリタがこう言うのだから、我々は従わざるを得ないな。
「えっと、今言える範囲では、上手く行けば近日中にもこちらの世界を救える算段がつくです。ただし方法などは発表出来るレベルではないですし、発表した所で突拍子もない話なので、技術的な理解は出来ないと思うです」
「つまり、こちらの世界を救う方法は見つけられたが、どう世界を救うのかは秘密という事か」
「そうです。でもそれもこちらの世界の事情を鑑みての事だと思って下さいです」
改めて頭を下げるリタ。
「技術面でリタがそう言うんだから、俺達は従うだけだよ。後でナオとエリスには説明しておいてやれよ」
「わたしももう一回ちゃんと説明してもらうね」
どうやらサイキにも難しい話だったようである。
「ここまでが半分です。後半に行くですよ」