水上戦闘編 3
「今週末も晴れか。ようやく遊びに行けるかもな」
朝の天気予報では、火曜日から三日間は雨だが、週末三日は晴れだ。隣町の温水プール施設に行こうと子供達皆で画策していたのだが、中々予定が合わなかったのだ。
「そうね。でも一週間後を考える余裕は持てないわ。何せ三日間も雨が続くんですもの。今までを考えれば中型白の再襲撃で問題発生とか、緊急事態は色々と考えられるわよ」
「嫌な事を言うなあ。まあ確かに楽観視は出来ないけれど、今度こそは遊びに行ってやるぞという気持ちで戦闘に弾みを付けるのもいいんじゃないか?」
するとナオは大笑い。
「あっははは! そんな気持ちで戦闘に挑むなんて考えた事もなかったわ。そうね、確かに楽しい事を目標に邁進するのも悪くはないかも」
そんな私とナオに、一人釘を刺すエリス。
「でも、まずはおねえちゃんとリタでしょ。もしも二人に何かあったら、笑い事じゃ済まないよ」
「それもそうね。まずは目の前の事を終わらせないと」
「ナオがまず終わらせる必要があるのは登校だな。それとカフェはどうする?」
「うーん、後でまた連絡するわ」
という事でナオを送り出す。あの二人はいつ帰ってくるのだろうな。
昼過ぎにナオから連絡が入った。
「また学園からか」
「これくらいは許してよ。それでね、放課後から三十分ごとにビーコンを打つ事にしたわ。大丈夫だとは思うけれど、地面に埋まったりしたら困りますからね。それからカフェの手伝いは通常通り行きます。私が帰るまでには二人も帰ってくると思うわよ」
「了解した。一応言っておくけれど、無茶はするなよ」
「ふふっ、もう何度言われたかしらね。大丈夫よ」
つまりは三時半から六時半の間に帰ってくると予想出来る訳だな。晩飯は何を用意してやろうかな。念の為青柳にも連絡。こちらに来るそうだ。
と、もう一度電話が鳴った。村田からだな。
「ナンバー取れましたよ。いつそちらに搬入しますか?」
「うーん、遅くても構わないならば、六時半以降だな」
「あーっと……今日はちょっと夜は無理ですね。昼のうちでは駄目ですか?」
こちらは無理を言っている身なので、こればかりは仕方がない。一応理由を話しておこう。
「実は今、リタとサイキが向こうに戻っているんだよ。それで帰ってくるのが今日のいつになるか分からないんだ。どうせならば全員揃った所でと思ったんだが……」
「それならば……明日のお昼ごろはどうですか?」
「明日か。カフェに行く前にこっちに寄らせれば問題ないな。下校時間が三時半くらいだから、それを目安に持ってきてくれるだろうか」
「了解です。リタちゃんの喜ぶ顔が目に浮かびますよ」
そうだ、ついでなので明日はカフェまで私の運転で送ってやろう。
三時頃に青柳がやってきて、これで迎える体制は完璧かな。そして昼の三時半を回り、改めてナオから連絡が入った。
「一発目のビーコンを打ったわ。私の予想だと四時半から五時じゃないかなと思うんだけれどね。それじゃあカフェに行ってきます」
「気を付けてな。……ああそうだ、はしこちゃんに明日は少し遅れるかもしれないと言っておいてくれ。理由は秘密で」
「つまり私達に何かあるのかしら? まあいいわ、伝えておきます」
子供達にはギリギリまで秘密にしておこう。まあ、ナオにはすぐに気付かれるだろうが。
ナオがビーコンを打ったので、いつ帰ってきてもおかしくはなくなった。以前は確か数分でゲートが開いたが、さて今回はどうなるやら。
エリスは早く帰ってきてほしいのか、中々落ち着かない様子である。久しぶりにこの子の子供らしい所を見た気がするなあ。
「そうだ工藤さん、私と賭けをしませんか? 私が勝てば晩御飯は私のリクエストで、工藤さんが勝てば……エリスさんのリクエストで。どうでしょう?」
「警察関係者が賭け事を持ち出すなよ。まあ、乗るけどな」
地図を広げ、さて何処に現れるか思案する。こちらはエリスの意見を尊重するとしよう。
「まず私ですが、やはり菊山神社を中心とした何処かだと思います。なので菊山神社から北東方向の、警察署付近だと推測します」
「他の方角じゃないんだな」
眼鏡を上げ、その理由を話す青柳。
「単純です。時計回りに開くのではないかと閃いたので、北東を示しました」
いいのかそれで? しかし何故か自信あり気である。
次は私とエリスの出番だが、あっさりとエリスが一点を指し示した。ここ長月荘である。
「いや、な? もう少し考えたらどうだ? 仮にも晩御飯が賭けられているんだぞ?」
「だからこそ、ここ。絶対ここ!」
何とも強気のエリス。理由を聞こうか。
「だっておねえちゃん、最初ここに出てきたんですよね? だったらぼくが神社に出てきたので一回終わって、また最初からになるはず。それに帰る時にリタが言っていましたよね。帰ってくるのはここだって。だからぼくはそれを信じます」
「うーん、青柳よりは説得力がある気がする……。よし、それじゃあ俺とエリスは、長月荘上空に出てくると賭けよう」
さあ、後は二人の帰りを待つのみ!
時刻は夕方四時半を過ぎた。ナオの予想ではそろそろだが、果たして?
「……うーん、まだみたい」
三十分ごとに空を見上げに外へと出て行くエリス。よほど待ち遠しいと見えるが、それは仕方のない事だな。何せ本人の与り知らぬ間に過ぎた時間を除けば、これほどお姉ちゃんと離れた事もないのだから。
五時を回り、空も大分暗くなったが、まだ帰らず。五時半でもまだ。
外はすっかり暗くなった六時。ナオから連絡が入った。
「六時の分を打ったわ。でもまだみたい。私もちょっと不安になってきちゃった。六時半にもう一度ビーコンを打つけれど、それでも帰ってこない場合、七時からは十五分ごとに打つようにします」
「分かったよ。しかし不安で手伝いが疎かになるのはいかんぞ」
「あら、見られていた……訳ないわよね。何で分かったの?」
「ははは、ただのカンだよ。客が少ないならばはしこちゃんに言って早退させてもらってもいいぞ」
「……いえ。最後までやりますとも。ごめんなさいね、気を使わせてしまったわ。それじゃあ戻ります」
恐怖心には強いナオだが、不安感には弱い様子である。
六時半を過ぎ、ナオが帰ってきた。
「ごめんなさい、何か一人で歩くのが妙に怖くなっちゃって、空から帰ってきちゃいました。サイキが一人にはなりたくないっていうの、少し分かった気がするわ」
「あいつの場合、単位としての一人じゃなくて、心の中での独り、つまり孤独になるのが怖いんだけれどな」
昨日までとは違い、随分と元気のない様子のナオ。やはり三人で一つのチームなのだな。
「……ずっと先の話だけれど、きっと私は独りになると思うのよ。サイキやリタよりも寿命が倍以上長いんですもの。今まではそんな事はこれっぽっちも気にしていなかったのに、いざ二人がいなくなったら妙に寂しいのよね」
「くさい事を言うのならば、想う限りは心の中で生き続けるぞ」
言っておいて我ながら少し恥ずかしくなってきた。
「……ふふっ、工藤さんには似合わないなあ」
ようやく笑顔を見せるナオ。横の青柳とエリスも同様である。
時刻は夜七時。賭けの賞品は後日という事にして、今日はありもので作った普通の食事を用意。ナオがビーコンを打ち、五分待って何もない様子ならば先に食べる事にした。
「じゃあ、七時の分を打つわね」
すると青柳が携帯電話を取り出し見ている。
「……さあ、どうなるかしら。それで青柳さんは何をしているのかしらね?」
「ふと思って、ビーコンの電波をこちらでもキャッチ出来ないかなと。無理ですね」
「リタに緊急用の発信装置でも作ってもらうか?」
するとナオは首を横に振った。
「その必要はないわ。そもそも言葉にしなくても文字通信、メールは出来ますからね。もしも私達が拉致されたとしても、例えば星の裏側に連れて行かれて、壁の厚さがキロ単位にもなる鋼鉄の牢獄に入れられでもしない限りは、私達の通信は妨害出来ないわよ」
「……かの国ならばやりかねないな」
などと言っていると、エリスが突然立ち上がった。
「帰ってきた!」
急いで玄関を飛び出し、満天の星空を見上げる我々。長月荘の直上に丸く開いた極彩色のゲートが眩しい。エリスの読みは大正解だった訳だ。そしてそこからまるで流れ星のように一直線にこちらへと向かう赤と緑の星。ようやくだな。
「ただいま!」「ただいまです!」
玄関先の少し薄暗い照明でも分かる、赤い頭と緑の耳。着地と同時にエリスとナオが抱きついた。四人の表情からは満面の笑顔が零れる。
「おかえり! 随分と遅かったなあ。飯の用意は出来ているぞ」
「やったあ、お腹すいたあ」「何はともあれお腹を満たすのが先です」
玄関をくぐると二人の表情が本当に安心したものになった。いつもの晩御飯を運び、まるでこの三日間食事をしていなかったかのような早さで平らげる二人。
「戻って思ったんだけれど、やっぱり工藤さんのご飯は美味しいよ」
「ははは、それは嬉しい限りだ。しかしお前、声かすれてないか?」
「ああ、うーんと……後でね」
何かあったようだな。
サイキの横にはエリスがぴたりと着け、まるでもう離さないとでも言いたげである。ナオもリタの横に座り、いつも以上に密着している気がする。よし、ここは少しからかってやろう。
「二人がいなくて、ナオも随分と寂しがっていたんだぞ」
「え? ナオ、そうなんだあ」「意外です」
二人してナオの顔を覗き見ている。さてどうするかな?
「……ええ、正直に言って寂しかったわよ」
おっと、まさか素直に回答をするとは思っていなかった。
「それはそうでしょ。いざ戦闘になった場合、たった一人で切り抜けなければいけない不安感もあるし……何よりも一番堪えたのはね、家が静かなのよ。エリスも不安なせいか、あまり動かないものだから余計にね。本当、土日にあい子達が来てくれて助かったわ」
意外なほど素直なナオ。二人も戸惑ってしまった。
「……だからね、サイキの独りになりたくないっていう気持ちが分かったわ。やっぱり私のした覚悟は間違っていなかった。皆絶対に離さないわよ」
笑顔ながらも真剣な口調のナオに、皆逃げられない事を悟った様子である。これでこそナオだな。
食事も済み、一息ついた所で次の話へと進もう。