水上戦闘編 2
日曜日、今日は青柳とドライブである。
朝食を済ませ、十時を過ぎた頃に車が一台やってきた。青柳だな。
「それで、二人の予定って何なのよ? また裏で変な事を企んでいるんじゃないでしょうね?」
「あれ? 工藤さん説明していなかったんですか?」
「リタの事があって有耶無耶になっていたから忘れてたよ。簡単に説明するとだな、俺の車は分かるだろ? あれが走れるようになるから、十五年ぶりに運転する前に、青柳についてもらって練習しようって事なんだよ」
納得したナオとエリス。
「でもそれならば、ぼくたちも一緒に行くのに」
「何かあって怪我させたら大変だからな。青柳からオーケーが出るまでは慎重に慎重を重ねて……」
と言い終わる前にナオが被せてきた。
「そして失敗して笑われないように、よね? 私には聞こえていたわよ」
「ははは、さすが地獄耳。俺だって大人としての威厳を保ちたいんだよ」
「もうバレているじゃないのよ。それに地獄耳って何よ。私の耳はね……」
「はいはい、もう聞いたから分かってるよ」
そんな私とナオの会話を笑っているエリスと、いつも通り仏頂面の青柳。あちらも随分と仲が良くなっていて、エリスもすっかり青柳に懐いている。
「それじゃあこっちは行くからな。夕方前には帰ってくるよ」
という事で出発。まずは青柳運転で工業地帯の広い駐車場へ。普段はトラックが行き交っているが、日曜日なのでがらんとしていて、練習にはもってこいなのだ。早速私が運転席へ。十五年ぶりのハンドルを握る私は、やはり緊張している。自分でそれが分かってしまうのだから、かなりのものだな。
「基本操作は大丈夫ですよね?」
「いくらなんでもそこまでは忘れちゃいないよ。問題は坂道発進くらいだ」
という事で練習開始。運動の記憶は中々消えないとはよく言ったもので、自分でも驚くほどすんなり運転出来ている……はずだ。
「ええ、まずまずですよ。十五年ぶりという文面で想像するよりも、よほどしっかり運転出来ています。試しにこのまま警察署まで行きましょうか。道は分かりますよね?」
「道は分かるけれど、いきなり出頭するみたいで嫌だな」
と一笑い。路上に出てからは、さすがに青柳の顔からも余裕がなくなった。十五年という歳月は甘く見てはいけないのだ。
「……と言いつつ問題なく到着しましたね。駐車も大丈夫でしたし、今の所は減点なしですよ」
「そうは言っても、こっちは結構気疲れしたぞ」
その後は青柳の指定する場所まで運転しつつ、場所ごとに青柳から評価点を出されるのであった。
午後四時前、ぐったり疲れ果てながらも、どうにか帰宅。
「ただいまー……って、多いな」
何故か子供達の友達全員と、更に孝子先生まで来ていた。
「おかえりなさい。皆同じ事考えてたみたいで、待ち合わせなしで集まっちゃったのよ。孝子先生まで来るとは思わなかったけれどね」
「だってエリスちゃん一人じゃ可哀想でしょ? あ、それと晩御飯の買出しはもう済ませましたよー」
「何だ、皆晩飯食べる気満々なのか」
若干呆れる私。何せ住人三名に対して客が八名だ。念の為確認した所、見事全員に晩飯をこちらで食べる気だった。では買出しの結果は何かと、訝しげに袋を覗くと……大量のひき肉が目立つ。これはハンバーグという事かな?
「正解よ。昨日は結局簡単なもので済ませちゃったじゃない? だから今日は私のリクエストを聞いてもらいます」
「という事はお前はハンバーグが好物か。三人とも舌が子供だな」
「工藤さんのご飯が美味しいのがいけないのよ、なんてね」
冗談めかして笑うナオ。ああハンバーグを楽しみにしているのだなと、そう感じ取るには充分である。私は少々からかう事はあっても、人の趣味趣向に口出しはしないので、例え横にいる青柳がナオと同じくそれを楽しみにしている表情であっても、何も言う事はないのである。
「要望出したんだから手伝えよ」
という事で当のナオも手伝わせる。さてどうするのかと思ったのだが、喜々として参加した。
「帰ってからも作れるように、今のうちに色々覚えておきたいのよ」
ナオからこういう話が出てくると、やはり四人は確実に、着実に作戦達成へと進んでいるのだなと感じる。そしてそれはつまり……。
「……何神妙な顔しているのよ? そんなに私の料理が怖いのかしら?」
「ははは、そうだな。ハンバーグから魔物が現れないように気を付けないと」
軽く笑って見せる私。ナオも笑っているが、恐らくは私の心は読まれている。でなければ、今更自分の料理の腕を話に持ち出すはずがない。分かってはいるのだが、やはり一気に四人もいなくなるのは大きな事であるから、どうしても脳裏を過ぎるのだ。
一方のエリスだが、ナオがいなくなった代わりに最上が防衛に当たっており、最上はすっかり頼れるお兄ちゃんという雰囲気である。
さて料理開始。まずはみじん切りにした玉ねぎを先に炒め、色が付いた所で止めて一旦冷やす。ひき肉に材料を入れ、こねくり回す。我が長月荘のハンバーグはチーズ等は入れない至って普通なもの。しかし友達も来ているし、たまにはチーズ入りもいいかな?
「いつものでいいわよ。私ね、普通のほうが好きなの。それこそ自分の実力だけで勝負している感じがね。でも皆に食べさせるんだから色を付けたい気持ちは分かるわよ」
「それはいいが、よそ見していると焦がすぞ」
「えっ!? ってまだ大丈夫じゃないのよ。驚かせないでよね」
勿論私監修なので、焦げるほどは焼かせないのだ。
私はソース作りを開始。といっても普通のデミソースである。特段風変わりな物を入れたり、隠し味に凝ったり等はしない。
私の料理は母親から学んだのではなく、母が仕事でいない時に、家にあった料理本を手に、見よう見まねで作り始めたのが最初であり、それが一人暮らしの時代を経て、より磨かれたという具合である。従って基本に忠実かつ手間をかけない分野が得意なのだ。
「手間を掛けない事にこだわった結果、手間が掛かるという悪循環はよくある話ですね」
「ははは、さすが男の一人暮らしが長い青柳は分かっているな。男ってのはこだわり始めると突き進みがちだからなあ」
「私の電気代節約もその域に踏み込みつつありますよ。最近は使わない家電のコードを抜いたり、警察署に泊まろうかと考えたり。さすがにこれは怒られましたが」
青柳も中々に一人暮らしに染まっているようだ。
「そういうのを止めるにはどうすればいいですかね?」
「決まってる。さっさといい嫁さんをもらって、一人暮らしではなくなる事だ」
溜め息を吐き、唸る青柳。何を考えているのか丸分かりである。
付け合せにポテトサラダも作り、完成である。やはり人数が多いので時間も結構掛かった。ナオはどうやら人数の多さに緊張していたようで、随分とお疲れの様子。
「私謹製のデミハンバーグよ。はい、お召し上がり下さい」
「いただきまーす」
私を含めた青柳誕生会参加者と昨日も来ていた木村中山コンビはためらいないのだが、それ以外の四人は躊躇している。皆ナオの料理下手の話を知っているので仕方がないか。
「警戒しなくても大丈夫だぞ。俺が監修しているからな」
「……いただきます」
ここで一番注目すべきは料理の出来る最上だろう。さて?
「うん、美味しいです。ナオさんの話を色々聞いていたから、もっと壮絶な味かと思っていたけれど、ハンバーグの空気抜きも出来ているし、パサパサに崩れる事もないしで、ある意味期待はずれかも。ははは」
「何か失礼ね。でももうあの頃の私とは違うのよ。……まだ見習いではあるけれどね」
さて私も食べよう。……うん、ちゃんと火が通っているし焦げてもいない。ナオの担当した分だけ見れば満点だな。
後は遅くなり過ぎる前に解散。木村中山コンビは親を呼んでそちらの車で帰る事にしていた。男子二名と孝子先生は青柳の車で帰宅。相良と泉さんは一緒に帰る事にした様子。
「あ、その前に工藤さん、いいですか?」
泉さんに呼ばれて私の自室で二人きり。
「あの後お姉ちゃんと和解しました。メールで言い合いにはなっちゃったけれど、私の言いたい事は全部言えたし、お姉ちゃんも理解してくれました。私の将来なんですけど、やっぱりまだ決めるには早いかなって思ったので、保留です。だってまだ中学一年生ですから」
笑顔の泉さん。どうやら問題は解決出来たようである。
「ゆっくりと考えればいいよ。泉さんの言う通り、まだ中学一年生だからね」
帰り際、改めて二人だけで大丈夫かと聞いた。
「大丈夫ですよ。いざとなったらあたしが泉さん守るから」
「ははは、まるで姫を守る剣士様だな。確かにサイキを負かした実力があれば大丈夫か。しかし暗いんだから、気を付けて帰りなさい。何かあればナオを向かわせるよ」
「任せなさい」
とナオが一言。笑いながら頷く二人を見送り、日曜日は終わりを告げた。