水上戦闘編 1
リタとサイキの帰省日。二人は学園を休み、三日間あちらの世界に戻る。特にサイキは全面的な身体の修繕が目的なので外せない。
朝一番で青柳がやってきた。念の為の監視役だな。
「もう一度確認しておくぞ。この後二人はあちらの世界に戻って、二泊三日で帰ってくる。帰宅予定時刻は午後二時ごろから晩飯前まで。これで大丈夫だな?」
私の確認に頷くリタ。やはり表情は真剣だな。
「わたしの命を預けたよ、リタ」
「……確かにそうですけど、そういう言い方をされると重圧になるですよ?」
偶然か狙ってか、これでリタの緊張がほぐれたようである。
「こっちは任せておきなさい。いざとなったらエリスもいるからね」
「うん。おねえちゃん、ちゃんと直さないと家に入れてあげないんだから」
駄目押しとばかりのエリスの一言で、その場の緊張した空気が一気に和んだ。
「リタ達が帰ってくるのはここです。待っていて下さいです」
「ああ、待っているよ」
三人は手を繋ぎ輪を作る。そして深呼吸を一つし、二人は垂直上昇。そして空に出来た極彩色の切れ目へと姿を消した。
「さて、私はこのまま登校するわね。……ふふっ、エリスそんな顔しちゃ駄目よ?」
隣を見ると、やはりこれでもかと不安そうな顔をしたエリスがいる。
「合流してから離れる事がなかったから、余計不安なんだよな? 大丈夫、俺も不安だから!」
冗談めかした私の顔をじっと見つめ、そしてエリスは噴き出すように笑った。
「あはは! ダメですよ、不安になるのはぼくの役目なんだから」
どうやら私の励ましは、よく効いたようだ。ナオも安心したと一言残し登校。青柳はナオが帰ってくるまで一緒に長月荘で待機するとの事。
「見た所、一番不安視していたのは私のようですね。しかしエリスさん、もしも何かあれば、遠慮なく私や工藤さん、ナオさんを頼って下さいね。あなたにはその権利があります」
「はい。ちゃんと分かっています。一人でどうにかしようとは思わないようにします」
相変わらずしっかりした娘さんである。
一方のナオへ視点を向ける。
二日連続で一人での登校に、やはりクラスはざわつく。
「おはよー。……大丈夫?」
やはり一番に来た中山に心配される。勿論周囲も心配そうである。
「……うん……ごめん……」
ナオはわざと暗い雰囲気を作った。周囲もお葬式ムード。
「……ふふっ、なーんてね! もう解決したわよ。勿論いい方向にね。皆見事に騙されたでしょ?」
「……」
ナオの明るい反応とは裏腹に、沈黙するクラスの皆。
「あれ? えっと、本当に円満解決したわよ?」
「じゃあなんで二人来てないのさ?」
相良からの質問に、皆頷く。
「あーっと、先生が来たら説明するわ。……だからもう解決したんだって!」
これでも半信半疑である周囲の反応に、最初の悪ふざけを深く反省するナオであった。
ホームルーム開始。ナオが手を上げ、説明の機会をもらった。黒板前まで出て、状況の説明を開始。
「えーっと、先日は皆にご迷惑をおかけしました。ごめんなさい。詳細は省くけれど、要するにリタが自信喪失状態になったのよ。その原因がサイキだったものだから、二人ともひどく落ち込んで、それで昨日は休んだ訳。でももう大丈夫よ。ねえ泉さん?」
突然話を振られた泉はオロオロとしつつ、自分の見た状況を説明。
「えっと、き、昨日の放課後に、私があの侵略者の赤いのに襲われているのを、リタちゃんが助けてくれて、えっと、自信が付いたって、言ってました」
教室中から「ほー」だの「へー」だの声が上がる。
「それで今日も休んでいるのは、二人が一旦私達の世界に戻っているからなの。一つ目は私達の現状の報告をするため。二つ目にリタだけど、研究所に今後の指示を出すために戻っています。三つ目にサイキ。あの子の装備が壊れちゃってね。その修理と全体のメンテナンスのために戻っています。二人が休んでいる理由、納得してもらえたかしら?」
皆素直に頷いた。ついでに孝子先生も。
「うん。それと二人は月曜日の午後に帰ってくる予定なので、登校は火曜日からになるわね。以上です。質問は? ……ないみたいね。先生すみません、お手間取らせました」
放課後、ナオは孝子先生に呼ばれ職員室へ。教師が集まり職員会議、もといナオからの事情説明を受けた。
「しかしその間、君一人だけだろ? もしも敵が大量に襲ってきたら……」
心配そうな定年間近の男性教師。他の教師もやはりそこは気になっている。
「その可能性はないと見ています。あいつらは今まで必ず、雨が降ると現れています。この三日間は全て降水確率ゼロ%ですから。それに、もしも襲撃があったとしても、私一人で凌いで見せますとも」
ナオの力強い言葉に安心する一同。
(クラスの皆よりもよっぽど心配性ね)
と思うナオであった。
下校時、校門を出たナオを、木村中山コンビが待っていた。
「あれ、どうしたの?」
「二人がいないんじゃ、エリスちゃんが不安がっていないかなって。この後遊びに行ってもいいでしょ?」
木村の申し出に、少し考えているナオ。
「うーん、じゃあ一つ約束して頂戴。二人の部屋には立ち入らない事。鍵はかかっていると思うけれど、本人の許可なく入るのは駄目よ。これは守ってね?」
二人とも頷き了承。
「うん、そうしたら工藤さんの許可を取るわ。ちょっと待ってて」
いつものように耳に手を当てるナオ。友達二人も、もう慣れたものである。
「……いいって。お昼も一緒に食べるでしょ?」
「それが一番の目当てだったりしまーす」
中山は正直者である。
再度長月荘視点へ。
「ただいまー」
「おじゃましまーす」
ナオが木村中山コンビを連れて帰ってきた。先ほどの連絡中に二人の目当ては分かっている。中山は私の昼食、木村はエリスである。
「いらっしゃい。エリスと、ついでに青柳もいるよ」
すると居間の入り口から、エリスと青柳が上下に重なるように、まるで漫画かコントのように顔だけ出した。
「あっははは! エリスちゃん不安になってないかなって思ったんだけど、心配無用みたいですね」
「青柳さんも可愛いよー」
すると青柳が照れている。やはり多少無理をしたようだ。
「こっちとしては賑やか大いに結構。来てくれて感謝するよ」
昼飯の準備を開始。
「よし、今回はナオに全面的に任せるぞ」
「えっ!? ナオちゃんの料理で世界が滅ぶ!?」
「なっちゃん……さすがに傷付くわよ」
珍しくボケに回った木村に、呆れ顔のナオ。という事で昼飯は、私が監視をしながらナオが作る事にした。内容はカフェで出せる程度の簡単なものである。
やはり二人も気になるようで、ナオの手つきを見に来た。
「随分と頑張ったからな、しっかり出来ているだろ?」
私の言葉に二人が頷き、居間へと戻った。一方真剣な表情を崩さないナオ。
「一人で作るのは初めてですからね。それに、友達に下手なものは出せないわ」
気負い過ぎな気もするが、まあ頑張れ。
「出来たわよ。カフェで出しているランチそのままだけどね」
青柳誕生会の時は手伝いだったが、今回はナオが全てを作った。見た目は問題なし。香りもいい感じである。問題は味。
「……どうかしら?」
やはり不安そうな表情のナオ。最初に判定を出したのは中山だ。
「うーん、普通? なんかもっととんでもない味を期待してたんだけどなー」
「私も正直もっと不味いかと思ったんだけど、普通に美味しいよ」
普段料理をし慣れている人ならばこの評価は微妙だが、散々危険物扱いされてきたナオにとっては、満足のいく評価のようであり、ほっと胸を撫で下ろしている。残りの我々三人も同様の評価であり、普通に食べられる美味しさであった。
食後、二人とナオは、エリスも交えての女子談義に花を咲かせている。
「それでは私はそろそろお暇しますね。ナオさん、手料理美味しかったですよ」
気配りの出来る男、青柳。さすがこれならばモテるな。そうだ、あの事を。
「青柳ちょっと待った。ペーパー教習の話なんだが、予定通り明日出来るだろうか?」
「ええ、構いませんよ。予定は空けたままですからね。ナオさんとエリスさんはどうしますか?」
二人を見やると、こちらの会話には気付かない様子である。
「うーん、留守番させるよ。もしもの事があるとまずいし、それに……」
二人には聞こえないように手で覆い、小声で一言。
「失敗を笑われたくない」
すると青柳はわざとらしく大声で笑った。何事かと四人がこちらを見てきた。青柳、やりやがったな。
「何の話してるんですかー?」
いの一番に中山が食いついた。さすがだ。
「いや、明日の予定をね。俺と青柳は少し予定があって家を空けるから、その間二人には留守番をお願いするよ」
「あ! じゃー明日も来るー!」
なるほど、その手があったか。というか青柳はこれを狙ったようでもある。策士め……。
「来るのは構わないけれど、俺が居ないから昼飯は出ないよ」
「じゃあ明日は近くのファミレス行こうか。エリスちゃんも一緒にね」
どうやら木村も来る気満々の様子。まあ二人だけにしておくよりは、気もまぎれていいだろうな。明日の留守番はこの友達二人に協力してもらおう。
後は若い者に任せて私は自室へ。気が付けば夕方なので解散させ、後は普段通り。
夜九時を回り、エリスが眠そうにし始めたので促すと、あっさりと一人で寝に行った。やはり素直な子は助かる。
さて居間には私とナオの二人だけ。実は少しこうなる事を狙っていた。
「さてナオ、二人だけだし何かあれば話してもいいぞ」
「唐突に何よ。……特にないわよ?」
少し残念。しかしこちらからはある。
「じゃあこっちからな。エリスの中に入っていた例の映像、警察署で見た時にはリタが編集した後で、お前達は編集前を確認したんだよな? あの時の様子から、何かしら俺の知らない秘密が入っていたと思うんだがな?」
「あ、そういう事。うーん……前提として、工藤さんにも言えない事があるのよ。こればっかりは譲れないから、理解して下さいね」
「ああ、それは承知の上だ」
彼女達に関しての秘密は大体話してもらえているが、この場合は私が知るべきではない情報も含まれていて当然である。勿論それを強制的に聞き出そうという気は毛頭ない。
「多分工藤さんが気になっているのは、私達が反応してしまったあの場面だと思う。そこは教えるわ。でもね、かなり胸糞悪い話よ」
「ただでさえ自己中心的な話だったからな。エリス用にかなり薄めた表現なんだろ?」
ナオは頷き、そして顎に手を当て、少し考えている。
「……どう言おうか迷うくらいなんだけれど、はっきり言っちゃうとね、あいつ、あの白い奴ね。エリスをゴミ扱いしたのよ。こんな役立たずの廃棄物でも自分達に有益に働けばって、そう言っていたのよ。人の命を何だと思ってるのよ」
改めて怒りが込み上げてきている様子のナオ。勿論私もそれを聞いて腹が立ってきている。
「本当、こちらの事は一切お構いなしよ。だから私達は決めたの。協力をするんじゃなくて、逆に侵攻して丸ごと潰してやろうって。勿論、なるべく血は流さないようにですけれどね」
「なるほどな。……よし、許可しよう。俺に権限はないけれどな、しかし俺の家族をゴミ扱いした奴は許せん。塵にしてやれ」
するとナオは私の顔をじーっと見つめてきて、そして噴き出すように笑った。
「……ふふっ、工藤さんって時々、よっぽど侵略者よりも好戦的になるわよね。特に私達がいわれのない中傷を受けたりすると、猛烈に」
「それは当たり前だ。誰だって家族が誹謗中傷を受ければ腹が立つものだからな。特に父親が娘を非難されたとあっては、黙って見過ごす訳には行かない。……俺自身に力がないのが悔しいけれどな」
「いいえ、おかげで私達は力をもらっているわ。工藤さん自身に力がなくても、私達が、そして長月荘の皆が工藤さんの力なのよ」
優しく微笑んでくるナオ。
「そうだな。俺は一国の長とも知り合いだからな」
恐らくは私が本気で住人に指示を出せば、相当な物量を動かせる……気がする。
一方ナオは落ち着いたものである。
「……しかしお前、エリスが来てから変わったな。何というか、母親のようだ」
「うーん、母親かあ……ちょっと嬉しい、かな。やっぱりね、自分の両親を知らないと、いざ自分がその立場に立った時の事を考えると、少し怖いのよ。……あ、これは工藤さんには愚問だったわね。だからこそ今の私の気持ち、分かるんじゃないかしら?」
改めて笑顔のナオ。
「まあ俺も、父親を知らずに育って父親になった上に、立派な父親になりきる前に、父親を廃業しちまったからな。そして今改めて父親をやっている。ははは、複雑過ぎて笑いが出るよ」
「でも、嬉しそうよ。それが答えでしょ?」
全くである。今度こそは、父親を完遂してやるのだ。血の繋がりのない四人の娘との家族を、最後までやり遂げるのだ。