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別世界からの下宿人  作者: 塩谷歩
機動戦闘編
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機動戦闘編 20

 青柳がやってきた。車は変わったが、何故かすぐにそれと分かる。

 「リタさんとサイキさんの詳しい状況はナオさんからお聞きしました。……私も安心しました。私が感じた限りでは、フラックとやらで入院した時以上に、工藤さんが憔悴していましたからね」

 するとリタは青柳にも頭を下げた。

 「ご迷惑とご心配をおかけしましたです。もう自信を持って大丈夫だと言えるです」

 「自信を持って、ですか。ならば私はそれを信じましょう」

 リタは青柳にもいい笑顔を見せた。


 「それでは、まず先に侵略者の襲撃結果から。全く何もありませんでした。人的も物的も被害はほぼゼロです。唯一、リタさんのお友達の……泉由佳さん。彼女が足を擦りむいた程度です」

 三人に笑顔が溢れた。我々もつられて笑顔になる。しかし青柳は渋い顔。

 「しかし一つ問題が。雨の降った形跡がないんですよ」

 「あ、それはもう分かってるです。泉さんから、霧雨のような天気雨がほんの一分くらいだけ降ったと聞いているです。なので、青柳さんが到着する前に路面が乾いたですよ」

 「なるほど、了解しました。しかしそんな少量の雨でも出てくるんですね」

 もしも雨と襲撃との関連性が崩れてしまったら、我々はいつ何時襲撃されるか分からなくなってしまう。そうなると色々とお手上げだ。泉さんが気を回してくれていて助かった。


 「次に、昼間の件です」

 「昼間って、リタの事よね。やっぱり街の皆に不信感を与えちゃったかしら」

 少し表情の曇るナオ。そして耳の下がるリタ。サイキもうつむいた。分かりやすい子達だ。

 「……まず、警察ならびに各所への問い合わせ件数ですが、たったの九件でした。そして全てが、何をしているのかという問い合わせですね。先日の事もあり、皆演習であろうと考えたようです。こちらとしても”実戦に近い演習で、危険性はない”と回答しました。事後承諾で申し訳ありませんが、この回答でよろしいでしょうか?」

 「ええ、お手数をお掛けしてごめんなさい。というか、それしか問い合わせが来なかったのね。意外だわ。正直な所、苦情の電話が鳴り響いているかと思っていたのに」

 「それだけ楽観視……この場合、皆さんを信じているという事でしょうね。負担にならない程度に答えていけばいいと思いますよ」

 青柳らしい言い回しだな。


 「では次は俺達から。土日月と、リタとサイキが一旦あっちの世界に帰る事になった。天気は問題ない様子だし、ナオがいるから少数ならば対応出来るが、一応そちらも警戒態勢を整えておいてもらいたい」

 「そうですか。了解しました。サイキさんの義足の事もあり、どうするのかと聞こうと思っていた所でした」

 これでこちらの準備は完了だな。

 「しかしナオさん、いくら緊急時とはいえ、自ら戦力を削ぐような真似は感心しません」

 青柳に叱られるナオ。

 「ごめんなさい。でも、あの時はこの方法しか浮かばなかったのよ。それにサイキが全力で本気を出したら、リタなんて十分と持たないわよ。そんな短時間じゃ奮起する間もないし、余計に悪化するだけよ」

 ナオの予想に、当のサイキが反論。

 「うーん、でもリタと剣を交えて……途中までは武器を交換していたけれど、それでもそこまでの差は感じなかったよ? わたし結構本気だったんだから」

 「あんた無意識に手を抜いていたのよ。リタをもう傷付けたくないっていう心の現われね。リタも、サイキが本気であんたを大切に思っている事を理解してあげなさいよ」

 すると二人顔を見合わせ、にっこり笑った。本当にすっかり仲直りしたのだな。


 さてと私は青柳に頼み、今晩の買出しへ。

 「それで献立は?」

 「リタの要望でカレーだよ。ついでに縁起担ぎにカツカレーにするつもりだ。ああそうだ、食後に節分の豆まきをするから、青柳も一緒にどうだ」

 「……正直言いまして、豆まき初めてなんですよ。以前も言いましたが、両親とも忙しくてそんな暇がありませんでしたから」

 これは丁度いい。さて誰を鬼役に……まあ各々鬼はいるか。


 買出しを終えて帰宅。すると既に三人が仲良く居眠りをしていた。サイキとリタはナオに寄りかかり、中央のナオはサイキの頭を枕代わりにしている。

 「おねえちゃんたち昨日は寝ていなかったみたいで、安心したら寝ちゃいました。どうします?」

 起さないようにと、小声のエリス。

 「ははは、いいよ寝かせてあげよう。特にリタは戻ったら無理をするだろうからな」

 本当に気持ち良さそうに寝ている。こんな伸びきった表情で帰ったら、当分は戦線復帰など出来ないだろうな。

 「……ぼくも戻れるんですよね?」

 不安そうな声になったエリス。装備を持たないエリスには、向こうの世界に戻れるかどうかという不安があるのだ。

 「リタがどうにかしてくれるさ。いざとなったら微生物の彼らに頼み込んだりな」

 逆に不安さが増したように見えるエリス。少し楽観視が過ぎたかな。


 青柳を相棒に据えての調理中、いい匂いに釣られてリタが起きてきた。サイキとナオは未だに気持ちよく寝ており、エリスは二人を起さないようにと静かにテレビを見ている。

 「これ以上寝たら睡眠時間が狂うです。と言っても明日からは確実に寝ないですけど。……リタの世界にもカレー、持ち帰りたいです」

 「すっかりカレー好きだな。そっちの世界に何があるのか俺は分からないけれど、試しに少し容器に移して、持って帰ってみるか?」

 リタの耳が嬉しそうに動いた。

 「あ、でも……世界間の移動中に変異する可能性もあるので……うーん……」

 結局はこうなる訳か。そうだ、カツの用意をリタに任せよう。

 「リタついでだから手伝え。肉を叩いて柔らかくしてから、小麦粉・卵・パン粉の順にまぶして揚げるんだ。油を使うのは、お前さんはちょっと危なっかしいから、パン粉をつける所までの行程を頼んだぞ」

 「任せるです!」

 リタにしては珍しいほどのまん丸笑顔で作業に取り掛かった。


 手つきはやはり危なっかしいものの、リタ自身もそれを分かっているようで、焦らず慎重に作業を進めている。そうだ、一つ試しに助言を与えてみよう。

 「リタ、料理ってのは化学実験や機械弄りと同じでな、きっちり段取りを踏まえて設計図通りに作れば、結果は大体同じになるものなんだよ。お前さんそういうの得意だろ? もしも料理に苦手意識があるのならば、自分の得意な分野と重ね合わせてみればいいんじゃないか?」

 真剣な表情のまま、耳だけがこちらを向いている。

 「でも、機械と食べ物は全然違うですよ?」

 「だからそういう意識を一旦捨てろと言っているんだよ。それともお前、機械弄りすら失敗するほど手先が不器用なのか?」

 「自分で言うのもなんですけど、手先は器用ですよ。……言いたい事は分かったです。ナオも料理が出来るようになったし、今度はリタもお願いしてもいいですか?」

 「そのつもりで手伝わせているんだが」

 目は真剣だが、頬が緩むリタ。やはり自分が大人であるという自負があるだけに、料理は出来るようになりたいのだな。


 そろそろ出来るぞと、寝ている二人を起そうとした所、ナオが目を覚ました。

 「あ……今何時? すっかり寝ちゃってたのね。サイキ、起きなさい」

 するとサイキが飛び起きた。

 「っ!? ……あ、おはようございます」

 「ははは、もう晩飯だぞ。しかしどうした、そんな顔して」

 サイキの表情は、初日に居眠りした時を思い出させる、恐怖に強張っているものだ。悪い夢でも見たようだな。

 「うん……なんか、久しぶりに二十四人を失ったあの時の夢を見ちゃって。やっぱりわたしが一番怖いのは、皆を失う事、独りになる事なんだなって」

 「リタの事があったから、そういう夢を見るのも仕方がないかもな。そうだなあ、失いたくないのならば精進するのみだな。それに、俺達にお前を失わせるなよ」

 「うん。肝に銘じておきます」

 サイキに笑顔が戻った。


 カツカレーは好評のうちに皿の上から消滅。特にリタは少しではあるが、自分も手伝った事で美味しさが倍増している様子だった。

 皿洗いの最中、リタが追加でお皿を持ってきた。朝食の分だな。

 「一つ聞いておきたいですけど、工藤さんの持つ武器の概念だと、ここにある調理器具では、どんなものが武器になるですか?」

 珍しい質問だな。台所にある武器といえば……。

 「うーん、まず包丁は分かるよな。お皿も投げつけたり割れた破片を突き刺す事は出来るだろ。鍋の蓋は盾の代わりになるし……ああガスボンベなんて火炎放射器になりそうだよな。それからペットボトルも水を入れれば鈍器だし……」

 「あ、分かったです。もういいです」

 焦ったように話を終わらせたリタ。

 「えっと、構想みたいなのが次々に沸いてきて、混乱しそうで……。つまりここにあるもののほとんどが武器として通用するですよね? そして一工夫すればどんなものでも武器になるという事ですよね」

 「そういう事だな。大体、拳一つも立派な武器だろ」

 「えっ!? ……あ! 殴るという行為は攻撃なので、武器……ですね」

 大きく驚いているリタ。自分で拳を握り、不思議そうにしている。

 「まさか、そこまで概念がないとはな。今更ながら驚きだよ」

 「リタもです……なんでこんな事に気が付かなかったですかね」

 ついでなので意地悪な質問をしてみよう。

 「お前、サイキに蹴られた事あるけど、あれはお前の中では何なんだ?」

 「何なん……ああっ!」

 リタの大きな驚きの声に、居間の二人も何事かと寄ってきた。よし、サイキにも同じ質問をくれてやろう。

 「サイキよ、お前何度かリタを蹴り飛ばした事があるけれど、おまえの中であれはどういう行為だ?」

 「うーん……強制移動。人力トラバーサー。ちょっと退いてねっていう意思表示……かな? でもそれが何?」

 「ははは、そうなっちゃうのか。後はリタに説明してもらえ」

 そして私は皿洗いを続行。


 後片付けを終え居間に戻ると、サイキがリタに思いっきり謝っている。青柳がその理由を教えてくれた。

 「サイキさん、リタさんにした事を攻撃行為だとは理解していなかったようです。それで、リタさん曰く説明されて理解した事で、蹴りが武器であるという概念が追加されたので、自分のしでかした事の重大性に改めて気が付き、こうなっていると」

 「やっぱりな。あいつ前に、確か黒いのが出た時に、平気でリタを蹴り飛ばした事があったから、もしやとは思っていたんだよ」

 するとナオ。

 「でも少し変なのよね。私も今回サイキを蹴り飛ばしたけれど、完全に攻撃行為としてやったのよ。この違いは何なのかしら?」

 「うーん、経験と実力の差かな? ナオは実力でここまで来て、サイキは強引な手段を使っているから、そこに違いがあるのかもしれない……。まあ何だ、要は分からん」

 「ふふっ、投げたわね。でも確かに経験と実力の差はあるでしょうね。サイキの追加装備は私には絶対に思い付かない組み合わせだし、リタの武器を構築する能力も今までの経験があってこそですからね。そう考えると面白いわね、思い付くっていう事は」

 おや、ナオさんも研究開発に興味をお持ちなのかな。


 さてさてようやく豆まきである。

 「部屋の奥から玄関へ向けて追い払うように豆を投げるんだ。仮想の敵、この場合赤鬼でも想像して攻撃、追い出そうとすればいいな」

 二階は子供達に任せて、我々は一階で豆まき。

 「うっすら昔の記憶では、俺は落花生投げてたんだよなあ」

 「落花生……ですか。工藤さん、何処出身なんですか?」

 「うーん、生まれた街は分からん。それに今更知った所でどうとも思わんよ。さて豆投げるぞー」

 長月荘の一番奥である風呂場から順に巡る。玄関前まできた所で、丁度子供達とも合流。

 「ははは、リタそれでやってたのか。壁に穴開けてないだろうな?」

 拳銃サクラを構え、そこから豆を発射しているリタ。これが本当の豆鉄砲か。

 「それくらいさすがに分かってるですよ」

 そう言いつつ銃口をサイキへと向け一発発射。

 「いいっ!? リタ! もう……リタ怖いんだけど!」

 大笑いのリタだが、サイキは結構本気で怒っているご様子。しかしそれもまた自業自得である。

 後は玄関先でも豆をまき、終了。そして解散。


 青柳は残った豆を持ち帰り、家でもまきたいそうだ。そして子供達は揃って大あくび。

 「三人とも寝てないんだろ? 今日はもうさっさと寝て明日に備えろ。エリスもあまり眠られていない事、気付いているぞ」

 あっさりと私の勧告に従い部屋へと戻る四人。やはり皆眠かったのだな。


 さあ、明日から三日間は二人がいない。もしも襲撃がある場合、厳しくなるぞ。



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