機動戦闘編 19
自信を持ち、自ら復帰宣言をしたリタ。問題なく銃撃も出来ていたし、サイキを怖がる様子もないし、これで最悪の事態は回避だな。
「あの、いいですか?」
「うん? どうした、まだ何か引っかかる事があるのか?」
少し考えているリタ。
「先に、ここからは敢えてリタの世界の言葉で言わせてもらうです」
つまりは自分の本音をぶつけるという事だな。軽く咳払いを一つし、話を始める。
「まず、今回の事、皆には心配を掛けてしまって申し訳ありません。あたしはもう大丈夫。自信を持って言います。そして工藤さん、本当に感謝しています。今のあたしの言葉なら、真実味が増すでしょ?」
「ははは、ああそうだな。しかしリタからその言葉遣いが出ると、やはりむず痒いな」
にっこり微笑むリタ。サイキの時もそうだったが、今のリタも憑き物が落ちたように、いい感じに力が抜けている。やはりずっと不安や恐怖と戦い続けてきていたのだな。
「……でも、あんな死んだふりなんてやめてよね。こっちは本当にどうしようかと焦ったんだから。もう少し性格よくしたほうがいいんじゃないの?」
「これは手厳しいな。しかし騙せたおかげでリタも壁を越えられたんだから、万々歳じゃないか」
「それ、結果論って言うんだけど」
その通りなので苦笑してしまう。やはり私は今までのリタがいいなあ。
「それからサイキ。正直まだ全てを許せている訳じゃないんだけど、もうお前は怖くない。お前よりも怖いのがそこにいるからね。そして、あたしはサイキが好きだよ。勝手に思い込んだ挙句に人に迷惑をかけて、結局解決方法が分からなくてまた思い込むんだから、本当にお前は駄目な奴だ。でも、そんなお前だからこそ、あたしは心を許せるんだ。覚えておけ」
荒い言葉遣いとは裏腹に、とても優しい声色のリタ。そしてまたじんわりと瞳に涙を浮かべ、何度も頷くサイキ。泣かない覚悟は何処へやら。
「ありがとう。わたしもリタ大好きだよ。そしてごめんなさい。多分またリタを押し退ける事があると思う。だけどそれは嫌いだからじゃなくて、リタを、皆を守りたいから」
「ふふっ、もう分かったから。でもそういう時はまず別の方法を試せ。直接手を出すのは最終手段にしろ。じゃないとあたしはお前を嫌いになっちゃうぞ?」
冗談のつもりで意地悪な笑顔を見せるリタに、サイキはあっさり騙され本気にしたようで、戦々恐々といった表情である。またそれを見てリタは笑った。
「ナオ……は後にしてエリス」
「は、はいっ!」
リタの口調に、何を言われるのかと緊張しているエリス。
「笑って許される失敗はしてもいい。でもあたしみたいな失敗はしちゃ駄目だよ。皆に心配をかけて、皆に負担をかけちゃうからね。それとサイキの事は任せときな。馬鹿が馬鹿しても大丈夫なようにしてやるよ」
「う、うん。リタ……さんに任せます」
いつも通りの表情のリタなのに、完全に威圧されてしまっているエリス。
「ふふっ、やっぱりエリスにはこっちの口調がいいですね」
「えっと……慣れれば大丈夫。えへへ」
小さい者同士、やはりお互い気を使っている様子。そして両者とも笑顔が可愛い。
さて最後にナオだな。当人も何を言われるのかと気が気でない様子。
「最後にナオだけど……」
さあ来たぞとナオだけではなく皆身構える。そのリタは、まず頭を下げた。
「あたしのせいでサイキまであんな事になって、ナオ一人に大きな負担をかけた事、本当にごめんなさい。そして、それでも見捨てずに必死になってくれた事、本当に嬉しい。感謝しています。ありがとう」
まずはほっとした表情のナオ。
「ふふっ、何を今更。私達はチームであり、家族なのよ。何があっても見捨てる訳ないじゃないの。私の覚悟はそういうものですからね。だから、リタも私達を見捨てちゃ駄目よ。サイキもね。それにエリスも、工藤さんも」
皆に目配せをするナオ。さすがである。しかしリタの表情が若干険しく変わる。
「……でーも、今回のあれ、あたしほんっとーに! 死の恐怖、命の危機ってのを感じたんだからね? あんな事はもうしないで。……うん、あたしの自業自得なのは分かっているよ。でもさ、限度ってものがあるでしょ? あそこまで本当に死ぬと思ったの、生まれて初めてなんだから!」
ほほを膨らませるリタとは対照的にナオは大笑い。
「あはは! それは良かったわ。おかげで自分が何処まで恐怖心に耐えられるか、何処までならば乗り越えられるか、嫌でも分かったでしょ?」
笑顔で頷くリタ。それを見てナオも小さく頷いた。
「でもね、だからこそ言わせて頂戴。私の与えた恐怖は、一番槍の受ける恐怖に比べたらほんの些細なものよ。だからあんたは私達の世界の、本当の戦場には出てくるべきじゃないわ。この世界から引き上げた後は、あんたはまた研究開発に没頭しなさい。それが一番あんたのためでもあるし、私達のためでもある。あんたの頭脳を使う場所は戦場じゃないのよ」
「うん……自分で言うのも何だけどさ、やっぱりあたしは兵士には向いてないね。ナオの言う通り、こっちの世界の事を片付けて引き上げたら、あたしはもう戦場には立たない事にする」
両者とも真剣ながらも優しい笑顔である。特にリタは数日前とはまるで別人のように優しい笑顔を見せている。そして今一度真剣な表情になった。
「……やっぱりナオは凄いね。素直に尊敬します。そして一緒に立てる事を、誇りに思います」
真剣な表情と、柔和に微笑む表情が交互するリタ。どちらも今までとは少し違い、けれん味がない。本当にこれがリタの本心なのだと分かる。
「ねえナオ、わたしからも一言言わせてもらっていいかな?」
ナオとリタとの話が終わったのを見計らい、サイキが口を開いた。
「わたしは無理矢理にも強くなろうとした結果、道を踏み外して邪道に走っちゃって、結果自分自身としての実力は何もなかった。それを美鈴さんとの剣道で思い知らされて、本当に悔しかった。そして今回、しっかりと剣を交えた事で、ナオが第三部隊に違わない、私とは違って正当な実力の持ち主なんだって、本当によく分かった。……正直こういうのは少し照れちゃうんだけど、でも言います。私はナオを尊敬します。一緒にチームとしてやれて、誇りに思います」
至極真面目な表情のサイキに、ナオは唖然というよりも、呆れ顔かな。
「リタもサイキも、気が早いわよ。私の目標はまだまだ先にあるの。何たって私を無下にした奴ら全員を見返してやるんだから。……でもね、私も二人を誇りに思っているわよ。尊敬は……ないかなー、なーんて。だって二人とも問題児ですからね」
サイキとリタが顔を見合わせ、そして三人とも大きく笑い合った。
「あはは、確かにわたし問題児だ。尊敬はされないなあ」
「ふふっ、あたしもこんな事してたんじゃ尊敬されなくて当然だよね」
「……でも私達三人は、お互いがお互いを誇りに思っている、最高のチームよ」
改めてお互いの顔を見合い、強く頷く三人。雨降って地固まるという事だな。
「そうだ、工藤さん。泉さんから聞いたんだけど……ああ、もう戻すね」
うん? と思っていると、口調が戻った。ついでに表情や纏っている雰囲気も普段通りの可愛い感じに戻った。やはり私はこちらが好みだ。
「それで、泉さんから聞いたですけど、今日は節分という日らしいですよね」
「あ、そうだった! 今日は二月三日だもんな。お前の事ですっかり抜けていたよ。節分ってのは、簡単に言えば、悪い鬼に豆を投げつけて、家から追い出すっていう厄除けの行事だよ」
別の世界から来たこの子達は知らなくて当然である。
「あら、リタにぴったりじゃないの。赤鬼に弾丸を撃ち込んで退治したわよ」
「恐怖心っていう鬼も追い払ったよね。本当、偶然とはいえ、今のリタにぴったりだ」
すると何かを考えている様子のリタ。そして悪戯な笑顔を浮かべた。
「ふっふっふっ、鬼なんて追い出すまでもなく退治してやるですよ。そこに赤い髪の鬼と、黄色い髪の鬼がいるですね。退治しなくちゃです」
そう言い二人に向けて、あの対戦車ライフルを取り出し構えた。さすがに家の中なので冗談に決まっているのだが、しっかり構えて狙いを定めてくるリタの真剣な表情に、二人ともたじたじである。
「食らうがいいです!」
二人のうち、サイキに狙いを定め、本当に引き金を引いたリタ。しかし出てきたのは豆である。
「いたっ……って、豆!? それ豆も撃てるの?」
「出来そうだったので試しに飛ばしてみたですよ。豆は泉さんを送り届けた時に、一袋分もらったですよ」
するとよくある半透明のビニール袋を取り出したリタ。中には確かに豆が一杯。
「そうしたら……後でだな。一旦落ち着いて、豆まきは晩飯の後にしよう」
さて、という事で一旦皆座り、お茶を一杯。
「それで、出撃前の話の続きですけど、一旦リタ達の世界に帰るならば、なるべく早く済ませたいです。……明日から三日間、お願い出来ないですか?」
「えーと、つまり土日月か。天気は……」
パソコンで週間天気予報を確認。土日月ともに降水確率ゼロ。快晴だ。
「天気は問題なし。戦闘にはならないだろうな。学園どうするんだ?」
「えっと、それも含めてお願いしたいですけど……」
なるほど、確かに祝日でもなければ、休むしかないものな。サイキも義足を壊されたせいで歩き辛そうだから、ここは休みを取るか。
「分かったよ。先に孝子先生に連絡を取ってみるか」
善は急げという事で、孝子先生へと電話。時間的にまだ学園かな?
「うん、今職員室。……どうにかなったみたいですね。朝の声とは全然違う」
「ははは、どうにかなったよ。今回は全てナオのおかげだな」
ナオを見ると自慢げな表情。本当にありがとう。
「それでなんだが、リタとサイキを一旦あちらの世界に戻す事になった」
「えっ!? これからナオちゃん一人?」
電話口で思いっきり驚いている孝子先生。
「あーいやいや、一時的にだよ。それで明日からの三日間、土日月を予定したいんだが、学園側は大丈夫だろうか?」
「……うーん、学園長に聞いてみないとかな。確認だけど、リタちゃんとサイキちゃんが、土日月で休みね? うん、折り返し電話します」
という事で一旦待機。
十分ほどで長月荘の電話が鳴った。そしてほぼ同時に携帯電話も鳴ってしまった。携帯電話は青柳からだ。そっちはナオに任せ、私は孝子先生と電話。
「許可出ましたよ。ただ二人とも今日も休んだでしょ? ナオちゃんも早退したし。勉強頑張らないとって、発破掛けておいて下さいね。じゃないと直接乗り込むぞって」
「ははは、了解したよ。そっちにも気を揉ませてしまったと思うけれど、本当にもう大丈夫だ。安心してくれ」
「はい、分かりました。ナオちゃんは明日も登校するんでしょ? 放課後説明してもらう事になると思うから、そう伝えておいてね。それじゃ」
こちらはこれで大丈夫だな。
一方ナオは普通に青柳と電話中。どうやらナオ自身から事のあらましを説明している様子。私が説明するのが省けるな。
「……はい、それじゃあ工藤さんにそう伝えておきます」
と電話を切ったナオ。
「青柳さん、こっちに来るって。ふふっ、晩御飯お願いしますって」
「あいつもすっかり馴染んだな。こっちも話はついたよ。ただナオには明日の放課後に事情説明してくれってさ。それと三人、ちゃんと勉強しないと孝子先生が乗り込んで来るぞ」
「ふふっ、分かりました。二人とも、後の事は任せなさい」
サイキとリタが頷く。本当に今回はナオの頑張りに感謝だな。
「……よし、今日の晩御飯は一番頑張ったナオの要望を聞こう」
「私? そうね、それじゃあリタの要望にしましょ。本当に頑張って恐怖を乗り越えたのはリタ自身ですからね」
確かにそうだったな。ナオの要望は明日聞く事にしよう。さてリタの要望は?
「えーっと……カレーがいいです」
という事で晩御飯はカレーに決定だな。どうせだから縁起担ぎも兼ねてカツカレーにしてやろう。材料は……買出しに行かなければ。青柳が来たら車を出してもらおうかな。