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別世界からの下宿人  作者: 塩谷歩
機動戦闘編
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機動戦闘編 18

 「敵は……赤鬼だけ。でも場所が学園に近くて……あ、下校時間と重なってる!」

 「サイキは皆を。赤鬼はリタだけで充分です!」

 さあリタの復帰試験だ。時刻は三時を回っており、丁度学園の下校時間。既にちらほら学生の姿が見え、一部は手を振っている。私は先に青柳に、現在の二人の状況を説明しておいた。

 「了解しました。昼間にあった通報はそういう事でしたか。……今回だけは不問にしておきます」

 ありがたい限りである。


 「いた! 本当に皆のいるど真ん中だ。リタ、誤射に注意してね」

 「自ら誇りを傷つけるほど愚かじゃないですよ」

 戦闘開始であるが、最初に飛び込んできた光景は、リタの心を揺さぶるには充分過ぎるものだった。

 「あれ、泉さん!?」

 リタの目線には、女子中学生がビットに捕まる光景が映った。それは私からは分からなかったが、リタはすぐに友達の泉さんであると気が付いたようだ。

 「……人の友達に手え出してんじゃないよ!」

 またリタのスイッチが入った。どうやらまだ熱は冷めていない様子だ。それともスイッチが入る事で恐怖心を和らげているのだろうか? リタは急加速、急降下し低空飛行へ。リタに気が付いた赤鬼はビット三体をリタへと向かわせた。さあリタの実力、見せてもらおうか。

 「邪魔だ! どけ!」と一言、前方に防壁を張った状態でビットへと突撃し吹っ飛ばした。荒々しい戦法、まるで別人だな。念の為に注意だけはしておこう。

 「リタ、暴走はするなよ」

 「任せておけ!」

 何とも心強い一言。リタは拳銃サクラを取り出し急停止、泉さんを掴んでいるビットへと狙いを定める。少しでも間違えば泉さんを傷つけてしまうこの状況、後方からはビット三体、前方からは赤鬼本体が向かってきている。上空からは危機を察したサイキも急接近中。これ以上ない重圧がリタに襲い掛かる。


 まるで時間が止まったかのような感覚。一瞬の判断の誤りが大きな事故を生みかねない状況にあって、リタは深呼吸を一つし、息を止め、至極冷静に引き金を引いた。

 銃口から飛び出した弾丸は、緑の光を纏い一直線に飛んで行く。そしてビットの頭部へと見事命中し、掴まれていた泉さんの頭上すれすれを飛び抜け消えた。

 リタはこの状況においても、己の命中率90%という実力を誇示してみせたのだ。これでもうリタは大丈夫。我々にそう思わせるには充分だ。

 すぐさまリタは飛び出し、赤鬼に追いつかれる前に泉さんを救出、抱え上げてそのまま上空へ。

 「泉さん、大丈夫ですか?」

 「……うん、怖かった。こわかった……リタ……」

 泣きながらリタに抱きつく泉さん。これがリタの怒りに火をつけた。

 「泉さん、首に手を回して落ちないようにしておいて下さいです。両手を使いたいですから」

 「うん……」

 小さく頷きリタの指示に従う泉さん。これで両手が使えるようになったリタは、あの対戦車ライフルを取り出した。まさかこんな状況、こんな角度から狙い撃つ気か。


 ビット三体はわらわらと動き、狙いを絞らせないようにしている様子。

 「リタ、わたしがやるよ?」

 「ここはリタに任せて下さいです。泉さんを泣かせた奴を許さないです!」

 不安ではあるが……と思ったら早速一発目を発砲し、命中。その光と音に泉さんが驚いている。

 「ちょっとだけ我慢して下さいです」

 リタの優しい口調に、泉は又頷く。そして先ほどよりも強くリタに抱きついた。

 無言のままリタは二発目、三発目と間髪入れずに発砲。それぞれが見事一撃で動き回るビットを捉えた。最後に残った赤鬼も、そのままあっさりと一発で撃破。五発発砲し全弾命中、一撃である。


 静かに路上へと着地したリタとサイキ、そして泉さん。

 先ほどまでは避難していた周囲も、戦闘の終了を察して集まってきた。そして周囲からは拍手が上がる。厳しい表情だったリタが、これでようやく笑顔になった。

 「リタちゃん、サイキさん、私の命を救っていただいて、ありがとうございました」

 静かに頭を下げる泉さん。さすが出来た子だ。

 「ううん、感謝するのはリタのほうです。恥ずかしい話、最近スランプだったですよ。でも皆のおかげで脱出出来たです。ありがとうございましたです」

 頭を下げるリタ。サイキも一緒だ。そしてそこに丁度青柳が到着した。

 「もう終わったようですね。そちらは確か、皆さんのお友達でしたよね。お怪我は?」

 「いえ、擦り傷くらいです。リタちゃんが守ってくれましたから」

 「そうですか。お二人は……リタさんの事と、サイキさんの足の事は工藤さんから聞いています。問題はなさそうですね」

 特にリタの事は青柳も気を揉んでいたらしく、とてもほっとした表情をしている、ように感じる。リタは改めて青柳にも感謝の言葉を述べていた。


 「あの、リタはこのまま泉さんを送って行っていいですか?」

 「俺よりも青柳に聞いてみるべきだぞ」

 早速リタは、青柳の車の中で念の為職質を受けている泉さんの元へ。サイキはここで別れ、そのまま帰ってくる事に。

 「……まあ大丈夫でしょう。許可しましょう。しかし歩いてですか? それとも空からですか?」

 「えっ、空からでもいいですか?」

 質問に質問で返すリタ。というか、空からという事は泉さんを抱きながらだぞ……。

 「今回だけ特別ですよ。ただし着地する場所はあまり目立たないようにお願いしますね」

 という事で、リタと泉さんは、青柳の計らいで一緒に空から帰る事に。そこからの会話は、二人だけのものにしておこう。


 一方こちら長月荘の居間。ナオは大きく溜め息を吐いた。

 「はあ……ようやく安心出来たわ。これならばまた元通りやって行ける。サイキも散々苦労したけれど、大変さではリタも中々のものだったわね」

 「お前二度も撃たれたからな」

 「ふふっ、それ、リタが聞いたら怒るわよ」

 ナオも本当に安心した表情だ。そしてエリスも、私も。

 「……ぼくも誇れるものがあれば強くなれるのかな」

 ポツリとエリスが呟いた。エリスにとっても思う所のある事件だったようだ。そしてこの一言に、ナオが反応した。

 「エリス、お姉ちゃん好き?」

 「う、うん。……大好き。えへへ」

 皆まで言う事ではないな。散々我々は見せ付けられてきているのだから。

 「じゃあエリス、お姉ちゃんを誇れる?」

 「おねえちゃんを……」

 この質問にはエリスは考えにふけってしまった。即答出来ないとは、さすがにちょっとサイキが可哀想だぞ。

 「ねえエリス、私はサイキを誇りに思っているわよ。私達の世界の住人としても、チームとしても、個人としてもね。私が誇れるサイキを、あなたも誇ってあげて」

 「……でもおねえちゃん色々問題起しているよ?」

 この返しにはナオも私も大笑い。

 「あはは! そうねえ、色々問題があったわ。でもね、サイキはそれを全て乗り越えたのよ。勿論私達の助力もあるけれど、でも実際に乗り越えたのはサイキ自身ですからね。そんなお姉ちゃんを誇れないだなんて、エリスはひどい妹さんね」

 この言葉の意味を、エリスはすぐに理解した。


 そしてサイキが帰ってきて一番、やはりエリスはサイキに抱きついた。

 「ただいまーって、またエリス何かされた?」

 「おねえちゃん!」

 「は、はいっ!」

 エリスの強い口調に、思わず姿勢を正すサイキ。

 「おねえちゃん、ぼくはおねえちゃんを誇りに思っているよ」

 直球を投げたエリス。さてお姉ちゃんは……泣いた。泣いてエリスに抱きついた。これはもうとっくに、泣かないという覚悟が何処かへ飛んでしまっているな。

 「だって、わたしの今までの事で、自分で誇れる事なんて一つもないと思っていたんだもん。人に誇ってもらえるような人じゃないと思っていたんだもん。正直、ナオとリタの話は、わたしには遠い話に聞こえていたし、工藤さんに言われても実感なくて。……だってわたし、自分で言うのも何だけど、随分悪い事もしてきたよ? それなのに、本当に誇りに思ってくれるの?」

 「当たり前だよ、ぼくの唯一のおねえちゃんなんだもん。それにね、みんなおねえちゃんを誇りに思っているんだよ。当たり前だからみんな言わないだけなんだよ」

 するとサイキがこちらを見た。

 「……言ってくれないと分からない事があるんだよ! わたし鈍感だから分からないんだよ!」

 泣き声と笑顔の状態で怒られた。その器用さに改めて笑ってしまう。


 「人に言えないような誇れない事も色々してきているのは分かっている。けれどな、お前はそれ以上に苦しんで、努力して、そして強くなったんだ。それを誇らなくてどうするよ。お前はとっくにお前自身を誇るに相応しいんだよ」

 「……えへへ、うん」

 相変わらずの可愛い笑顔である。しかしその表情はまたすぐに真剣なものへと変わった。

 「でもまだだ。まだ自分で自分を誇れるようになるには足りない。わたしは、この世界を救う事が出来てこそ、わたし自身を誇れる。そうじゃないと、わたしの事だからまた増長して失敗して落ち込んで、皆に迷惑をかけちゃう」

 「ははは、サイキらしい判断だな。……そうだな、ようやくお前も過去の自分を直視出来るようになったんだな」

 「当然!」と胸を張るサイキ。それこそが増長していると言える気もするのだが。


 しばらくしてリタも帰ってきた。一目で分かるその自信に満ちた表情。格好いいぞ。

 「深くご迷惑をおかけしましたです。セルリット・エールヘイム、戦線復帰を宣言するです!」



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