機動戦闘編 17
リタは荒療治でどうにかなりそうかな。ナオからも復活のヒントをもらい、後は実戦でどうなるか。遅い昼食を食べ終え、サイキとナオがどうやって強くなったのかという話へと移る。
まずはサイキだな。既に過去の出来事も知っており、おおよその見当は付く。
「えっと、わたしは大体話しているけれど、やっぱり二十四人に対する罪を背負っているのが一番。恐怖心は……工藤さんと出会ってからと、エリスが来てから改めて持ったかな。それまでは、わたしには失うものは何一つなかったから。昔のわたしの強さは、そこに起因する。つまりあの頃は、恐怖心を克服したんじゃなくて、捨てたんだ。……今はこんなにたくさん大切なものが出来ちゃって、それを一つでも失うのが何よりも怖い。だからこそ、それを守るために強くならなくちゃ。これがわたしの強さの原動力かな」
改めて嬉しい事を言ってくれるではないか。そしてサイキの話には誰よりもエリスが食いついている。やはりお姉ちゃん大好きっ子なのだな。
「自信や誇りは……自信は今の隊に入った時に付いたかな。大型を二十五体倒したイジュルマに対する客観的な評価が聞けたから。誇りは……えへへ、正直分からない。だって、わたしが本当のわたしとして戦い始めたのって、エリスが来てからだから」
「いや、お前には誇れるものがある。一番最初にこの世界に来た。それは純然たる事実であり、その勇気は誇るに相応しい」
「……そうかな。何か、そう言ってもらえると凄く嬉しい」
満点笑顔のサイキ。連動するかのようにエリスも笑顔。やはりこの姉妹には笑顔が一番似合っている。
「次はナオだよ。どうなの? ねえどうなの?」
からかうような口調のサイキに、ナオは憮然とした表情である。
「一番槍としての自信と恐怖心への抵抗、第三部隊の誇り。以上」
「……えっ、それだけですか?」
「それだけよ」
あまりにもあっさりとした話に唖然とする我々。ただ一人、サイキだけはその理由を察したようだ。
「……でもナオ、この際だから言いたくない事でも言うべきだと思うよ。わたしが言うのもなんだけど、ナオにも背負ってるもの、あるでしょ?」
じっと目を見詰め合う二人。根負けしたのはナオだった。
「はあ、仕方がないわね。……じゃあ昔話をしてあげましょう」
語り口調になるナオだが、これは恐らくは相当に自分の過去が嫌いなのだろう。
「昔々ある所に、一人の少女がいました。少女は……こっちで言えば十歳くらいの年齢から、兵士として戦っていましたが、ある拭い去れない問題を抱えていました。少女はとある純血を重んじる種族の中にいて、疎まれる存在であるハーフだったのです」
あからさまに誰かさんの事だな。しかし、ただハーフだからというだけで疎まれているのか。これは心の闇が深そうだ。
「少女の種族はそう珍しくもない一般的な種族であったため、部隊の中にも同じ種族は多く、常に疎まれ蔑まれ、いじめの対象になっていました。そしてそれは同種族の間だけではなく、周囲の人達をも巻き込んでいました。しかし少女にとってはそれが日常であったために、それが異常である事にはずっと気が付きませんでした」
重過ぎる少女の生い立ち話に、既に話を聞いた事を後悔をしている我々。
「ある日部隊に一人の新人がやってきました。そしてその新人は、少女に対する周囲の扱いの異常さに声を上げます。そこで初めて少女は、自分の日常がおかしいのだと気が付きました。しかし部隊の皆は、声を上げたその新人にまで手を上げるようになってしまったのです。ほどなくその新人は、戦場での援護を受けられず、生死不明のまま除籍されました。残った少女には、また異常な日常が始まります」
この時点で、サイキと並ぶ重い話に胃が痛くなってきた。
「別の日、少女の部隊は別のとある部隊と共同戦線を張る事となります。そして、その部隊の中には自分と種族は違えど、同じハーフの兵士がいたのです。共同戦線を張っているとは言っても、少女に対する部隊の中での扱いは何も変わらず、別の部隊にもその話が広まりました。少女は一つの賭けに出ました。別の部隊の隊長に、自分を拾って欲しいと頼んだのです」
「わたしとは逆だ」
サイキがポツリと一言。
「いいかしら? それで、その別の部隊長はこう言いました。”君は無理だな。長耳のハーフなんて、何処も拾ってくれないだろうし、何処に行っても同じなんじゃないか?” 少女は絶望するしかありませんでした」
空気が重苦しい……しかし、最後まで聞いてやらなければ。
「またある別の部隊と行動を共にした時に、少女の今後に大きく関わる事が起きます。作戦遂行中に、別部隊の中で人事異動が起こったのです。そして目の前で繰り広げられたのは、まさに下克上そのもの。階級が変わった途端に、それぞれに対する周囲の反応が変わったのです。ある者は突如称えられ、ある者は疎んじられた。これを見た少女は悟りました。今自分を蔑んでいる連中を見返すには、実力を付け、追い抜き、自ら見下してやるしかないと」
下克上か。リタが一旦戻った際に、槍が剣を追い抜いたと大喜びしていたのを思い出す。まさかこんな所に繋がる感情だとは。
「少女は一念発起、それまでは最後尾での残敵掃討役だったのを、志願し一番槍へと配属願いを出したのです。その時の部隊長の顔は今でも忘れない。あの、ゴミ処理が出来るとでも言わんばかりの腐りついたニヤけた口元は……絶対に忘れてやるもんか」
「……最後は物語以上の感情が入っているぞ」
「あっ、思わず……」
しかしそれも致し方ないだろう。独りで死ぬために戦ってきたサイキとは別の意味で重い話だ。
「えーっと、一番槍になった所からよね。それで……少女は死に物狂いでその職務を遂行し続けました。ある時は仲間からわざと置いていかれ、ある時は少女にだけ嘘の情報が流され、ある時は援護要請を無視され……。そんな日々であっても、彼らを見返す事だけを心に邁進し続けました。それからしばらく経ち、少女に異動の話が来ます。変わらず下位部隊ではあるものの、今の部隊よりはいいだろうという事で少女も承諾。しかし結局扱いは何も変わらなかった。唯一変わった事といえば、呼び名が”おい”から”お前”になった事」
ここに来て、リタが根を上げた。
「……ナオ、もういいですよ。ナオの苦労は分かったです」
「ふふっ、肝心なのはここからよ」
「正式入隊から数年が経ち、幾つかの下位部隊をたらい回しになっていた少女に好機が訪れました。上位部隊、第五槍撃部隊を中心とした合計五つの部隊による作戦が決行され、その部隊でも一番下位の部隊に少女がいました。その中で少女は、四つの下位部隊の一番槍の中で、最も良い成績を収めました。そしてそれが認められ、下位部隊の中での最上位、第六槍撃部隊の一番槍になりました」
「第六って事は、上位部隊まで後一歩だ。やっぱりわたしより凄い」
感心しきりのサイキ。我々一般人は胃が痛くなっているが、どうやらサイキはそうではなく、言ってしまえば尊敬の眼差しになっている。
「でもね、そこからが長かった。期間としては一年足らずではあったけれど……少女は苛立ち、焦ってしまいました。後一歩で今までの奴らを見下してやれる、そう思っていたのに、そこで足踏み状態を強いられる事になりました。しかしそれは逆に、とても良い経験になった。ある日苛立ちが表面化し、それが一番槍としての実力に陰りを見せてしまった。それまでは安定したスコアを記録していたのに、突然スコアが落ち込んでしまいました。そしてそれが余計に焦りを誘発し、失敗を招いてしまった。一番槍として飛び込んだ戦場、少女は焦りから、基点よりも奥に進んでしまったのです。いつもは来る後続が来ない。敵のど真ん中に自分一人だけであるという事実に気が付き、少女は死を覚悟しました。少女は戦闘の末に気を失い、死のギリギリ手前で救出されたものの、背中には大きな傷が残った」
「俺が卒倒してしまうような傷ってのは、それか」
「ええ。表面上は消しているけれど、傷自体は残してあるわ。自分への戒めのためにね。あっ、これは私じゃない少女の話だったわね。ふふっ」
笑顔を見せるナオ。つまり、その傷の事は自身の中で清算済みという事か。
「えーと、傷が治った少女は、自分の行いを恥じて下位部隊への移動を申し出ました。しかしそれは却下された。代わりに下された辞令は、第五槍撃部隊への転属。遂に上位部隊へと到達出来た瞬間でした」
一斉に「おおー」という誉れの声が上がる。
「でも、傷を負ったものの、その実力をしっかりと認められていた事に喜ぶ少女とは裏腹に、それに異を唱える者もいました。その最大の理由が、少女がハーフである事。第五槍撃部隊であっても彼女に対する風当たりはそう変わらなかった。そして彼女は改めて決意しました。この世界の全ての人間を見下す事の出来る存在になってやると。この決意を原動力として少女は槍を構え続け、そして撃破数を実力として見せ付け、更なる上位部隊、第三槍撃部隊の一番槍へと着任する事になりました」
「遂に今の所属部隊か」
「ここからがまた長いんだけれどね。何たって、こっちの年数で三年くらい所属しているから」
「第三槍撃部隊所属となった彼女は、やはり志願して一番槍となりました。そこには、一番槍としてここまで来たという自信、そして……」
ナオはリタをしっかりと見つめる。
「一番槍というのは、文字通り先陣を切り戦場に一番で飛び込み、後続に道を示す役割がある。つまりそこには、常に大勢の敵に単騎で突撃するという恐怖と、後続全員の命を預かるという重責への恐怖、この二つの大きな恐怖心が付きまとう。でもその恐怖心は、なくてはならないものなの。突撃する時の恐怖心は乗り越えなくてはならない一番の壁であり、渦中での恐怖心は自分の限界、逃げる時を示す、言わば自分の命の盾となりうる。生き残るためには、恐怖心は乗り越えるものであり、捨ててはならないものである。それが一番槍としての、最も大きな心得。……この事を、少女は嫌というほど学び、自分の責務の重さを思い知らされたのでした」
しっかりとリタの耳がナオの側を向いている。そしてもう一人、サイキもしっかりとその話に聞き入っている。二人とも、一言一句聞き逃さないようにと必死である。
「その後、隊は一旦二つの分隊へと分かれます。第一分隊は隊長以下の強豪を中心とした範囲制圧部隊、第二分隊は三十人規模で、一番槍を中心とした突撃部隊。さすがにここまで来ると少女の実力に異を唱える者はいませんでした。しかし、それは実力の話。容姿や生い立ちに関しての陰口は未だに顕在するのでした。少女の奮闘はまだまだ続く事でしょう。おしまい」」
軽く手を叩き、我々の表情を見回すナオ。感心しきりのそれらに、小さく微笑んでいる。
「つまりナオは、分隊長だったのか」
「いいえ、私はあくまで使い捨ての一番槍よ。分隊長は別にいるし、隊での地位としては中間よりも少し下。それでも実力は皆認めてくれているっていう事。その自負もあって、私は強いわよ、だなんて言っちゃったんだけどね。まさかこんな化け物がいるだなんて、思いもしませんでしたからね」
人体改造という最終手段を使い、限度を超えた力を羨む眼差しと、己一人でのし上がった、本物の実力への尊敬の眼差しが交差した。
「……ナオは、恐怖心に屈した事はないですか?」
「やっぱりその質問が来たわね。勿論あるわよ。私は誰かさんと違って死にたくはありませんから。でも今の部隊に入ってからは、立ち止まった事は一度もない。さっきも言ったけど、一番槍は後続に道を示す役割がある。上位部隊から見た後続って言うのはね、自分以外の兵士全員を意味するのよ。剣士隊も槍撃部隊も銃撃部隊も、その全員に私が道を示すの。この責任の重圧、使命感はとてつもなく大きな恐怖に繋がる」
「なんで、そんな大きな恐怖があっても一番槍を続けていけるですか? リタだったら、きっと心が折れてしまうです」
更なるリタの質問に、ナオはとても優しい笑顔で答えた。
「たしかにこの重圧と恐怖は凄いわよ。けれどもそれと同時に、皆が私の背中を押してくれるのよ。私の示した道を渡る、その皆が支えてくれる。だから私は折れる事なく突き進めるの。つまりね、私は第三槍撃部隊、第二分隊の一番槍という誇りと同じくらいに、皆を誇りに思っているの。私の背中を押してくれる、人知れず支えてくれる皆が私の誇りなの」
自慢げな表情を見せるナオ。皆その表情に釘付けである。
「……分かったです。リタは……リタ自身にはまだ誇りは持てないですけれど、周りの皆を誇りにするです。サイキ、ナオ、工藤さんにエリスに、青柳さんに、泉さんに学園の皆に、長月荘の皆にこの街の、この世界の皆、そして研究所の皆。……どうしよう、誇れるものがこんなにたくさんあったのを、見逃していたですよ。自分しか……ううん、自分すらも見えていなかったのが、恥ずかしいです」
嬉しそうに涙を流すリタ。これで帰りたいなどと言い出す事はないだろうな。
「……でも帰るです」
「ああそうな……えっ!?」
まさかの全否定である。サイキはうろたえまた泣きそうになり、ナオはふつふつと怒りが込み上げている様子。
「あ、でもすぐ帰ってくるですよ」
翻弄される我々。これは遊んでいるな。
「えへへ、ごめんなさいです。照れ隠しです。でもどちらにしろ一旦帰るです。エリスが来て分かった事や、それに関連して研究所への指示を出す必要もあるですから」
「全く……驚かせるなよなあ。横見ろ。サイキなんて涙目じゃないか」
「リタのイジワルぅー……」
涙声のサイキ。するとリタは自らサイキに抱きつき、頭を撫でた。
「何処の誰ですかね。こんな泣き虫を怖がっていたのは」
一笑い。皆も改めて安心した。そこでエリスからリタへのお願いだそうな。
「ねえリタ、帰る時におねえちゃんも連れて行って。おねえちゃん、この際だから全部直してもらってきて。自分の体をちゃんと心配してあげて」
「うん、そうだね。ナオに撃たれた義足も直さなくちゃだし、わたしも一旦戻ります」
「了解です」
つまり三日間は戦闘で頼りになるのはナオだけという事だな。
「それで、戻るなら早いほうがいいですけど……あっ」
と、話の途中で三人の表情が変わる。それだけで私には充分だ。
「リタが行くです。今度こそリタの狙撃の腕を、自信を持って示してやるですよ」
「ならばサイキも行け。リタが攻撃役、サイキが援護。ナオは……待機」
「はい!」
いい返事で二人が出て行く。さて、私の最後の疑念の答えが出る。リタは自信を持って戦闘に復帰出来るのか、サイキが後方にいても恐怖せずに攻撃に集中出来るのか、そして誇りを、周囲の皆を守る事が出来るのか。
リタの最終試験が始まった。