機動戦闘編 16
リタの恐怖心を克服させるためとはいえ、強引な手を使った結果、そのリタに撃たれ気を失ったナオ。皆帰ってきた。
「おかえり」
「ただいま。だけどそんなの言ってる場合じゃないよ!」
まあそうなんだがな。ナオは一旦居間のソファに寝かせた。
「再確認だが、命に別状はないんだな?」
「それはないです。本気で撃てば体を貫通させる事も出来るですが、さすがにリタだってそこまではしないですよ」
という事で、安心という言葉は適切ではないが、ひとまずは大丈夫そうでよかった。そしてそんな話をしていると、ナオの意識が回復。
「……うっ……ここは……そういう事ね」
皆揃っている事を確認し体を起すナオ。しかしまだ痛そうだ。
「大丈夫か? まだ横になっていてもいいんだぞ」
「ええ……大丈夫。自分で撒いた種とはいえ、酷い目に遭ったわ。……ああリタを責めている訳じゃないからね」
不安そうな表情のリタへの援護も欠かさないナオ。これならば大丈夫だろう。コップ一杯の水を飲ませると、深呼吸をして再度大丈夫だと念を押してきた。
「さてまずは俺とエリスから。二人を心配させてすまなかったな」
「本当だよ! わたし最後まで信じちゃってたんだから!」
「リタも途中までは信じていたですけど、ナオが嬉しそうに笑った時に嘘だと分かったですよ。本当にそんな事をしていたら、ナオなら絶対に笑わないです」
サイキはともかくリタには気付かれていたか。
「俺にとってはリタの変貌ぶりが一番驚いたけどな。普段は大人しくて礼儀正しいのに、あんなに粗暴な言動になるとは。まるで二重人格だったぞ」
するとリタは恥ずかしそうに目線を泳がせた。
「えへへ、サイキとナオは知っているですけど、研究所は男所帯で、女性はお母さんとリタだけです。その中で暮らしつつ血気盛んな研究員を従える立場だったので、本音をぶつける時には、どうしてもああいう口調になってしまって……それが出てしまったですよ」
「なるほどな。しかしあれがリタの本音を言う時の口調だとしたら、今は本音を隠しているのか。リタひどいな」
勿論冗談であるが、焦り否定するリタ。
「いやいや違うですよ! あれは何というか、言葉の殴り合いの時に出る口調なだけで、ちゃんとこの口調でも本音で喋っているですよ」
「ははは、冗談だよ。疑っちゃいないよ。しかし普段の”です”口調じゃなくても喋れるじゃないか」
「……あの時は翻訳機を使ってたですよ。リタ達の世界の言葉で喋りつつ、それを直した翻訳機に通していたので、この口調じゃなかったですよ。さすがにこの口調では、迫力不足ですから」
なるほど、これでリタの変貌ぶりには説明が付いた。普段からあの喋り方だったら困っていた所だな。
「それで、私の命懸けの努力は実ったのかしら?」
ナオの一言に、リタはサイキを一睨み。サイキは苦笑い。そして再度視線をナオに戻し、サイキを指差す。
「こいつよりもナオのほうが怖いです」
遂にこいつ呼ばわりである。そしてリタは怒り心頭。
「ナオ本当にリタを殺す気だったですよね? 意図には気付いていたですけど、手加減一切なしで本気で命の危機を感じてたですよ!」
「それはそうよ。はっきり言って腹立ちましたからね。実際の戦場には引き分けなんて無い、生きるか死ぬかだけ。あんた達の選択した引き分けっていう行為はね、戦場で今も必死に生を掴もうとしている人や、無念のうちに散った人達を愚弄するのも同じなのよ。しっかり理解して反省しなさい」
ナオの強い口調に、リタもサイキも何も言えない。
「……ごめんなさいです。でもそれならば口で言ってくれれば理解したですよ。ナオの攻撃、本当に怖かったですから!」
そんなリタにナオは笑みを見せ、答える。
「でもね、これだけは覚えておきなさい。私はあんたなら凌ぎ切れる、恐怖心を克服して、反攻に転じてくれると信じているから本気を出したのよ。あんたはそれにしっかりと答えた。胸を張りなさい」
睨んでいたリタだが、溜め息を一つ。観念したというよりは、この先を憂いているようである。。
「はあ……もう嫌ですよ、こんな事。それに……実戦で二人が前にいる状態では、きっとまた……」
「何あんた、これでもまだ答え出してないの? あーあ、私の苦労が台無しじゃないの!」
「ご、ごめんなさいです。でも、演習と実戦では……また誤射をしてしまったら……そう考えると……」
また泣きそうな声を出すリタ。このリタの煮え切らない態度に、ナオが怒り出した。
「あー! なんて面倒な子なのかしら! もう答えを教えてあげる。いい? よく聞きなさい。今のリタに足りないのは、自信と誇りよ」
静かに頷くリタ。ナオは今度は優しく諭すような口調に変えた。
「あんたに今ある自信、今ある誇りは何?」
「技術には、自信あるですよ。でもフラックを考えると、誇れるかというと……」
リタの耳が下がった。やはり何だかんだ言ってもフラックでの大きな失態は、リタの心に影を落としているようだ。
「じゃあリタは戦闘に関しての自信と、そして新しい誇りを持ちなさい。あんたは不完全とはいえ、あのサイキと互角に戦った。本気の私ともやり合って勝った。現役の兵士二人と連戦してここまで出来たんだから、これを自信にならないだなんて言わせないわよ」
「……リタは、二人と並ぶ戦力だと思っても、いいですか?」
サイキとナオが目を合わせ、笑う。
「あはは。リタ、それこそ今更だよ」「私とサイキの保証付きよ」
ようやくリタが嬉しそうに頷いた。
「それから誇りだけど、例えば……リタ、あんた自分の命中率って分かる?」
「えっと……90%くらいのはずですよ」
「えっ!?」「きゅ……そんなに高かったの!?」
大きく驚く二人。確かにかなり高い数値だが、そこまで驚くほどなのだろうか? リタも二人の反応に意外そうな顔をしている。
「参考までにね、第一銃撃部隊、つまり銃撃の最上位部隊での平均命中率が、確か75%前後なのよ。状況の違いはあれど、90%だなんて数値は驚異的なのよ」
「そりゃ凄いな。しかし最上位ならばもっと数値が上でもいいんじゃないかと思ってしまうんだが」
私の疑問にサイキが答えた。
「剣と槍に関しては武術や戦術がある程度あるんだけど、銃に関しては”狙って撃つ”以上の知識がないんだ。それにリタのショットガンを見れば分かるけれど、弾がエネルギー製で一発ごとの消費が大きいから敬遠されがち。だから銃撃部隊自体が人数が少なくて、剣と槍はほぼ同数で百以上の部隊数なのに対して、銃撃部隊は三十ちょっとしかない。だから余計に戦術が育たなくて命中率も低いんです」
つまりは命中精度の上がるような使い方を知らないという事か。概念がないというのは、やはり難儀だな。
「……リタなんでそんなに命中率がいいのよ?」
「さあ? でも、最上君に教えてもらった撃ち方を実践してからは、本当に安定するようになったですよ。感謝してもしきれないですよ」
最上はゲームで覚えたと言っていたが、もしかしてあちらの世界にそれを持って行けば、練習装置としては最高かもしれない。
そんな中、静かに聞いていたエリスが口を開いた。
「ねえリタ、それ充分リタの誇りになるよね? だって一番凄い部隊の人達よりも凄いんだよ。それに、ナオさんを撃っちゃったのは、あれはおねえちゃんが悪いから気にしないでいいと思う。そう考えたらリタって一度も間違えてないんだよ」
「……うん、あれはわたしがリタを驚かせちゃったせいだからね。改めて二人にはごめんなさい」
「でも撃ったのはリタです。それは変わらないですよ。……工藤さんに聞きたいです。リタは、自分の銃の腕前に誇りを持ってもいいと思うですか?」
敢えて銃とは縁遠い私に聞いたというのは、私への信頼もあるだろうが、何よりも客観的に見てくれると判断したからであろう。勿論そんな事をわざわざ聞かなくても、私の評価は既に固まっている。
「素人上がりが90%の命中率だなんて驚異的じゃないか。勿論、大いに誇るべきだ。そうじゃないとお前自身に失礼だぞ」
私の言葉にしばし固まるリタ。そしてその瞳から一筋の涙が零れた。泣き顔とも笑顔とも取れる、そんな表情になったかと思えば、次の瞬間には凛々しい表情へと変わった。
「でも、まだ実戦が残ってるです。実践で撃てなければ戦力ではないし、自信には繋がらないです。誇る事は出来ないです。あくまでリタは実戦にこだわるです!」
皆目を見合わせ、一様に笑いあう。
「あはは、これぞリタだね」「さすが主任よね」「リタ格好いいよ」
「次にリタから二人にも聞いてみていいですか?」
おっと珍しい、リタからサイキとナオへの質問か。
「……二人は、どうやって恐怖を克服して強くなったですか? 二人の自信、誇りとは何ですか?」
「おっ、これは俺も興味があるな」「ぼくも聞いてみたい」
さてどういう話が飛び出すか楽しみだ。最初に口を開いたのはサイキだ。
「えっと……その前にお腹空きました」
気が付けば既に昼の二時を回っていた。そりゃーお腹も空くってもんだ。