機動戦闘編 12
「おはようございます」
「ああ、おはよう。痛みはどうだ? ……二人はどうだ?」
昨日の一件、リタが壊れ、サイキが潰れかけている状態の我々。唯一動けるのは負傷したナオだけという有様。そのナオもかなり疲れている様子。三人いっぺんに脱落などという最悪の可能性も見えてきてしまう。
「私はもう痛みも消えて、後は傷口が開くような運動さえしなければ、っていう所ね」
ナオの傷に関しては、やはりそこまでのものでもなかったようで安心。しかし大きな溜め息が出る。私も、ナオも。
「……二人は駄目ね。サイキは一晩中、というか今も泣いているわ。私も色々と考えていたら眠れなくって、傷の治りには悪い事は分かっているんだけれど、結局一睡もしてません。リタは……物音一つせず、何をやっているのか全く不明。帰り支度でもしているのかもね。それでもリンクだけは繋げてあるのは、私の傷を早く治すためでしょうね。全く、何処まで行ってもあの子達は……」
最後の言葉は出てこなかった。ナオは二人の事をどう捉えているのだろう。溜め息が止まらない。
「はあ、参ったな。……二人、今日は学園を休ませる事にしよう。お前さんはどうする? こんな時だ、休んでも構わないぞ」
「いえ、私は行きますよ。私まで休んだら、多分二人にもっと負担がかかるし、クラスの皆も不安にさせてしまうでしょうからね。ただ、カフェで笑顔を作る自信はないから、申し訳ないけれどはしこさんには休みの連絡を入れて下さい。それと相良さんには私から言っておきます」
「分かったよ」
「それともう一つ。私達は三人で一つのチーム。でもこのままだと、きっとリタはもう引き金を引けなくなる。サイキも駄目かもしれない。残るのは私だけ。だからこの問題は私が解決しなければいけない。もしもの時は、私一人だけでも……だから工藤さんは手を出さないで。二人を責めないであげて。お願いします」
覚悟を決めたような、鬼気迫る表情で私へと頭を下げるナオ。彼女達の問題は我々の問題でもあるのだが、恐らくは今のナオには何を言っても聞き入れてもらえず、私は何一つ手が出せないであろう。何よりも、戦っている張本人がそれを望むのだから、見守るべきなのだろう。
「分かったよ。しかし俺達とお前達とは一蓮托生だ。そこを忘れないようにな」
「うん、お気持ちは分かりました。……それでも二人の事には触れさせませんからね。例え工藤さんや青柳さんであろうとも、エリスであろうとも排除します」
その目は本気だ。排除という言葉に物理的にという意味はないであろうが、こんな目をするナオに反抗しようなど、誰が思うものか。
「おねえちゃんと、リタの事、お願いします」
エリスもしっかりナオの言葉を理解した上で同意した。
「それと、これはお前が預かっておけ。さすがに俺やエリスは扱えないからな」
昨日から居間に放り投げられたままのリタのショットガン。恐らくリタにとっては、見たくもない代物であろうから、ナオに預ける事にしよう。
さて二人に朝食を持って行くかとしたのだが、これまたナオが持って行くと申し出た。本当に一切触れさせない、という事か。ならばそれを尊重しよう。この問題は全てナオに一任する。完全に三人だけの問題にしてやろう。
玄関先でナオは改めて私に頭を下げ、振り返りざまに扉に頭を打ちながら登校。注意散漫を絵に描いたようなその姿に、交通事故に巻き込まれでもしないかと、嫌な不安が増えるばかり。
さて、まずは孝子先生に欠席の連絡を入れておこう。
「二人休みね。はい、分かりました。……工藤さん、私にも問題や不安を言ってくれてもいいんですよ? 先日とはまるで別人の声、してますよ」
「そうだな……リタがおかしいっていう話、孝子先生はまるでいじめられている子みたいだと言っていたけれど、ほぼ当たりだったよ。サイキ自身そうだとは思っていなくて、それに気付いてからは、未だにずっと泣いているよ」
「なるほどね。それで二人休みと。ナオちゃんは?」
「一人で全部抱え込む覚悟を決めて、俺達の事は排除すると言ってきた。ああなったあいつには何を言っても無駄だ。信念の強さならば三人でも一番だからな」
「分かりました。一応私も気にしておくけれど、三人の問題は長月荘全体の問題でもある事、忘れちゃ駄目ですよ。介入するなと言われて、はいそうですかとなるほど私達元住人は聞き分け良くありませんから」
とは言うものの、恐らく孝子先生も介入には失敗するだろうな。ナオの一本気は、それこそ槍のようにまっすぐで折れる事を知らない。
次に連絡すべきは青柳だな。
「連絡をくれなくても、後からそちらに行く予定でしたが……あの後にも何かあったようですね。声が憔悴しきっていますよ」
やはりこちらも似たような反応。事のあらましを説明すると、長々と黙ってしまう。いつも凪の海のように冷静なあいつですらも動揺したか。
「状況は把握しました。どうやら事態が収集するまでは、私はそちらには行くべきではないようですね。一応昨日の戦果報告ですが、全て合わせて重傷者二名、軽傷者八名でした。ここにナオさんは換算に入れていません。……誕生日が皆との最後の晩餐、という事になるのだけは勘弁ですね」
「ははは、笑えない冗談だな。……ともかくそういう事だから、週末の予定は全て白紙に戻すよ。すまんな」
「いえ、私に謝る必要はありませんよ。それでは状況が変わり次第で構いませんので連絡下さい。その時までこちらは大人しくしておきます。では」
青柳は聞き分けがよくて助かる。子供達は素直に聞きはするが、何かしらいらない事をして、こうなってしまうからなあ。
そしてカフェだな。まあはしこちゃんの事だ。言わずとも察するだろう。
「もしもし、工藤ですけど」
「あら……今日は休みのようね。月曜日にもう一回連絡を頂戴ね」
「ははは、一瞬で分かってしまったか。いつもすまないね」
「今日の工藤さんの声を聞けば、私じゃなくても分かるわよ。今までで一番酷いもの。何度か言いましたけれど、こっちは三人がいなくても元に戻るだけなんだから、気にしないで頂戴」
「ああ。ありがとう」
なるほど、関わってきた者ならば一瞬で分かるほど、私も疲弊しきり挫けているようだ。……それは仕方のない事か。何せリタの異常を、こんなになるまで気付いてやれていなかったのだから。サイキは自分が全ての原因だと泣いていたが、何処かしらに出ていたはずの警告を見逃した私にも責任はあるのだ。しかし私の取れる責任は、今はナオを見守る事しかない。歯痒いなどという言葉では言い表しきれないほどのもどかしさである。
一方のナオへと視点を向ける。
「おはよー……って二人休み? やっぱり何かあったんだ?」
いつも通りの中山の出迎えを受けるナオ。頭の中は二人の今後で一杯である。
「あー、うん、おはよう……」
まるで上の空のナオ。その反応だけで、皆ただ事ではない状態である事を理解した。
「あ、相良さん。サイキ休むから」
「分かったよ。ねえナオちゃん大丈夫?」
「……え、何か言った?」
「あー駄目だこれ。ナオちゃん、周り見てみな」
言われてナオは周りを見渡す。クラス中の目線がナオに注がれており、皆一様に心配そうな表情である。
「だ、大丈夫大丈夫。二人とも怪我をした訳じゃないから。あはは……」
無理矢理の笑顔に乾いた笑い。余計心配になっている周囲に気が付き自己嫌悪するナオ。
「……ごめん。ちょっと今、余裕ないのよ。詳しくは話せないし皆を巻き込みたくもないから、これ以上は……気にするなというのも無理があるのは分かるけれど、気にしないで下さい」
軽く頭を下げるナオに、周囲は引き上げる。最後に泉。
「一つだけ確認させて下さい。命に関わる事態ではないんですよね?」
「ええ、二人とも体には一切怪我はないわ」
「……分かりました。体には、怪我はないんですね。体には」
演習の時から既に何かリタの反応がおかしい事に気が付いていた泉が、不和が起こっている事を気付くには充分過ぎた。
「はーい座れー」
いつものように孝子先生登場。しかしその視線はまずナオに注がれた。当人はやはり上の空で、二人をどうするべきかという考えが頭を駆け巡り続けている。
「あの、先生……」
友達の中で教卓に一番近い席の最上が、先生に事情を聞こうと手を上げる。
「お前達の言いたい事聞きたい事は分かる。だからこそ、今はそっとしておくように。これでいいんでしょ? ナオ」
立ち上がり、頭を下げるナオ。
「……皆には心配を掛けてばっかりで、ごめんなさい。でも今回の事には一切触れて欲しくないの。わがままを言っているのは分かっています。でも、お願いします」
静まり返る教室。と、ここで声を上げたのは、編入当初散々三人を目の敵にしていた、あの松原だ。
「あーしよくわかんねーけど、きょーりょくはしてやんじゃん。いまそれがきにするなってーことなら、そーしてやんよ」
相変わらず頭の悪そうな話し方は健在であるが、これで教室は一体となった。気にせず普段通りの生活。これが今一番出来る協力なのだと皆理解したのだ。
しかし授業中もナオは心ここにあらず。教科書は出すものの、ノートに書くのは勉強ではなく今後二人に対する作戦計画である。
三時間目の途中、教科書の読み回しがナオに当たった。皆に一瞬の緊張感が走るが、ナオはそれにすらも気付かない様子である。教師はナオの目の前へ移動。
「ナオさーん」
「……」
教師が目の前で名前を呼んでも全くの無反応のナオ。さすがに授業にならないので教師は教科書で頭を小突く。
「あっ!? っとすみません。えっと……なんでしたっけ?」
「はあ……これじゃあ授業にならないなあ」
教師の目線がノートに移る。その内容を見て、そして事前の孝子先生からの報告を加味した教師は、決断を下す。
「ナオさんは今日は体調が優れないようですね。早退しなさい」
「えっ、でも……」
「いいから今日はもう帰りなさい」
目を伏せるナオ。教師のそれが、自分に気を使っている事は既に理解しており、そうさせてしまった自分への不甲斐無さが込み上げている。それを見た教師は最後の一言をナオに叩き込む。
「全くあなた達は、三人揃っていないと勉強一つまともに出来ないんですね。これでは学年末テストの結果は散々なものになりますよ。それが嫌ならばさっさと帰って、残りの二人を連れてきなさい」
「……すみません。ごめんなさい。……それと、ありがとうございます。私、早退させてもらいます!」
言うが早いか、教科書を机に放り込み、鞄をひったくるように掴み教室を出て行くナオ。何処からともなく掛けられた「がんばれ」という応援の声に背中を押され、長月荘の二人の元へと急ぐのだった。