機動戦闘編 11
かなりの速度で二人を追いかけるサイキ。そしてリタは現場に到着し、ナオもそれに続いて到着。しかし相手の姿が見えない。
「リタ、あんたちょっと落ち着きなさい!」
「落ち着いているですよ! 周りも見えているし、何も問題ないですよ!」
「どこがよ!」
ナオがリタの肩に手を掛けようとしたが、その瞬間に真下から攻撃を受けた。被弾こそないが急いで離れる二人。相手の灰色を探すと、狭い用水路の、しかもトンネル部分に半分隠れるようにして攻撃してきている。圧倒的に相手が有利な状況だ。
「見つけたです!」「あっ、待ちなさい!」
作戦も何も考えず突っ込むリタ。ナオはそれを追うが、二人の接近を確認した灰色がトンネルの奥へと引っ込んでしまった。そのままリタはトンネル内へ。ナオも追いかける。
トンネル内は暗視装置付きでもかなり暗い。暗さに戸惑ったか、リタが一旦止まった。どうにかナオが追いつき、そのまま追い越す。リタの前で防壁を張り、灰色からの攻撃を防いだ。
「リタ! 隙間からあれを狙い撃ちしなさい!」
「了解です!」
拳銃P2000を取り出し構えるリタ。しかし中々撃てない。暗がりなのもあるが、リタ目線では手が震えているようにも見える。やはり先ほどの被弾が恐怖心を煽ってしまったか。
「サイキ到着しました。リタは……あそこかな」
小さめの声で到着を知らせたサイキ。気を使っているのが分かる。トンネル内を覗いたサイキ。奥は断続的に光っており、ナオが防壁を張っているのも見える。
「リタ、来たよ」
しかしリタ反応なし。サイキは足元へ向けてライトを点灯し、少し近付き今度は少し強めに声を掛けた。
「リター」「ふぇぁっ!?」
とんでもない声を出し驚くリタ。その反動で引き金が引かれてしまった。誤射された弾丸は壁へと飛んで跳弾、あろう事かナオのわき腹を抉るようにかすめ飛んだ。
「いぃっ……リタ、あんたっ……」
ナオのわき腹からは血が垂れた。姿勢を崩さないのはさすがだが、声色は明らかに激痛が走っている事を物語っている。
「ナオ大丈夫か? 血出てるぞ!」
「もういい、わたしがやる! リタ邪魔!」
固まってしまっているリタを手で跳ね除け、屋根ギリギリの高さを飛び抜けるサイキ。
「頭下げて!」
サイキの言葉にナオは屈む。わき腹を撃たれているので、激痛に小さく声が出ている。ナオの頭上をかすめ、灰色の脇を飛び抜ける。交差する瞬間だけ剣を出すという、狭い場所に即した芸当を見せ、灰色は両断され消滅。
「ナオ大丈夫!? リタ! ……は、もういない。逃げた後だ」
「緊急に痛み止めは使ったけど……怒るに怒れない状況なのがもやっとするわね」
痛み止めを使ったとは言うが、苦痛に顔が歪んでいる。傷口を手で押さえてはいるが、血が滲んでいるのが見て取れる。
「ナオ肩貸すよ。ここで応急手当してから帰ります」
「ああ。帰ってから傷を確認次第、病院に行くぞ」
「いえ大丈夫、そこまでの深い傷じゃないわよ。出血さえ止めれば週明けには元通りだから、そんなに心配しないで下さい。それよりも、リタの事お願いね。でも怒るのは私の役割だから、工藤さんは優しくしてあげて」
私も動転しているようで、今のナオの優しさが本気なのか気を使っているだけなのかの判断がつかない。どちらにしろ今は待つのみか。
さてリタは何処に行ったのだろう。目線の映像は切られている。
「失敗したなあ、サイキとナオに気を取られてリタを見ていなかった。エリスは見てたか?」
「おねえちゃんに押された後すぐにトンネルから出て、そこで途切れました」
という事は、本当に”逃げた”という表現になってしまう。確かにリタを怒るのはナオの役割だが、これでもかと不安である。
サイキが応急手当をしているが、その手つきはかなり手馴れている。フィルムのようなものを貼った上から半透明の薬と思われるものを塗り、更にフィルムを貼った。
「……はい完了。痛みは?」
「ううん、大丈夫よ。やっぱりあんた慣れてるわね。上手いし」
「嫌な特技だけどね。工藤さんいます? これから帰りますね」
「ああ、無理せず帰ってこいよ……っと、先に一人帰ってきた」
リタが帰ってきたのだが、荒く玄関を開け、荒く階段を駆け上がり、そして荒く部屋のドアを閉める音が響いた。リタの荒んだ心の中が透けて見える。これは向こうから出てきてくれるのを待つしかないかな。
「さっきも言ったけれど、そこから先は私の役割よ。手を出さないでね」
「分かっているよ。というか、手が出せるような感じじゃない。……また気が重いよ」
「私が言うだけでは足りないけれど、何度もご迷惑をかけてすみません」
全くだ。三人が来てから私の心労は絶えない。しかし、これも私が決めた道なのだ。
「……すみませんが、こちらよろしいでしょうか?」
青柳だ。どうやら収まるまで待ってくれていた様子。
「ああ、また今回もすっかり忘れていたよ。すまんな」
「いえ、話には聞いていましたし、昨日の時点でリタさんの様子に、こうなる可能性は考えていましたので。それで一応なのですが、北西三体に関しての死亡及び重体はない模様です。詳しくは明日になると思いますが、先にそれだけはご報告しておきます」
青柳なりの気の使い方だな。今出来るだけの不安を取り除こうとしたのだ。
それから十五分ほどでゆっくりと二人が帰宅。ナオはやはり痛そうである。私は恐らく、これでもかと心配な表情をしているだろう。
「俺は医学知識がないから分からないけれど、本当に大丈夫なのか? 今はお前最優先なんだから、気を使うんじゃないぞ」
「大丈夫ですってば。私達の技術力は工藤さんも知っているでしょ? さすがに運動は控えるけれど、明日は普通に登校出来るわよ。それに……私の背中には本来、これよりも大きな傷がありますから。本当の傷を見せたら、工藤さんなんて卒倒しちゃうわよ」
笑う余裕すら見せるナオ。しかしそれは私の疑念を加速させてしまうぞ。
「……サイキ、ナオは本当に問題ないのか?」
「うーん……わたしに聞くっていう事はまだ疑っているんですよね? でも本当に大丈夫ですよ。正直、これくらいの傷は日常茶飯事でしたから」
「はあ……ならば信用するしかないな。しかしこれが日常茶飯事か……」
彼女達の今後を思うと、改めて溜め息が出てしまう。
「それで、リタは?」
椅子に座り一息つくと、一転心配そうなナオ。そしてサイキも。
「一言も言わずに部屋に閉じこもったよ。……あいつ構えている時に手が震えていたからな。防衛型から被弾したのが精神的によほど効いたんだろう。やっぱり恐怖心からなんだろうな」
するとおもむろに立ち上がるサイキ。
「わたし、ちょっと見てくる」
「刺激はするなよ」
そして数分。降りてきたサイキは無言で首を横に振る。どうやら失敗した様子。しかし何かしら触発する事は出来たようで、ドアの開く音がしてリタが降りてきた。
居間へと入ってきたリタの目は赤く、耳はこれでもかと下がっている。我々の目は見られない様子で、その視線は床を泳いでおり、体は小刻みに震えている。それでも姿勢を正し、頭を下げる辺りはさすが主任といった所か。しかし頭を下げた姿勢のまま、言葉が出てこない。さすがにこれには当事者のナオも参ってしまう。
「……リタ、私の傷はすぐ治るから。今度からは気を付けてくれればいい。それだけよ。だからそんなに……」
しかしリタは頭を下げる体勢を崩さず、その状態で頭を横に振る。そして何度も頭を下げる。何度も。しかし声は出てこない。恐らくは考えが頭を巡ってしまい声にならないのだろう。
「……もう、無理です」
リタが、ようやく小さく呟いた。しかしそれは我々の予想していた言葉ではない。
「リタは……帰るです。もう無理です。帰らせて下さいです」
消え入りそうな声で呟くリタに、皆何も言えない。唯一口を開いたのがナオだ。ナオの覚悟、責任感がそうさせたのだろう。
「それって、脱落するっていう事? あんた……私は大丈夫なんだから、そこまで思い詰めなくても……」
しかしリタはまた無言になり、首を横に振るばかり。
「理由を言ってくれないと、私達も何も出来ないわよ。力になるから、まずは理由を話して頂戴?」
ナオの、まるで母親が諭すかのような優しい口調には、少々驚いてしまう。結構きつい事も言ってくるナオが、これほどまでに優しく相手に接する事の出来る子だとは。
「……リタは、もう、戦力にはなれないです。引き金を引けないです。もう……もう無理なんです」
頭を下げたままの姿勢で涙が零れ落ち、絨毯に染みを作っている。小刻みな体の震えは一向に収まる気配がない。これは、本当に脱落してしまうかもしれない。恐らくそこにいる全員がそう思ったはずだ。
「……リタ、怖いならわたしが守るから、ね?」
と、声を掛けリタの背中に手を触れようとするサイキ。しかしこれが最大の逆効果になってしまい、リタが抑えていた心の、最後の引き金を引いてしまった。
大きくサイキの手を跳ね除け、その反動で姿勢を崩し尻餅をつくリタ。その手にはショットガンが握られ、サイキへと銃口が向いている。そのリタの表情は筆舌に尽くしがたい。視線は定まっておらず、片手で持つショットガンは震えてカタカタと音を鳴らしている。
「リタ……どうして……」
サイキは一歩一歩と慎重に下がり距離を開ける。そしてリタはショットガンを投げ捨てるように放り出し、言葉にならない悲鳴のような嗚咽を垂れ、また部屋へと逃げていった。
「……もう一回連れてくる!」「ダメ! おねえちゃん動かないで!」
動転する我々。リタを追おうとしたサイキだが、しかしそれをエリスが止めた。この判断は恐らく正しい。今サイキがリタの後を追うと、リタは完全に潰れてしまうはずだ。
「おねえちゃん。今のリタの表情、感情、分かってる?」
「……ううん。だってあんなリタ見た事ないもん!」
答えの出せなかったサイキを見て、エリスは悩んでいるようだ。私はまだ動転しているようで、その意味を理解出来ていない。やはり私は大人失格だ。
「おねえちゃん、ぼくが見た限りではね、リタのあの表情はね、怖いんだよ。恐怖なんだよ。それも、あれは……リタは、おねえちゃんに怯えている。リタがおかしい原因って、おねえちゃんに恐怖しているからなんだよ」
「えっ……リタが、わたしに? わたしが原因? リタがおかしくなったのも、つまりナオのそれも、全部わたしが原因!? わ、わたしが、リタを壊した……?」
エリスの説明でようやく私も理解した。今まで全て、侵略者に対する恐怖が勘違いという形で二人に向いたのだとばかり思っていたのだが、それこそが勘違いだったのだ。
まさか直接に目の前にいる仲間、家族に対して恐怖心を抱いているとは、想像すらしていなかった。孝子先生がいじめられている子に近いと言ったのは、むしろ正解だった。サイキ自身はそんな気は一片もないであろうが、リタにとっては同じ事だったのだ。
そして今の最大の問題は、サイキだ。事態を、自分が恐怖されてしまっているという事実を突きつけられ、激しく動揺し、そして力なく膝から崩れ落ちた。笑顔で帰るまで泣かないと、覚悟を二度も決めたはずのその瞳からは大粒の涙が流れ落ちている。
「わたし……リタ……リタを……しちゃった……二十五人目に……」
二十五人目、つまりサイキから見れば、リタがああなったのは自分のせいであり、それはリタを、仲間を殺したも同然という事だ。
二十四人もの仲間を殺したと汚名を着せられ、それを背負うサイキにとって見れば、それがどれほど大きな意味を持つのか、どれほど大きな絶望となるのかは想像を絶する。
サイキは床に手を突き、頭を突き、そして今まで聞いた事のない声で泣き叫ぶ。
「くそおおお! 畜生おおお! 私の馬鹿あああ! うあああああああっ!!」
その声は最早絶叫であり、間違いなくリタへも届いている。そしてそれはナオやエリスの説得では止まる事はなかった。
サイキをどう説得しようか必死に考えている私。しかし答えは出ず、ならばと行動に移す。サイキを抱きしめてやり、頭を撫でてやる。絶叫の声量はようやく小さくなったが、涙は止まらず、そして思いっきり強く、痛いほどに私を抱きしめ返してくる。何かにすがって力を入れていないと、自分自身が壊れてしまいそうになっているのだ。その相手が私だというのであれば、家族として、父親として支えてやらなければ。
サイキの腕の力が抜けたのは、それから一時間以上経ってからだった。しかし未だに涙は零れ続け、まともに喋る事すら出来ない様子である。
「わたし……わたしいぃ……許してえぇ……そんな、つもり……うわあぁあん」
「分かったから、今はもう部屋に戻って寝ろ。お前も戦闘で疲れているだろ。……仕方がないな」
脇を持ち立ち上がらせるも、力が入らないようでまともに立てない様子。それほどまでにショックを受けているのだ。どうにか抱え上げ、背負い、ナオに少し支えてもらいながら部屋へと搬送。道中もずっと謝っていたのだが、それがリタに対してか私に対してかは分からない。両方か、あるいはそれ以上、過去の二十四人を含めた全員になのかもしれない。エリスに布団を敷かせ、その上にサイキを降ろす。頭は垂れ、力なくぺたんと座っている、
「一応言っておくけれど、死のうだなんて考えるんじゃないぞ」
泣きながらも頷くサイキ。この子が頷いたからには、この心配だけは大丈夫だろう。
部屋を出ると、エリスも一緒に出てきた。
「今日はおねえちゃんを一人にしてあげたい。ぼくは居間のソファで寝ます」
「いや、さすがにお前さんをソファで寝かせる訳にはいかん。そうしたら、エリスは俺の部屋のベッドを使いなさい。俺がソファで寝るよ。……エリス、お前は無理して潰れるんじゃないぞ」
「……正直、あんなおねえちゃんは初めて見たから、驚いています。でもぼくは大丈夫です。ぼくがダメになりそうな時はちゃんと言います」
「約束してくれよ。絶対だからな」
こうして、リタとサイキの二名の心が折れるという最悪の事態は、今後の見通しが一切立たないまま、終える。