機動戦闘編 10
青柳の誕生日祝いから帰宅。一足先に空から帰っていた子供達だが、既にエリスは寝ており、リタは部屋に入っていた。ならば二人に、孝子先生の考察を聞かせるべきだろう。
「孝子先生の見立てでは、リタは何かしらのストレスが溜まって、それがあるきっかけであふれ出て、ああなっているんだろうという事だった。そしてその原因が侵略者に対する恐怖心じゃないかと」
「……どうかしらね、それ。確かに初戦ではいきなり大型と当たって、怖くてギリギリまで出て来られていなかったけれど、でも今まで普通に戦っていたのよ? 深紅にだって一人で立ち向かえていたのに、そう簡単にあんなに崩れるかしら」
ナオは懐疑的である。
「わたしは……わたしには分からないな。そもそも、歪んだ感情のまま戦闘を繰り返していたから、もう恐怖なんてあってないようなものだから」
こちらは元から死ぬ気だったのだから、仕方がないか。
「……分かったよ。お前達自身を元に考えていたんじゃ、答えは出ないな。今日は朝から忙しかったからな、二人ももう寝ろ」
二人を部屋に帰し、結局は後手に回るしかない状況である事を苦々しく思うのであった。
翌日起きてきた二人は眠そうである。これは頭が回って眠れなくさせてしまったかな。一方のエリスとリタの小さいコンビは普段通り。
「えっと、いいですか? サイキとリタの分も暗視装置を作ったです」
まずはサイキだが、赤く細いフレームに、四角いレンズの眼鏡だ。掛けてみると、これまた似合っている。
「髪の色を変えた時でも違和感のないようにしてみたです。中身と違って優秀に見えるですよ」
「優秀かあ……って、中身と違うって酷くない? んもう」
と言いつつも嬉しそうである。
「ちなみに装備として体に固定されるので、例えば高速から急停止したとしても、眼鏡だけが外れて飛んでいく、なんて事はないですよ。そしてリタですが……もう付けてあるです。分かるですか?」
まじまじと眺めるが、眼鏡のように掛けているものはない。とするならば、別の何かだな。
「うーん、コンタクトレンズにでもしたのかな?」
「おっ! 正解です。ナオの感想から、本当に単に映像を映すだけでも充分だと分かったので、これでも問題ないと判断したです。ちなみに機械としての本体は……ここです」
自分の左耳を指差すリタ。その根元近くに、イヤリングやピアスのようにして、小さな銀の輪が一つ付いている。
「眼鏡型と違って、完全に固定させる事が出来ないのが唯一の欠点ですが、ずれる事はまずないと判断したです」
「よし、これで全員夜間戦闘でも問題なくなったな。しかしだからと言って油断はするんじゃないぞ。それに、今日は午後から雨だ。心構えはしておくようにな」
三人を送り出し、SNSを確認。至って普段通りである。
SNSのうちの一人が、三人の紹介ページについての感想をまとめてある記事を見つけていたので、私も読んでみた。やはり皆必要と思っていたようで、作ったのが正解である事が分かる。特に青柳が勝手に許可した彼女達の普段の表情写真は好評のようであり、追加を希望する声も多い。そして引用されている一つの写真、彼女達が真剣な表情になっている一枚への好感度は高く、冗談半分ではあろうが「惚れた」だの「嫁にしたい」だのという文面が並ぶ。
そういえば、ここにはリタが用意したはずの映像は、一切載せられていなかったな。SNSで竹口に聞いてみるか。
「もらった事はもらったんですが、何故か公開しようとするとファイルが壊れるので保留にしているんですよ。さすがにサーバ全部を壊されでもしたら、とんでもない金額が掛かっちゃいますから」
難しい事は分からないが、無理ならば仕方がないか。
その他、ナオの使った最大FAに関する動画があったので見てみたのだが、やはり物凄く長大な光の柱であり、カメラが振られても山陰に隠れて先端が見えない。あれを振り回せたのならば、どれほど凄い事になるのだろうか。想像するだけでも恐ろし……面白そうだ。
午後からは天気予報の通り雨が降ってきた。私も心構えをする。特にリタの様子がおかしい現在、起こってはいけない何かが起こる可能性が高い。思い過ごしで済んでくれるのが一番なのだが……。
「何かあったらぼくがおねえちゃんを叱りますよ」
「ははは、これは心強い。しかし今回はサイキじゃなくリタを、叱るんじゃなく支える側になってもらうかもしれないな」
「……うん、分かりました」
難しそうな顔をしている私の思考を読んだか、軽く微笑み、素直な返事をするエリス。この子は私よりもしっかりしている。その証拠に、私にすらも気を使うのだから。私は大人失格かな。
その後、襲撃は中々起こらず三人は帰宅。晩飯を食べさせサイキは剣道場へ。
「二日前に近い状況になってきたわね。今回はリタのおかげで暗視装置があるから暗がりを手探りでなんて事にはならないけれど、気を引き締めておかないと」
夜九時半を回り、サイキから帰宅するとナオ経由で連絡が入る。継続して警戒はしているが、中々襲撃はない。
「……工藤さん、疲れた顔してる。気持ちは分かるけれど、工藤さんはもっと気を抜かないと駄目よ」
「といってもだなあ……」
「だって、本番はこれからですもの。リタ、行くわよ!」
話の途中で表情が変わり、急ぎ二人は出て行く。私も気持ちを切り替えよう。
いつもの即席司令室をこしらえ、状況を確認する。帰宅中のサイキも既に急行していた。
「場所は北西の工業地帯。西の住宅街との境目かな。赤鬼と深緑と……防衛速射型が一ついる。あれがいるのは、あまりいい気分じゃないな」
「状況から考えて、防衛型に二人、残り一人で赤鬼優先だろうか」
「私も同意。ただ私達も随分強くなっているはずだから……サイキを赤鬼に回すわ」
「え? 赤鬼ならリタでもいいんじゃない?」
珍しくサイキがナオの振り分けに待ったをかけた。
「よく敵の位置を見なさい。あんたは赤鬼を迅速に撃破して、さっさと深緑を倒すの」
「……あっ、うん。分かった」
同意の理由が私からは見えないのが残念だ。
「単純にサイキが一番赤鬼に近いのよ。防衛型は一番奥。充分に強いのならば、次に考えるのは時間効率でしょ」
「なるほどな。しかし気を付けろよ。防衛型は、それでも強いんだからな」
勿論最初に到着したのはサイキだ。
「赤鬼発見。こいつもエリス狙いみたい。周りの人達の事は一切無視してる」
「いい加減にしてもらいたいものだな。……エリスには悪いけど、囮になっているおかげで被害がないのは助かるけど」
隣にいるエリスに目が行ってしまう。エリスも私をちらっと見たが、軽く首を振って気にするなと言わんばかり。私とて、もしもエリスに危機が迫るのであれば、身を挺するつもりである。
「暗視装置の具合はどうですか?」
開発者として自分の製作した装置の事が気になっているリタ。しかしサイキは高機動での戦闘中だぞ。危なっかしいなあ。
「視界良好で問題はないよ。でも慣れるのには時間が掛かるかもね。ちょっと鼻の頭が痒い」
私の心配をよそに、喋りながらでも問題なく戦闘をするサイキ。動きが遅くならない辺り、さすがと言った所か。
「こっちも現場に到着。後はリタ自身で確かめなさい」
という事でナオとリタも到着だ。防衛型に対する作戦はいつものように、リタが陽動、ナオが上空からの一撃だな。
「状況開始するですよ」
リタの一言でナオは上空へ。リタは64式で牽制し、防衛型の気を自分へと向ける。
「リタ自身では暗視装置を実感してみてどうだい?」
「……余裕ないです」
おや、まあこちらは仕方がないかな。怪我せずにいてくれれば何より……だったのだが、サイキからの赤鬼撃破報告が引き金となって、事態は暗転してしまう。
「赤鬼終わったよ!」「うあっ……」「え、何? リタ!?」
リタが直撃弾を食らってしまった。映像が途切れてしまう。
「リタ大丈夫か!?」
「……どうにか。怪我はないです。……うん、大丈夫です」
再度映像が繋がり、一安心。リタは民家の庭先にお邪魔していた。
「ごめん、わたしに気を取られたんだよね……」
「先にやる事を終わらせるですよ!」
八つ当たりにも近いリタの口調である。そしてリタは再度防衛型に目線を向けるが、丁度ナオの槍が上空から一直線に降ってきた。防衛型のど真ん中を貫き、一撃粉砕。
「リタ大丈夫? 私もごめんね」
「……ナオもサイキも関係ないです。リタの……ミスです」
さすがにこれには私を含め皆黙ってしまう。一番気を使わせるべきではない人物に気を使わせてしまった。更にリタの元気もなくなってしまい、不穏な空気が流れてしまう。
無言のままサイキは深緑を一撃で仕留め、これで戦闘は終了か。
「それじゃあ帰り……待って! ……西の住宅街に追加! えっと、種類は灰色が一体だけかな。さっさと終わらせよう」
「汚名返上、リタが行くです!」
「ちょっ、リタ待ちなさい!」
ここに来てリタの悪い癖が再発してしまった。最近の事、そして先ほどの被弾もあり、我々は普段以上に焦ってしまう。
「リタ、お前は駄目だ。サイキを待て」
「そうよ、まずは三人揃ってから!」
「……なんでですか? リタを信用出来ないですか? リタは戦力外ですか!?」
「そうじゃない! ともかくお前は一旦落ち着け!」
我々の焦りは、我々の思う以上にリタに伝わってしまっているようだ。止めようと追いかけるナオだが、体の軽いリタのほうが僅かだが速いので追いつけない。
「仕方がない、ナオはリタを援護。サイキは急げ!」
「ブースター全開で急いでるって!」
無事で帰ってきてくれよ。