下宿戦闘編 17
警察署に着くと、まずは鑑識課に寄って指紋とDNAの採取に協力してほしいという。どうするかは三人に任せたが、皆素直に従った。
会議室に着くと、渡辺の他に見た事の無い二名が待っていた。私は知らなくてもいい人達だと言うので、恐らくは政府高官か、それに近い役職の人物だろう。
知らなくてもいいというのは私達に不要な心配をかけさせないためであろうし、味方であれば深く追求する事もあるまい。フードを脱いだリタを見た渡辺含む三名は、やはり驚きの表情を浮かべた。
司会進行は渡辺がするようだが、本題に入る前に彼女達から、録音録画の類は禁止だという前提条件が出る。恐らくは彼女達の意にそぐわない形での拡散を警戒したのだろう。二人のお偉いさんも了承した。
まずは私の自己紹介。まあ誰も興味はないな。名前程度で手短に済ませる。次にサイキ、ナオ、リタの順で自己紹介。リタに関しては私も知らない。
「セルリット・エールヘイム、です。性別は……じ、女性。武器兵器開発研究所、開発副主任です。えっと……生まれてからずっと研究所しか知らないです。外の世界を知らないです。武器は銃を使うです。動く必要がないから……です」
笑顔を見せる事もなく淡々とした素振りで話すが、明らかに緊張しているのが分かる。
姓名があるのは、彼女はあくまで一般人として生まれたからだという。そして彼女の所属する研究所は、それ自体がエールヘイム家の所有物であり、彼女の家そのものであるという。しかし生まれて一度も研究所から出た事のない彼女が、いきなり別の世界に旅立つ事になるとは、他の二人とは全く違う方向性での凄まじい恐怖だったろうに。そういえば彼女の笑顔をまだ一度も見ていない。
次に彼女達の武器を紹介してもらう事になった。
「わたしは剣、ナオは槍、リタは銃ですね」
それぞれが、やはり何も無い空間から武器を取り出した。
「まるで魔法ですね。えーと、触ってもよろしいですか?」
お偉いさんの一人がこう切り出した。
三人は少し迷った様子だったが許可を出してくれた。私を含め、大の大人が目をキラ付かせ代わる代わる持ってみる。その光景に彼女達も苦笑い。それぞれの武器には、彼女達の髪の色に合わせた装飾が施してある。個人個人で自己流の改造が許されており、それにより見た目でも誰の武器かを判別出来るとの事だった。
「サイキとナオの武器は見たけど、リタのは初めてだな。てっきり小さい拳銃かと思っていたけれど、この大きさだと猟銃に近いか?」
銃には疎いので専門家であろう青柳の顔を見る。
「そうですね、狩猟用のショットガンがこれに近く、一般的なショットガンならば、使用する弾丸次第で用途が広がります。しかしそれ以上は私もあまり詳しくないので」
ショットガンか。そういえば西部劇で似たような銃を見た事があるなあ。
「この銃も幾つかのモードがあるです。一点集中したり、威力を下げて広範囲に撃ったりも出来るです。ただし一発ごとにエネルギーを消費するです」
携帯で検索してみると、やはり古い西部時代のショットガンに似ている物があった。画像を見たリタも驚いていた。ただしショットガンは弾の飛距離が短いらしく、リタの銃もせいぜい百メートル程度が威力を維持出来る距離だという。
「不思議だなあ、どれも我々の世界の武器と似ている。注がれている技術は全く異なる物だが……」
先ほどとは別のお偉いさんがこう言う。確かにそうだ。サイキの剣はどう見ても日本刀だし、ナオの槍は漁で使う矛に見える。リタの銃も似た形状が存在していた。偶然にしては出来過ぎているのではないか? そこにいた大人全員が同じ考えをしていたに違いない。
その次に彼女達の持つ装備の話だ。やはり技術者であるリタが解説を担当するようだ。
「装備の解説をするです。その前に……」
リタの手から浮遊するクリスタルのような物が現れた。こちらに来るギリギリまで装備の更新を行っていたらしく、そのクリスタルが更新プログラムなんだそうな。二人が手をかざすと淡く光るクリスタル。数秒で更新は完了。リタが言うにはエネルギー効率を上昇させ、従来比でプラス20%ほど強化されたという。
「完璧な状態で送り出せなかったのが悔しかったです。二人ともごめんなさいです」
技術者のプライドを見せつけ、早速解説に入っていく。
「この新型スーツは、ゲートを通過する際に発生する強烈なねじれ方向への力場に耐えられるようになっているです。生身で飛び込んだら一秒と持たない程の力が掛かるです。ただし使用している素材がとても特殊な物なので量産は無理。どうにか作れたのがリタ達の三着のみです。正直、もう作りたくないです」
ここら辺については他の二人もあまり詳しくはなようで、改めて真剣に聞いていた。スーツの耐久範囲、エネルギーの存在、リンカーの説明、様々な機能の説明。お偉いさんが特に食い付きが良かったのが飛行機能。私も装置は見せてもらった事があるが、実際に飛行している姿を間近で見た事がない。
「ほんのちょっとだけ浮いてみますね」
サイキが実演してくれた。肩甲骨辺りに装備された水筒のような形状の飛行ユニットから、蜂の巣のように六角形の板を敷き詰めたような見た目を持つ、白い翼のような物体が形成された。見た目はまさに天使の翼。
これが彼女達の使うエネルギーそのものらしい。全くどういう理論なのか分からないが、狭い会議室の天井付近まで浮くサイキ。
青柳が手を伸ばし触ってみようとする。度胸あるなあ。
「……すり抜けましたね。触った感覚は全くありません」
結局触れる事は出来なかった。手が貫通するのだ。リタ曰く完全に固定されたエネルギーは運動を完璧に保持するので触れないそうだ。全く分からない。このエネルギーが人体や外部の機材に影響するような事は一切無いという。実際熱くもないし音が出ていたりする訳でもない。
「エネルギーといえば、二人とも回復に手間取っているんだけど、そこはどうなんだ?」
私が聞くとリタは少し考える。というより何かやっているのか? 少し俯いた状態で固まっている。
「……エラーが出ているです。多分ゲート通過の影響です。……こちらに持ってきた機材ではどうにもならないので、当分は直せないと思うです」
「こちらでは、声援でエネルギーが回復した事があったんだが、それとの関連性はどうだろう?」
「うーん……技術者として言えば、否定するです。理論の外にある行為を肯定する訳には行かないです」
そして先程の更新でエネルギーの回復効率も大幅に上がっているはずで、最初の敵だった赤鬼との状況ならば、倒してもまだ余力を残せると断言した。
次に彼女達の世界の事、そして彼女達の目的が語られる。百年前の侵略者出現、武器の概念自体がないという妙な欠落、彼女達の惑星にだけ武器の概念が現れた事、もう彼女達の惑星しか残っていない事、それも限界に近づいている事。それを打開する手段として別世界へワープし、自分達の知らない武器技術を持ち帰る。これらはナオが中心に解説していった。
真剣に聞いていた渡辺から手が上がる。
「つまり超技術を持ってはいるが、技術の種類が偏重している。そのために武器が作れず、侵略者に容易く蹂躙された、という事でいいんだね?」
「ええ、そうです。正直言って私達からすればこちらの世界の技術力は取るに足らない。多分私達を殺して装備を奪った所で、単純な機能一つ動かせないんじゃないかしら。そんな私達の世界ですら蹂躙された。あの侵略者がこちらの世界への侵略を本格化させたら、果たして何年……いえ、何日持つかしら?」
脅すような口調のナオ。我々を牽制しているのだ。
「だからこそ、こちらの世界の武器技術が知りたいんです。偏重した技術のバランスを修正して世界を、わたし達の世界とこちらの世界、二つの世界を救う為に」
強く、しかしやはり涙を浮かべてサイキは言う。そしてこれを聞いたお偉いさん二人はなにやら密談を開始。
「……取引、という形での話し合い出来ないかね?」
お偉いさんは駆け引きを持ち出してきた。さてどう出る?
「嫌よ。……と言いたい所だけど、私達に主導権を握らせてくれるならば考えてもいいわ。そちらの出した情報によってはこちらも情報を提供する。情報だけね。悪いけど技術の提供はそもそも出来ないわ。素材や製造技術なんて一朝一夕でどうにかなるものでもないから。それこそ私達の装備一つ満足に解析出来ないようではね」
かなりきつい一言。お偉いさん二人も頭を抱えてしまった。ナオの勝利。
次は侵略者についてだが、始めに彼女達ですら知らない事が多いという前置きが入る。こちらについてはサイキが説明してくれる。
「基本的にはサイズで四つに大分され、更に担当タイプが分かれています。小型ほど索敵に多く用いられ素早さが高い。代わりに攻撃力は殆どありません。こちらの世界の武器でも充分対応出来ると思います。中型は身長二メートル前後でバランスのいいマルチタイプが大半。大型になると攻撃力も手数も増えますが素早さは極端に落ちます。移動能力が殆ど無い固体もあるので、超長距離からの攻撃が出来る武器があれば有効だと推測出来ます。そして最大サイズになると、大きさは数百メートルに達し、あらゆる点で他を凌駕します。幸いな事に、現在まで一つの惑星に一体から二体しか確認されていません。所謂ボスという奴ですね」
サイキの後、リタが続いた。
「侵略者が何処から来たのかは判明していないです。リタ達のように別の世界にワープ出来るようなので、更に別の世界から来たと考えるのが自然かもです。そうだとしたら、リタ達よりも高度な科学力を有している相手という事になるです」
最初にサイキが倒した赤鬼のような中型索敵マルチタイプ、あれが最も個体数の多い標準タイプであるそうだ。ただし子鬼のようなビットと呼ばれる存在が、一体足りないというのが気になるという。
「三人揃ってレーダー使えば発見出来ないのか?」
という私の問に、一応やってみるという三人。手を繋ぎ輪になり目を閉じている。最大限集中出来るようにだろう。
三十秒ほどで目を開けた。半径五十キロ以内では見つからなかったそうだ。しかし二人で十キロが三人で五十キロとは、凄い能力の上がり具合だ。リタによるプログラム更新も効いているのか?
この際だから、私の仮説も披露してみよう。
「侵略者については私から一つ仮説があります。彼女達の話を総合すると、可能性は充分あると思います」
私の仮説、侵略者は製品であり、単純なプログラムで動いているのではないかという話をする。そして先程のサイキの話から、最大の大きさを持つ敵を倒せば、狂った惑星を元に戻せるのではないかと。そして現在何よりも重要なのが、理由は分からないが雨の日にだけ出現しているという事。
「病院前では雨は降ってなかったよ?」
サイキの指摘だが、これについては先に調べておいていた。
「雨は降っていたんだよ。サイキが到着する寸前までね。道に大きな水溜りがあっただろう?」
するとお偉いさんが口を開いた。
「どちらとも言い切れませんね。サンプル数が絶対的に足りない。これについては保留という事にしましょう」
保留か。却下でないだけ、いいとしよう。
会議はまだ続く。