機動戦闘編 9
「あ、いたいた。……ちっちゃい子がいるー!」
青柳の誕生日に、あいつの家に押しかけてやろう作戦を遂行中の我々。サイキは先に剣道場へ。代わりにと言っては何だが、我々と合流したのは青柳の彼女でもある孝子先生。
「確かエリスちゃんだっけ。私はお姉ちゃん達の学校の先生で、斉藤孝子って言います。よろしくね」
「は、初めまして」
一応孝子先生の事は話しておいてあるのだが、やはり緊張している様子。
「それで、もう着いていたって事は、待たせちゃったかな?」
「いや、こっちもつい今しがた来た所だから大丈夫だ。……んで、それはあれか」
孝子先生の手には白い箱。こちらのエリスの手にも白い箱。ちなみに私の手にはエコバッグ。
「あはは。かぶっちゃったよね。ナオちゃんに聞いてから、帰ってすぐ作った私の手作りですよ。そっちは持って帰って明日にでも食べればいいんじゃない?」
「そうだな。それにこっちは単品で選んだし」
さて青柳だが、結構いいマンションに住んでいた。案内は孝子先生にお任せ。辿り着いたのは408号室。角部屋である。
「でも秀二さんいるのかな? 窓暗いよ?」
「駐車場に車があったから帰っているはずだが……リタ、ちょっとベランダ側に回って偵察行ってくれ」
「……その必要はないです。ただ電気を付けていないだけで、ちゃんといるですよ」
まあリタが言うのであれば、そうなのだろう。という事で呼び鈴を鳴らす。我々は見えないように隠れる。
「……やっほー孝子でーす」
妙に軽いノリだ。そして数秒、施錠を解く音がして黒い玄関ドアが開く。
「制圧開始!」
冗談半分で号令を出すとナオとリタの二人は得意の身のこなしで青柳をひらりとかわし、喜々として部屋に飛び込む。唖然としている青柳。大成功だ!
「お前今日が誕生日なんだろ? 祝いに来てやったぞ」
「……ええ」
おや、反応があまりにも薄い。まさか実は日付を間違っていたり……?
「まあ……どうぞ」
という事でお邪魔します。
室内は以前聞いていた通りの味気ない部屋。本当に仕事人間なのだな。そして昼間の時はまだむち打ちのサポーターをしていたが、いつのまにかそれが取れている。
「電気が消えていたから、てっきりいないかと思ったぞ」
「電気代節約ですよ。普段は自分のいる所しか電気を点けないんです。これだけで月に千円以上違った事もありますから」
思考が完全に主婦目線だな。
「それで、反応が薄かったが、今日は本当にお前さんの誕生日で合っているのか?」
「ええ。でもそれを知っているのなんて渡辺さんくらいですけどね。昔の話をするのはあまり得意ではないんですが、両親とも忙しい人で、誕生日を祝ってもらった事なんて片手で余ります」
「それで喜び慣れていないと。何だか青柳も苦労しているんだなあ」
さて青柳の根城に潜入した我々は、早速料理に取り掛かる。
「ああ私も手伝いますよ」
「主役は黙って座っているものだぞ。料理は俺と孝子先生と、あとナオがいれば充分だからな」
しかし私の最後の一言に、青柳と孝子先生が凍りつく。
「な、なによ! これでも毎日のように工藤さんに教わっているの! 少しは上達したんですから」
「ははは。まあ警戒するのも分からんでもないけれど、目玉焼きを焦がさない程度には上手くなっているんだよ。代償にフライパン三枚がお亡くなりになったけれど」
「いやいや三枚って壮絶じゃないの! あんた大丈夫なんでしょうね?」
孝子先生もびっくりのご様子。まあ私も、油を引かずに卵を殻ごと投げ落とされた時には驚いたものだが。
「……いいわよ、信じさせてあげましょ」
当のナオにも火が付いた様子。炊事場なだけに。
さて料理であるが、幾つかの品は家から容器に入れて持ってきているので、そう時間は掛からない予定である。リタはある程度部屋を見て回った後、特にめぼしいものがなかったようで、少し暇そうだ。エリスは逆に中々落ち着かない。恐らくはサイキがいないからだろうな。
「そういえばサイキさんは?」
「後から来るよ。近くまで来たらリタに誘導に出てもらう。と言っても九時半に終わるから、まだ一時間以上後だな」
青柳は料理に参加はしないものの、居間からキッチンを挟んでこちらを、特にナオの手つきを、眉間にしわを寄せ訝しげに眺めている。
「見るのはいいんですけど、その表情はどうにかならないかしら?」
「……生まれつきです」
この返しには、そこにいた皆が笑ってしまった。なまじ二人の言動に聞き耳を立てていたので、余計にである。
「しかし、本当にちゃんと料理が出来ていますね。これならばいつ彼氏を連れて来ても大丈夫ですね」
「あー無理無理。ナオちゃん見た目も言動も気が強いから、男が寄らないの。ね?」
「ね? じゃないわよ。私だってそういうの傷付くんですからね!」
さすが担任教師、私以上によく知っているようだ。
「じゃー好きな人はいるの?」
おっと、孝子先生が仕掛けた。一瞬にして皆が聞き耳を立てる。
「……うーん、クラスにはいないわね。過去、そういう人がいた事はあるけれど、間違いなく悲恋に終わるから、遠くから見ているだけで……って何皆見てるのよ! 味付けぶっ壊すわよ!」
恐怖の脅しに屈する我々。しかしナオの過去の想い人とはどのような人物だったのだろう。気になる。
「……この際だから言っちゃうけれど、身分も種族も階級も、何もかもが私とは違う人。私がどれだけ手を伸ばしても、その人には絶対に手が届く事はないし、きっと気付いてすらもらえない」
思い出しているのか、とても嬉しそうで、悲しそうだ。
「青柳さんにね、どことなく似ているのよ。特に雰囲気がね。そんな事があったから、青柳さんには少し懐かしい感情があるのも事実。だからと言っても、あの人以上に何もかも、住んでいる世界すらも違うし、孝子先生がいる限り私に勝ち目なんて万に一つもありはしない事くらい、とっくに分かっているわよ」
ニヤリと笑うナオ。その表情の訳に気が付いた青柳と孝子先生は目を合わせ、少し赤くなった。
「若いっていいなあ」と思わず声に出てしまったのだが、そんな私を誰も咎める事は出来ないであろう。
食事中にナオが反応。
「あ、サイキから連絡よ。早めに終わって今向かってるって。ふふっ”お腹すいたあ”だって」
「ははは、あいつらしいな。しかしこの時間だから、あまり目立たない所に降りるようにしないとな。リタ、迎えに出てくれ」
「んむぐ……り、りょうかいでふ……うっ」
「お前なあ、口に物詰め込み過ぎだろ。水飲んで口の中空けてから行けよ」
喉を詰まらせそうになって焦っているリタ。全く、どう見ても餌にがっつく犬そのままじゃないか。こいつこれで本当に大人なのか?
「ん……ふう。っと、それじゃあ迎えに行ってくるです」
リタが迎えに行ってから数分で無事サイキも合流。開口一番お腹がすいたと嘆いたので、本当に腹ペコなのだろうな。
「あ、先に、青柳さんお誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます。本当に、この歳になってこれだけ大勢に祝ってもらえるとは思っても見ませんでしたよ」
「えへへ、大成功だね」
皆満腹になる前にと、孝子先生のケーキを食す事となる。急いでいたのが分かる見た目であるが、さて味はどうだろう。各々の皿へと切り分け終わり、頂く事としましょう。
「でも青柳さんはケーキは食べなかった記憶があるですけど」
確かにリタの言う通り、エリスが合流した時に買ったケーキを、青柳は和菓子派だと言って遠慮していたはずだ。
「あれ、秀二さん甘いの苦手だったの? だったら別の持ってくればよかったかなー」
「いえ、あの時は遠慮するための口実に、和菓子派だと言ったまでですよ。好みとしては甘さ控えめという事で、ケーキも頂きます」
「それは次を期待するという事か」
「いえ、そういう意味では……」「あい分かった! じゃあ次は甘さ控えめで作ってきましょう」
青柳の言葉を遮る、相変わらずノリノリの孝子先生。しかし青柳にケーキは似合わないなあ。一方子供達は満面の笑顔である。孝子先生のケーキはクリスマス会の時にも食べたが、スポンジの粒子が粗いのが逆にいい味になっていて美味しいのだ。勿論私だけではなく、皆美味しいという評価。特にエリスは市販のケーキは食べたが、孝子先生のものは初めてであり、そして市販のものよりも美味しいと太鼓判である。
食後、サイキとナオは部屋の物色を開始。さすが精神年齢が妹に負けている子と、寿命から考えると最年少のコンビである。皿洗い等をしつつ、丁度いい機会なのでリタの動きを観察してみる。
基本は落ち着いたものであるが、やはりサイキが近いと気にしており、特に後ろを通る時などは顔だけではなく体まで動いている。
「工藤さん、昼間ナオちゃんから聞いたけれど、リタちゃん少し変なんだって?」
孝子先生が聞いてきた。リタには気付かれないようにと、声は小さい。
「ああ。サイキの動きとリタの耳の動きを見ててみな。……分かった?」
サイキが動く度に、リタの耳がこれでもかとサイキを追尾する。
「そういう事かー。うーん、教師としてはなんとも言えないなー。でも……気を悪くしたらごめんなさい。リタちゃんの動きは、いじめられている子の動きに近いよ」
いじめと聞き、私は声には出さないが、かなりの衝撃を受けた。私の知るあの三人は、そんな事など起こるはずもないのだ。私は見逃していたのだろうか……まさか……。
「……その場合はどうするのが最良なんだろうか?」
「うーん、正直参考にはならない。動きが近いっていうだけではっきりした訳でもないし、きっとそれはないから。だって、いじめる側があんなに真剣に聞いてくるだなんて有り得ないもの。サイキちゃんもナオちゃんも周りの皆も、本当に心配していたからね」
「つまり孝子先生の見立てでは、いじめが原因ではないが、リタがそれに近い感情を持ってしまっているという事か。難しいな」
少しの安心と、大きな不安が同時に押し寄せ、余計に頭を抱えてしまう私。
「きっと、溜まったものが何かのきっかけであふれ出した結果だと思うよ。もしもその溜まった何かが、侵略者に対する恐怖心だったとしたら、悪いけど私達には無理だよ。どうにか出来るのは、そこの二人しかいないね」
「……ありがとう、参考にするよ」
後片付けも済んだ所で、エリスのまぶたが重く閉じ始めた。
「今日はこれで解散しようか。三人はエリスを背負って、空から先に帰っていいぞ。俺はのんびりタクシー使うから」
「うん、分かった。じゃあエリスはお姉ちゃんが背負って行くね」
「あ、その前に一ついいですか?」
青柳からの締めの挨拶。
「私自身、誕生日を祝ってもらうというのは何度もない事でしたし、二十数年ぶりの事です。本当に嬉しかったです。特に、工藤さんとサイキさんには感謝しています。お二人があの場所長月荘で出会わなかったら、恐らくこうはなっていませんからね。……おかげで彼女も出来ましたし、ね」
青柳は孝子先生を見つめる。
「あ、もう言っちゃうんだ。はい。私が彼女さんです」
「あはは、私達だけじゃなくて、クラスの皆ももうとっくに気付いているわよ」
「やっぱり? じゃあもう公認でいいよ」
そう言うと孝子先生も青柳と目を合わせる。二人とも忙しい職業だが、どうやら全く問題なくやって行けているようである。
「ただし、私はあくまで刑事ですから、突然に来られるのは困ります。今度からは驚かすのならば、押しかけるのではなく、私を呼ぶようにして下さい」
「はーい」と皆軽い返事。お互い手を振り合い解散となった。