機動戦闘編 7
帰宅した二人。ナオは興奮冷めやらぬという感じで、リタはそれが鬱陶しそうである。
「ここからでも空が光ったのが確認出来たぞ。サイキの時もそうだったが、全くとんでもない隠し玉だな。しかしあんなものをそうそう街中で使われたらいい迷惑だからな、本当に必要な場面でしか使うんじゃないぞ」
「分かってますともー!」
一応釘を刺しておいたのだが、本当に分かっているのか甚だ疑問である。
「工藤さん、こちらの暗視装置の資料があれば確認したいです」
一方リタは真面目そのものだな。二人よりよほど世界を救う事を考えているようでもある。さて暗視装置の資料と言っても一般人の私が出来る事は、精々パソコンで簡単な解説を見せる程度である。しかしリタにとってはそれだけでも充分であったようで、三十分ほどじっくり読みふけった後、意気揚々と製作に取り掛かろうとする。
「ちょっと待った。一応ナオと、その槍の簡単な検査もしておいてくれ。悪影響があったら困るからな」
「ないわよそんなの。自分で言うんだから大丈夫」
「駄目です。他人が見て初めて分かる事だってあるですよ。リタ達は散々それを学んできた。違うですか?」
「はいはい。分かりましたよー」
リタにたしなめられるも軽く受け流すナオ。そのままリタに連行されていった。
数分でナオは降りてきて、何事もなかったと報告。その一時間ほど後にサイキも帰宅。
「ただいま。ナオいる?」
「いるわよ。剣道場の皆も私のあれ、見てくれてた?」
喜々とした表情であり、自慢したくてたまらないという心情があふれ出ている。
「うん。あの光、剣道場からもはっきり見えていたって。綺麗だって言う人がほとんどだったけれど、雷が苦手な小さい子は怖がってたみたい」
「……そう。明日その子に謝っておいてくれるかしら」
数秒前までの浮かれ具合が嘘のように大人しくなってしまったナオ。
「自慢したい気持ちはあるんだけれどね、怖がらせてしまったとなると話は別よ。さっき工藤さんにも言われたけれど、使う場面は選ぶべきね」
「わたしの時は、侵略者以外は人も物も、光の刃に接触しても何の問題もなかったよね。ナオのも同じだと思う。だから振り下ろす形で使うんじゃなければ大丈夫だよ」
「……それでも計画性を持った運用が必要ね。よし、高い危険性や緊急性のある相手以外では使わない事にします。小型黒や中型白、それから最大サイズの深紅や、幸いまだ出てきていない超大型種にしか使わないわ」
方針が決まればあっさりしたものである。二人の話題はリタの100%FAがどういうものかという話になっていた。
その後十一時を前にリタが来て、試作暗視装置のお披露目。
「まだ一人分だけですが、一応作ってみたです。ナオ、試してみるですよ」
早速、眼鏡そのものと言える外観を持つ暗視装置を装着。深緑色の弦に、レンズフレームのないタイプだな。掛けてみると、これまたナオによく似合っており、逆に笑えてくる。
「……失礼ね。でもこのデザインならば掛けたまま外出も出来るわね。伊達眼鏡を買わずに済んだわ」
電気を消し暗くした居間で、私は懐中電灯を片手に、少し悪戯心を刺激されている。
「うーんと……全く問題ないわ。リタの耳が動くのも確認出来るし、サイキが違う方向を向いているのも見えている。エリスは大あくび。それで工藤さんは……って眩しいんですけど?」
わざとナオに向けて懐中電灯を照射。こんな子供のような事をする大人は早々いないであろうな。電気を点け、状況を再確認。
「印象としては昼間と何ら変わらなかったわ。さっき工藤さんのパソコンで見たのだと緑一色だったけれど、普通に色が付いていたからそこに何色の何があるのかまで、はっきりと視認出来ました」
「俺の悪戯はどうだ? 映画ではあれでよく目潰し効果があるけれど」
「ちょっ、目潰しを私で試さないでよ!」
怒られてしまったが、我ながら当然。いつの世も悪戯っ子は怒られる運命なのである。すると開発者であるリタが不敵に笑う。
「ふっふっふっ、リタがそれを考えていないとでも? ちゃんと、一定以上の明るさでは、その部分だけそれ以上明るくならないように処理してあるですよ。なので普通に昼間から掛けていても全く問題ないです」
「さすがリタだな。これで夜間戦闘も問題なくなる訳だ」
そしてエリスは眠くて舟をこいでいる。今日はここまでにしよう。
翌日二月一日水曜日、今日は青柳の誕生日であるが、しかしあいにくの雨である。
「今日どうしよう? 多分襲撃があるだろうし、そうしたら青柳さんは忙しくて、それ所じゃなくなると思うよ?」
「とりあえず予定だけ入れておこう。後は臨機応変に、だな」
「臨機応変って言っても、やるかやらないかの二択だよね」
とにかく三人を学園へと送り出そう。
しかし、玄関先で三人の表情が変わる。侵略者のご出勤である。音の位置から、そう遠くではない場所のようだ。
「学園の近くだ。すぐ向かいます!」
急ぎ飛び出して行く三人。私も準備をして全員と接続。青柳も既に出勤済みだった。
「雨ですからね。全く……迷惑なものですよ」
物凄く感情のこもった静かな口調である。この時私は決めた。今日はやはり押しかけて誕生日を祝ってやるぞ。
「敵は四体。全部中型で、赤青緑灰色が揃ってる。位置的に学園を取り囲んでいる感じになっていて……あっ泉さんがいた! そうか、登校時間だから皆が危ない!」
「各個撃破には一人足りないわね。時間的に見て危険性は青と灰が一番。次に赤で最後が緑って所かしら。サイキは青を。私は灰でリタは赤。終わった順に緑に直行! 目標五分で片を付けるわよ!」
登校前戦闘の開始である。
まず到着したのは一番速度の出るサイキ。場所も学園から見て西側なので、一番長月荘から近い現場だ。
「いた! ってそこ邪魔だよ!」
サイキ目線では、青鬼のすぐ近くには避難の渋滞に捕まった大型トラックが交差点を横断するように止まっており、今のサイキの位置からでは青鬼を直接殴りに行くには邪魔になってしまっている。さすがにトラックごと切りつける訳にもいかないので、上空からの急降下作戦を取る。しかし到着前に青鬼はサイキを視界に入れており、既に衝撃波を放つ準備は完了、いつでも来いと言わんばかりである。
「上からは危険だ。一旦通り過ぎてから……」「そんな時間ない!」
しかし上空から近付くサイキに、予想通り衝撃波が飛んで来た。防壁で防ぐものの、この体勢では不利なままだ。
するとサイキはトラックの手前で急降下を開始。そこからだとトラックが死角になって攻撃は出来ない。何をするつもりだ?
「くぐるのっ!」
宣言通り、路面スレスレまで高度を落とし、何とトラックの荷台と地面との隙間を通り抜けて見せた。しかし危ない事をするなあ。青鬼はサイキが下から来るとは思っていなかったようで、時既に遅し、第二波を放つより前にサイキが一刀両断してみせた。
「青鬼撃破! このまま緑に向かうよ!」
次はナオだ。こちらは学園の南側住宅街であり、ナオの嫌いな狭い路地。
「そっちは槍を振り回せないな」
「あの時の反省をしていないとでも思っているの? 考えてあるわよ!」
狭い道であろうとも気にせず高度を下げるナオ。上空から見る限り、周囲には数名の学生の影も見えるが、ナオに気が付き一様に足を止め周囲を警戒している。皆分かっているのだな。
当のナオは二メートルほどまで高度を下げ、灰色へ一直線に続く道へと入る。しかしそこからだと狙い撃ちされ放題だし、槍を振り回す事は不可能だぞ。
「防壁展開、このまま突っ込むわよ!」
狭い道路幅一杯まで防壁を張り、そのままの勢いで防壁を盾に灰色へと突撃。無茶な戦法ではあるが、おかげで灰色の攻撃が周囲へと拡散する事もなく、そして灰色自身をも突き飛ばし、大きな通りに出す事に成功。間髪いれず槍を構え、突き通し見事撃破。
「どうよ、これぞ攻防一体、なんてね」
「自慢げな所悪いがな、その作戦は無茶が過ぎる。防壁が破れでもしたらどうするつもりだ? もっとしっかり自分の安全を考えろ!」
「……分かっているわよ。だからこそ言わせてもらいますけどね、私はもう勝算のない作戦は立てるつもりなんてない。今回のだって防壁の強度を計算した上で、地形が許したから取った作戦よ。闇雲に突っ込むだけが一番槍じゃないのよ」
後半の口調がやけに優しく、言い包められたというよりも諭された気持ちになる。これも作戦のうちか? ともかくナオも迅速な撃破を達成だ。
「リタ赤鬼地点に到着です。皆既に近くの建物に逃げてるですよ。これならば戦いやすいです」
そして次はリタだな。赤鬼は長月荘からは一番遠い、学園から見て南東の位置に出現した。道路は片側二車線と広いので、それが問題になる事はないだろう。そして周囲の人々は、近くの家やビルにお邪魔して避難しているようである。随分と手馴れているなあ。
「わたしも緑地点に着いたよ。すぐ終わらせるからね!」
同刻、サイキも緑へと到着。
「了解。じゃあ私はリタの援護に入るわね」
ナオはリタの地点へと向かう。赤鬼ならばビットが多いので、人数が多いほうが楽だろう。しかしこの判断が、また良からぬ雰囲気を連れてきてしまう事になるとは……。