表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
別世界からの下宿人  作者: 塩谷歩
機動戦闘編
166/271

機動戦闘編 6

 「おはようございます」

 サイキ姉妹とナオが起きてきた。エリスはともかく、サイキとナオの表情はあまりよろしくない。

 「どうした? 二人とも暗い顔して」

 「リタは……まだよね。昨日あの後、私とサイキとで改めて少し話していたんだけど、リタは呼んでも駄目で、ずっとリンカーを切って部屋に篭っていたのよ。夜中に工藤さんが声を掛けていたじゃない? あの時も……。初めてよこんな事。私達、そこまでリタに嫌われてしまったのかしら……」

 「なるほどな。しかし嫌ったからという訳ではないと思う。というか……もっと悪い事かもしれない」

 不安な表情になる二人。エリスは雰囲気を察してか、我々と少し離れた位置に移動していた。


 私も少し神妙な顔をしていたのだろう、サイキが不安そうな声で私に聞いてきた。

 「何か、知っているんですか?」

 「……いや、具体的に何がというのではない。ただ、事前に俺とリタ、二人だけで相談したいという話があってな。夜中までそれを待っていたんだが、結局は顔を見せただけで何も話さず、気付いたら泣いてしまって、そのまま部屋に逃げるように戻ってしまったんだよ」

 「つまり、工藤さんにも言えないような悩みがあるっていう事? 思い当たる節は……やっぱり昨日の演習のせいとしか考えられないけれど、私達が嫌われる要素はあるとしても、工藤さんにすら言えない事が起こったとは思えないわ」

 「お前達の覚えている限りでは妙な動きはしていなかったという事か?」

 「……唯一サイキが目の前で反転した時には、かなり驚いていた様子だったけれど。でも今まで散々侵略者の前に立っていたのに、サイキに驚かされたから何だって言うの? そもそも演習なんだし、サイキは武器を持っていた訳でもないわ。それが原因で泣くほどになるだなんて思えないわよ」

 我々が頭を抱えている所でリタが起きてきた。眠そうだ。

 「おはようです。ちょっと話があるです」


 我々には不安が一杯に広がっており、サイキもナオも、それが顔に出てしまっている。

 「……皆顔が暗いですよ? 話というのはこれです」

 リタが槍を取り出した。芦屋家で頂いたものだな。しかしその時とは若干異なっており、より近代的というか、ナオが普段使っている槍に近い装飾になっている。

 「変更点は一部の素材を硬質なものへと変更してFA可能にした程度ですが、これでも初期の槍と比べたら段違いに強いですよ。ナオ、旗付きの槍を出して下さいです」

 まだ不安の抜け切らない表情でリタの指示に従うナオ。

 「ナオ、芦屋家から頂いたこの槍は、旗付きのこれと同等か、それ以上の性能と利便性を持っているです。部隊の旗を芦屋家の槍に移植して、そちらをメインに使用するのを提案するです。そして旗付きは一旦リタが預かっておきたいです」

 「芦屋のお爺様から頂いた槍って、そんなに凄いのね。いいわ、リタの提案に乗ります。でも、そっちを預かる理由を教えて頂戴」

 負い目があるせいか、やはり少し疑い深くなっているナオ。

 「では、その芦屋家周辺での戦闘時、ナオは狭い路地で戦えていたですか? 槍の長さが弱点となって、サイキを待つ羽目になっていたですよね? 今後もそれでいいと思うですか?」

 結構強めの口調のリタ。昨日の感情がまだ少し残っているようでもある。一方ナオは、リタの言わんとする事を理解し、笑顔を返す。

 「分かったわ。そういう事ならばリタに全てお任せします。良いものをお願いね」

 「任せるですよ」

 とは言うもののリタの表情は固い。やはり何かしらあるとしか思えない。

 二本の槍を回収した後部屋に戻り一分少々、再度リタが降りてきて旗を付けた芦屋の槍をナオに渡す。その手触りに笑顔のナオ。リタの表情からも力みが薄れ、私もサイキもようやく少し気が抜けた。


 この日は曇天であり、夕方から雨の予報。それも三日連続である。サイキはエリスの頭を撫でながら大丈夫だと励ましており、ナオは早速新しい装備が使えるとやる気充分。リタは……無表情。

 三人を学園へ送り出してからは普段通りの生活。お昼頃電話が鳴った。

 「あ、村田です。昨日リタちゃんからエンジンを届けてもらいまして、今しがた搭載と車検の段取りがつきました。早ければ来週の頭にはナンバーが付きますよ!」

 「おおー、大晦日に持って行って一ヶ月で完成に大手か。凄いな」

 「凄いのはリタちゃんですよ。働き者だし技術も凄いし、その上とにかく探究心が半端じゃないですからね。きっともうリタちゃん一人で新車一台作れますよ」

 「はっはっはっ、さすがだなあ。うーん、そうしたら早めに高齢者教習とペーパー教習に行ったほうがいいかな」

 「工藤さんはまだ高齢者じゃないでしょ。ペーパーも警察の方とお知り合いならば、隣で見ていてもらえばいいじゃないですか。お金を掛けない解決法だってありますよ」

 「なるほど。心当たりがあるから今度聞いてみるよ。ありがとうな」

 という事で、今週土日にでも青柳を引っ張ってこようかな。


 時間は飛んで夕方六時半を少し過ぎた頃。三人が帰ってきた。

 「ただいまー」

 「おかえり。昨日の苦情を言われなかったか?」

 「大丈夫だったわよ。というか今はそれよりもお腹が空いたわ」

 三人それぞれの表情を見るに、今日は何事もなかったようだ。夕食を済ませていると雨が降ってきたので、臨戦態勢に移行する三人。

 「でもサイキは稽古があるだろ。自分で行くと決めたんだからしっかり行けよ」

 「うん。じゃあ行ってきます。エリスの事お願いね」


 サイキが出発して十五分ほどだろうか、二人の顔色が変わった。かなり遠い感じだが、私も悲鳴音を確認。早速二人は出撃し、私はいつも通りパソコンでサイキを抜いた二人と、そして青柳と接続。状況分析はサイキ不在時にはリタが担当するようになった。

 「えっと深紅と深緑……が、一体ずつです。深紅は海上に出たみたいですよ」

 「了解。そうしたら……」

 「ごめん、今着替えてた所だったから遅れた。状況は聞いてた」

 かなり焦り声のサイキ。これで役者は揃ったな。振り分けはナオに任せよう。

 「じゃあ私とリタは深紅。サイキは深緑を片付けてこっちに合流。あんた本気出せばそこからでも私達を追い抜けるでしょ?」

 「サーカスを使えばね。でもあれは緊急時だけだから今はブースターを全開で吹かしているよ。二人はブースターにはまだ慣れていないよね。無理だけはしないで」

 「サイキに言われたら終わりです」

 リタが締めて、戦闘開始。


 日も落ちたこの時期この時間、海上には明かりなどないので視界はすこぶる悪い。二人は正月の悪天候時に使ったライトを使用しお互い位置を確認しつつ深紅の元へ。一方サイキはかなり速度を出しており、少し心配になってくる。

 「工藤さんはリタの実力を甘く見ているよ。今わたし、ブースターの最高速度近くを出しているけれど、身体への負荷の具合は歩いている時とさほど変わらないんだ。急旋回ではさすがに少し負荷が掛かるけれど、ただ直線を飛んでいるだけならば全く何も心配は要らないよ」

 「なるほど、達人からのお墨付きという訳だな。さすがリタだ」

 「褒めても何も出ないですよ。それで、こちらは深紅を見つけたですが、視界が悪くてちょっと難しいです」

 「ええ、相手のほうが夜目が効くから不意打ちに注意しないと。ってリタそっち行ったわよ!」

 ナオがライトを向け、リタが慌てて狙撃。これは一人照明係に据えるべきかも。


 「今更ですが、暗視装置はないんですか?」

 青柳の至極真っ当な質問が飛んで来た。確かに暗視装置の一つくらい持っていてもおかしくないのだが。

 「不可能ではないですが、目の神経は重要なので、そう簡単に弄る訳にはいかないです。それもこちらの世界に解決方法があればいいですけれど」

 「よく軍隊では双眼鏡みたいな暗視装置を付けているな。リタの技術ならば、眼鏡位の大きさで作れるんじゃないか」

 「えっと、それを脳の視神経と繋いでいるですか?」

 何だ大きな事を言っているなあ。もしかして分かっていないのか?

 「ただ単純に、画面に装置で光量を増した映像を流すだけですよ」

 これまた青柳の、物凄く簡単な説明。

 「うぇっ!? そ、そんな簡単な事……帰ったらすぐ作るです!」

 リタのこの驚きの声、久しぶりに聞いた気がするなあ。やはり概念が欠落していると、単純な解決方法すらも浮かばないものなのか。


 「話の途中ごめんなさい。サイキ到着しました。空き地に出たみたいで被害は少ない様子。さっさと倒してそっちに合流するね」

 手にはあの月下美人だが……正直この名前を連呼するのには恥ずかしさがある。最上の奴を恨んでやらねば。しかし実際月の下が似合う剣だ。刀身のほとんどを占める黒い部分が夜に溶けて、まるで本当にそこに小さな月が出ているようである。

 刀身が赤く輝き、垂直に振り下ろされる。何をさせる暇もなく、まさに一撃で深緑を撃破。大型侵略者をたったの一振りで仕留める光景は何度見ても痛快であり、最初の頃あんなに苦労していたのが、本当に嘘のようである。

 「よし、それじゃあそっちに合流します。わたしが行くまであまり無理はしないでね」

 「それ所か、さっさと来ないと終わらせちゃうわよ」

 見ている限りでは、視界不良でまだまだ苦戦している様子なので、単なる強がりだな。


 それから二分ほどという短時間で、サイキ目線で二人のライトが見えた。サイキ自身もライトを使い、自分の位置を示している。

 「リタお待たせ」「うわぁ! ご、ごめんなさいです。気付いてなかったです」

 後ろから近づいてきたサイキに声を掛けられ、物凄く驚いたリタ。

 「リタよ、暗がりだから集中しないといけないのは分かるけれど、もう少し余裕を持たないと危ないぞ」

 「ごめんなさいです……」

 強く言った気はないのだが、かなり大きくしょぼくれるリタ。やはり何か少しおかしい気がする。もう一度二人になった時に問うてみないと。

 「……リタは後方から照明役に徹するです。サイキ、ナオ、申し訳ないですけど、残りは二人にお願いするです」

 「うん、分かった」「了解よ。ライトを照準だと思えばいいわよ」

 以降はリタも持ち直し、ナオの言う通りに照準を合わせるかのように攻撃対象をライトで照らし、捕らえて離さない。二人は主に自分の位置を知らせるためにライトを使い、そして声を掛け合って攻撃が交差する危険がないようにしている。

 「あんた随伴何体倒した? 私五体だけど」

 「えっと、今ので三体目。もう本体に移ってもいいかもね」

 「リタも既に二体倒しているですよ」

 という事は随伴は全部撃破で、残るは本体のみか。しかしこれが本体を怒らせてしまったようで、近くにいるサイキとナオへの攻撃が、明らかに激化した。もしも被弾失神でもしたら、悪天候の夜の海へと墜落する事になる。それは非常にまずい。


 リタ目線では深紅からの攻撃が白く光っていて、まるで花火を打ち上げているかのようにも見える。おかげで周囲が照らされ、二人の姿が確認出来た。しかし深紅の攻撃は、どうもデタラメに撃っているだけのように見える。

 「これ、深紅本体はお前達を視認出来ていないんじゃないか? 全くお前達のいる方向とは別の方向を撃っていたりするぞ」

 「考えられない話ではないけれど、今その余裕はないわ。リタ! あんたもそこからでいいから狙撃開始して頂戴」

 「了解です。二人とも、ちゃんと避けるですよ!」

 照明役のリタも攻撃開始。さすがに三人揃っての攻撃ともなると、乱射している深紅の砲台が次々と潰され瞬く間に弱体化していく。

 「そろそろ終わらせよう。ナオが最後決めて!」

 「あら、譲ってくれるなんて優しいのね。よし、それじゃあこの新しい槍で一発、私もサイキを見習って100%FAしてみますか!」

 元気なのは結構なのだが、エネルギー切れを起さないかと不安にもなる。彼ら次第だな。


 「覚悟しなさい!」

 深紅の正面に立ち、深呼吸を一つ。サイキの時を考えると、何が起こるのか分からないため、サイキとリタは充分に距離を取った。

 「よし! これが私の100%だ!」

 雄叫びを上げ、深紅へと突撃し槍を突いた。そこには眩く輝く、巨大で長大な光の槍が現れた。それはサイキとリタの目線から外れるほど長く伸びており、まさか長月荘からですらその光が確認出来てしまった。勿論深紅は跡形すらなく消滅している。

 「……す……すごい……」

 二人と私は絶句中。サイキの時も凄かったが、こちらはそれを超える迫力である。

 「ふっふーん。どうよどうよどうなのよ! 私どうなのよっ! 凄いわよね! 凄過ぎるわよね! んーやっほーい!!」

 物凄い興奮状態のナオだが、それは我々も同じ事。

 「こちら青柳。深緑の出現地点からも今の光を確認しました。これは明日、間違いなく大きく報道されますよ」

 「私、目立つのは苦手なのよねえ」

 と言いつつも、ナオの口調には嬉しさがにじみ出ている。戦果報告は明日という事で、サイキは再度剣道場へ、ナオとリタは帰宅となった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ