機動戦闘編 4
教室に戻った二人はリタの機嫌をうかがう。
「リ、リタ? えっと……」
「何ですか? 早くお弁当食べないと授業始まるですよ」
そこにいるのは普段通り、無表情のリタ。騙され安心するサイキに対してナオはその表情の裏を察し、サイキの耳を引っ張り一旦廊下へ。リタには聞かれないように耳元で小声で話す。
「あれはまずいわよ。内心はらわたが煮え繰り返っているに違いないわ。今日はもう一切刺激しないでおきましょ」
「え? う、うん。リタはそういうのを周りに撒き散らすタイプじゃないけど……帰ったら工藤さんに相談しよう?」
「ええ。とにかく今は、平静を装いましょう」
ひそひそと話している二人のすぐ横には、気配を消し無言無表情のリタ当人が立っていた。それに気付き飛び跳ねるように驚く二人。尚もリタは無表情である。
「……工藤さんから連絡があって、放課後リタは廃材屋さんに寄るです。でも部品を探す訳ではないので、一人で大丈夫です。その後は整備工場にも寄るので、カフェには一時間ほど遅れて入るです。はしこさんにも話は行っているみたいですが、確認はしておいて下さいです」
無言で二つ大きく頷くサイキとナオの二人。そしてリタは一瞬だけ表情を変え二人を睨む。その一瞬だけですくみ上がってしまった二人をよそに、リタはいつもの表情で教室へ。
顔を見合わせ、改めてリタに恐怖する二人のもとに、雰囲気を破壊するのに最も適した中山がやってくる。
「ねーねー二人ともご飯食べないと授業始まるよー?」
「あっ、そうだお腹空いてたんだった」
教室に入り、リタの後ろを静かに通過。その一瞬、リタの表情が曇ったのを泉は見逃さなかった。一方怒られた二人は必要以上に静かに席に座り、弁当を広げる
「どうしたのリタちゃん? 二人と喧嘩した?」
その鋭い洞察力の下の質問に、隣の二人は気が気でない。
「何でもないですよ。 サイキの動きがあまりにも常識外れで呆れただけです」
リタの目をじっと見つめる泉だったが、力を抜き、それ以上の深入りをやめた。
「うーん、ここからでも見えていたけれど、確かにサイキさんの動きは規格外というか、尋常じゃなかったよね」
「全くです。普通あんな動きをしていたら、命が幾つあっても足りないですよ」
友達の前なのでほんの少し顔をしかめる程度で済ませるリタ。
「えへへ、ごめんなさい」
さすがのサイキもそれを察し、軽く流す。
「確かに、サイキちゃんはほとんど直角というか鋭角に曲がっていたからね。でもここから見ている限り、リタちゃんも結構凄い動きしていたよ。ナオさんは慎重派? あんまり無理な動きはしてなかったよね」
最上の的確な分析。周囲もおおよそ同じ感想を持ったようだ。その説明はナオがした。
「サイキはずっと前からあの動きが出来ているからね。リタは小柄で軽いから。ほら、体育でもたまに機敏な動きをするじゃない? それと同じよ。私は慎重というか、三人の中で一番背が高くて重いからね。それだけ負荷が掛かる訳だから、試験段階で無理をする訳にも行かないって事」
「へえ……うん? 試験段階なのに、サイキちゃんは前から?」
木村が重要な部分に気が付いた。
「サイキはそもそも人間用じゃない装置を、無理矢理に装備して使っていたのよ。だからあんな動きが出来る訳だし、それを出来るのは私達の世界でもこいつだけ。それで、リタが改良を重ねて安全性を確保出来たから、今回私達も使ってみたって事」
「えへへ。でもまだ問題のある箇所があるんだけどね。それも含めて皆からは散々怒られました」
呆れ顔のナオに対し、恥ずかしそうに笑うサイキ。
「散々怒ったですよ。散々! 怒ったですよ!」
二回言ったリタ。二度目は強く、改めて怒るように。周囲もそれに何となく察しがついたようで、「ああー」という納得の声が漏れた。そしてバツの悪そうな表情の二人。
午後の授業開始前に孝子先生が顔を見せた。
「そこの三人、学園長から警告が出たぞー。次はないと思えよ」
「ごめんなさい」
三人声が揃い、そして改めてリタに睨まれ、小さくなる二人。誰が見ても原因が誰なのかが分かる構図だ。
放課後になり、リタは二人に一言掛け屋上から廃材屋へ。二人は普通に下校。
「ねえ、カフェに行く前に家に寄って、報告だけでもしておこう?」
「うーん、そうね。リタの怒りの鎮め方を工藤さんにも考えてもらわないと。多分私達だけじゃ収まらないわ」
溜め息を吐く二人。
「リタ怖い」「同じく」
その頃リタは廃材屋に到着。リタを確認した店主は何処かへ電話。それをリタに渡す。
「ああリタちゃん? 村田です。工藤さんから聞いていると思うけれど、そっちでエンジンを受け取って、こっちに持ってきてもらえますか?」
「了解です」
店主に誘導されエンジンのある場所へ。そこにはあまり古くは無さそうなセダンが一台。しかし後ろに回り込むと、リアが大きく潰れており、修理は不可能な様子だ。、
「このまま持って行け」
「えっと……エンジンだけでもいいですよ?」
「遠慮はいらない。どうするかは任せるよ」
迷ったリタだが、せっかくのご好意でもあり、ブースターやナオの槍の事もあるので、丸ごと持って行く事にした。
店主に深く頭を下げ、村田自動車工場へと向かうリタ。
(そうだ、先に楔を打っておこう)
リタは二人を牽制するために、長月荘の工藤に連絡を取り先手を打つ。
「……おう、リタどうした?」
「廃材屋さんでエンジンと、ご好意でその廃車を一台丸ごと頂いたです。まずはその報告と……二人はまだ帰ってきてないですよね?」
「ああまだだよ。……でも学園長と青柳からは連絡が来ているぞ。お前達やらかしたらしいじゃないか」
長月荘にも話が行っていた事については、リタは既に予想していたので驚きはない。
「はい。すみませんです。……それで、多分二人はリタが怒った事に対して相談してくるはずです。それに対して、甘やかさないで下さいです」
「うん? 待て待て。俺が三人を叱るのは分かるが、リタが二人を怒ったとはどういう事だ?」
リタは事のあらましを工藤に説明。
「……勿論二人を止められなかったリタも怒られて当然です。でも、もしも二人がリタに怒られた事を隠すようであれば、それは反省していないという事です。それは許さないで下さいです」
「なるほどそういう事か。分かったよ。……という事は、二人はカフェに行く前にこちらに寄るだろうな。お前の意図は理解したよ」
状況を理解してもらい、ひと安心するリタ。
「それともう一つ。帰ったら二人だけで相談したい事があるです。お願いしますです」
「リタと俺だけでか? 珍しい事もあるもんだな。分かったよ。とりあえず今はお前のやるべき事をやってくれ」
「了解です」
話を終えたリタは大きな溜め息を吐く。自己嫌悪に陥っている事を自分自身で理解しているためだ。そしてそれが不信感へと変わりそうになっている事にも気が付いている。
一方サイキとナオは長月荘へ。
「ただいまー」
玄関ドアを開け、明るい声と表情で帰宅する二人。そんな二人に大きな叱り甲斐を感じ、敢えて二人が簡単に逃げられるように、居間ではなく玄関で出迎える工藤。内心では怒りが沸々と湧き上がってはいるが、声色にも態度にも出さないように振舞う。
「おかえり。どうした早かったな……とでも言うと思ったか? 既に話は学園長からも青柳からも聞いている。お前達がカフェに行く前に俺の所に来るのは予想済みだ」
サイキとナオ、二人の笑顔が見事なほどに凍りついている。
「あ……カフェ、行ってきまあす……」
固まった笑顔のまま震えるような声を上げ、きびすを返すように逃げていく二人。工藤は完全にアウトの判定を出し、そして事態の軽視とも取れる態度を示した二人に対し、相応の礼を以って臨む事を決める。
「話は分かりました。ぼくも怒るよ」
そして最終兵器エリスも万全である。
「ちょ、ちょっと! 私も思わず逃げてきちゃったじゃない! どうするのよこれ? 帰ったら絶対に大目玉よ?」
「だ、だよね……とりあえずはカフェでリタに相談して……あ、リタ駄目だあ!」
絶望に打ちひしがれるサイキ。それを見てサイキに八つ当たりを始めてしまうナオ。
「あんた本当に何も考えてないの!? 全く、誰のせいでこんな事になっちゃったと思っているのよ」
「ナオが学園長に演習を申し出たからでしょ?」
「はあ? 元はと言えばあんたが私を煽ったのが原因でしょうが!」
「それを言ったらブースターを早く試してみたいって言ったのは誰!」
「そもそも人間にブースター積んだ死にたがりの馬鹿は何処のどいつよ!!」
「え、何それわたしの事!?」
「あんた以外に誰がいるってのよ!!」
カフェへと向かいつつ二人の不毛な喧嘩は続く。
「あーあーあーあー! そうですよ全部わたしが悪かったですよ! 謝りますごめんなさいすみませんでした! これで気が済んだ!?」
「なあーにそれ! あんた本当に反省する気あんの!? そんな事言ってたら本気で死ぬわよ! 全部あんたの責任になるのよ! それがどういう事か分かってるの!?」
「それは……っ!」
双方睨み合いながらも、その事が痛いほどよく分かっているからこその沈黙が流れる。そして諦めたようにうなだれるサイキ。
「あーあははーこれが四面楚歌って奴かー……戦闘以外で死にたいと思う事があるなんてなー……あははー」
「全く、孝子先生からも言われたけれど、私達には次はないんだからね? ……今はとにかくしっかり謝る事を考えましょう」
「はあ……どっちに進んでも怒られるなあ。わたし、本当にしっかりしないと駄目だ。やっぱり仮面被ったままがよかったかも」」
「それはそれで怒られるわよ?」
「……そうだね。よし、どの道怒られるならば、盛大に怒られよう」
覚悟は決まったようである。
二人は何事もなかったかのようにカフェで手伝い中。そしてリタ登場。緊張が走る二人だが、リタは何も言わずに手伝いを開始したのだった。