機動戦闘編 3
エネルギー回復に難のある状態にさせられたサイキは逃走役。リタにとんでもない約束をさせられてしまったナオと、一人勝ち状態のリタが追撃班。この陣営による演習という名の追いかけっこが開始された。
(へへーん、十五分間距離を保っていればいいだけだもん。エネルギーさえ持てばわたしの勝ちは決まったような……って! まずいまずい、リタ撃ってきた! 本気だ!))
サイキを後方から猛追するリタは、P2000を模した拳銃を持ち、サイキを銃撃。一発目の銃弾からサイキの左肩を掠めるものの当たらず。サイキはてっきり威嚇射撃程度だと高をくくっていたので、まさか本気で銃撃されるとは思っておらず、改めて焦り始める。
(さすがにこの速度で、動く的に当てるのは難しい……でも逃がさない!)
一方ナオに煽られスイッチの入ったリタは、子羊を前にした狼の如くサイキに食らい付く。元々小柄で体が軽く動きも早いリタとブースターとの相性はかなり良く、現在のサイキの動きにも一瞬の遅れはあるが付いて行けている。
(これがサイキの見ている世界……集中しないと、自滅しかねないわね)
そしてナオは初めてのブースター使用なので、とにかく慎重に動作を確認している。徐々に離されてはいるが、しかし次の動きを予測して反応するので、そこまで極端に離される事はない。
「そろそろ本気出すよー!」
二人に聞こえるように宣言するサイキ。その宣言通り、今までの滑らかな弧を描く動きとは一変、まるでナイフで切り取ったかのような鋭角な機動を見せ始める。
「ちょっと……まるで物理法則を投げ捨てているような動きですよ? リタ達にもあんな動きをしろと!?」
「しないと勝てないわよ!」
「無理言わないで下さいです! いくら負荷を軽減していても、あれは人として反則ですよ!」
思わず動きを止めてしまうリタに、ナオが追いつき叱咤するも、サイキを指差しつつナオに文句を言うリタ。同等の場に立ったからこそ、サイキの異常なまでの機動性を理解し、危険性を感じて尻込みしてしまったのだ。
人として反則と言われてしまったサイキだが、事実、九十度以上の角度でも全く速度を落とさずに一瞬で向きを変える芸当を見せており、追撃する身からすれば、突然目の前から消えたように感じてしまう。その為に一つ曲がるごとに追撃班の二人は速度を落とさざるを得ない。
尚も追撃するが、一向に差が縮まらない。一旦ナオがリタを呼びつける。
「あれには作戦がないと無理ね。リタはとにかく動きを限定させる事。ショットガンであいつの周りに弾をばら撒きなさい。あと一番小さい銃貸して。当たったらあんたの手柄でいいから」
「ショットガンは威力を落とさないと、いくらサイキでも危険ですよ?」
「……言っちゃ悪いけど、あんな動きをする奴に当たる訳ないじゃないのよ」
妙な納得を覚えたリタは、一番小さな拳銃であるサクラをナオに渡す。
「なーにー? もう諦めたのー?」
遠くから二人を煽るサイキ。
「……えっ!?」
思わず声が出たサイキ。視線の先にいるリタの手にはショットガンが握られ、そして早速撃たれる。
「うわっ、冗談じゃ済まなくなるから! 何考えてるのさ二人とも!」
こちらも身の危険を察知し、本気で逃げる。しかしナオの二つの作戦がはまり、あまり大きく動く事が出来ない。
(とにかくリタを封じないとまずい。ちょっと可哀想だけど……驚かしますか!)
サイキはわざと速度を落とし、リタに追いつかせた。
(速度が落ちた? エネルギーがもう尽きた? ともかくチャンス!)
サイキの策略に気付かず接近するリタ。しかし次の瞬間、サイキは一気に百八十度反転し突っ込んできた。反応出来ず固まり唖然とするリタ。しかしその胸中には驚きの他に、全く別の感情が現れてしまった。
後ろから来たナオはあっさりとサイキにかわされ、臍を噛む。
「リタ! チャンスだったのに何やってんのよ! ……ちょっと聞いてる?」
全く身動きしないリタの肩に手を掛けるナオ。リタはそれに驚き大きくその手を撥ね退けた。青ざめたリタの表情を見て、心配せざるを得ないナオ。
「あんた……大丈夫? 顔色悪いよ? 体調悪いなら止めにするよ? ちょっとサイキー! リタが……」
「大丈夫です。何でもないです。ちょっと驚いただけですよ。……さて再開です」
演習を中止させようとしたナオの言葉を遮るリタ。ナオはまだ心配の表情。
「本当に大丈夫? 無理しないでよね?」
サイキも普段と違うリタの顔色に気付き、一旦停止し近寄ってくる。
「大丈夫? 結構体力使うから、疲れたなら終わるよ? ……って、銃口向けて来てるし。大丈夫って事だよね」
リタの持つショットガンの銃口がサイキを狙う。それを確認し、逃走を再開するサイキ。ナオはリタの後ろに付き、念の為にいつでもリタを庇えるようにして追いかける。
残り時間は五分を切り、少しずつブースターを使った動きにも順応出来てきた追撃班の二人。それを肌で感じ、焦りと共に嬉しさも感じるサイキ。
(難易度を上げちゃおうっと)
学園グラウンドに向かって垂直に急降下し、地面ギリギリで急角度反転。その勢いに地表には砂埃が舞う。グラウンドに出ている学生もいるが、皆歓声を上げている。後続の二人も地面近くまで降下。そこからサイキはわざと狭い所や急な曲がり角を選んで飛行。
(あいつ誘ってる訳ね。いいわ、やってやろうじゃないの!」)
サイキの誘いに乗り同一ルートを進むナオ。一方リタは冷静に、かつ冷ややかに高度を取り、安全性を優先する。
「二人とも! それ以上は危険です!」
リタの警告にも二人は耳を貸さず。
残り一分を切り、サイキは低空飛行で住宅街の狭い路地へ。人通りがないのをいい事に、ナオも追従する。
「いい加減にしないと本当に危険ですよ!」
サイキとの通信を回復させた上で怒鳴るように注意を促すリタだが、それでも二人は止まる事を知らない。
「実力行使に出るですよ……」
リタは対戦車ライフルを手に、サイキの前方に狙いを付けるが、その先の通りに丁度トラックが走行中である事を発見。タイミング的に事故は免れないと判断したリタはトラックの前方へと狙いを変更し、地面へと威嚇射撃。
(止ま……らないっ!?)
脇見運転のトラックドライバーは威嚇射撃に気付かず直進。リアは急ぎ64式へと持ち替え、サイキ前方の路上へ威嚇射撃を連射。通りに出た所でサイキはこれに気付き急停止。そのサイキの鼻先をトラックが通過。
「ひいいっ……!」
「もらったあ!」
後方から来たナオが、リタから借りた銃を構え、サイキの背中に向けて引き金を引く。
タイムアウト。寸での所で時間切れとなり、サイキの勝利。
学園の屋上へと戻る三人。急激な動作を繰り返していたので三人とも疲労困ぱいである。
「はあ、はあ、いやあ、でもどうにか勝ったよ! あはは、やっぱりわたしのほうが強いもん!」
「ひい疲れたあ……。全く、あんたの動きおかしいから! 何で最高速度のまま反転するのよ!? 頭おかしいんじゃないの? ったく」
「あはは、だって、そのためのこの体だもん。ナオもやってみる?」
「ふふっ、冗談きついわよ。あんた自身があんたみたいな人増やしてどうすんのよ?」
「あはは……笑えないなあ」
そう言いつつも笑い合う二人だが、その隣で一番苦しそうに肩で息をし、心の中では烈火の如く激憤している人物がいる事を忘れている。
「はあ、はあ……二人とも、っふう……ちょっと……いいですか?」
「わたしの勝ちだからカレーはないよ」
「サイキに当ててないから機材の話もなしよ」
顔を上げないリタ。表情が見えず、その感情に気付かない二人は楽観的である。
どうにか息を整え、二人を睨み付けるリタ。
「お前らいい加減にしろ! 馬鹿!!」
一言叩きつけると、そのまま憤怒の表情で二人を置いて、屋上のドアをまるで八つ当たりするかのように強く閉め、教室へと戻るリタ。
(本当に……馬鹿だなあ、自分……)
その胸中には、危険を察知していながら寸前まで止められなかったという事実の他にも、自分の非力さ不甲斐なさに対する憎悪も多分に含まれ、そしてサイキと対峙した時に抱いてしまった感情を恥じている。
一方あまりのリタの変貌振りに言葉も出ない二人。普段は冷静であまり言葉数は多くはなく、饒舌に喋る時と言えば何かの解説の時くらい。戦闘中に突っ走る事はあっても、それでも物静かな性格のリタが、少ない一言にこれでもかと強い怒りを乗せ、自分達へと全力でぶつけてきたのだ。
ゆっくりと目を合わせるサイキとナオ。サイキはそのあまりの衝撃に震えており、ナオに至っては口が半開きのままである。
「ど……ど……どう……しよ……?」
「わ、分からないわよ……。と、とりあえず……とりあえず……どうしよう?」
二人とも焦り過ぎであるが、あれほどのリタを見たのは初めてなのだ。しかしこの混乱の雰囲気をぶち壊しにする音が響く。
「ぐるうぅぅ~」
サイキのお腹の虫が鳴ったのだ。しかしおかげで混乱を脱し、一呼吸置いてどうするか考える二人。
「えっと、とりあえず謝ろう。あれだよね、わたし達が危険な飛行をした事に対して怒っているんだよね?」
「そ、そうね。リタの警告を無視した結果が交通事故寸前だった訳だものね。……サイキもあんな所飛んじゃ駄目よ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 全部わたし一人のせいにするつもり? ナオだってトレースしたでしょ! 同罪だよ!」
「同罪ってあんたね、そもそもあんたがあんな所飛ぶのが」「ぐううぅぅ~」
言い争いの最中に次はナオのお腹が鳴った。赤面し居た堪れない雰囲気に包まれ、改めて冷静になる二人。
「ねえ、お腹すいた」
「私も……。リタについては様子を見つつ二人で謝りましょ」
「……うん」
こうして演習という名の追いかけっこは、リタに激怒されるという結果で終了した