機動戦闘編 2
翌朝起きてきた姉妹はすっかり仲が戻っていた。ほっと一安心。
「サイキもエリスも、私達にまで心配を掛けさせてどうするのよ。姉妹で喧嘩するのは構わないけれど、今度からはさっさと仲直りしなさい。分かったわね?」
お説教される二人。やはりナオは母親の役割だな。
次にリタが見慣れたクリスタルを取り出した。
「ナオ用のブースターです。まだ試作段階だというのを頭に入れて、無理のないように使うですよ」
「早いわね。どれどれ……」
クリスタルに手をかざし数秒。期待が表情からあふれ出ている。
「ねえ、いつ試験出来るかしら?」
まるで新しい玩具で遊んでみたくて仕方がないような、そんな言動のナオ。
「ははは、やっぱりお前は五歳児だな。昼休みにでも学園長から許可をもらって試してみればいいじゃないか。それか放課後だな。行きには使うんじゃないぞ」
「はあーい」
というまさに子供のような返事をし、三人は学園へ。私は念の為に学園長に連絡を入れておくかな。
三人に視点を移す。
教室に入るなり、いつもの中山ではなく泉が話しかけてきた。
「あ、おはようございます。ねえリタちゃん、昨日凄い速さで飛んでたけど、何かあったの?」
「新しい装備を試していたですよ。でも泉さんの家は商店街の近くだから逆方向ですよね?」
「丁度お見舞いに東病院に行ってたの。私のおじいちゃん怪我しちゃって」
怪我という言葉に自分達のせいかと反応してしまう三人。それに気付いた泉。
「ち、違いますよ。食器を足の上に落として、それでなので、だから皆の事ではなくて、それで、えっと」
相変わらず焦ると挙動不審になる泉。笑いが起きて三人も納得した。
「ねーねー三人とも何か機嫌いいねー」
そして中山が来て、木村も来た。
「リタちゃん特に機嫌がよさそうだよね。そんなにいい装備なの?」
「装備もですが、リタの血縁者の人にも会ったですよ。リタと同じような道を歩んでいて、偶然とはいえ驚いたです」
「へえー。じゃあ三人とも本当にこっちの世界の血が入っている事が確信出来たんだ。これで後はあいつらさえどうにかなれば、いつでもこっちに移住出来るね」
「移住ねえ……それもいいけれど、多分無理よ。今は目的があってこっちに来ているという状態だから、私達の特異な状況を皆受け止めてくれているけれど、ただ住むとなると、きっと反対意見が多くなるはずよ」
ナオの冷静な意見に沈黙する一同。
「……ナオさんって、目立ちたがるけれど、目立つのを嫌いますよね」
泉の冷静な観察に、一瞬の沈黙と笑いが起こる。
「あっははは、そうそう言い得て妙だわ」
一番笑っているのは最上だ。
「なっ……何よ。悪い?」
ふて腐れるナオを一同慰める。一人を除いて。
「あはは、ナオ、さすが五歳児だね」
「あんた!」
怒ろうとするナオに被せて中山が食い付いた。
「五歳児ってどーゆーこと?」
「あーもうっ! ほら! あい子が食い付いちゃったじゃないっ!」
「えへへ。ナオの種族は長命だから、年数ではもう二十歳くらいだけど、寿命をわたし達と同じ縮尺しにしたら、まだ五歳くらいなんだよねー」
おどけたサイキの口調に、遂にナオが本気で怒り出した。
「あんたちょっと表出なさい! 根性叩き直してやる!」
むんずと腕を掴み、そのまま引き摺る勢いのナオ。さすがにこの剣幕には、悪い事をしたと平謝りのサイキ。孝子先生が入ってきたので話は終わったが、それでも本気でサイキを睨みつけるナオ。
昼休みになり、そそくさと逃げようとするサイキを即座に捕獲するナオ。腕を掴まれ、睨まれるサイキは苦笑い。
「逃がさないよ。リタも来なさい」
「いや、だからごめんなさいって。謝るから。ちょっと……!」
ナオに引き摺られるかのように教室から連れ出されるサイキ。
「はあ……また巻き込まれたです」
溜め息を吐き、嫌々ながらも仕方なく付いていくリタ。そんな三人を周囲はむしろ面白がっている。ナオはサイキの腕を掴んだまま学園長室へ。学園長に事情を説明。
「つまり時間が中々取れないので、昼休み時間を利用して演習を行いたいと?」
「いえ、駄目ならばそれで構わないので。じゃあ帰ろっか。ね?」
さっさと逃げたいサイキだが、ナオはそう簡単には逃がしてなどくれず、首根っこを掴まれ、大人しくならざるを得ない。
「……今回に関しては、工藤さんから既に連絡を頂いていますので許可します。それ以降は……そうですね、周囲に危害の及ばない範囲でならば、ある程度までは許可しましょう。ただし毎回私への事前承諾を欠かさない事。もしも承諾なしにそのような行為に及ぶのであれば、それなりの罰があると思って下さい」
「分かりました。ありがとうございます」
頭を下げ、サイキを引き摺り学園長室を後にするナオ。サイキは文句を言いながらも、されるがままである。
「あの、何かあったのでしょうか?」
最後にリタにこの状況の説明を求める学園長。
「サイキがナオを本気で怒らせちゃったです。全く、こっちはいい迷惑です」
「ふふっ、まあ喧嘩するほど仲が良いとも言いますからね」
「喧嘩で済めばいいですけど」
リタも頭を下げ、二人を追う。
学園長室から屋上へと向かう時点で、既に三人が何かをするという話は広まっていた。屋上へ到着し、ようやく開放されるサイキ。
「もう、分かったって。それで、何をするの?」
「そうね、ブースターの試用が目的だから……サイキは逃げなさい。私とリタでサイキを捕まえる。範囲は学園を中心とした半径二キロのみで、あんたは武器の使用禁止。私とリタは遠慮なく使わせてもらうわ。勿論周囲に迷惑になるような行為は厳禁。これでも結構譲歩しているんだからね」
「……わたし本当に逃げる事しか出来ないよ? でもこれで平等だって言うなら、いいよ、受けてやる。お昼ご飯がまだだから、十五分一本勝負にしよう」
サイキのスイッチも入った。後乗り気でないのはリタだけだ。
「勝ったら今晩の献立はリタの自由でいいわよ」
「リタがそんなもので釣られるとでも? 甘く見過ぎですが……カレー食べたいです」
「ふふっ、それじゃあ全員合意ね。こっちはサイキが逃げた十秒後に追い始めるわ。公平性から、通信はサイキの分は遮断するわね。それじゃあ時間合わせて。……行くわよ!」
演習という名目の追いかけっこが開始された。
早速サイキは範囲の一番遠くまで逃げる。ナオとリタも追い始める。
「それでも、きっとリタ達はサイキには追いつけないですよ? 知識も経験も、ブースターの性能自体もサイキが上です。勝ち目が見当たらないですよ?」
「大丈夫よ。私達には強い味方がいますからね。今頃サイキは大焦りのはずよ。ふっふっふっ」
――その頃のサイキはというと。
「えっ!? ちょっ、な、何で? えっと、わたしまた悪い事した? えっ、どどどどうしよどうしよどうしよ……」
本当に大焦りだった。
遠目からでも分かるほどの焦り様に、リタがナオに理由を尋ねる。
「……どういう事ですか?」
「彼らに、わざとサイキのエネルギー供給を鈍化させてもらったのよ。こうでもしないと勝ち目がないのは私も分かっているわ。そして工藤さんの予想は正しかった。ちょっと彼らと意思疎通出来るかなって思って、エネルギーの増減を目印にして返事を聞いたのよ。彼らって結構話の分かる相手よ」
それに対してリタは不満気である。
「そういう事は、もっと安全確実な場面で、皆承知の状態でしかやっちゃ駄目です。もしもそれが原因で金輪際エネルギーが回復しなくなったら、どう責任を取るつもりですか。もう絶対にそういう勝手な事はしちゃ駄目です!」
「……ごめんなさい」
珍しく強く怒るリタに、謝るしかないナオ。
ナオとリタの接近に気付いたサイキは逃走を開始。
「リタ、あれに銃弾当てられたら何でもほしいもの一つ買ってあげるわよ」
リタを煽るナオ。
「……本当に何でもですね? 約束を違えるのは許さないですよ?」
「ええ構わないわよ。ただし本気を出さないとあれには当てられないわよ」
「ならば研究所にほしい設備があるので、それを買ってもらうです。なあに、こちらの貨幣換算で六千万円ほどです。勿論払えるですよね? それじゃあ本気で行くです」
「えっ、あっ……まずいわね。サイキ逃げて、じゃなくて……あーもうっ!」
ブースターを散発的に使い、エネルギー消費を抑えて逃げるサイキに対し、全速力で追い始めるリタ。そしてそれを複雑な心境で追うナオ。追いかけっこの本番が始まった。