機動戦闘編 1
高木が帰り、青柳も帰った。話は改めてリタの試作ブースターへ。
「性能だけで見れば、まだまだサイキには及ばないです。でも普通の身体であるリタ達にとっては、これ以上は様子を見つつ段階的に性能を上げないと危険です」
「わたしはそのリスクを充分以上に背負ってしまっているから、皆にはこうなってはもらいたくない。自分で言うのも何だけど、わたしは悪い見本だから」
表情を変えずに言ってのける辺り、この子もようやく毒気が抜けたのだと安心する。
「おねえちゃんは、これから良い見本になるようにしないとだよ」
「うん、勿論分かってますとも。失ったものはもう戻らないけれど、それを糧に新しい道を歩めばいいんだ。この年齢になるまで気付かなかったなんて、恥ずかしいけれどね」
今までのサイキならば強い表情をしたのだろうが、今の彼女はとても優しい笑顔を見せている。それだけ仮面を脱ぎ捨てたという事だろう。
「そういえば、ぼくだけあまり工藤さんの事を知りませんよね。歳とか昔の事とか」
「お姉ちゃんから聞いてないのか? うーん、とりあえず年齢は五十八歳。でもお前さん達の世界とは色々違うから、年齢はあまり参考にならないだろうな。昔の事は……」
昼に高木と話していた時に、それなりに私の過去は話題になっていたが、やはりいざとなると少し迷ってしまう。しかしエリスは私と同等以上に辛い思いをしているのだ。私は意を決して、あの事件の事をエリスにも教える事にした。
「十五年前に交通事故で妻と娘をいっぺんに亡くしている。娘の年齢は……サイキとリタの中間くらいかな。それがずっと心の傷になっていて、今までの住人や三人にもすっかり迷惑を掛けた。今は三人のおかげで少しだけ前に進めているよ」
私の話に少し申し訳なさそうな顔をするエリス。
「そんな顔をしなくてもいいぞ。言ったように、今は少しずつでも進めているんだ。時間は戻せないが、それまでの縁や絆は繋がっているし、思い出が色あせる事はない。むしろエリスこそ、ご両親を亡くして日が浅いのに、それをしっかり受け止めようとしている事に感心するばかりだよ。よっぽど俺よりも前を向いていると思うよ」
無言で頷くエリス。
しかしそれとは対照的にサイキは首を横に振った。
「ううん、エリスだって気を張って無理をしているよ。確かにエリスはわたしよりもしっかりしているけれど、わたしが事実を受け入れるのは、その歳では無理だったもん。エリスだってそう簡単に”はいそうですか”と受け入れられるはずがないよ」
「……おねえちゃんのバカ!」
エリスは走って二階に上がり、そしてバタンと大きな音でドアが閉まる。
「わ、わたしまた何かやっちゃった!?」
「やっちゃったな」「やらかしたわね」「どうなっても知らないですよ」
我々の指摘にうろたえ涙目のサイキ。
「エリスが無理をしているのは全員承知の上だろ。その上で事態を冷静に受け止めようとしている事に感心していたのに、お前はエリスのそういう所を可哀想だと思って見ていたって事だぞ? 姉としてそれはどうなんだ?」
「……謝ってくる」
焦り二階へと駆け上がるお姉ちゃん。そっくり姉妹ではあるが、前途多難の様相を呈している。
二階から再度「おねえちゃんのバカ!」と大声がした。すっかり落ち込んだ様子でサイキが降りてきた。これは失敗したな。
「お姉ちゃん失格だなあ……」
溜め息を漏らしながら小さくなっている。仕方がないので助け舟を出そう。
「こういう時は一旦時間を置いてから謝るものだ。ご飯時にも降りてこなかったら重症だけどな。お前今日は下で寝る覚悟をしておけよ。それとナオ、様子見に行ってやれ」
「……全く、世話の焼けるお姉ちゃんだ事」
嫌々ながらもしっかりと依頼は受けるナオ。サイキはナオにも謝っていた。
十分ほどでナオが降りてきた。エリスはいないので、やはりまだ時間は掛かりそうだ。
「エリスも頑固者ね。リタ、悪いけどエリスと一緒に寝る準備しておいてね」
「……尻拭いも上司の務めです」
遂にサイキはリタの部下扱いになった。
私自身はサイキの気持ちが分からないでもない。娘の小学校卒業を見届ける前に亡くしてしまい、父親として経験不足なまま三人を抱える事になったのだから、どうしていいのか分からなくなる事も少なからずあったし、これからもあるだろう。それでも結局はこの子達自身の心の強さに救われる訳だが、おかげで貴重な経験を嫌というほどさせられてしまうのだ。
年齢の話が出たが、改めて考えると彼女達は本当に見た目通りの年齢なのだろうかという疑念が浮かんできた。あの忌々しい侵略者連中は、寿命が大幅に伸びたと言っていたが、三人の寿命はどうなのだろう? 実はこれで数十歳だなんて……?
「なあお前達、一つ質問をいいか? この国の平均寿命は大体八十五歳なんだが、お前達の年齢は、こっちの基準に当てはめると、本当は何歳なんだ?」
「何よ唐突に。私達は年齢は分からないって」
ナオに怪訝な顔をされてしまったのだが、そうではないのだ。表現を変えて再質問。
「そうじゃなくてだな、お前達の惑星とこの惑星の、一日の時間はほぼ同じなんだろう? ならばそこから逆算して、こっちの暦基準での、お前達の年齢をある程度割り出せるんじゃないかという事だ。ついでに寿命から考えると見た目と年齢に大きな差がある可能性も考えられるからな」
「あー」と何度か小さく頷く三人。どうやら理解していただけた様子。
「でも女性に年齢を聞くのはどうなのよ?」
「娘の年齢くらい把握させろよ」
軽く一笑い。私の気持ちも分かってもらえたようである。
まずはサイキだな。
「小さい時の記憶や、そもそもわたし達は過ごした日数すら曖昧だから確実な事は言えないけれど、わたしは十三から十四歳かな? 多分エリスに聞けばもっと分かるんだけど……今は聞けないよね。エリスは、あの時の年齢のままだと考えると七歳くらい。寿命は工藤さんと同じだと思うよ」
サイキは見た目通りだな。残り二人とは違って我々と種族もほとんど変わらないだろうから、順当か。エリスもおおよそ見た目通り。
「私は……種族が長命で体の成長が遅いから、実は結構上なのよ。うーん、二十歳前後かしらね。でも寿命の尺度をサイキ達に合わせると、まだ五歳とか六歳とかなのよ?」
「つまりナオの中身はエリスよりも子供という事か」
「やめ……うん、まあそうなっちゃうんだけど、でもそういう言い方は嫌い!」
ふくれてしまった。
「ははは、冗談だよ冗談。ナオは間違いなく二十歳に相応しいよ」
最後にリタだな。一番想像が付かない。
「うーん、工藤さんに話したかは忘れたですが、リタの種族は似た部族の集合体のようなものなので、寿命は今の工藤さんの年齢で長生きと言える場合もあれば、この戦いよりもずっと以前から生きている凄く長命な人もいるです。そのせいかあまり日数に執着心がないので、詳しい年齢は分からないですよ」
「へえ。じゃあ四日間帰った時なんて、そのままこっちに戻る日を忘れてしまう可能性もあったのか」
「いやいや、さすがにそこまでではないですよ」
なるほど、つまり日常生活的には問題ない範囲という事か。サイキは隠し事が多かったが、リタは深く知るほど分からなくなっていくなあ。
「でも一つ確実に言える事があるです。リタはこれでも歴とした大人です。背はもう伸びないはずですよ」
「え!? 驚いたな、お前それで大人だったのか。てっきり見た目で十歳前後かと思っていたのに。お前本当に何歳なんだよ」
すると何やら耳が動く。横の二人が小さく笑っている。これは……。
「嘘吐いたな?」
「……ふふっ、嘘ではないですよ。確かにリタは種族で考えると既に大人であり背は伸びないはずです。でも日数に執着しないとは言っても、何百日も呆けるほどではないので年齢の予想は出来るです。リタは十代で、サイキよりは下のはずですよ。つまり早熟の種族という訳です。リタ自身の寿命は、エールヘイム家の家系を考えると、七十歳前後だと思うです」
「なるほどそういう事か。……あ! だから料理を覚えたいだとか、本屋で女性誌を熱心に見ていたりしたのか?」
恥ずかしげに頷くリタ。可愛い……のだが、前述の話を聞くと素直にそう思えないもどかしさがある。
「……つまりもう嫁入りしてもおかしくないんだな。好きな人はいないのか?」
「あ、えっと……プライベートなので勘弁して下さいです」
先ほど以上に恥ずかしそうだ。リタの性格的に、まだ恋愛対象を見つけてはいないのだろう。しかし、これは私の認識を改めなければ。リタは単なる頭のいい子供ではなく、大人の女性なのだな。ただし小さくて可愛い。
「私とサイキの本当の年齢が分かるのは、この戦いが全て終わった後ね。記憶が戻ればそういう情報も戻るはずだから」
「誕生日が分かれば逆算して祝ってやれるんだけどなあ。まあ長月荘に来た日を誕生日にしても良いかもしれないが。そうするとサイキと明美が同じ誕生日になるなあ」
恐らく彼女達は一年を迎える前に帰るだろう。なのでこの悩みは本来無意味なのだ。
「あ、誕生日で思い付いた。ねえ青柳さんの誕生日っていつなんだろう? いつもお世話になっているから、タイミングが合えば皆でお祝いしたいな」
確かにいつも世話になっているので、そろそろ何かお返しをと考えていた所だ。しかし本人に直接聞くのも興を削ぐ。ここは渡辺に電話して聞いてみよう。
「内部資料を流出させる気か? なんて冗談だけどな。ちょっと待てよ……ああ、二月一日だってよ」
「三日後じゃないか。これはいいな」
「ちなみに住所だがな、今は菊山市の……」
という事でノリノリの渡辺から情報を入手。本人には内緒にしておくと言っていたので、これは当日に押しかけろという事だな。
「目一杯驚かせるですよ!」
子供達にも火が付いたな。子供……うん、どう見ても子供だな。
夕飯時、エリスがどうなるかと危惧していたが、素直に降りてきた。しかしサイキとは目を合わせようとしない。四人になってからは、普段は四人掛けのダイニングに子供達が座り、私はソファに座って食事なのだが、今日のエリスは私の横に来た。しかも私を挟むようにサイキと距離を取る。これは予想以上に重症である。そしてお姉ちゃんは泣きそうである。
「エリス、さすがにこれ以上はお姉ちゃんが可哀想だよ?」
「……知らない」
うーん、さすが頑固者なだけはあるなあ。ならば。
「そうやっているうちにお姉ちゃんともう会えなくなっても知らんぞ。もしそうなったら、エリスのこれから、ずーっとその事を後悔する事になるぞ。許せるうちに許してやりなさい」
エリスが食事を終える時を狙って話をしたので、私の言葉に返事もせず、食器を片付けそのまま一目散に部屋へと閉じこもってしまった。まあしかし、あの子はしっかりしているから大丈夫だろう。
さて寝るかとなった所でエリスが降りてきた。眠そうだ。
「おねえちゃん、もう一回ちゃんと謝って」
我々の視線がサイキへと集中。ここで選択肢を間違えれば姉妹の仲はますます悪くなる。さてどうするお姉ちゃん。
一瞬険しい表情に変わり、バシン! とエリスを平手打ち。予想外の行動に慌てる我々。
「確かにわたしの言い方も悪かったけれど、わたしだって未だに、全部受け入れているかって言ったら、そうじゃない。記憶は封印されているけれど、あの時の悲しみ苦しみはずっと残ってるんだ。わたしですらそうなのに、エリスはそういう所すら無理して隠そうとしているじゃない。エリスはお姉ちゃんに心配すらさせてくれないの? わたし達は姉妹なんだよ? 何でそういう所を共有させてくれないの? エリスの分からず屋!」
吐き捨てるように言い放つと、唖然とする我々とエリスを置いて、一人で部屋に戻ってしまうサイキ。こういう展開になるとは思わなかったなあ。
「……おねえちゃんの、バカあぁ。うわあぁあん」
泣き出すエリス。これはこれは……。どうしたものかと二人が私を見るが、私も困るぞ。とりあえずエリスは私があずかる事にして二人を解散させた。その後もずっと泣きじゃくるエリス。背中をさすり、温かいココアを飲ませ、どうにか少しずつ落ち着かせていると、気付けば日付を跨いでいた。
ようやく泣き止もうかという頃には眠気も限界のようで、すっかり舟をこいでいる。そして遂には私の肩を枕に寝てしまった。
ふと視線を感じ顔を上げると、少しだけ開いた居間のドアから赤い頭が見えた。どうやらずっと様子をうかがっていたようだ。手招きをし、後は任せよう。
「エリス、部屋で寝るよ」
「……んんーごめんなさい……」
寝言で謝るエリス。これには私もサイキも笑ってしまう。仕方がないのでエリスを撫で起こす。どうにか目を開け、そのままお姉ちゃんに手を引かれ部屋へと戻っていった。やはりこの姉妹は似た者同士であり、お互いがお互いに気を使い合うので面倒この上ない。しかし何処かでそれを解いてやれば、後は時間が解決してくれるのだ。