下宿戦闘編 16
「リタだー! リター!」
「リタ! あんた何処行ってたのよ!」
「敵が変装してるかもと警戒してたです。遅くなってごめんです」
この特徴ある口調の子が三人目か。回復した映像からフードを被っている姿が見えるので間違いない、昼間目撃された子がこの子だ。しかしちっちゃい子だなあ、本当にこれであのスーツを開発した技術者なのか……?
「とりあえずお三方、私の車へ。一旦長月荘へ戻ります。あとの処理はこちらに任せて下さい。ただし今回は病院内の大勢が目撃しています。それなりの覚悟を」
青柳の車で長月荘へと帰ってくる。車内では既にリンカーで私の情報を手に入れた三人目、二人からはリタと呼ばれている子から、長月荘への入居申し込みがあった。勿論歓迎である。
「家賃……頑張るです。おねがいしますです」
サイキとナオは二人で目配せしている。何か企んでいるな? 恐らくはあの一言を言わせたいのだろう。私は急遽増えたもう一人のために秋刀魚を焼き始める。一日中逃げ回っていただろう事を考えると、間違いなく腹ペコだろう、もう三人目ともなると何をして待てばいいのかなどすぐ分かるものだ。
ほどなく帰ってきた。さあ玄関先で待機。
「えっと……初めまして。セルリット・エールヘイム、です。皆からはリタって呼ばれるです。お邪魔しますです」
「ふふふ、はーいリタ、ここはもうあなたの家なのよ。家に帰ってきたらお邪魔しますじゃなくて何て言うのかしら?」
今回はナオの番か。
「……うるさいです。えっと……ただいまです」
「ははは。おかえり」
「私はお邪魔します」
最後にばつの悪そうな青柳。
遂に三人揃った別世界からの下宿人。だが、このセルリット・エールヘイムという立派そうな名前を持つ子だが、その容姿は私の常識を見事に粉砕した。フードを脱いだリタという子だが……。
「えっ!? ……っと、それ、何?」
青柳とともに固まるこちらの住人二人。
「耳、です。皆さんにも耳はあるですよね」
リタの緑色の頭上にあったのは、本物の猫耳である。いや、先端が垂れているので犬耳か? とにかく動物の耳が付いている。しかもピコピコと動く。ものすごくかわいい。一瞬で篭絡される私と青柳。
「えーと、こちらの世界にはそういう耳を持った人間はいないんだ。ほら、俺も青柳もこういう耳だろ。これしかいないの」
「ああそういう事なら、私も耳には特徴があるのよ?」
細くしなやかな髪をかき上げるナオ。彼女の耳は先端が尖っていた。彼女の種族は長く尖っている耳を持つのだそうだが、彼女の場合は別種族とのハーフという事でそこまで大きな耳ではなく、髪に隠れて分からなかったのだ。
「西洋神話には妖精、エルフという種族がそのような耳で描かれています。まさか繋がりがあったりするのか……?」
意外と博識な青柳。それともそういう知識に長けているのだろうか?
その後青柳に、明日迎えに来るので警察署で改めて詳しい話を聞きたいとの旨を伝えられる。事情が事情なのでこれも致し方ないだろう。今回の被害もその時に教えてくれるとの事だ。やはりサイキとナオ、二人の表情は若干曇る。リタは二人の顔を見て不思議そうな顔をする。まだ状況を理解するには至っていないようだ。
焼いておいた秋刀魚を出し、遅い食事を済ませたリタはもう眠気全開の半目である。居眠りしたらまた近くで見てやろう、と思っているとあっさり陥落した。これも様式美と近づきマジマジと観察。本来の人の耳の位置には何もない、という事は頭のあれば着け耳などではない本物の耳である。不思議だ。
はっ、と目を覚ますリタ。しかし恐怖心の滲み出ていた二人とは違い普通の顔である。そしてまた夢に落ちる。
「リタはずっと研究所暮らしで、戦場を見た事が無いんです。だからわたしとナオみたいに、不用意な居眠りに対する恐怖心は無いんだと思います」
「私達はほら、居眠りなんてしてたらすぐに死んじゃう場所にずっといたから」
そう言うサイキとナオの、リタに対する振る舞いに少し羨ましさが混ざって見えるのは、気のせいではないのかもしれない。
翌日眠い目をこすって皆が降りてきた。三人一緒に寝たそうだ。四畳半に三人とは、さぞ狭苦しかったろうに。
うん? サイキの目が少し腫れている。どうしたのだろう?
「えっと、大丈夫です。なんでもないです」
言いたくない事でもあったのだろうか。まあ無理に聞く必要も無いだろう。改めて揃った三人を見ると、本当に不思議な三人組である。派手な髪の色に少し寒そうな服装、大中小と並んだ背丈。
新人リタはとにかく色々と動き回る。技術者なので探究心が止まらないそうだ。
朝食を済ませるとはしこちゃんに今日は行けないと連絡。遅くなってもいいから顔を出してほしいと言われた。……そうだな、リタも紹介せねば。しかし、もしもこれ以上戦闘が多くなった場合には、はしこちゃんにはこれ以上迷惑をかける訳にもいかないので、残念ながらやめさせてもらう事も検討しなければ。。
青柳から、これからこちらに向かうという連絡が入った。彼も仕事とはいえ気苦労が絶えないな。もっとも、それも含めての長月荘との”縁”と言えたりもする。そして渡辺からも電話があった。今回は彼も合流し、少々の説明を交えるという。大事になってきたな。
いや、あの日少女が降ってきた時点で大事か。
さて青柳が来る前にリタ、本名セルリット・エールヘイムの容姿について。
年齢は十歳程度に見える。種族が違うせいかもしれないが、身長約百二十センチとかなり小柄。瞳は紫だが黒目の部分が小さめ。明るい緑の髪が目立ち、ショートカットで先端が跳ねており、他二人とは漂わせる雰囲気が違う。人の耳の位置は髪に隠れているので、あるものが無いという違和感はあまり感じないが、やはり本物の動物の耳が物凄く目立つ。服装は三人の中では一番現実的というか露出が控え目。それでも普通の子供がこの格好をすると目立つだろう。そして言葉遣いが特徴的であり、言葉尻に”です”という言葉が付く。丁寧に話しているというよりは何か間違って覚えてしまっている感じだ。つまり彼女は容姿、服装、言動と、とにかく目立つ。目立ちまくりである。昨日の一件で判明しているように武器は銃を使う。ただ私はそれがどういう形状なのか、まだしっかりとは確認出来ていない。
青柳が来た。今日は人数が多いからだろうか、白いワンボックスカーだ。すると車を見た途端、サイキが怯えて私の後ろに回りこんだ。一瞬何故かと不思議に思ったが、誘拐されたあの事件を思い出した。なるほど、この形状この色の車がトラウマと化しているのだな。
「そういえばあの錆びた鉄くず、何で置いてあるの?」
「鉄くずって、ひどいなナオは。あれは俺の愛車だよ。もう十五年乗っていないけれどな」
十五年と聞いて、サイキとナオは気が付いたようだ。リタはそもそも車自体に興味が行っていて聞いておらず、目をキラキラさせて食い入るように見入っている。そう、十五年前、私は妻と娘を轢き逃げ事件でいっぺんに失っている。皮肉な事に、その轢き逃げ車両と私の愛車は同じ型だ。ある意味で、その時の事を忘れないための墓標になってしまっている。いつかはレストアしてやりたいものだが、私自身が変わろうとしない限り、その時は永遠に来ない。
用意は出来た。警察署へ出発だ。全員乗り込み第三回の会議へと赴こう。