高速戦闘編 19
日曜日、今日は何も予定がない。天候は午後から雨なので、リタの試作ブースターを試験出来るだろうな。サイキを剣道場に送り出し、ナオとリタも自分の部屋へ。
のんびりと時間を食い潰すのもいいが、さっさと終わらせられる用事は済ませてしまう事にする。とりあえずは昨日リタにせがまれた血縁者との連絡だな。相手は元住人の高木春明。更に近しい血縁者に佐藤という人もいるのだが、以前青柳に見せてもらったDNA鑑定の結果では、どちらも数値的にはあまり変わらなかった記憶がある。
電話をしてみると、すぐに繋がった。挨拶もそこそこに本題に入る。
「高木の血縁者のリタ分かるだろ。あの子が会ってみたいって言い出していてな、無理にとは言わないが、どうだろう?」
「うーん……ちょっと待って下さい」
と、保留にして数分。
「すみません、来週から長期の海外勤務になるんで、会うならば今日しかないんですけど、そちらは大丈夫ですか?」
「いつ来ても構わないよ。何だ、海外だなんて随分と忙しそうだな」
「栄転ではあるんですけど、日本を離れるのは寂しいですよ。それじゃあ今から用意して行きます。お昼ご飯奢って下さいね」
やはり皆奢れと言うのだな。私としては元住人の笑顔が見られるので文句は一切ない。
それから一時間半ほど、正午を三十分ほど過ぎた辺りで高木が到着。
「えーと、ただいまです」
「おかえり。海外渡航前で忙しいだろうに、すまんな」
「いえいえ、僕も一度会ってみたかったもので。それに今回の海外勤務は恐らく十年以上の長期になりますから、思い出は多く持って行きたいですし」
仕方のない事ではあるが、元住人が手の届かない所に行ってしまうのは寂しいものだ。さてこれからリタとのご対面ではあるのだが、当のリタは日曜日という事もあり、昼間から開発のために部屋に閉じこもっている。ついでにサイキはまだ剣道場、ナオも部屋で勉強中と思われる。一方私に付いて離れないエリスは、高木に対しては普通に対応している。これは、リタを驚かせるには丁度いいかもしれない。
「おーいリター?」
……返事がない。高木には居間で待ってもらい、203号室のドアをノック。
「はあーい、ちょっと待ってー」
若干焦り気味の声。そしていつもと違う口調。このようなリタの声は珍しい。そして可愛い。普段からこんな声ならばもっと可愛げがあるのだが。
「集中していた所すまんな。ちょっと用事があるから居間においで」
一瞬見えた室内には、何やらよく分からない機械類が置いてあった。やはり本当にリタは技術者なのだな。
ついでにナオも顔を出した。室内は……きっちり見えないようにしている。
「ナオには関係のない事だぞ」
「えー? 何かその言い方イラッとするわね。私も付いて行こうっと」
まあ邪魔になる訳でもないし、構わないな。
階段を下り居間へ。見慣れない男性の姿に警戒心が出ている二人。
「えーと、こちら長月荘の元住人で、高木春明。リタ、お前さんの血縁者だ」
「初めまして。高木春明です」
「セルリット・エールヘイムです。よろし……って、え!?」
随分と遅い反応だったな。そして何故かナオの後ろに隠れた。ナオも自己紹介を済ませると、無理矢理リタを引っ張り出す。
「リタがここまでの反応を示すとは、初めてじゃないか? やっぱり驚いたか」
「……うん。だって、昨日の今日で、しかもすぐ来るだなんて思ってなかったですよ。一言言っておいてほしかったですよ!」
涙目のその表情とは裏腹に、感情のよく出るリタの犬耳はとても嬉しそうに跳ねている。本当にこの子は分かりやすい。
「僕は直系じゃないので、血筋は遠いですけどね。でも歴とした血縁者ですよ。写真で見るよりも可愛いですね。耳が動くのも凄く可愛い」
高木はもう既にリタの虜のようだ。さすが犬耳。
「それじゃあ俺は昼食の準備に入るかな」
台所に向かおうとした所、リタに服を引っ張られた。
「何を話せばいいのか……」
「それは自分で考えろよ。とりあえずは自分や家族の事でいいんじゃないか?」
まあ主導権は高木が握るだろうな。二人はソファへ、ナオとエリスは気を使ってか、少し距離を取りダイニングの椅子へ。
昼食の最中、何を話していたのか聞いてみる。
「いやあ、他人事とは思えないっていう話をしていましたよ。工藤さんには僕の仕事内容は話してませんよね? 僕の勤め先、エネルギー開発企業なんですよ。それで役職が上がって南アフリカ方面に行くんです」
「へえ……あ、他人事とは思えないって、そういう事か。リタもエネルギーに関係があるし、戻れないかもしれない所に行く事になったし、それがあって役職が上がったものな」
一区切りごとにリタが頷く。そうか、偶然とはいえ、同じような道筋を歩んでいる訳だ。
「更に言えば、僕のプロジェクトが実を結べば、少なくとも千人規模で労働者を雇う事になります、そうなれば少しは貧困層へもお金が回る事になるんじゃないかなと。物凄く遠回りですが、僕も人を助けるために、見知らぬ土地へと出向くんです」
「なるほどなあ。そうしたらリタは経験としての先輩になる訳だな」
するとリタは首を振る。
「リタの場合は、先にサイキやナオがいて、工藤さんがいてくれたからこそです。研究所から一歩も出た事のない世間知らずな子供が、いきなり知らない世界に放り出されて、それでもやってこられたのは皆がいたからこそです。そう考えると、よっぽど春明さんのほうが強いですよ」
第一印象では緊張のせいかナオに隠れたリタだったが、今ではすっかり高木と打ち解けている。二人をのんびり眺めていると、サイキが帰宅。
「ただいまー……あ、こんにちは」
「こんにちは。リタちゃんの血縁者の高木春明です」
「あ! 初めまして。サイキと言います」
しっかり手を揃えてお辞儀。相変わらず外面はバッチリだな。
「そっか、これで全員自分のルーツを辿れたんだ」
自分の事のように喜んでいるサイキ。口には出さないが、ナオも同じだろうな。そしてリタの嬉しそうな顔を見れば私も嬉しくなるというものだ。
「工藤さんって、確か今は親戚付き合いもないんだよね? 工藤さんのルーツって何処なの?」
サイキが聞いてきた。私のルーツか……。
「あ、それ所じゃなくなりました」
それ所呼ばわりされてしまったが、襲撃だ。東側から複数回の悲鳴音。
「ごめんなさいです。人の命、守りに行ってくるです!」
高木にそう言い放つと、二人よりも先に飛び出して行くリタ。気合充分といった所だな。二人もリタに続き出撃。高木はどうしようか戸惑っているようだ。
「映像で見られるから、あの子達を応援するつもりで見守ってやってくれ」
準備を整え青柳含めた四人と接続。今回はリタに注視するとしよう。
「敵は東に大型の灰色と、南東に小型の普通のが二体。それと北東の離れた所にだけど、今回も赤鬼がいる。……エリス狙いか。わたし赤鬼担当したい」
「じゃあ私とリタで大型。それが終わったら小型に行くわね」
担当はあっさりと決定。サイキはあれ以来、余計にエリスを守る事に固執するようになった。それでも順序はしっかり分かっている。今回は二人であれば自分が抜けても問題はないという判断だろう。
「工藤さん、リタに試作ブースターの使用許可を下さいです」
「大丈夫だという自信があるんだろ? ならば存分に使え。ただし今のお前は空回りしそうで危なっかしいから、しっかり状況を考えるんだぞ」
「了解です。ブースター使用するですよ」
宣言後、並んで飛んでいるはずのナオの映像から、一気に加速していくリタが見える。
「いやー……私また一番下になっちゃった。リタ! 無理はしないようにね!」
「……」
残念そうなナオ。そして無言のリタ。本当に大丈夫か?
「わたしの場合だけど、ブースター使用中は速い動きに集中するから、慣れてないリタは無言になっちゃうんだと思う。それに大丈夫じゃなくなったら、リタならちゃんと報告するはずだよ」
それもそうだな。リタの目線映像には早速大型の深灰が映る。場所は東病院に近い。こいつまた病院に近い所に出たなあ。よほど病院好きのようだ。
「今更ながら、本物なんですね」
しみじみとかみ締めるような高木の言葉。そう、これが普通の反応なのだ。
「おや、そちらには誰が?」
「元住人でリタの血縁者の高木春明だよ。青柳とは血液採取の時に会ったよな」
二人とも形式的な挨拶。思えば青柳は、今の高木のような普通の反応はせずにこの生活に慣れてしまったな。
「リタ、私が追いつくまで待って……って言う間もなく終わっちゃったわね」
ナオの指示の途中でリタは自作の対戦車ライフルを放ち、このたった一撃で深灰は文字通り灰と帰した。相変わらずリタの銃は当たれば劇的な強さを発揮する。当たれば。
無言のまま方向転換し、小型へと向かうリタ。
「ねえ、私必要ないんじゃない?」
呆れたような声のナオ。気持ちは分からないでもないな。
「お前は何かあった時にリタを止める係だよ。ふて腐れたい気持ちは分かるが、最後まで全員欠けずに帰るんだろ」
「まあそうなんだけどね。でも、これが上手く行ったら私のも作ってもらわないと。一番槍が一番遅いだなんて、それだけは絶対に嫌よ」
「ならば余計にあいつを監視してろよ」
無言になりリタを追いかけるナオだが、圧倒的に離されている。
「えっと、いいかな? 赤鬼とビット撃破。北部クリア。後は小型だけみたいだし、わたしはこのまま帰るね」
いつの間にかサイキ側は戦闘終了。赤鬼程度では相手にもならないか。
「エネルギー消費は相変わらずか?」
「うん。でも一定量は常に確保されているっていうのは、本当に凄く気持ちが楽だよ。いつかはあの時みたいに、また100%のFAをしてみたいな」
「そんな事を言っている限りは……」
「無理、でしょ。分かってるもん」
私の指摘を待たずに割り込んできた。拗ねた声だが、嬉しそうでもある。
「ただあれだけ広範囲に攻撃が届くんだったら、もしも超大型が出てきてもどうにかなりそうだなって。……出てこないままなのが一番いいんだけどね」
全くだ。小型黒の時も中型白の時も、彼女達はたった三人で挑み勝たなければいけなかった。もしも超大型などという奴が出てきた時には、果たして三人だけでどうにかなるものだろうか。怪獣映画よろしく自衛隊総動員にでもなったりして。
「……小型二体撃破、全域クリアです。ご心配をおかけしたですが、試作ブースターは成功です。これもサイキが無理をしてくれていたおかげです」
「じゃあリタ、私にも用意してくれる?」
物欲しそうに甘えた声を出すナオ。羨ましかったのだな。
「勿論です。使用感としてはもっと出力を上げても行けそうです……けれど、それはもう少し使ってから考えるです。ナオの意見も聞いてみたいですから」
散々言い聞かせてきた甲斐もあり、一人で突っ走る事がなくなってきたな。すると隣で無言で眺めていた高木が口を開いた。
「リタちゃん格好よかったですよ」
優しく、嫌味など一切感じられない。しかしありがとうではないのだな。
「感謝の言葉は直接会って言うものだと思うので。という事で工藤さん、感謝しています」
「取って付けたような言い方だなあ。でもそう言ってもらえて嬉しいよ」
後で高木には餞別のおまじない硬貨を多めにあげよう。贔屓である。