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別世界からの下宿人  作者: 塩谷歩
高速戦闘編
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高速戦闘編 18

 芦屋家訪問から一週間、戦闘は三度あったが全て損害は軽微、かつエリス狙いと思われる者が混ざっており、それらは全て赤鬼だった。そろそろ本当にエリスにも自衛手段を持たせるべきかもしれないな。今週土日は空いていて、隣町まで遊びに行けそうではあるのだが、引率役である青柳のむち打ちサポーターが外れないと無理そうだ。


 土曜日の昼、サイキが稽古から帰ってくるのを待ち、揃った所でリタから報告が入った。

 「サイキのサーカスを再調整して、リンカーの影響を受けない仕様にしたです。これで今回のような事は起こらなくなるです。それ以外にもリタ達全員の飛行装置の出力を調整して、全体的な性能を向上させたです。と言っても身体に影響が出るほどの負担にはならないですよ」

 「これで俺も一つ安心出来る訳だな」

 しかしリタは人差し指を立て振る。

 「ふっふっふっ、リタを甘く見ないでほしいです」

 何度か同じ台詞を聞いた事がある。こういう時のリタは、いつもいい意味でやらかしてくれている。今回も期待が持てそうだ。


 「今回、実際に間近でサーカスを積んだ人間がどうなるのかという、言葉は悪いですが言わば人体実験の結果を見て、そして今までの経験を加味した結果、大幅な負荷軽減の方法を思いついたですよ。エリスが来てサイキが暴走した時、リタは気を失っていたですけど、その時サイキは片手でナオを圧倒したという話ですよね。覚えているですか?」

 「ええ勿論。全く忌々しい」

 「ご、ごめんなさい」

 ナオの表情からして、今のはわざとだな。もう既に何とも思っていないのだろう。

 「その理由ですが、重力制御を逆方向に展開し、そして腕一点に極端な重力を発生させる事で力を倍増させるという、普通では考えられない事をサイキはやっていたです。これは一つ間違えれば自らが大怪我しかねない、危険な行為です」

 「もう! おねえちゃん!」

 「ごめんなさい」

 次はエリスに怒られた。さっきのナオとは違い、こちらは本当に怒っている。

 「しかし今回、これを逆に利用する事にしたです。そして今までのサイキ自身における人体実験の結果、サーカスと重力制御装置とを、より密に連携させる事により、身体への負荷を従来の二割程度にまで抑える事に成功したです」

 「二割か、相変わらずリタは凄いな。しかし後一声欲しい所だなあ」

 「リタもそうしたいですが、それは無理です。何故この数値になったのかですが、重力制御装置側の限界を考慮した結果です。つまりこれ以上の負荷軽減は、この方法では不可能という事です。それでも二割ですよ? ここまで負荷を軽減出来れば、リタ達ですらもサーカスの使用が可能になるですよ。……と言ってもやらないですけどね。付け焼刃的な方法では、もしもの時にはとんでもない事態に陥るという事を、既にフラックで経験済みですから」

 さらっとフラックの名前を出す辺り、リタもしっかりと失態を受け止めているという事だな。勿論それで表情が曇る事もなく、まっすぐに皆の顔を見つめている。

 「それと、今のと同じ考えの元、リタにも自作のブースターを積んでみたです。リタ自身でどうなるのか体験してみて、その結果をまたフィードバックする予定です。でもリタに積んだブースターは、サイキのもの以上に出力を落としているので、壊れて暴走でもしない限りは身体への負荷はあまりないので安心して下さいです」

 「そう言って本当に壊れて暴走したら怒るぞ」

 「大丈夫です。リタを信じるですよ」

 まさに任せろと言わんばかり。ならば信じようではないか。


 「最後にナオの槍ですが、まだどうするか思案中です。ただ今回芦屋家から頂いた槍、条件が同じならばナオの標準の槍よりも強いですよ」

 「え、でもこれ改修済みよ? それよりもっていう事?」

 話の流れで、一番最初から使っている槍を取り出すナオ。久しぶりに間近で見たが、相変わらず綺麗なものだ。

 「そうです。ナオのこの槍は投擲で威力を発揮、更にFA可能なので、総合的には間違いなくこちらが勝つですが、それを考慮しない全く同じ条件下で、斬る・突く・払うという動作に限定して言えば、今回の槍に軍配が上がるです。本当に、武器技術の高さには驚くばかりです」

 二人と私は感心するのみ。エリスはよく分かっていない様子。

 「そういえばこういうのって刀身の何処かに名前が彫ってあるから、もしかしたら子孫が見つかるかもな。家系が続いていれば工房を見せてもらえたりして」

 するとリタが固まった。名前を確認中なのかな。

 「……彫りはあったですが読めないです。でも池田千鶴ではないですね。ちょっと残念」

 「ははは。さすがにそこまではな」

 奇跡とは滅多に起こらないから奇跡なのだ。

 「あの、それと工藤さんにお願いがあるです。サイキもナオもこちらの親戚と会えたですよね。リタも出来れば……」

 申し訳なさそうな顔をするリタだが、この話は必ず来ると読んでいた。

 「そうだな。相手は長月荘の元住人だから、俺から頼めば会えると思う。さすがにすぐとは行かないけれど、話はしておくよ」

 頷き笑顔になるリタ。やはり興味があるのだな。そして相変わらず嬉しい時には耳がよく動く。今回芦屋家に行った事は、少なからず全員にいい影響を与えているようだ。


 「芦屋家といえば、すっかり忘れていた事が一つある。サイキ、お前まだ秘密にしている事があるだろ」

 「え? うーん……本当にないよ?」

 「じゃあその髪留めは何なんだ?」

 はっと思い出したように、恥ずかしそうに笑うサイキ。

 「お前入院中ですらもその髪型のままだっただろ。何もないだなんて言わせないぞ」

 「えへへ……実はこれも装備の一部で、容量タンクの代わりなんだ。でも義足で容量は事足りたから基本的には使ってない。わたしずっと独りで戦場にいたでしょ? だから自分で切れる前髪以外はそのまま放置で過ごしていて、いつだったか、大きな髪留めを容量タンクとして使っている人を見かけて、それを真似したんだ」

 話をしながら髪留めを外すサイキ。腰の近くにある二つ目の髪留めも外し、私の初めて見る姿へと変わる。

 「俺の知らないサイキだ」

 「ぼくの知ってるおねえちゃんはこっち」

 「私達はお風呂場で髪を解いたサイキを見ているけれど、改めて見ると本当にあんた髪長いわねえ」

 「うん。でも切らないよ。全てが終わるまでは、わたしの覚悟の証としてこのままにする」

 我々としても、サイキの風になびく二本の長い赤髪は、彼女を示す符号としての役割を担っており、地上からでもすぐに彼女だと分かるので、そのままにしてくれるのが望ましい。


 「リタも耳があるし、エリスも少しだけど結わえているわよね。そうなると私だけ何も無いのは少し悔しいわね。サイキ、試しにそれ貸してくれる?」

 「うん、いいよ。付けてあげるね」

 ナオもサイキと同じ髪型に挑戦する事になった。どれどれと野次馬根性をひねり出し、その完成を今か今かと待つ。

 「出来たよ。……ぷふっ」

 思わず噴き出すサイキ。

 「うん、なんと言うか……ふっ」

 私はどうにか堪えるつもりだったのだが、残念噴き出した。

 「んふっ……ぷっ」

 リタは既に崩壊しており、ナオの顔を見られない。

 「ナオさんには……似合わない」

 直球のエリス。我々のように笑い噴き出す事はなく、というかピクリともしない。この子は外観に関してはかなり厳しい目を持っているようだ。

 「何よ皆酷くない!? ちょっと鏡見てくる!」

 怒った表情で洗面所に鏡を見に行ったナオ。さて本人の評価は?


 帰ってきたナオは既に髪留めを外していた。

 「……今回だけは笑ったの許してあげるわ。自分で見ても……あれはないわね」

 「まあまあ、ナオは飾らないのが一番似合うっていう事だろう。……あ、でもちょっと待てよ。いい事を思いついた」

 ふと思いつき、私もナオに細工をしてみたくなった。私が持ってきたのは、最初の頃にリタの耳を偽者のように見せて周囲を騙す目的で買ったカチューシャと、そして悲しいかな最近必須になってきた老眼鏡。これに追加で黒髪にしてもらうと……?

 「……ふあはははは! 似合う、似合うよナオ!」

 「リタの予想では百人中誰もナオだとは気付かないですよ。もう外出時はそれで行くですよ」

 「ぼくもナオさんのイメージにぴったりだと思う」

 「……鏡見てくるわね」

 お腹を抱えて大笑いしているサイキと、大きく頷くリタ。エリスも笑っている。さて今回の本人の評価はいかに?


 「……はい皆さん! これから生徒会を始めます」

 眼鏡のつるを左手でクイッと上げながら、まさに生徒会長風にノリノリで登場するナオ。勿論我々は笑いのツボに落ちる。

 「あはははは、やめてお腹痛い、あはははは」

 「に、似合い過ぎです。ぷふっ、もうナオを見れなくなるですよ」

 「凄い破壊力だ。これ禁止にしないと駄目だ。あはは」

 大笑いの私達に対して、エリスは首をかしげており、生徒会長というものを分かっていない様子。そんな中でも当のナオは満更でもなく、生徒会長を満喫している。

 「そういえばテレビで伊達眼鏡を掛けている人っているけれど、私もお洒落のために一本持とうかしら?」

 「ああ多分商店街の眼鏡屋に行けばあると思うぞ。いやあ我ながら素晴らしい仕事をしたなあ」

 自画自賛ではあるが、サイキとリタも同意。


 「残りはリタとエリスよね。人を笑ったんだから、覚悟しなさい」

 しかし二人とも髪で遊べるほど長くはないし、リタはそもそも目立つ耳があり、エリスは風呂上りには髪を解いているので、それは珍しい事ではない。

 「何か、何かないかしら。このままだと私悔しいままで終わるじゃない。……あ、そうだ。工藤さんワイシャツ貸して!」

 何をしたいのか、何となく読めてしまう。仕方なくワイシャツを貸し、それをリタが着て、再度眼鏡を掛ける。やはりワイシャツを白衣の代わりとしたようだ。

 「ぼくはネクタイしたほうがいいと思うなあ」

 エリスの提案で、追加で私のネクタイも装備。

 「ああ、何処からどう見ても小さな研究員だな。ナオの委員長よりも似合っているぞ」

 「うん、リタならこうだよね。イメージにもぴったりだし、可愛いね」

 「ほぼ研究所での普段着そのままです。むしろ懐かしい気分になるですよ」

 笑いなど起こらず、皆納得するのみ。

 「……つまんないっ!」

 ナオ完敗。むしろそれに笑いが起こる。


 残りはエリスだが、試しにサイキの髪留めをつけて同じ髪型にしてみると、本当にそっくりになった。逆にサイキにエリスの髪型をさせてみても、これまた姉妹そっくり。

 「これで血が繋がっていないだなんて、本当に冗談にしか聞こえないわね」

 「戦闘適性でも全然違う結果が出ていたのに、本当に不思議な姉妹です」

 「これだけ似ているならば、サイキの小さい時はきっと双子も同然に似てたんだろうなあ。同じ髪型にしていたら余計だったろうな」

  しかし私の予想を、意外にもエリスが否定した。

 「ううん、ぼくの覚えてるのでは……」

 と言い始めるが、サイキの顔を見て言いよどむ。

 「何? お姉ちゃんには遠慮しなくていいよ?」

 「……それじゃあ、えっと、いつもぼくのほうが姉に見られてました。おねえちゃんいつも落ち着きがなくて失敗ばっかりなんだもん」

 「え、ちょっ……」

 一気に赤面するサイキ。姉の威厳の崩壊はとどまる事を知らないな。

 「はっはっはっ、やっぱり今の性格が本物なんだな。むしろ化けの皮が剥がれて安心したよ。お前無理し過ぎだったからな。サイキ、お前は今のままが一番お前らしいんだから、変に背伸びをしようとする必要はないぞ」

 「えー? でもそれじゃあわたし、二人に追いつけないよ?」

 「何言ってるのよ。あんた戦闘能力だけなら、未だに私とリタの二人でかかっても勝てる気がしないほどなのよ? それだけでも充分過ぎるほど並ぶに相応しいじゃないのよ。これ以上そういう事言うんだったら、リタに全装備没収させるわよ」

 「いつでも準備出来てるです」

 「……えへへ、ごめんなさい」

 という所で、やはりサイキ姉妹はそっくりという結論に落ち着いた。



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