高速戦闘編 17
「お邪魔しまーす」
「来た来たー! 子供達とは初めてだよね。あたしの息子一家で、父親が野宮尚志、嫁が優華ちゃんで、その息子の海斗君。そういえば一郎ちゃんとも随分久しぶりだよね」
姉さんの息子一家が到着した。尚志君は好青年を地で行く性格で、見た目よりも性格でモテるタイプ。優華さんは少しぽっちゃりとした体型の、大人しい人物だったはず。
「結婚式以来だったかな? いやあすっかり父親らしくなったな。海斗君? とは初めてだね。こんにちは」
「おじさんだれー」
ははは、開口一番で指を差されてしまった。焦って優華さんが謝ってきた。
「私がさっき助けた人って、芦屋家の知り合いだったのね」
「うん、あの時は本当ありがとう。焦って逃げようとしたら、まさか袋小路だとは。肝が冷えたよ」
「パパ運転へたくそー」
これは海斗君、聞きしに勝る暴君のようだな。
「海斗君は何歳なんだい?」
「四月で七歳なので、春から小学生ですよ。正直この性格は不安です。ははは」
そう言われるとこちらは笑えない。しかし春から小学一年生か。エリスとほぼ同じ年齢と考えてもよさそうだな。
一同一息ついた所でこちらの四人にも自己紹介させる。エリス以外の三人は勿論知られていた。
「年齢的には海斗と近いのに、全くしっかりしたお子さんですね。こいつに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいです」
「本当、この姉妹は驚くほどしっかりしているからね。二人の両親はもういないっていう事なんだけど、是非教育法を教えてもらいたかったよ」
大人の話をよそに、早速暴君が本領発揮をしていた。小さい同士のリタとエリスが捕まっており、二人ともいい感じに迷惑そうだ。お義父さんは元気がいいと笑っているが、元気過ぎるのもどうなんだ?
「それじゃー本題に移るね。優華ちゃんとナオちゃんこっちにおいで」
という事で姉さんに呼ばれる二人。並ぶと背丈はほぼ同じだな。というか、ナオ背が伸びたんじゃなかろうか。という事は勿論他の三人も伸びているはず。
「えーとね、優華ちゃんの旧姓って、直嶋って言うんだよね。聞いた事あるでしょ?」
「直嶋……って、あの!?」
驚く私。一方ナオはまだ分かっていない。
「え、でもそれ確定なのか?」
私の疑問に、優華さん自身が答えた。
「……はい。私の母からも、血液鑑定に協力したという話を聞いています」
「血液鑑定……え? っていう事は、私の!?」
ナオの表情が驚きに変わった。話を理解したな。
「はい。私はナオさんと血縁関係にある、遠い親戚さんです」
とても優しい口調の優華さん。名前の通りだな。一方口が半開きで固まっているナオ。まあそうだろうな。あまりにも突然の話だ。
「……ふふっ、そんなに喜んでもらえるなんて、私も嬉しいですよ」
微動だにせず固まったままのナオの瞳からは一筋の涙が零れている。そしてようやく言葉が出てきた。
「えっと……どうしよう。何も考えられないんだけど」
「じゃあこうしましょう」
優華さんがナオを優しく抱擁。ナオの表情がくしゃくしゃに崩れ、今までのどれよりも嬉しそうな笑顔になった。
「サイキは友達がそうだし、リタは長月荘の元住人が血縁関係者で、ナオだけは長月荘とは関係ないかと思っていたんだが、まさかこんな繋がりがあるとはなあ。良かったな」
抱き合い泣きながら頷くナオ。
「重大発表ってこれの事だったのか。全く姉さんも人が悪いな。もっと素直に言ってくれればいいのに」
「サプライズだよー。でも予想以上に喜んでもらえたみたいだね」
「ああそれには理由があるんだよ。あっちの世界では兵士になる時に記憶を封印されるらしくて、サイキもナオも親兄弟の顔すら知らないんだ。サイキは奇跡的に妹のエリスとめぐり合えたけど、ナオは家族を知らないんだよ」
「うわっ、それ厳しいねー。そっか、じゃあ会わせてみて本当に良かった」
ほっとした表情の姉さん。横にいる無口の兄ちゃんも微笑んでいる。
「でも、何で? 何で私との血縁関係にあるって、芦屋家と繋がっているって分かったんですか?」
「実は私、あなたに一度助けてもらっているんですよ。その話を私の母にすると、あなたとの関係を教えてくれて、しかも夫の母である、こちらの富子さんもあなたの事を知っていました。ならば直接命の恩人に会って、一言お礼を言いたいと。先ほども助けていただいたので、あなたには二度も助けていただきましたね。本当にありがとうございます」
ゆっくりと丁寧に頭を下げる優華さん。
「……良かった。私の努力が実を結んで、ようやく私に帰ってきたのね。本当に良かった。本当に嬉しい」
また泣き始めるナオ。それを見て優華さんももらい泣きしている。ずっと身近で見守ってきた私にも伝染しそうではないか。
「そうだそうだ、ナオちゃんは槍を使うんだよね? ちょっと付いてきなさい。いいものをやろう」
涙を拭い、ナオはお義父さんの後ろを付いていく。ついでに私も同行。向かったのは家の裏手にある蔵だ。
「一郎君手を貸してくれないか?」
かなり頑丈な扉なので重い。いくら現役のお義父さんでも、八十一歳では遠慮するか。
扉を開けて蔵の中へ。家は改築しても蔵は当時のままなので、私も何度か入った事がある。少し埃っぽいのは仕方がないかな。
「ナオちゃんや、これを持って行きなさい。芦屋家からの贈り物として、自由にしてくれて構わないぞ。ガハハ」
そう言いお義父さんが取り出したのは、長い棒状のものを包んだ紫色の布袋。一旦外に出て中身を見せてくれた。
「俺の爺さんがどこぞの名刀から譲り受けたらしい槍だ。細かい事は聞くなよ。俺もよく分からん代物だからな。ガハハ」
出てきたのは見事な槍だ。黒い柄に金色の房が付いており、刀身はかなり長く五十センチ位はあるだろうか。薙刀のように曲がった刀身ではなく直線状であり、それ以外の装飾がないすっきりとした形状だ。
「これ……嬉しいけれど、本当にいいんですか? 多分リタに頼んで私達の技術を込めないといけないけれど、そうするとそのままお返しする事は出来なくなります」
「構わん構わん! これは君に贈呈したものだ。君がどう使おうと、作り変えようと、全く使わなくても一向に構わん。遠慮せずに持って行っておくれ。それに、こんな埃のかぶった蔵に寝かされているよりは、世界を救うために使われるほうが、こいつも喜ぶというものだぞ! ガハハ!」
相変わらず豪快に笑うお義父さん。それとは対照的にナオは少し複雑な表情。
「何だろう……嬉しい事が重なると、怖くなるのね」
なるほど、反動を恐れている訳か。
「気にする必要はないさ。それは今までの報酬だと思ってありがたく受け取りなさい」
「はい。……今日はいい日ね」
居間に戻ったナオはリタに耳打ち。恐らくは改造を頼んだのだろう。そして面白い事に、あれだけ暴れていた海斗君が大人しくなっていた。何があったのだろうか?
「えっとね、海斗君、エリスに恋しちゃったみたい。それでエリスがうるさいのは嫌って。それで海斗君静かになった訳」
サイキの説明通りエリスが猛獣使いの如く海斗君を使役している。これはカカア天下待ったなしだな。
その後はすっかり忘れていた青柳に連絡を入れる。
「最近私の扱いが悪くなっていませんか?」
「ごめんごめん、ちょっとバタバタ忙しくてな。さすがに芦屋家に来てもらう訳にはいかないから、帰ったら改めて連絡するよ」
「了解しました。先に軽く報告をしておきますが、現在までに重傷以上は確認されておりません。それでは」
後は世間話に花を咲かせ、雨も止んだ所で帰宅の途に就く。リタとエリスはすっかり疲れた様子、ナオは終始嬉しさがにじみ出ていた。