高速戦闘編 16
「よし今日はエリスを連れて芦屋家に行くぞ」
と言ったものの天気はいまいち。念の為ナオとリタには心の準備をさせ、サイキには禁止令を再確認させる。
「でも状況次第ではわたしも参戦するよ。本当はもう九分九厘戦える状態なんだ」
「それでも無理はするなよ。俺がいいと言うまでは待機」
金曜日の時点で話を通してあるので出発。バスに乗ると偶然にもエリスが逃げた時と同じ運転手だったようで、向こうからこちらに声を掛けてくれた。
「それじゃあ代金支払わないと」
「いえ、緊急でしたからあの時のは受け取らない事になりましたよ」
これはありがたい。バスの乗客は目立つ我々にもあまり気にせず普通にしている。唯一大学生くらいと思われる男性が「写メいいですか?」と聞いてきて、横のおばちゃんに止められていたくらいだった。我々も苦笑しつつ他の乗客の迷惑になるからと、やんわりお断り。それでも聞いてくるだけまだいいのかな。
芦屋家に着くと、見慣れない軽自動車が止まっていた。といっても滅多に来ないので誰かが乗り換えただけかもしれないが。
「こんにちはー」
「おうよく来たな。そのちっこいのが言ってた子か。さあお上がんなさい」
「お、お邪魔します」
やはり緊張した様子で、サイキの手をしっかりと握っているエリス。しかし私も三人も一切警戒していない様子を見て、危険性はないと判断しているようだ。勿論そんな所に私が連れて行くはずもないが。
「表の軽自動車、やっぱり姉さんのだったんだね。相変わらず若いねえ」
「当然ですともー。あいつももう少ししたら来るよ」
「今回も勢揃いか」
いつも通り仏壇に手を合わせる。私の動きを見て改めて三人真似をする。エリスはそんな我々をまんじりと観察し、しっかりと正解していた。
「それから今回は、うちの息子家族も来るよ。重大発表もあるしね」
「何だ怖いな」
それから十五分ほどで兄ちゃんが到着。以前は三人の顔を見るなりグーサインを出したが、今回もエリスの顔を見るなりグーサインを出す。無口なのは変わらないな。外を見ると雨が降ってきている。四人の表情にも緊張が走っている。これは早めにエリスの紹介をしておこう。
「それじゃあ紹介しておくかな。この子はエリス。サイキの妹で、三人とは違って戦闘には不参加。この年齢だから当然だけどね。自己紹介よろしく」
わざわざ立ち上がって頭を下げるエリス。
「エリスワドです。初めまして。みんなからはエリスって呼ばれています」
「ほお、しっかりした子じゃないか。一郎君も苦労せずに済みそうだな。ガハハ」
一発でお義父さんに気に入られたようだ。苦労せずに……うーん、どうだろうな。
「結構降ってきたね。一郎ちゃん達濡れて帰る事になるんじゃない?」
芦屋家に到着してから一時間ほど、このままならばバス停まででも濡れそうだ。
「……それよりも問題があるなあ。あいつら侵略者って、雨が降ると出て来るんだよ」
「おおそういえば、俺が襲われた時も雨だったな。それで子供らの表情が前よりも固いのか。そうか」
芦屋家の皆はすぐに状況を理解してくれた。それでも三人は実際に襲撃が起こるまでは、普通に我々の会話に参加してくる。エリスは……まあ仕方がないか。しかしそれから三十分ほどで三人の表情が変わった。近くで悲鳴音が鳴りガラスも揺れる、ナオとリタはすぐさま反応し出て行く。
「工藤さん、わたしは……」
「まずは状況の把握」
二人と青柳とも携帯電話で接続。我々の変わり様に芦屋家三人も、そしてお手伝いさんも緊張の色を隠せていない。
「どれも結構近い。ここから北に赤鬼、西に青鬼……だけじゃない!」
更に二度悲鳴音が鳴る。今回は大量だな。
「えっと、青鬼の近くに緑も二体。多いよ」
サイキの最後の一言で、出撃への布石を打ってきたか。
「ナオ、リタ、そっちの状況は?」
「私が西、リタが北。状況次第ではサイキの参戦も許可して頂戴ね」
私に目線を送るサイキ。いつでも準備は出来ている、と暗に訴えてきている。
「すみません、通報と会話内容が合致しませんが、工藤さんは外出中ですか?」
「ああ、妻の実家に来ている。後で改めて説明するよ」
青柳を直接呼び寄せる手も……うーん、ともかく今は指示に集中。
「ナオ到着しました。けれど困ったわね、細い路地に青鬼がいて、私の槍じゃ攻撃に入れない。……工藤さん、サイキ寄越して!」
さてどうするかとサイキを見ると、早く行かせろと言わんばかり。ナオも恐らくは分かって言っている。
「ぼくからも、おねえちゃんを行かせてください」
エリスからもか。ナオの口調からして、サイキが必要な場面であるのは本当のようだ。当人は床に手を突き、いつでも飛び出せる体勢でいる。
「……仕方ないな。ただし無理をせず、体調に違和感を感じたらすぐ引き上げる事。分かったら行ってこい!」
「はい!」
やはり戦闘時の返事はとても力強い。サイキの出撃後、エリスは私の手を強く握ってくる。前回は明らかに目的がある狙われ方だったのだから、今回もと考え恐怖心を募らせるのは当然だろう。
「リタ現場に到着です。赤鬼なので早急に撃破しナオに合流するです」
「こっちは音声のみだから状況は見えないが、お前も無理するなよ」
本当に、音声のみの時は状況の判断がつかなくて困る。
「……赤鬼本体撃破です。ビットの殲滅に移行するです」
早いな。到着報告から一分と掛かっていないぞ。
「こっちは防壁張って耐えてる所! サイキまだ?」
「今見えた所! そのまま体勢維持して!」
そんな三人をよそに、何もせずにいるのが何とも心苦しい。芦屋家の皆に見られているので余計だ。
「ねー、いつもこんな感じ?」
「いや、家ではパソコンで映像を見ながらだよ。外ではパソコンを持ち歩く訳にもいかなくて、どうしても音声しか繋げないんだ。だから指示もあまり出せなくて、正直不安だよ」
「歯がゆいものだな。こんな事がずっと続いているのだから、一郎君も心労が耐えないだろう」
「でも誰かがやらないといけない事ですし、あいつらから俺を選びましたから。それに日常では積極的に手伝ってくれるし、とてもいい子達ですよ。このエリスもね」
とは言うものの、別の所で心労が積み上がるのだ。
「リタ、北部クリアです。そっちに合流するです」
「こっちも青鬼撃破。リタは警戒しながら上空待機していて頂戴。私とサイキで分かれて緑を倒すわ」
リタは何かあった時のために取っておくという事だな。そしてその時はすぐに来たようだ。
「まずい、車が一台袋小路に入った。そこじゃあいつの格好の的じゃない!」
「ナオは盾になれ。リタが狙撃して倒せ」
「了解!」
ここいらの住宅街は幅が狭く、長い槍を振り回すのには向いていない。ナオには攻撃よりも防御に徹してもらうべきだろう。
「こちらサイキ、わたしの担当は終わったよ。そっちに行く?」
「あんたは戻っても……って訳にも行かないわね。新しいのを迎撃して!」
おかわりが来た。場所は先ほどとあまり変わらないだろうか。空を見るとゲートが開いているのが見えた。つまり芦屋家からかなり近い。
「追加は赤鬼と灰色。今回は全部中型だね。先に灰色を叩きます」
「リタ、緑撃破です。そのまま赤鬼を担当するです」
よし、このまま行けば今回の最優秀はリタに決まりだな。一方ナオは守護した車のドライバーと会話していた。
「怪我はありませんか?」
「うん、大丈夫だよ。君がナオちゃんかい? ありがとう」
「いえ。それじゃあ残りがあるのでこれで。気を付けて下さいね」
間もなくサイキとリタから報告が入る。
「灰色発見。さっきよりも道幅があるから一発で終わらせますよ!」
「リタも赤鬼発見です。一直線に何処かに……この方角は、そこに向かって進んでいるみたいです」
「そこって、ここか? だとすれば、やっぱりエリス狙いか」
リタの報告を聞き、エリスの表情が変わった。連中は、どれほどこの子に怖い思いをさせれば気が済むのだ。
「どういう事だ? 侵略者とやらがその子を狙っているのか?」
お義父さんから質問が来る。他の芦屋家三人も気になっている様子。これでは芦屋家の皆を当事者にしてしまったも同然ではないかと、どうしても後悔してしまう。しかし、だからこそしっかりと説明をしておくべきだ。
「エリスはこの戦いを終わらせる鍵。なので侵略のみを考えている敵とは別に、この子を狙う敵も現れ始めたんです。今リタから報告にあった奴がそれでしょうね。……申し訳ない。まさか直接的に巻き込む事になるとは」
頭を下げる私を見て、お義父さんが唸り始めた。
「そんなちっこい子の命を狙うとは不届き千万! 本来ならば俺自らたたっ切ってやりたい所だぞ」
いやいや年齢を考えていただきたい。
「灰色撃破。リタに合流します」
「必要ないです。赤鬼本体撃破済み、後はビット二体のみです」
「じゃあリタに任せてもいいわね? サイキは戻って、私は念の為上空で警戒しておくわ」
どうやら無事に済みそうだな。少ししてサイキが戻ってきた。
「おかえり。体調は?」
「問題ありません。ついでにエネルギーも10%以下にはならなくなってたよ」
「なるほど、支援はするが、満タンにするのは危なっかしいっていう事だろうな」
「うん。言い返せません」
お手伝いさんが、雨の中から帰ってくるのだからとタオルを用意してくれてはいたのだが、髪にも服にも雨粒一つ付いていない事にとても不思議がっていた。
「そういえば入院中も結局その髪留めを外している姿を見なかったなあ」
「あ、これはえっと……」
うん? まだ秘密があったか。と思っていたら二人が帰ってきた。
「お疲れさん。なあ、こいつまだ隠し事しているぞ?」
「ええ? あんたも懲りないわねえ」
「いい加減にしてほしいです」
「えへへ……」
怒られ始める割には照れているサイキ。しかし話が始まる前に、更なる来訪者があった。
「あれ? あの車さっきのじゃない!」