高速戦闘編 14
四ヶ月もかかり、ようやく五人揃った長月荘の面々。
二人はカフェへ手伝いに、サイキはまだ体力が回復しきっていないのでお休み、私は商店街へ。エリスはどうするのかと聞いたが、お姉ちゃんと一緒にいたいとの事。そうだ、日曜日に芦屋家に行く予定を入れておこう。どうせ青柳が回復しない限りは市外に遊びには連れて行ってもらえないし、そろそろエリスを見せておきたかった所だ。
いつも通りカフェに寄りコーヒーを一杯。商店街で買い物を済ませて帰宅。
「明日は土曜日で授業も短いし、なるべく早く取り戻したいから登校します。でも稽古は月曜日までお休みしますね」
との事で翌土曜日、制服に着替えたサイキは、何故か緊張した面持ち。
「わたし変な顔してないかな? 皆に心配されたらどう言えばいいのかな?」
すっかり牙を抜かれた虎だな。佐々木医師の言っていた通り、サイキの本当の中身は見た目以上に幼いようだ。むしろ妹とは真逆。エリスが昔は姉妹関係が逆転していたと言っていたが、まさにこれがそうなのだな。
「だって、皆に下に見られたくなかったんです。そうじゃないと戦力として見てもらえないし、戦力外だと大きいのと当たっても使ってもらえないから、そうしたら死ぬ事も出来ないもん」
「死ぬために虚偽の自分を作っていたなんて、全く、手間の掛かる子だよお前は」
「えへへ、ごめんなさい。それじゃあ行ってきまーす」
本当に憑き物が落ちたかのような可愛い笑顔だ。
三人へと視点を向ける。
「おはようー」
「あ、おはよー。もう大丈夫なのー?」
「うん。まだ無理な運動は出来ないけど、体はもう大丈夫だよ」
いつも通りの中山の洗礼。
「……ふーん、サイキあんた、いい事あったんでしょ?」
「えへへ、うん。いい事あったよ。あ、美鈴さん。わたしまだ本調子じゃないから、稽古は月曜日からでお願いします」
「うん、分かったよ。……あんた可愛くなったね」
「そう? ありがと」
そんなサイキを訝しげに見る他の友達。
「あれ本当にサイキちゃん? 中身エリスちゃんなんじゃないの?」
最上にはこんな疑いを掛けられている。
「エリスちゃんはもっとしっかりしていた気がするけど」
木村にはこんな事まで言われる始末。
「あれが本来のサイキの中身よ。あの子は今までは、それこそエリスくらいの年齢からずっと虚勢を張って生きてきたのよ。それがようやく剥がれて素顔を見せてくれるようになったって訳」
「そうなんだ。だからナオさんもリタちゃんも、とっても嬉しそうなんですね」
泉の言葉に、サイキの変化に自分達も安堵し、喜んでいる事に気が付く二人。
「認めてくれたですからね。これでリタ達は本当の意味でのチームです」
放課後、今日も長月荘に集まろうという事になった。
「いいけど、工藤さんに確認しないと。ちょっと待ってね。……あ、ナオです……」
早速連絡を取るナオ。一条はそんな光景に一言。
「改めて見ると不思議だよなー。耳に手を当てるだけで電話出来るってさー」
「手を当てなくても出来るですよ。あれはナオの癖です」
「へえ」と友達の声が揃う。
確認を終わったナオが皆に報告を入れる。
「大丈夫だって。ただし明日は私達に予定が入っているから無理よ」
「ねーねーナオちゃん、なんで耳に手を当てるのー?」
「え? ああ、私の耳ってこういう形なのよ」
細くしなやかな長髪をかき上げ、皆に耳を見せるナオ。
「それで周囲の音を余計に拾うから、電話する時は耳を押さえているのよ」」
友達は皆固まっている。
「……な、なによ」
「エルフ耳、だったな」「リタちゃんよりも衝撃かも」
男子二人の反応に顔を赤くするナオ。
「あ、改めてそんな見られると、恥ずかしいんですけど……!」
「やべえ、初めてナオさんを可愛いと思った」「俺も」
「初めてって何よ? 失礼しちゃうわね!」
そして平謝りの最上と一条。
皆で下校途中、ナオ宛てに長月荘から連絡が入った。
「悪いんだが、皆うちで昼食を取るなら、材料が足りないんだ。立て替えるから先に商店街で買い物してきてくれないかな。何にするかは任せるよ」
「了解です。……ちょっと待ってね。ねえ皆何食べたい?」
「あ、ごめん。あたし後で合流するわ。先に稽古終わらせる事にする」
「分かったわ。そうしたら……何人分?」
昼食の相談が始まったが、すんなり希望がまとまった。漏れ聞こえる会話を聞いていた工藤は、報告を待たず要請を出す。
「それならば卵を四パック買ってきてくれ」
「あら、聞こえてた? じゃあ買出ししてから帰りますね」
長月荘との連絡を終わるナオ。
「やっぱり耳に手を当てたねー。ねーナオちゃんもリタちゃんみたいに耳見せる髪型にしようよー」
「嫌よ。リタみたいに明らかに違うならば受け入れられやすいけれど、私みたいな場合は、それよりもよほど好奇の目に晒されるものなのよ」
嫌悪の表情で中山の提案を否定するナオ。
「という事は経験があるんだね。ナオも苦労してるんだ」
木村の一言に、皆の予想以上に落ち込むナオ。サイキが説明とフォローに回る
「ナオの種族は一般的ではあるんだけど、とても純血を重視するんだ。だからナオみたいなハーフは凄く珍しくて、きっとそれが原因で同種族からも疎まれる事があったんじゃないかな。でもわたしはそういう目で見た事は一度もないよ」
ナオはサイキの説明に頷き、深呼吸を一つ。
「まあでもね、今はもうそんな事はどうだっていいのよ。実力さえあればどんな陰口だろうと叩き潰して見せる。そのお手本であるサイキさんがそこにいますし、それに、私以上に目立ちまくりな耳をお持ちのリタさんもいらっしゃいますからね?」
あえて敬語を使ったナオの恨めしがるような目線に、苦笑いのサイキとリタ。
「でも、皆の言う猫耳犬耳はいるですけど、リタみたいに先が垂れている耳は同種族の中でも少ないですよ」
皆の歩調が変わり、リタ中心の陣形へとシフトした。
「ねーねー、リタちゃんのお父さんやお母さんもそういう耳なのー? あ、気分悪くしたらごめんね」
珍しく中山が断りを入れた。三人の生い立ちを知っているので、両親の話には敏感になっているのだ。
「先端が垂れているのはリタだけですよ。リタの知る限りでは、こういう耳の同種族とは実際に会った事はないです。適性データを見た時にも、リタと同じ種族で同じ耳の人はかなり少なかったと記憶してるです」
「わたしの知る限りでも、リタみたいな耳は珍しかった。ナオのも、確か一人見たかなっていう程度。でもナオと違って、リタの種族は近しい部族の集合体みたいな感じだから、色んな耳の人がいるんだ。本当に小さくて目立たない人もいれば、戦場で一目見ただけで分かるような、大きい耳を持つ人もいたよ」
動物の耳に興味津々の友達だが、話を切り出した中山自身が話を終わらせた。
「はーい、じゃーこの話はおしまーい」
「あい子から話を切り上げるだなんて珍しい」
「えーだって、なっちゃんだって嫌な話をずっとされるのは嫌でしょー? 同じだよ」
「それって私に気を使ったの? ふふっ、ありがとうね」
途中相良とは別れ、その後も雑談をしながら商店街に到着した一行。各々班に分かれて散開し買い物を開始。三度目ともなると慣れたもので、十分ほどで買い物を終わらせて集合、長月荘へと向かった。