高速戦闘編 12
状況を確認してナオとリタは学園へと戻り、青柳は市立病院へと搬送。私と未だ泣き止まないエリス、それから、安心したからだろうか、力なく私にもたれ、その事を謝るサイキの三人は、応援に来たパトカーに乗せてもらい、青柳を追って再度市立病院へ。
サイキを病室へと戻し、青柳の傷を確認。サイキの診断通りであり、むち打ちも軽度なので全治二週間との事。念の為首にサポーターをしたのだが、職務に大きな影響はないだろうと言い、そして職務を疎かには出来ないと言い残しさっさと帰っていった。
今更ながら、あれが渡辺の気の迷い等で我々に付いたのではない事が分かった。あいつは優秀だ。最良と判断すれば、自分の身に危険が及ぶと分かっていてもそれを選択出来る。そして先行してその結果を予想し、しっかりとそこに着地させる事が出来る。
さて問題は赤髪の姉妹だな。まずは妹だが……自分の仕出かした事の愚かさを理解しているようで、ずっと後悔し泣き通している。
「エリス、お前は自ら命を捨てようとしたんだからな。それは絶対にやってはいけない事だ。ましてや、サイキや皆や俺が、お前を守ろうとしているさ中にそんな愚劣な行為に走った。……俺も前に自殺を考えた事があった。だからこそ余計に分かる。それがどれほど周囲を愚弄する行為なのか。どれほど周囲を落胆させる行為なのか。だからな、もう二度とそんな気は起すな。少し位迷惑をかけても生きる道を選べ。分かったな?」
泣きながらも頷き「ごめんなさい」と謝ってくるエリス。今回の事は、エリスのよく出来た性格が逆方向へと突き進んだ結果だ。サイキは頑固な所があると評していたが、今後は生きる事に頑固になってほしいものだ。
そして最大の問題はお姉ちゃんである。まあ、既に問題の八割ほどは解けたようなものだが。
「あの、ごめんなさい。またわたしは無理をしました。それともう一つごめんなさい。わたしはこれからどうすればいいでしょうか? 相談させて下さい」
「まあ今回の、完治していないのに戦闘行為を行った事に関しては不問としよう。俺にエリスに青柳、三人救われた訳だからな」
小さく頷きながらも私の目をじっと見つめるサイキ。なるほど相談するのも本気という事か。しかし肩に力が入り過ぎだな。
「それで、お前は今まで人に相談に乗ってもらった事は多いか? 少ないか?」
「えっと、判断を仰いだり頼み込んだ事はあるけど、相談っていう意味では、一度もない……かも」
なんとまあ、それでよくもここまでやってこれたものだ。そしてそれが一番の原因だろうな。これは私から答えを出すよりも、答えを導き出させるべきか。
「じゃあ何故今まで一度も相談してこなかったんだ? 訓練学校でも、部隊でも、俺達にも相談してこなかったんだろ? 自分の事だから、何故なのかは分かるだろ?」
「……と言われても、うーん……」
長考に入るサイキ。
だが、次のヒントはいつの間にか泣き止んでいたエリスが出した。
「おねえちゃん、相談しなかったんじゃなくて、相談出来なかったんじゃないの?」
「うーん……?」
エリスのほとんど答えとも言えるヒントにも、よく分かっていない様子のサイキ。業を煮やしたエリスが、答えを直接ぶつけた。
「信じてないのはおねえちゃんのほうだよ。自分が信じてないなら相手からも信じてもらえる訳ない。ねえおねえちゃん、ぼくが来た時、なんでナオさんやリタを説得しなかったの? なんで喧嘩するような事になったの? それって二人を信じなかったからでしょ? 違う?」
エリスの直球にぐうの音も出ないサイキ。
「俺としてはサイキの心情も分からないではない。復讐心から兵士になった所で、仲間二十四人を殺したと汚名を着せられれば人を信用出来なくなって当然だ。でもな、だからこそ、その過去を全て認め受け止めて新しく始めるべきなんだよ。それが出来ていないから彼らは認めてくれないんだよ」
私やエリスの追及に目を逸らすサイキ。
「おねえちゃん、それ! まっすぐ見られないっていう事は当たってるんでしょ? だったらもう答えは出てるでしょ!」
最早姉としての威厳すらもないな。
エリスの追及に観念したようで、サイキは改めて内容を変えて相談してきた。
「わたし、どうすれば皆を信じれるのかな? どうしたら全部を受け入れられるのかな?」
「そのためにはまず、一つやるべき事がある」
時刻は昼の二時を過ぎた所。一旦話を中断し、私は学園の二人へと連絡を入れ、放課後にこちらに寄るようにさせる。はしこちゃんにも少し遅れると連絡を入れておいた。
「今度は何よ?」
気だるそうにナオが来た。後ろからはいつも通り無表情のリタ。恐らくは気にしていない事を見せ、サイキに迷惑だと思わせないための演技だろう。
「よし、それじゃあサイキには、全部話してもらおうか。お前さんの最後の秘密、心の中をな。思っていても言っていない事、山のようにあるんじゃないのか?」
「で、でも、それを言ったら二人から嫌われると思う……。嫌な奴だとか、鬱陶しいとか……」
「あら、そんなに私達って信用ないのね」
「サイキの中では信頼性ゼロですか」
打ち合わせなどしていないのだが、二人は見事に肝心な部分を一撃。
先ほどまでの雰囲気とは打って変わり、零れそうになる涙を必死に堪えているサイキ。
「わたし、もう独りにはなりたくない。あの頃みたいな孤独はもう絶対に嫌。何処に行っても、何をしても、自分が何処にもいないような感覚は、もう二度と味わいたくない。もう……だから、皆を失いたくない! わたしが皆に迷惑をかけて、皆が離れて行っちゃったらと考えると、怖いんです。独りは怖いんです……」
皆一様に聞き入っているが、どこか余裕を持って聞いている。
「……だから隊に合流してからは、皆に嫌われないようにした。皆が離れないように手も抜いた。いい子を演じてきた! でもエリスが来て、エリスさえいれば孤独じゃないと思って。……でも結局は独りだ。皆を信じてない限り、わたしは今も独りだ。ねえどうすれば、わたしはわたしを演じる事をやめられるの? どうすれば皆を信じられるの? どうすれば独りじゃなくなるの? わたしには答えが分からないんだよ! 教えてよ! ナオ、リタ、わたしはどうすれば二人を信じられるようになる? どうすれば家族になれる? 分からないんだよ……」
サイキの独白を聞き、次にナオが口を開いた。その口調は神妙とは程遠いとても軽快なものだ。
「あはははは、あんた馬鹿だねえ。回り見てみなさいよ。私もリタもエリスも工藤さんも、既にあんたの家族だよ。今更、何を言い出すんだろうねこの子は。サイキ、手を出しなさい」
言われて素直に手を出すサイキ。
「はい残念不正解! あんた、私達を信じてないならば、今のは何故なのかと聞き返す所でしょうに」
「……分かんない」
首を横に振るサイキ。溜め息を一つし、ナオは話を続ける。
「はっきり言っちゃうけれどね、あんたが信じてないのは私達じゃない。私達を信じている自分を信じてないの。分かる?」
再度首を振るサイキ。
「本当に仕方がない子ねえ。サイキ、あんたは自分を過小評価し過ぎなのよ。あんたはもう独りじゃないし、いい子の振りをしている訳でもないし、私達を信じていない訳でもない。でもそれが見えていないだけ」
「じゃあ……どうすればいいの? 自分では考えても答えが出ない。どうすればいいのか分からないんだ……」
消え入りそうな弱々しい声である。本当に参っているようだ。
「サイキ」とリタが呼ぶ。そして振り向いたサイキに軽く平手打ちを一発。驚きと共に泣く一歩手前まで来るサイキ。
「エリスの時、リタに剣を向けた借りを返しておくです。これでリタとサイキとの間には貸し借りはなくなったですよ。だから、これからリタの言う事をよく聞いておくです」
唇をかみ締め、小さく頷くサイキ。
「サイキはまず、皆から頼りにされているという事を熟知すべきです。そしてその皆からの評価を受け入れるですよ。それを、自己評価として考えればいいだけです。サイキは、リタやナオからどう評価されていると思っているですか?」
「……戦闘狂?」
「はあ……それはリタ達のじゃないですよ」
溜め息を吐き、まるで欧米人のように手を広げ首を振るリタ。
「サイキは、エリスを背負って相良さんの剣道場まで飛んだ時、リタ達には並べていないと自分を評価したですよ。でもリタ達はそれを聞いて本当に意外だと思った。それこそがリタ達から見たサイキに対する評価です。つまりリタやナオは、サイキを頼れる人物、信頼出来る人物、肩を並べるに相応しいと思っているですよ。この評価は降って湧いたものでもなければ、へつらうものでもない、サイキ自身が掴み取った、リタ達の本心からの評価です。ならばサイキがするべき事は一つ。リタ達からの評価に答えるだけです。信頼には信頼で返す。ただそれだけですよ」
「でも、わたしリタを、ナオを殺そうとしたんだよ!? そんな人を信頼なんて出来るはずがない! なんでそんなわたしを信頼してるの? 訳が分からない!」
半ば叫ぶようなサイキに対して、尚も淡々と話を続けるリタ。
「そんなの簡単ですよ。リタは今も生きている。何度もサイキに助けられて、今もここにいる。それだけで信頼するには充分過ぎるですよ。サイキは工藤さんを信頼しているですか? 工藤さんから信頼されていると思うですか?」
「工藤さんは……うん。何度もわたしを助けてくれているし、それに信頼されていないと、こんな事言って……」
言葉が止まるサイキ。
「気付いたですね」
そう、私は一度サイキに殺害予告を受けていた。なのにサイキから見ても私はサイキを信頼している。
「でも、なんで……?」
次は私の出番だ。
「命の恩人を信頼しなくてどうするよ。俺はそんなに失礼な人間じゃないぞ。そしてお前を命の恩人だと思っている人間は、この街だけ見ても一万人以上はいる。例えお前がそれを全て演技だったと切り捨てたとしても、俺達にとってお前が命の恩人である事には一分の間違いもなく、そしてそれは今後もずっと変わる事はない」
私の言葉に、必死に考えをめぐらせている様子のサイキ。
「エリスはお前が二人を信じていないと言い、ナオは自分自身が見えていないだけだと言い、リタはそのためには信頼には信頼で返せばいいと、そして俺は、俺を含めた皆が命の恩人であるお前を信頼していると言った」
ようやく表情が変わり、拭うでもなく涙の雫が垂れる。
「わたし……このままでいいんだ。無理にどうにかしようとするんじゃなくて、わたしなりのやり方で皆の信頼に答えればいいんだ。そういう事……だよね? ……ううん、そういう事でいいんだ」
ようやく答えに辿り着いたか。
「わ、わたし、本当、馬鹿だなあ。なんで、こんな簡単な事、気付かなかったかなあ。あはは」
涙を拭う訳でもなく、安心した表情で笑うサイキ。
「……あはは、わざとらしいなあ。エネルギー、丁度10%ぴったりで止まったよ。うん、もう大丈夫。もうわたしは自分から逃げない。わたしに正直になるよ」
我々も目を合わせ、一安心。
「あんた、もうこんな心配させないでよね。さっさと治して、遅れた勉強を取り戻すわよ」
「リタの予想では明日には退院出来るですよ。サイキの味付けの晩御飯が待ち遠しいです」
エリスは、ようやく笑顔になったお姉ちゃんに抱きついて、泣きながら離れなくなっている。
ようやく落ち着き、深呼吸を一つして、サイキは私に質問をした。
「工藤さん、何であの時わたしのエネルギーを少し回復させられたの?」
「ああ、今までの情報から考えるに、エネルギーを生み出している彼らは、しっかりと知性のある生物で、しかも俺達の会話を理解出来ている。だから俺の要請にも答えた訳だ。今までエネルギー回復が安定していなかったのは、信頼に足り得るか試していたんだろうな」
私の結論に、大きく頷くナオ。
「つまり私達へ向けた試練だったって事ね? なるほど、こっちの世界に来てエネルギーが回復しなかったのも、わざとやっていたのならば納得出来るわ。エンプティになった事はあっても、必要な時にはどうにかなっていたものね」
「……そうか、だからエネルギー回復プログラムのエラーが、おかしな所で出ていたですね。あのエラーは例えるならば、蓋の形が合わない、といったものだったです。どうしてそうなったのか、直した後でも分かっていなかったですけど、これで疑問が解決出来たです」
私の推論にナオもリタも納得した様子。
「今回の事は、サイキをたしなめる位の気だったんじゃないかな。それをお前、悪い方向に考え過ぎて暴走して、きっと彼らも困ったぞ? まあ、意思疎通が図れない相手だからすれ違いは仕方がないけれど。言葉で話し合える俺達ですらこの有様だ」
「ごめんなさい」
謝るサイキだが、その表情はとても柔和だ。
「それともう一つ、恐らくはお前達に力を貸している彼らと、侵略者にエネルギーを搾り取られている奴とは同種族、仲間だろう」
「ははーん。つまり私達に、同胞を救ってくれと訴えている訳ね?」
今までの情報とエネルギー回復の動向を考えるに、そう考えるのが一番自然なのだ。
「ふふっ、いいでしょう。やってやろうじゃないの」
「エネルギーの安定供給さえしてくれるのであれば、救う対象が一つ増えたくらいどうって事ないです」
「うん。あの自己中心的な奴らから、この世界も、わたし達の世界も、そしてエネルギーを分けてくれる彼らも救い出そう。わたしは信頼に答えるよ。……あはは、また少し回復した。言葉は分からなくても、気持ちは伝わったよ」
とりあえずはこれで、サイキも安定した戦力として使えるようになり、そしてエネルギー枯渇の心配もなくなった訳だな。まだ攻勢をかけるには至らないが、この三人ならば必ずやってくれるさ。
「それで一つ相談なんだけど、今日はエリス、泊まっていってもらっていい? ……やっぱり一人は寂しくて」
ようやくサイキも心の内を見せてくれるようになった。