高速戦闘編 11
私はまだエリスを追跡中。赤鬼のいると思われる位置とは一丁違うだけだ。非常に危険だな。リタに位置を知らせてもらい追ってはいるが、中々見つからない。
「あの!」
おっと、サイキだ。
「エリスは俺がどうにかしてやる!」
「そうじゃなくて……ごめんなさい!」
突然強く謝るサイキ。あまりにも強かったので一瞬驚いてしまった。
「わたし何も分かってなかった。それで、今も分からない事があります。だから教えて下さい。どうすればエネルギーをくれる微生物がわたしを認めてくれるのか、相談させて下さい!」
「……」
「……っはは」「ふふっ」「……んふっ」
「え……っと?」
沈黙の後、笑いの漏れる我々に困惑している様子のサイキ。
「遂によ」「ああ、ようやくだ」「長かったです」
「……ごめんなさい。わたし今まで全部一人でどうにかしようとしてた。でも今どうにもならなくて、それでようやく分かった。力を貸して下さい」
本当にようやくだ。今まで何かをしたいとか、人から指南される事はあったサイキだが、ようやく自分から悩みを打ち明け、相談乗ってほしいと言ってきたのだ。
「えーどうしようかなあ?」「リタに剣を向けた借りもあるですからねー」
からかう気満々の二人。私も場面が違えばSっ気を見せただろうが、今は緊急事態なのだ。二人を叱りつつ、先へと進む。
「お前達そんな余裕あるのか? 次はお前達がエネルギー停止させられるぞ」
「あ、ごめんなさい。嬉しくてつい」「反省しますです」
まあ気持ちは分かる。しかし今は戦闘優先、エリス優先。
「サイキ、さっさとこっちに来て赤鬼を始末しろ」
「あの、だからわたしエネルギーがないから……」
「おい微生物、こいつがあれを掃除出来るくらいのエネルギー寄越せ!」
駄目で元々。しかしどうにかなる予感がしたのだ。そしてその予感はすぐに的中する。
「工藤さん何をいっ……ふぇあっ!?」
とんでもない驚きの声を上げたサイキ。
「いいからさっさと来い!」
「エリスが停止したです。そこから北東の公園……それと赤鬼が動き始めたです。向かう方角は同じ。本当にエリスを狙っているかもしれないですよ」
「分かった。あいつ無事帰ったら叱責してやる!」
次の角を曲がれば公園が見えるはず……あった。少し大きめの児童公園だ。中に入るまでもなく公園の中央に立つエリスを発見。狙ってくれと言わんばかり。
「おい!」と声をかけようとした私の真横、建物の影から丁度赤鬼が現れた。そして赤鬼は、あちらから見ると突然現れた事になる私に驚いたのか、避けようと体勢を崩し、転んだ。
結構痛そうな転び方だ。その見事な転びっぷりに一瞬、大丈夫かと声をかけそうになってしまった。だが今のうちにエリスをとっ捕まえて逃げよう。
「馬鹿娘! 逃げるぞ!」
エリスの腕を掴もうとするが、振り解かれた。本当に何を考えているんだこいつは。
「ぼくが……ぼくがいるからでしょ? ぼくがいるからあいつらが来るんでしょ? なら、ぼくはいないほうがいいんだ!」
なるほど、こいつが逃げた理由はそれか。
「お前、大好きなお姉ちゃん泣かせるつもりか? また家族を亡くさせるつもりか? お前の言っている事はそういう事だぞ!」
怒鳴りながら後ろを振り向けば既に赤鬼は一歩一歩こちらへと前進してきている。仕方がない。腕が掴めないのならば体ごと抱えるまで。嫌がるエリスを強引に抱え上げ、反対方向の東方面へと逃げる。私が走れば赤鬼も走って追いかけてくる。これは一分と持たないぞ。
「嫌だ! 降ろして! ぼくのせいでみんな死んじゃう!」
「大人しくしろ! 下らん自己犠牲なんぞ誰も喜ばん!」
と叱るものの、エリスに意味が通じているかどうか。そんな事を考える暇もなく赤鬼のビット四体が先回り、取り囲まれてしまった。振り向けば赤鬼。これは本当にまずいな。空を見回すもまだ誰の姿もなし。
赤鬼は一旦足を止め、改めて勢いを付け私を殴りに来ている。結局間に合わなかったか。抱えていたエリスを後ろへと半ば放り投げ、その前へと立つ。最後くらい格好良くしてもよかろう? しかしこうも命の危機に晒されていると、走馬灯など見なくなるのだな。まあ、後ろからクラクションを鳴らす車は近付いて……え!?
私の横をすり抜けた黒いセダンがビットの一体を跳ね飛ばし赤鬼に突撃。そのまま引き摺るように電柱に衝突し停車。何だ? 何が起こった?
「工藤さん、これで私も撃破数で並びましたよ。ははは」
「青柳!? お前、何してるんだよ!」
車に駆け寄ろうとしたが、残りの三体のビットが邪魔をしてきた。赤鬼はまだ消滅をしておらず、車を押しのけようともがいている。
「全く、何で俺の周りにはこんな無理無茶をする馬鹿ばかりなんだ!?」
「その言葉そのままお返しします!」
空を見ると赤い光。来たか!
高度を下げつつ、車と電柱に挟まれて動けない赤鬼を一撃で葬り、そのまま流れるような動きで私とエリスの周りにいた三体のビットも撃破。怪我人とは思えないほど鮮やかだ。
「あの……」
「言いたい事はあるだろうが、まずは青柳だ!」
青柳の車に近付く。ボンネットが大きくひしゃげてはいるが、赤鬼が緩衝材の役割を果たしたようで発火の危険性はなさそうだ。運転席側のドアは歪んで開かないので、助手席側から青柳を引っ張り出す。
「すみません。今度は私が入院する番ですね」
「冗談言ってないで大人しくしてろ」
「えっと……骨折はないみたいですよ。頭の切り傷とむち打ちくらいかな?」
サイキの診断ではそこまで重傷ではないようだな。
「もうな、お前達! エリスもサイキも青柳も! どれだけ俺の寿命を縮めれば気が済むんだよ! 次は俺が心労で入院するぞ。ともかく救急車を呼ばないと」
「その必要はありませんよ。私の分はこれを予想して手配済みです」
「もうそんな予想するな馬鹿野郎。……でもまあ、おかげで命拾いしたよ、ありがとう。この借りは必ず返させてもらうよ」
間もなく救急車と、それから少しして二人がほぼ同時に到着。これだけ時間が掛かるならば間に合わなくても仕方がないな。
「深紅はどうなった?」
「位置が遠かったから、私のほうは少し被害あり」
「リタの側は問題なしです。ただ本体討伐に少し時間が掛かってしまったです。それよりも、こっちはどうなったですか?」
心配そうな表情の二人だが、まあ当然か。青柳は担架に乗せられて救急車の中で診察中。エリスも手と足に擦り傷が出来たので消毒してもらっている。
「俺とサイキは無傷。エリスは俺に投げられて擦り傷あり、そして青柳はあの通りだ。二人には随分心配かけさせちまったな。後は大丈夫だから、学園に戻っていいぞ」
「あの、その前に……」
サイキだ。
「ごめんなさい。今まで迷惑をかけないようにと思って、自分で出来る以上の事を抱えていました。今度からは皆にも相談します。だから……だから、もう独りにはなりたくない。もう孤独は嫌です。皆を失いたくない。だから、えっと……」
言いたい事は分かるが、言葉がまとまらないサイキ。すると救急隊員に消毒をしてもらい終わったエリスが息を荒くし近付いてきた。
「おねえちゃんの嘘つき! おねえちゃんもう無理はしないって言ったのに! おねえちゃんのバカあ! おねえちゃん……こわかったああぁー!」
途中まで怒っていたが、最後には泣き崩れてお姉ちゃんに抱きついた。
「全く、本当に似た姉妹だなあ。人に迷惑をかけまいと無理をして、それが迷惑になっている事に気付かずに暴走して、結局こうなるんじゃないか。二人には後でしっかり反省してもらうからな」
「はい。すみませんでした」「ごめんなさあぁーい、うわあぁーん」
まあ、これで懲りてくれるだろう。