下宿戦闘編 15
駅前での爆発は恐らく三人目が到着した為に起こったのだろう。しかし何処かに身を隠したのか見つける事が出来なかった。
仕方がないので我々は一旦長月荘へと引き返す。彼女達からの信号は出しっぱなしにしておき、向こうから来てくれる事に期待する。途中サイキから裏道まで来て欲しいと連絡。二人ともエンプティだそうだ。
「新型の線が消えて命拾いしましたね」
という青柳の冷静な一言に改めて青ざめる二人。眼鏡を上げつつ申し訳ないと謝る青柳は、やはりすごくいい奴だ。渡辺の人選は正解だった。
「ただいま」
長月荘に帰宅。しかし彼女達の声にはあまり元気が無い。青柳はそのまま車内で待機するという。無線には逐一情報が入ってきている様子だが、どれも空振りのようである。どこにいるんだ三人目……。
少しして青柳が入ってきた。
「改めてご報告します。今回の襲撃及び爆発事件における死者はゼロ。北部襲撃地点では休日という事もあり、建物の破損が二件、人的被害なし。駅前爆発地点では意識不明者一名が出てしまいましたが、先ほど意識が回復。怪我人は多数に上りますが全員命に別状はありません。繰り返しますが、死者はゼロです」
良かったと胸をなでおろす二人と私。
夕方六時になり、私は食事の準備に入る。青柳はコンビニ弁当でいいと言ったが、せっかくだからと招待した。サイキが私の手伝いに入り、ナオは青柳と何か話をしている。聞こえる限りでは彼女達のスーツの機能等の確認のようだ、
今日の晩飯は秋刀魚の塩焼き。偶然にも青柳は秋刀魚が好物だそうで、一番に喰らい付いていた。サイキはすっかり箸の使い方にも慣れて綺麗に食べ、ナオは少し苦戦しながらも完食。
食後は二人とも自ら勉強を開始。一人より二人のほうがはかどるようで、お互い質問を出し合い進めていっており、微笑ましい限りである。
ナオは勉強の吸収がかなり良く、むしろサイキに教える場面も見られる。これならば近いうちにまた勉強道具や問題集を買い足す必要が出てくるだろう。そろそろ戻るという青柳を玄関まで送り、お礼としておまじないの五百円玉を一枚。ありがとうとは言う、がいまいち乗り気でない顔をする青柳。こういうのは嫌いなのかな。二人も玄関先まで来て手を振り見送った。どうやら子供達は既に、あの無表情の男に順応したようだ。
さて皿洗いをするか、という所でまさかの事態発生。響く悲鳴に突風。四度目の襲撃だ。
急遽戻ってくる青柳。そして二人から告げられる最悪の状況。
「どっちもエンプティ。攻撃手段が無い……」
武器すらも出せないこの状況、更に襲撃場所と思われる東の方角には学校や病院がある。
「……それでも行かなくちゃ。あの、青柳さん! 送って行ってもらえませんか?」
これには青柳も判断に困っている様子。
……そうだ、賭けではあるが青柳の車にある警察無線から彼女達に向けて声をかけてもらおう。武器さえ出せれば最悪の事態だけは避ける事が出来るはず。しかしこの私の提案に、今まで見た事の無い、相当に怪訝な顔をする青柳。
「まあいいでしょう。……警察各隊各員に告げます。これよりマルトク及びAWは現場へ急行。彼女達に声をかけてやってください」
AWとは彼女達に対する警察用語のようで、無線からは早速応援の声が聞こえる。まだ回復はしていないようだが、緊張は解れたようだ。二人の背中を押し、青柳に後は頼むと頭を下げ見送る私。無事を祈り待つしかない老いた身を、我ながら呪う。
彼女達とボイスチャットを繋げ、状況を報告してもらう。車内の無線の声がこちらにも聞こえてくるが、既に負傷者も出ている様子、一刻の猶予も無い。拳銃の使用許可を青柳自らが出し、発砲音が聞こえ始める。
「……来た! 大丈夫、武器出せます」
声援エネルギー説はやはり間違っていないようだ。しかし到着するや否や彼女達の声色が変わった。
「まずいわね、大型の遠距離狙撃タイプか。エネルギーがあれば無力化は難しくないけど……無線を聞いている方々、なるべく動き回って下さい。一箇所に留まると狙撃されます! 私達が懐に飛び込むので援護お願いします!」
ナオから警官隊に指示が飛ぶ。ドアを開ける音がして彼女達が飛び出したようだ。
そうだ、パソコンから彼女達の見ている映像をこちらに流せないだろうか。確かこのソフトにはテレビ電話のような機能も付いているはず。私の考えを聞き早速試してみる。
……真っ黒だ。駄目か、と思ったら映った。映像はあまり綺麗ではないが充分だ。しかしソフトが凄いのか彼女達が凄いのか。とにかく助かった。これで状況が分かる。
「これで今サイキの見てる光景がこっちにも見える。頑張れよーお前達!」
映像には、やはり病院が見える。というか病院のすぐ目の前ではないか? 被害の大きさと彼女達のその後を考えると胃が痛い。
今回の侵略者は見た目が黒く、寸胴で円柱のような形状をしており、そこに幾つかの砲台と思われるものが並んでいる。こんな形で生き物なのだろうか? 作られた存在であるという私の仮説は当たっているのかもしれない。
状況は芳しくないように見える。遠距離狙撃タイプとは言うが手数が多く距離を中々詰められないのだ。映像を良く見ると下に数字が並んでいる。0.0112? これがエネルギー残量なのか? ……パーセント表示だとするならば、絶望的な数値だ。彼女達は常にこの数字を見ているのだから、気が滅入るのも仕方ないだろうな。
砲撃は激しいが、威力はそれほど大きくないように見える。警察車両にも砲撃が当たっているが、一瞬で爆発するというような事は無い。それでも人に直撃すれば命に関わるだろう。
一瞬だが砲撃に合間が出来た。この瞬間を突き、一番槍のナオが懐に飛び込んだ。
「行けるか!」
と思ったが砲台の一つを潰すに留まる。それでも警官隊からは声が上がる。エネルギーの数値は……ほぼ変わらず。サイキも続いて砲台を削る。少しずつでも手数を減らしていければ勝ち目はある。しかし自己修復なんてされたらまずいな……。
戦闘は続いているが、砲台が減った事で隙が大きくなってきた。再度飛び込むナオ。しかしタイミングがずれ、砲撃を食らった。
「うあっ……」
吹き飛ばされ、低い悲鳴とともにサイキの視界から消えた。
「ごめんなさい、ナオの心配する余裕無い」
私が見ており、ナオが見えなくなった事を気にかける事を見越した発言だろう。
「おい大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。怪我は無いわ」
警官がナオに声をかけている。どうやら何とも無いようだが、肝が冷えるぞ。
徐々にだがこちらが優勢になってきた。見える砲台は後三つ。さすがに砲撃の隙も大きくなり、サイキもナオもかなり接近した状態で戦えている。しかし本体はかなり固いようで、光っていない普通の剣では弾かれている。やはりエネルギー不足が大きく戦力に影響している。
「最後の一つ、無力化成功!」
砲台の全てを叩き潰し、これで残りは固いだけの置物と化した本体だけだ。そう思っていたのだが、敵は奥の手を隠し持っていた。
「なんだ……あれ……」
寸胴な敵の中から一際大きな砲台が生えてきた。周囲の砲台のいくつかも同時に直り始めた。最悪の事態として想像していたが、まさか本当に自動修復出来るとは。
「逃げて!」
二人が同時に叫び、並んで手を前に出し防御体勢に入る。巨大な砲台が徐々に光っていく。非常にまずい展開だ。二人を合わせても1%に満たないエネルギーではどうする事も出来ないのは想像に容易いが、それでも盾となろうとしている。
放たれる砲撃。もう終わりか……。
「……だと確認……です」
誰かが二人の前に立っており、緑色のバリア? ともかく防壁を展開し、砲撃を上空へ跳ね上げた。何だ? 三人目か!?
「セルリット・エールヘイム、これよりサイキ、ナオと合流、敵を迎撃するです。ぶっ潰すです!」
三人目の登場に二人が沸いた。
「……全員に通達。あれはこちらの味方です」
青柳もすぐさま状況を理解した。そして一層上がる士気。ふとエネルギー残量を見るといつの間にか3%台まで回復している。
「サイキ! 3%でどれくらい行けるんだ? 何ならそいつ倒しちまえ!」
「はい!」
強く返事をして突っ込むサイキ。侵略者は巨大な砲台の影響か攻撃が鈍っている。後ろからナオも飛んできた。速度はナオのほうが少し速いようだ。矛先に広がる光の刃をなびかせるナオ。あれが彼女の切り札なのだろう。サイキの剣も光る。更には背後から三人目の放ったと思われる光弾が飛んでくる。
一瞬途切れる映像、そして聞こえる歓声。
「撃破確認、です!」