高速戦闘編 8
食堂の二人はすっかり打ち解けた様子でいた。相変わらず表情の見えない青柳にも楽しそうに話すエリス。……よく見れば青柳も微笑んでいる。
「おまたせ。青柳と少し話があるから、エリスは先に戻っていてくれるかな? 部屋番号は分かるかい?」
「うん、大丈夫です。じゃあ先に戻ってます」
少し嬉しそうな足取りで戻っていくエリス。自分の同じ頃を思い出すほどに、あの子の育ちの良さに驚く。
「何話してたんだ?」
「サイキ一家の思い出話ですよ。本当にエリスさんは強い子ですね。自ら家族の話をし始め、そしてその間一度も涙を見せませんでしたから。それでも無理をしているでしょうから、工藤さん、よく見ていてあげて下さい」
「青柳がそれを言うとはなあ。まあ不肖の身ながら頑張るよ」
先ほどの青柳の微笑から察するに、本当に感心して聞いていたのだろう。お姉ちゃんには無理をするなと約束させたというのに、自身は無理をしている訳だな。まるでお姉ちゃんそっくりである。
「それで、先ほどのサイキさんの言動からして、話の内容は恐らく犯罪行為の自白。エリスさんだけではなく私まで追い払うという事は、かなりの悪事に手を染めていたのでは?」
「さすがに鋭いな。全ては後で本人から語らせる事にしたが、あいつあの顔で重犯罪人だよ。人は切っていないと思うが、それ以外は色々とやっているらしい。まあ、エリス関連でナオとリタを躊躇なく殺そうとしたり、俺にまで剣を向けてきていた時点で、普通の道を歩んでいないのは予想出来ていた事だが、いざ当人の口からそれを聞いてしまうと、なあ……」
「それでも?」
一瞬青柳の言葉の意味を見失ったが、すぐに理解した。
「ははは、それでもあいつは俺の家族、俺の娘だよ。当たり前じゃないか。だからこそ俺自身が色眼鏡で見る事をやめる事にした。少なからず同情の目で見ている事をやめる事にした。そして俺の娘ならば、そんな非行に走ったあいつを心から叱るのは当然だ」
「……すっかり父親の表情になっていますね」
恥ずかしながら、ここで初めて自分から見た彼女達という構図ではなく、他人から見た私と彼女達の関係という構図を意識した。そうか、私は十五年の時を超えて、また父親をしているのだなと、認識した。
「私の判断はサイキさんから話をうかがった後にさせていただきます」
時刻は昼の二時半を回り、食堂にいた私の元に、残りの二人が血相を変えてやってきた。
「病院直行って何かあったの? サイキが部屋を移ったのに関係あるの? まさか悪化したんじゃないでしょうね!?」
「まあまあ落ち着きなさい。サイキは順調に回復中だよ。ただ、あいつの隠し事に問題があってな、俺から言うのでは意味がないんだよ。お前達が直接本人の口から聞かないと。だから呼んだという訳だ。焦らせてすまんな」
「……なあんだ」
強張った表情から一気に力が抜ける二人。頭に血が上っていたとはいえ、もう少し説明しておけばよかったな。
「もう、脅かさないでよ! おかげであれから授業が手につかなかったんだから。点数下がったら工藤さんのせいですからね」
「それは人のせいにするなよ。ところでナオ、体は平気か?」
私の問に少し体を動かすナオ。
「うーん、若干筋肉痛に似た痛みはあるけれど、問題ないわよ。ただ既にリタには頼んだんだけど、念の為に今日と明日はカフェの手伝いをお休みします」
という事で病室へ移動。二人にも一応病室の番号を覚えさせた。
部屋に入ると早速リタが一言軽いジャブを利かせる。
「カフェがあるので手短にするです」
サイキの性格を熟知しているからこそだろうが、後でその表情が歪む事は想像に容易い。
まずはサイキの回復力についての話。内容は二度目なので省略するが、結論から言えば不明という事で、ナオもリタも難しい表情で固まってしまう。
「そうだ、さっき青柳と話していたんだが、サイキもナオも体に傷がないよな。特にサイキは傷だらけになっていてもおかしくないのに」
「傷はよほど深く抉られたり、サイキの足みたいに欠損でもしない限りは消せるし、隠す事も出来るのよ。中には勲章として残す人もいるけれど、私達のような若い女の子は皆消すわね。私も隠しているだけで、本当は一番槍に相応の傷はあるのよ?」
「ああそうだったな、何よりも一番に突っ込んでいくんだから危険性も一番だろうし。傷の有無だけで評価するのは浅はかだな。すまん」
「ふふっ、工藤さんまで素直になっているわね」
次に先ほどとは話の順序を入れ替え、先にサイキの代替内臓器官と骨の移植交換について話をさせる。
「……おねえちゃん無理し過ぎ!」
エリスさん激怒である。そしてすぐさまリタのほうを向き頭を下げる。
「おねえちゃんの事、おねがいします」
この切り替えにはリタも驚いていたし、我々も驚いた。これは確実に私よりも精神年齢が上だな。
「兵士用の強化型代替内臓器官というのは聞いた事はあるです。でも残念ですが、今リタがサイキをどうにかは出来ないです。リタには医療知識はないから、下手に触るとサイキを傷付けてしまうです。やっぱり一度、リタとサイキとで戻る必要があるです」
「すると私一人か……厳しいわね。リタ、日帰りでどうにかならないか検討してもらえないかしら?」
「その前に、わたしのエネルギー問題が。今エンプティで……」
三人と私とで溜め息を吐く。
「さて最後に、あれを自白してもらうか」
「自白……ですよね。えっと、エリスには……」
「出て行かないよ。妹としておねえちゃんを逃がす訳にはいかないもん」
サイキの言葉を遮ったエリス。これは妹というよりも保護者と言うべきだな。さすがに苦笑しているサイキだが、当のエリスは本気である。
「それじゃあ、えっと……私の追加装備は、全部盗んだものです」
その後は自身の犯した犯罪行為の自白を淡々と並べる。先ほどは娘さんを捕まえ人質にしたという話だったが、よく聞けば誘拐である。それ以外にも窃盗や傷害などなど。まあ出るわ出るわ大量の犯罪歴。
「隠していてすみませんでした。自分を少しでも良く見せたくて、つい……」
「おねえちゃんのクズ」「最低ね」「見損なったです」
何を言われようとも一切の反論が出来なくなっているサイキ。犯罪者由来の長月荘住人には渡辺という大先輩がいる訳だが、中身はあいつ以上だろうな。
「サイキさん、両手を前に出して下さい」
「手ですか? 何ですか?」
と、青柳に言われて従うサイキ。青柳が取り出したのは本物の手錠だ。そしてあっさりとそれをサイキの手首に掛ける。
「え!?」
驚く我々をよそに、まだベッドから立ち上がれないのをいい事に、サイキを逮捕する青柳。今更ながら青柳は刑事なので、このような事が出来るのだ。
「署まで連行します」
「……はい」
青柳なりの反省のさせ方なのだろうが、氷のように冷たい青柳の声色に、サイキは嫌とも言わずにただうつむくのみ。
「青柳さん、それはちょっとやり過ぎじゃ……」「連れて行ってください!」
ナオの静止にエリスが割り込んだ。これは本気でエリスを怒らせてしまっている。そしてその一言に最早憔悴しきった表情のサイキはうな垂れるばかり。
「サイキさん、手錠は冷たいですか?」
「はい」
「手錠は重いですか?」
「……はい」
「ならばこの感覚を忘れないでいて下さい。これがあなたが誰かへと向けた心の温度です。あなたが犯した罪の重さです」
開錠し手錠を外す青柳。手を下ろし、謝るサイキは今にも泣きそうだ。
「おねえちゃん、泣いて済むなら警察はいらないんだからね!」
エリスはリタ以上に怒らせてはいけない人物のようだ。特にサイキには効果覿面であり、泣かないという覚悟がなければ、間違いなく妹に醜態を晒していただろう。
しかしさすがにこれ以上は可哀想になってきたので、話を切ろう。
「分かっているとは思うが、俺達こちら側の世界の人間は、お前達には本当に感謝している。だからこそ余計にお前達の一挙手一投足に注視する。少し前までは隠す事に心血を注いでいたがな、今は見られているという事を意識して行動するように」
「はい」
三人声が揃い、とりあえず話は終了。リタは早々にカフェへと飛んで行った。
「私も引き上げます。帰るならば長月荘まで送りますが、どうしますか?」
「私は帰ります。復習もしたいからね。留守番しておきますから工藤さんとエリスはもう少しサイキを叱っておいてね。ふふっ」
という事で私とエリスはもう少しこちらにいる事にする。
エリスはサイキに付いて過去の事を洗いざらい話せと脅している。可愛い表現ではなく本当に脅迫しているのが逆に面白い。サイキはたじたじで、仕方なく過去の事から一つずつ話している。内容は私の知るものばかりだな。
「……おねえちゃんが大変だったのは分かったけど、でももう無理はしちゃダメだよ。もしもぼくが独りになるような事があったら、おねえちゃんを一生許さないからね」
見た目と声は可愛いのに、その口調と内容は真剣そのもの。
途中、担当の佐々木医師が来たので話をうかがったのだが、経過は至って順調。週末にも退院出来そうだという。さすがにすぐ市外に遊ぶに行くのは無理だろうから、今週末は大人しくしていてもらおうかな。
予想以上に帰りが遅くなったので一旦カフェに寄り、リタを拾って帰宅。
「ただいまー」
「あ、おかえりなさい。リタも一緒だったのね」
さて夕飯の準備でも、と思ったらエリスから言いたい事があるらしい。
「あの、おねえちゃんが色々ご迷惑をおかけしました。妹として、もう無理をしないようにさせます。すみませんでした」
頭を下げるエリスに対して驚きと感心の我々。ただし少し不安でもある。
「ははは、分かったよ。でもなエリス、お前さんが無理をしちゃ元も子もないんだよ? 昨日も言ったけれど、今みたいなエリスを見ていると、無理をしているように見えて逆に不安なんだよ。だからエリスは無理に俺達に合わせようとなんて、しなくてもいいんだからね」
「……うん」
理解はしてくれた様子。しかし頑固者エリスはどれほど無理をしないようになってくれるのだろうか。
食事を終え数時間、今日もエリスはリタと寝るようだ。私は少しナオに待ってもらった。
「ナオよ、一つ聞きたいんだけどな、リタもエリスもあの年齢でしっかりし過ぎじゃないか?」
「うーん、どうかしらね。ほら、私達の世界は常に命の危険がある訳じゃない? ならば精神的に早熟してもおかしくはないと思うわよ? ただ、私自身がどういう子供だったかは、記憶にないので聞かれても答えられないわ」
最後の一言に寂しそうな顔をしたナオ。自分の過去の記憶がないというのはどれほど不安があるのかなあ。
「ちなみに工藤さんの子供時代はどんなだったの?」
「俺か……五十年も前の話だからなあ。一言で言えば残念な子だったな。俺が片親なのは知っているよな?」
「ええ、フラックの時に青柳さんとの会話を盗み聞きしていましたから」
「それで母は仕事が忙しく、ほとんど祖父母に育てられたんだが、まあ色々と悪さをしたものだよ。隣の家の犬に眉毛描いたり、成ってる柿を盗ったり、ガラス割ったり」
「あはははは、工藤さんもサイキの事言えないじゃないの! 悪い子だなあ」
大笑いするナオ。まあ、当時はよくあった平和な光景ではあるのだが。
「ははは、まあそんな感じだな。……お前も早く、記憶を戻せればいいな」
「……そうね。そのためにも今は体調を万全にしないと。それじゃあ寝ますね。おやすみなさい」