高速戦闘編 6
青柳が戻ってきた。時刻は既に夜と言っていい時間。
「戦果報告ですが、まずは人的被害から。死者ゼロ、重体が二名、重傷が四名、軽傷三十一名でした。重体の二名は近所の工事現場にいて、出現時の突風で資材の下敷きになったものであり、敵の攻撃とは無関係です。状態は……芳しくないようです。ICUでサイキさんの横にいた二名の方がそうなのですが、今は会わないのが得策かと」
「あの風はどうしようもないからな。お前達が責任を感じる事はないぞ」
無言で頷く三人。やはり落ち込んだ表情になる。
「軽傷者が多いのは、ナオさんの張った防壁以上に衝撃波が広かったのが主な原因ですね。被害箇所を分布図にしたら、ドーナツ状になると思われます。しかしあの防壁がなければ、間違いなく三桁単位で死傷者が出ていたでしょう。この数で済んだのはナオさんの頑張りのおかげですよ」
「……あれ以上防壁のサイズは大きく出来ないから、仕方がない、のかな。満足ではないけれど、納得しておきます」
それでも表情が明るくなる事はない。被害件数の多さは、即ち彼女達の苦悩苦痛へと直結してしまう。
「物的被害ですが、軽傷者とおおよそ同じような範囲での損害となります。ただし今回はガラスだけではなく、外壁や看板などへの損傷もあり、額に換算すると恐ろしい事になりそうですね。国の補償がなければマスコミに大問題にされていましたよ」
「青柳、場面を考えろよ」
「……これは失礼」
先ほどの感情をまだ引き摺っていたようで、少し叱り口調になってしまった。青柳はよく動いてくれているのだから、むしろ強く感謝をしているのだ。
「私はこれで帰りますが、工藤さんはどうしますか?」
「うーん、今回は引き止めてもくれなさそうだし、俺も帰るかな。リタとエリスはどうする? ベッドは一つ空いているし、多分宿泊用のも用意してくれるけど」
「リタは明日学園があるので帰るですよ。付き添いで休むだなんてしたくないです」
「ぼくも帰ろうかな。もしも侵略者が来たら、リタに守ってもらえるし」
一見して利己的に見えるエリスの答えだが、今戦えない二人の傍にいるのは得策ではないという事は分かっているようだ。
「そっちの二人は異存ないかな?」
「ええ、構わないわ」「エリスに任せます」
「よし、それじゃあ小さいの二人は今日は帰ろう。青柳、送ってもらえるかな?」
「そのつもりですよ。ついでに晩御飯を期待します」
言葉の上では結構ひょうきんなのだがなあ。帰り際、丁度廊下で佐々木医師に出会った。
「すみませんが二人は、特にサイキは何でも一人で抱え込んで無理をする。しかも本人はそれに気が付いていない節がある。もしもの時には止めてやって下さい。お忙しい所で無理なお願いだとは思いますが、よろしくお願いします」
「患者を守るのが医師の務めですから。お任せ下さい」
何とも心強い言葉。
帰宅後、早速食事の支度。時刻は既に夜の七時半を回っているので、手短に済むものにしよう。冷ご飯があったので醤油ベースの海鮮チャーハンにした。
「適当に作っても美味しいのは少しずるいです」
「ははは、ずるいって何だよ。それを言ったら俺達からしたらお前達の装備はずるいぞ。背骨折れて一日掛からずに歩けるようになるとか、死に掛けたはずなのに一週間で退院出来そうだとか、ずるいにもほどがある」
「全くですね。装備はずるい。そしてそんなずるい装備を作った張本人は一体何処の誰でしたっけ」
私と青柳の言いたい事を察してか、照れた笑顔を見せるリタ。
「あ、サイキに回復力の事を聞くの忘れてたです」
そして少し忘れっぽい。
青柳が帰り、色々とあったので二人も疲れているだろうから早めに寝かせる。
「エリス、一緒に寝るですよ」
「うん、いいよ」
どちらがどちらに気を使っているのやら。エリスにはもっと子供らしくしろと叱ってしまったが、子供らしくないのがエリスの普通なのかもしれないな。
翌朝、朝食前に青柳が来た。私とエリスが病院に行くだろうと予想しての事だった。
「リタ、先に職員室に寄って、孝子先生と今回の事をどう処理するか決めておけ。口裏合わせって奴だな」
「了解です。それとリタからも。時間的にリタは今日は病院に行けないですが、昨日指摘したサイキの隠し事を聞き出しておいて下さいです。それ次第ではリタの開発指針にも影響が出る可能性があるです。それともう一つ、もうナオは完治しているはずです。ナオが望めば今日からの登校の許可をしてほしいです」
「ああ分かったよ。それじゃあ車には気を付けてな」
リタを送り出し、こちらも病院へ。
念の為ノックし病室に入ると、丁度佐々木医師が診察中。そして服を捲り上げているサイキのお腹が丸見え。さっさと入っていったエリスを残し、私と青柳は怒られる前に一旦部屋を出た。
「……綺麗なお腹でしたね」
「聞かれたら怒られるぞ」
「いえ、そうではなく、傷一つなかったという意味です。仮にも兵士ですし、人体改造等という事をしているのであれば、傷があってもいいのではないかと」
「あー、そう言われれば。やっぱりあいつまだ何か隠しているな」
数分で佐々木医師が部屋の中から「どうぞ」と声を掛けてきた。部屋に入るとサイキはどうにか体を起せる状態であり、ナオはベッドに腰掛けた状態だった。
「まずナオさんですが、骨に異常は見られなくなりましたので、退院して構いません。ただし肉体的な疲労はまだ抜けていないので、数日は過度な運動は控えるようにして下さい。サイキさんも異様とも言える回復速度ではありますが、まだ数日から一週間は安静にしてもらいます」
私への報告を終わり部屋を出て行く佐々木医師。とりあえずは一安心。
「ナオ、リタからお前さんの登校許可を出してくれと言われているんだが、判断はお前に任せる。どうする?」
「うーん……ご迷惑じゃないかしら?」
と言うので青柳を見る。
「構いませんよ。長月荘に一旦寄って勉強道具を持ってから学園ですね」
「すみません、お願いします」
随分としおらしくなったじゃないか。どうしたんだろう。
「工藤さんに叱られて一晩頭を冷やしたのよ。少し調子に乗っていた事は認めざるを得ませんからね。鍛錬に関しては思う所があるので、少し待ていてもらえるかしら?」
「ナオがそう言うんだ、考えがあるんだろ。信じるよ」
「ありがとうございます」
どうやら私の八つ当たりの一撃は、本当に強く効いているようだ。
「じゃあ退院手続きしてくるから、少し待ってなさい」
何故か私まで調子が狂ってしまっている気がする。
さて退院手続きで気になるのは金額だが、なんと国のツケになっていた。そういえば昨日渡辺に電話していたから、気を回してくれたのかもしれない。という事でお礼の電話。
「俺じゃないぞ? 公共料金無料化の中に含まれていたのかもな。ちょっと聞いてみるよ。すぐ掛け直すからそこで待っていてくれ」
そして数分で折り返し連絡。やはり長月荘だけではなく、彼女達に関する今回のような事すらも、国に請求が行くようになっていた。これは本当に助かる。
病室に戻り、ナオを退院させる。
「サイキ、一人になるからって寂しがらないでよね?」
「誰が! ふふっ、退院おめでとう」
「ありがとう。あなたも早く治してね」
ナオは青柳の車で帰宅の途に就く。最近はずっと青柳を足代わりに使っているなあ。そのうちしっかりと感謝を伝えなければ。