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別世界からの下宿人  作者: 塩谷歩
高速戦闘編
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高速戦闘編 5

 「えーっと、そろそろよろしいでしょうか? 私としても、どういう状況でこうなったのかを知っておかなければいけませんので、お話願えますか?」

 「ああそれならちょっと待ってて下さい。青柳も呼ばないと」

 駐車場に探しに行く。やはりいつもの黒いセダンがあり、車内に青柳を発見。窓をノックし、サイキが戻ってきて、これから話をする事を伝える。

 「分かりました。すぐに行きます」

 病室に戻ると青柳はすぐにサイキに声をかけた。

 「二度とこのような無茶はしないで下さい」

 いつも我々と接する時の声色とは全く違う、かなりの威圧感をかもし出している。その迫力に怯んでいるサイキ。いい薬になっただろうな。そしてそのまま私にも顔を向けた。それだけで私にもいい薬になった。


 「さてと、まずは何から聞こうか……と言ってもサイキからだな。佐々木先生にも分かるように掻い摘んで説明すると、こいつの特殊装備で、生身の人間じゃまず耐えられない、とんでもない急加速をしたせいでこうなった、という事です」

 「急加速……なるほど。血管が潰れて出血を起こしていたり、全身に満遍なく大ダメージを負っていたのはそういう事でしたか」

 さらっと聞き流しそうになったが、今の言葉で、見た目以上に本当に命の危機にあったのだと実感してしまった。本当によく生還したものだ。

 「本人の体内、骨や臓器にも手が入っているらしく、本来ならば耐えられる計算だったんですけどね。レントゲン等でおかしな事になったのは、体を改造してあるせいです」

 佐々木医師は難しい顔をして考え込んでしまった。まあ突然にこんな事を聞かされればそうなるのが当然か。

 「でもサーカスは一旦リタが没収して、サイキ専用に改良したはずじゃなかったか?」

 「それは……リタのミスです。リタのせいです」

 うつむきまた泣きそうになっているリタ。

 「ううん、リタが悪いんじゃなくて、今回はわたし一人の失敗です。今まではサーカス使用時はリンクを切って使っていたんだけど、今回は久しぶりだったからそれを忘れてしまって、リンカーで強化された状態……というか、全速全開になってしまいました。なのでわたしの体でも持たなくて、こうなりました。ご心配とご迷惑をおかけしてごめんなさい」

 「じゃあ使い方を誤らなければ大丈夫だったという訳だな?」

 「はい、そうです。だからリタには何の落ち度もないよ」

 「……それでも、そんな単純な欠点に気付けなかったリタにも責任はあるです。だからもう一度改良するです。もっと負担を減らせるようにするです。サイキにも、エリスにも、工藤さんにも約束するです。もうこんな事には、絶対にさせないです」

 どうやらリタの技術者魂に火が付いたようだ。


 「うーん、専門用語は分かりませんが、普段一般市民である私達が耳にする事よりも、更に上を行っているんですね。あの驚異的な回復速度も特殊な装備や人体改造の結果ですか?」

 そこは私には分からないので、リタに説明を頼む。

 「確かに身体を高速で回復させる機能が入っているです。治癒というよりは修理修復に近いので、きっと自然治癒に任せたらナオはもう歩けないはずですが、既に骨のひびは治って、折れた部分も繋がりかけていて、もう少しすれば立てるようになるはずですよ。でもサイキの回復速度はそれの計算上のスペックを上回っているです。リタ達にとっても普通じゃないという事です」

 「……もしもそれが普及すれば、一体どれほどの命が救われるんでしょうね」

 難しい表情のままの佐々木医師。一方リタは小さく溜め息を吐いた。

 「言いたい事は分かるですが、技術提供は出来ないですよ。そもそもこちらの世界での技術では到底不可能な事をやっているので、段階を踏まずにいきなりというのは無理な話です。それに、言い方は悪いですが、犠牲なくして技術の進歩は有り得ないです」

 「そう、ですね。ははは、この歳になって新人の頃を思い出すとは。うーん、皆さんを私達の尺度で測るのは愚行だというのはよく分かりました。必要な検査があればそちらからも申し出ていただければと思います」

 頭を一つ下げ、病室から出て行く佐々木医師。


 「愚行……ね」

 「ご不満でも?」

 溜め息を吐いたナオの口調は、いかにも不満そうなのである。

 「私達の存在って、そこまで相手を卑下させてしまうものなのかなってね」

 見ると、ナオだけではなく、サイキもリタも悔しげだ。

 「つよーい! すごーい! かっこいいー! なんて言われているけれど」

 大袈裟な身振り手振りをしてみせるナオだが、少し体が痛そうだ。

 「でもね、中身の私達は皆と同じか、肝心の戦闘技術においては低劣ですらある。何て言うかな。皆、私達に夢を見過ぎている気がするのよ。それが重荷になってきている気がするのよ……」

 ナオの本心が見えた。そして二人も同じだろう。私は今まで、彼女達を普通の子供、普通の女子中学生として扱ってもらえるようにと努力をしてきたつもりだが、例えそれでもヒーローとして認識される限りは、人の目は彼女達を特別視してしまうのだ。

 「ならばいっそ負けてみては?」

 青柳の大胆な提案。さすがに皆驚く。

 「え!? いや、さすがにそれは駄目よ。私達が負けたら世界が終わっちゃうわよ」

 「いえ、侵略者にではなく、例えばサイキさんならば剣道で同年代の子に負けるとか、スポーツとして負けるという事です。普通の子供として、かつ皆さんの専門分野で負ければ、少しは周囲も色眼鏡で見る事を止めるかもしれませんよ」

 青柳の言う事も一理あるが、しかし大丈夫なのだろうか。


 「ねえナオ、リタ。わたしが美鈴さんに負けた後、周りの人達の反応はどうだった?」

 「それは――皆”なーんだ”って言ってたわね。でもそれを街でやろうっていうの? イルミネーションの時以上に賭けになるわよ」

 何故かとばっちりで私の心が痛む。

 「思い付きじゃなくてちゃんと計画してやれば大丈夫じゃないかな」

 「確かにあの時は酷く短絡的だったけれど、同じ過ちを犯しかねないわ」

 気付いているのかいないのか、私の心がどんどん抉られる。

 「もしも失敗したとしても、あそこまで酷い事にはならないと思うですよ」

 「でもそれが原因でまたマスコミに騒がれたらどうするのよ」

 三発目の大当たり。というか、チラっとナオがこちらに目線を泳がせた。

 「お前達、わざとやってるだろ」

 「あ、バレた?」「からかっただけです」「何が?」

 サイキは天然か。そして二人は狙ってやったと。確かにあれは私の失策ではあるが、そこまで言われる筋合いはない。というか最近、ナオは露骨に私を弄り始めている。それを思い出し、余計に機嫌が悪くなる私。

 「……いい加減にしないと怒るぞ」

 「あの時のナオみたいにですか?」

 「私達代用品に? ……あ、ごめんなさい。これはホントごめんなさい」

 急いで謝るナオだが、もう遅い。私の顔色は恐らく、赤鬼も真っ青なほどに赤いだろう。


 「お前らいい加減にしろ!」

 私の一言に怯みうろたえる一同。今回の事だけではない、この際散々溜まった鬱憤を大人気なくぶちまけてやろうではないか。

 「まずはサイキ! お前もっと自分を省みろ! 何でもかんでも重責を背負いまくりやがって。自分で出来る事以上に全部背負ってるじゃねーか。他人に擦り付けるくらいの事はしてみせろ! じゃないと世界もエリスも、自分すらも守れないぞ!」

 「ご、ごめんなさい」

 「次にナオ! お前性格悪くなったな。テストの点数がいいからって調子に乗ってるんじゃないのか? そんな言動続けて、周りから人がいなくってもしらないぞ! 大体なお前天狗になってる暇があったら強くなる努力しろよ! お前が鍛錬してる所なんてただの一度も見た事ないんだが?」

 「うっ……痛い所を」

 「それからリタ! お前また戦闘で突っ走ろうとしやがっただろ。何度言ったら分かるんだ? 犬より覚えるのが遅いんじゃないのか? そんな事だから重要な場面も任せられないし一人でどうにかしろって言っても二人から異論が出るんじゃないか! 実力はもう充分あるんだから普段のように冷静になって戦闘しろ!」

 「うぐぅ……」

 一気に捲くし立てる私に三人とも何も言えなくなっている。しかし私の腹の虫は治まらない。

 「そしてエリスもだ!」

 「ぼ、ぼくも!?」

 「お前なあ、歳相応に振舞えないのか? 人に心配をかけさせまいと平静を装っている気なんだろうが、傍から見たら無理してるのがバレバレなんだよ! おかげで逆に、余計に心配するっての! 子供らしく笑って子供らしく泣け!」

 「は、はい!」

 「ついでに青柳!」

 「え、私もですか」

 「お前いつもいつも表情がなさ過ぎるんだよ! せっかくいい笑顔で笑えるのに感情が表に出ないせいで損してるんだよ! ただでさえ怖い顔してるんだからもっと表情筋鍛えろ! そんな仏頂面だからエリスにも散々怖がられるんだよ!」

 「流れ弾が痛い……」

 「最後に俺自身だ。もう何度失敗してるんだよ本当! いっそ子供達に全部任せるほうがまだいいんじゃないのか? こんなんだからナオにも馬鹿にされるんだよ、全く! ああ畜生もう腹の虫が治まらん! 少し出てくる!」

 八つ当たり状態である事は分かっている。しかし一介の下宿屋主人もたまには鬱憤を晴らしたいのだ。


 風に当たるついでに病院正面のコンビニへ。特に買うものもないのだが、雑誌を立ち読みし十分ほど。そろそろ熱も冷めたのでエリス用にキャンディを買って帰るか。

 病室に戻るとサイキ姉妹のみになっていた。

 「ナオはレントゲン、青柳さんはまた車、リタは……何処に行ったんだろ? 多分すぐ戻ってくると思います」

 「そうか。まあリタの事だから心配はいらないだろう。ほれ、エリスにお土産」

 先ほど怒鳴った事で私を警戒したのか、少し躊躇していた。いきなり怒鳴られたらそうなって当然か。少ししてナオとリタが揃って帰ってきた。というかナオはもう普通に歩いている。

 「背骨の修復を確認したわ。一応明日まで様子を見るけれど、もう日常生活は問題なしよ。それでも少し痛みは残っているけれどね」

 「リタは見える範囲で医療機器を見学していたです。新しい発見があればと思っていたですが、一つ以外目新しいものはなかったです」

 「それでも一つは見つけたのか」

 「正確には医療機器ではないですが、リタ達の世界には心療内科というものは存在していないです。そんな余裕もないというか、心に傷を負っていない人は一人もいないのが実情です」

 彼女達の世界の状況を考えれば、仕方のない事か。そして三人で目を合わせて、ナオが代表として口を開いた。

 「あの、すみませんでした。工藤さんが感情に任せて怒鳴っているのは分かったけれど、それでも内容は間違っていなかったわ。確かにサイキは全部抱え込んじゃうし、私は鍛錬を疎かにしているし、リタは未だに暴走気味だし。ついでにエリスは子供っぽくないし青柳さんは笑わないし。でも工藤さんの失敗は、私達を思ってやった結果なのは分かっています。だからこそ今回だって、無事に帰ってくる事を条件にサーカスの使用を許可したんですものね。改めて言わせて下さい。感謝しています」

 ナオが私に対して敬語を使う時は、心からの言葉であると決まっている。

 「いいからお前は寝ておけ」


 ……こんな簡単な手に乗せられてしまうとは、私もまだまだだな。



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