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別世界からの下宿人  作者: 塩谷歩
高速戦闘編
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高速戦闘編 4

 病院に到着すると、エリスの髪の色で察したのか、こちらが何を言う間もなく看護士が案内してくれた。三人部屋の病室に入ると、一番奥に今にも泣き出しそうな暗い表情のリタが座っていた。わざわざ私服に着替えてあり、髪の色を変え、耳を隠してある。

 私が声を掛けるより先にエリスがリタに抱きつく。リタは遂に泣き出した。

 「……二人は?」

 「うっ……んと……ナっ……オは……」

 「ああ分かったよ。今は泣いていなさい」

 これでは埒が明かない。三人部屋ではあるが、隣の二つは空きになっている。偶然か、それとも用意してくれたかは分からないが、こちらとしては助かる。


 しばらくしてストレッチャーに寝かされナオが運ばれてきた。こちらもリタと同じく髪の色を変えてある。そして青柳も一緒に入ってきた。医者は後で来るそうだ。

 「状況は?」

 青柳に聞いたつもりだったのだが、答えたのはナオ自身だった。

 「骨折二箇所、ひびが四箇所。随分とやられちゃったわ。でも心配は無用よ。リタ、手を出して」

 リタは優しくナオの手を握る。どういう事だろうか?

 「前回の更新プログラムの中に、メディカルツール以上の人体修復ツールが入っていたのよ。それをリンカーで繋げば治りも相当早くなるって訳よ。私だと、そうね……明日には退院出来るかしらね」

 「相変わらずお前達の技術は凄いな。……それでも安静にな。青柳、外で話そう。エリスは待っていなさい」


 病室を出てサイキの現状を聞き出す。最悪の状況も覚悟している。

 「サイキさんはICUですが、やはり体内の秘密が多過ぎて手が出せない状況にあります。リタさんの話では……と、本人が来ましたね」

 話の途中でリタが病室から出てきた。涙は止めているが、まだ少ししゃくり返している。

 「サイキですが、身体の八割にダメージを負ってるです。でも、脳の損傷だけは防げているので、後遺症はないと思うです」

 「八割って、相当だな。やっぱり使わせなけりゃ……でもあれを打破するにはあれしか……司令役は難しいな。リタは戻ってエリスの傍に居てやってくれ。あの子もかなり心が擦り減っている」

 私の要請に無言で頷き、病室へと戻るリタ。私と青柳はICUの前へ。さすがに中には入れない。覗こうとしていた私に気が付き、医者が一人やってきた。

 「どうも、担当の佐々木です。現状ですが、不整脈と脳波の乱れ、その他様々な良くない結果が出ていまして、一言で言えば予断を許さない状態です。しかしリタさんから伺った話では、ダメージは大きいものの、そこまで深刻ではないとの事でした。私も勿論皆さんの事は存じていますので、なるべく早く良くなるように尽力させていただきます」

 「よろしくお願いします」

 定年間近かと思われる容姿の佐々木医師。周囲の様子を見るに、かなり地位の高い人のようだ。ICUにはサイキだけだな。さて現代医学を信じるか、リタを信じるか……ともかく、一度病室に戻ろう。


 病室に戻ると、既にナオが体を起して立ち上がろうとしていた。

 「おいおい、いくら治りが早いからって無理はするな。今日と明日は一切の運動を禁止するぞ」

 「ごめんなさい。そうね、今日は大人しくします。……サイキは、どうだった?」

 エリスが気になる。目線を向けると、小さく頷いてきた。この子はまた無理をしようとしている。悟られないようにと、細心の注意を払いながらの無理をだ。全く、歳相応の反応をしてくれないものかな。逆にこちらに心労が溜まるというものだ。

 さてどう言ってやろうか。まあ現状をそのまま報告するしかないか。

 「ICUの中だよ。目を覚ますまではまだ時間が掛かるだろうな。それからここ一週間位は、リタ一人で出てもらう事になる。一番避けたかった事ではあるが、今のリタならば対処出来るだろう」

 「待って。私は明日には治るわ。私も出られるわよ」

 「しかしだな、仮にも骨折をしているんだぞ? そう簡単に戦場に出す訳にはいかない。勿論お前を信用していない訳ではないが、ナオは一週間、過度な運動は控える事」

 「……分かりました」

 私はこの聞き分けの良さに、逆に違和感を感じてしまった。いつもならばもう少し粘るはずだ。やはり何かしら無理をしているのではないか? 私には言えない爆弾を抱えているのではないか? そういう不安が生まれてしまった。


 「飲みものを買ってくるよ。適当でいいな? 青柳もそこにいていいぞ」

 敢えて唐突に席を外す事にした。全員察しのいい奴らなので、私に生まれた不安に気が付くだろうという判断だ。食堂の自販機で飲みものを購入。まあ皆お茶でいいか。そうだ、方々に連絡を入れておかねば。まずは渡辺。

 「……話は分かった。まあ今週は天気が崩れる事はなさそうだから、早く治ってくれる事を祈るよ。工藤さんは大丈夫なのかい?」

 「二度同じ事はしないさ。……二度同じ失敗はしたけどな。だが今回の事は、俺の知りうる情報の限りでは、最善かどうかは置いておくとしても、仕方のない結果だ。それを厳粛に受け止めるだけだよ」

 「はっはっはっ、あんたも成長したな。こちらとしてはせいぜい国を急かす事くらいしか出来ないが、それでも力になってやるよ」

 次は孝子先生だな。

 「……学園での事は全部任せて。皆いつかはこうなる事を予想しているはずだからね。工藤さんこそ大丈夫?」

 「ああ大丈夫だよ。渡辺にも心配をされたけど、そんなに俺は信用がないのか」

 「信用しているからこそでしょ。工藤さんが潰れたらあの子達どうするのよ、っていう事。でもまあ、その感じだと本当に大丈夫そうだね」

 次にはしこちゃん。こちらはあっさりしたもので、特に理由も聞かず私の心配もせずに終わった。

 最後に相良剣道場。これが一番辛いかもしれない。

 「……分かりました。美鈴には言わないでおくべきでしょうね。なるべく早い回復をお祈りしています」

 こんなに大勢に迷惑をかけて、目を覚ましたらサイキを叱ってやらなければいけないな。


 病室に戻る手前の廊下で青柳が歩いてきた。

 「少し席を外します。情報収集しなければいけませんので」

 「ああ、分かったよ」

 そして病室へ。相変わらず暗い顔のリタとエリスに、作り笑顔なのが見え見えのナオ。とりあえずは何の気ない普通の会話で繋げるか。

 「三学期に入って、学園はどうだ?」

 「何も変わらないわよ。あ、でもね、あの松原が改めて謝ってきたわよ。終業式では謝れなかったからってね。変な子ではあるけど、そういう所はちゃんとしているみたいね」

 「ははは、そうか。わだかまりもなくなって良かったじゃないか」

 「そうね。本当に皆私達を支えてくれる。私は、支えて……」

 言葉が詰まるナオ。自ら地雷を踏んだか。

 「……正直に白状します。私の折れた骨は、左腕と、そして背骨」

 「おい、背骨ってお前……」

 私の言葉をナオが遮る。

 「ああでも心配はしないで。明日には元通りに治るのは本当よ? まだ痛みはあるけれど、さっきもちゃんと動けましたから。……それでも背骨ですからね。工藤さんの言う通り、過度な運動は控えます」

 「当然だ。普通背骨が折れれば半身不随だぞ。……ああ、だから戦闘後は痺れて動けなかった訳か」

 私の納得にナオも頷く。全く、とんでもない心配を掛けさせてくれるものだ。しかし本人の証言だけでは足らない。

 「リタ、本当なんだろうな?」

 「本当です。ナオは今晩にも歩けるようになるですよ。リタ達の技術力を甘く見ないでもらいたいです」

 「大きく出たな。しかし今は現代医学よりも、よく分からんお前達の技術を信じよう」


 少しして担当医の佐々木医師が入ってきた。私とリタが呼ばれ、ICUへ。エリスはナオの手を握っていた。

 「正直言いまして、驚きしかありません。既に脳波、脈拍共に正常値に戻っています。これだけ治りが早いと、まるで早送りをしているかのような感覚に陥ります」

 私とリタは普段入れないICUの中に通された。寝ているサイキの横には、先ほどにはいなかった二名が治療を受けている。サイキはまだ意識は回復しておらず、幾つかの機材に繋がれている。しかし見た限りでは苦しそうな表情ではないし、うなされている様子もない。リタにサイキの体を再度スキャンしてもらったのだが、難しい顔で考え始めてしまった。

 「……リタの予想よりも早い回復速度です。工藤さん、サイキはまだ何か隠しているかもしれないです。大体、普通に考えれば一介の兵士であるはずのサイキが、ブースターやサーカスを手に入れられるはずも、ましてそれを自力で組み込めるはずもないです。もう一度問い質すべきだと進言するです」

 リタの声は感情のないものだが、表情は明らかに怒っている。病院に来るたびにサイキの新たな秘密が判明している気がするなあ。ともかく、秘密はないと言ったサイキに、リタがまだ何か隠していると言ったのだ。これはしっかりと掘り返さなければ。

 「サイキはこれ以上悪くなる事はないはずなので、普通の病室に移しても大丈夫です。多分一時間もしないうちに目も覚めると思うです。……ただ、リタはお医者さんではないので、確実な事は言えないですけど」

 「そうですか。うーん、もう少しこちらで様子を見て、目が覚めたらそちらの病室へ移しますね」


 病室に戻るとやはりエリスが泣いていた。困り顔のナオ。

 「えっと……どうしよう?」

 そういう時は頭を撫でるに限る……のは私だけだろうか。ともかく、温かみを感じさせれば安心するというものだ。するとエリスは私に強く抱きついてきて、泣き顔のままぽつりぽつりと言葉を発する。

 「ぼく、一人になるの? やだ……一人はやだ……」

 ようやく歳相応になった気がして、泣いているその姿とは裏腹に、安心させるはずの私のほうが少し安心してしまった。しかし、かなり強く抱きついてきていて、少し痛いほどだ。どれだけ力を入れているんだか。

 「あと少しすればこっちに移って来るから。そうすればもう大丈夫だよ。エリスが一人になる事はないよ」

 頷きもせずただ小さく泣くエリス。これは口で言っても無駄、サイキが来るのを待つしかないな。


 リタは一時間と見積もっていたが、実際はそれよりも早く、四十分程でサイキが運ばれてきた。ICUの中では赤髪だったが、院内では茶髪に変えたようだ。恐らくは自分達が病院内にいる事で、他の皆に不安感を与えないようにという配慮だろう。早速エリスが抱きつこうとするが、リタが急ぎ腕を掴み制止した。

 「ごめんねエリス。お姉ちゃんまだ体が痛いから、優しくしてね」

 そうだろうな。改めて近くで様子を見ると、体中が発疹のように赤く腫れている。

 「おねえちゃん大丈夫? エリスを一人にしないよね?」

 「うん。もう大丈夫だからね」

 色々と聞きたい事が山積しているのだが、まずは姉妹だけにして様子をうかがう事にしよう。

 「心配かけてごめんね」

 「ううん、ぼくは大丈夫。ぼくこそ心配かけてごめんなさい」

 ……まあ予想通りではあるのだが、二人して謝り合戦になっている。暗い雰囲気ではあったのだが、それを見ていた我々三人は笑ってしまう。おかげで少しは気持ちが楽になった。



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