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別世界からの下宿人  作者: 塩谷歩
高速戦闘編
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高速戦闘編 3

 「来ました。相手は中型が一体のみ……この反応、まずい! すぐ行きます!」

 普段とは違う、明らかに焦りの表情で飛び出して行く三人。外は雪がちらついているが日は出ている。つまり日光の有無に関わらず、雨や雪が降っているという事だけが侵略者出現の鍵になっているようだ。すぐにいつもの面子に接続、状況を聞き出す。

 「場所はほぼ中央。相手は中型の白! リタはなるべく遠距離から狙って、ナオは槍が届く範囲に入ったらすぐ投げて!」

 ナオではなくサイキが捲くし立てるような早口で指示を出した。それだけ逼迫した状況であるという事だな。

 「……白か。まさか街のど真ん中に出てくるとはね。攻撃が一発でも来たら大災害になるわ。青柳さんはとにかくあいつの周囲一キロを封鎖! それから皆をなるべく固い建物に避難させて! 時間ないよ!」

 ナオも怒鳴るような口調で青柳に指示を飛ばす。青柳側から聞こえる喧騒から察するに、警察も大慌てという事だな。


 「リタ、狙撃可能距離に到達です。……撃ちます!」

 早速リタが一撃目を発射。超長距離から放たれた弾丸は、無風を味方に一直線に白い侵略者へと飛んでいく。しかしあと少しという所で予想外の事が発生。弾丸が逸れたのだ。相手が避けたのではなく、弾丸の軌道が曲がった。

 「どういう……もう一発!」

 すぐさま二発目が発射されるが、やはり着弾直前で弾道が不自然に曲がる。

 「リタ動かないでよ! そこからどんどん撃って!」

 ナオの指示により、一瞬近付こうとしたリタは静止し、再度狙い撃つ。

 「……んああっ! 何で当たらない! 何で!」

 リタのイライラは頂点に達しているようで、冷静な判断力に欠けている。それでも指示を守り、自分勝手に突っ込もうとはしない辺り、成長のあとがよく見える。


 「まずいまずいまずい! 攻撃来るよ!」

 白い人型の影をした侵略者がゆっくりと手を広げた。ナオは投擲を中止し、敵の下に潜り込み出来る限りの大きさで防壁を展開した。目線映像でのエネルギー残量は全く減っておらず、かなりの広さで防壁を張っているものの、エネルギー切れで広範囲に大損害という最悪の展開だけは避けられそうだ。

 「来るっ!」

 白い侵略者の周囲にこれまた白い柱が三本現れ、それが回転し始めた。すると大きな音と共に特大の衝撃波が発生。ナオの指示した周囲一キロという閉鎖範囲は冗談でもなんでもなく、本当にその範囲に衝撃波が走っている。その衝撃波の一端が長月荘の窓ガラスをも強く揺さぶる。しかも一発ではなく何発も続けざまに衝撃波が撃たれ、ナオは抑えるのでやっとの状態だ。

 「くっ……んーっ……誰かっ……頼むっ……んあああああっ!!」

 ナオの悲痛な叫び。しかしリタの弾丸は軌道を曲げられてしまい、サイキはエネルギーがまだ少なく、そもそも近接攻撃専門なので近付く事すら出来ないでいる。万事休すか。


 「工藤さん、あれの、サーカスの使用を許可して下さい! この状況を打破出来るのは、あれしかない!」

 「サーカスは駄目です! リタが当てるです! だから……」

 「待てない! もうナオも持たない! お願いしますっ!」

 サーカス、超光速航行装置。本来は大型艦船用の装置を、サイキは死ぬ気で装備していた。そして今もそれは装備されたまま。一度リタの手が加わり、サイキ用に少しは改良されているはずだが、それでもとてつもない負荷が掛かるのは明白だ。フラックは精神的に崩壊する危険性をはらんでいるが、サーカスは物理的に身体が崩壊する危険性がある。

 私にまた最悪の二択を迫るのか。悩む時間などないが……ふと、エリスが私の手を握ってきた。そして私を強く見つめる。ならば……。

 「サイキ、条件を出す。絶対に無事に帰って来い。エリスを泣かせるな。出来るよな?」

 「はいっ!」

 間髪入れぬサイキの返事。そして私は三人の生還を賭けた引き金を引く。

 「よし、サイキのサーカスの使用を許可する」

 この賭けには、一切の負けなど許されない。


 「リタ逃げて!」

 サイキの指示によりリタが急いでサイキから離れる。それほどまでに周囲に影響が出るのか? しかし私の疑問はすぐさま判明する。

 「サーカス起動。絶対に帰ります!」

 サイキは月下美人と名付けられた大型の剣を携え、構えに入る。


 ……一瞬だった。文字通りの一瞬。先ほどまでは、かなり白い侵略者と距離を置いていたはずのサイキが、あっという間にその反対側まで移動した。リタの目線映像からは白い侵略者が崩壊し収縮、消滅するのが見える。勝った……のだが、あまりの事に私の脳の処理が追いつかない。

 「……中型白の消滅を確認したです。クリア」

 リタの淡々とした戦闘終了報告を聞いてもまだ私の頭は追いついていない。

 「サイキ!」

 リタの悲鳴にも似た叫びでようやく脳が追いついた。サイキの目線映像は途切れており、ナオもビルの屋上で動けなくなっている。そしてサイキが墜落していくのが微かに見える。

 「サイキはどうなった!? ナオは無事か!?」

 「……私は、どうにか、大丈夫……じゃないかも。戦闘継続、不可能です」

 「おいおいおいおい! 死ぬんじゃないぞ!?」

 「命に別状はないから、そこだけは安心しても、いいわよ。でも……うん、動けない」

 サイキは状況不明。ナオは痛みが走っているのか、時折言葉が止まってしまう。無事なのはリタだけか。最悪の展開だ。

 「青柳はナオの回収を頼む! リタはサイキを回収、そのまま病院に連れて行け!」

 「了解、です。……リタのせい、ですか?」

 「……今は何も考えるな」

 今にも泣き出しそうなリタの声。倒れているサイキを見つけたリタだが、すぐさま映像を遮断した。しかし私の目には確実に、サイキの髪の色とは違う、赤いものが見えていた。横を見ると、エリスが泣きそうになっている。恐らくは私も泣きそうだ。


 「サイキさんもナオさんも市立病院に運びます。ここからだとそのほうが近い。無線を聞いている車両、一台を長月荘へ」

 頭を抱えながら淡々と時が過ぎるのを待つ。また私はやってしまったのだな。しかも状況は明らかに前回以上に悪い。しかしそんな私を見て、あろう事かエリスが励ましてきた。

 「工藤さん、自分が悪いとは思わないでください。そんな事思ったら、おねえちゃんたちが悲しむと思うから」

 こんな子供が、こんな事を言ってのけるとは。一瞬自分の耳を疑ったが、確かにそれはエリスの口から発せられた、渾身の言葉だった。

 ……あの時とは違い、今はエリスを守らなくてはいけないのだ。後悔をしている暇などないのだ。そう言い聞かせ自分を奮い立たせる。事実、エリスがいるおかげで私は一人ではない。例えそれがどんなに小さな存在であろうとも、これほど心強い事はないのだ。

 「大丈夫だ。もう俺は目の前の事実からは逃げない。あの時にそう決めたんだ。エリスこそ無理をするんじゃないぞ。お前みたいな年齢の子供に、そんな言葉が吐けるはずがないからな」

 「……っ……っうわあぁあん」

 やはり堪えていたか。感情と涙が溢れ出し、大きく泣くエリス。私は強く抱きしめてやる。何度も大丈夫だと、エリスにも私自身にも言い聞かせながら。

 数分でパトカーが一台やってきた。いつもの三宅ではなく、別の人だった。挨拶もそこそこにサイレンを鳴らし緊急走行で病院へと走る。泣いて私から離れないエリスを見て、警官の二人は何も言わずにいてくれた。今はそれが正解だ。



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