疾走戦闘編 16
「おねえちゃん、本当に戦ってるんですね」
パソコン越しではあるが、初めてサイキ達の戦闘を見たエリスは、改めて自分の姉が一人前の兵士である事を自覚したようだ。
「……ぼくにも何か力になれる事はないですか?」
「うーん、リタの分析ではエリスは戦闘向きじゃないからなあ。強いて言えば皆を安心させる事かな」
「……すごく難しいですね」
それでも考えを巡らせる辺りは、本当にしっかりした子なのだなと感心する。
夕飯の準備を開始すると、エリスが様子を見に来た。昨日はそんな余裕などなかったので、改めて料理に興味を示しているのだな。
「料理の手伝いをした事はあるのかい?」
「ううん、おねえちゃんはよく手伝ってたけど、ぼくは全然。今もおねえちゃん料理するんですか?」
「ああ、いつも手伝ってくれているよ」
自分もやりたいと言い出すかと思ったのだが、少し私の手捌きを見て居間へと戻って行った。さてその心境やいかに。
三人が帰ってきて、昨日と同じくエリスはサイキに抱きついた。恐らくは今後毎日この調子が続くんだろうなあ。微笑ましいので文句はないのだが、そのあまりの仲の良さに、若干嫉妬してしまうのだ。恐らくは残りの二人も同じ事を考えているぞ。
「買い物はこれでいいかしら? 一応確認して下さいね」
「うん? どれどれ……ああ、お前達が何を作らせたいのか、一目で分かるな」
カレールウとドライカレーの素が一番目立つように上に乗せてある。まあそうだな、四人目にも食べさせてやるか。ただし今日はもう出来上がっている。昨日とは違い、ナオ曰く質素で素朴な私の夕飯だが、エリスは美味しいと言い、全てのおかずに手を付け、そして綺麗に平らげた。一瞬気を使っているのではと思ったのだが、保護者であるサイキの表情を見るに、本当に好き嫌いのない子なのだろう。
「それじゃあわたし、剣道場に行ってきますね」
「ああ気を付けて……ってエリスは行けないぞ?」
サイキは夜九時半まで相良剣道場で稽古なのだが、エリスは今日はもう離れたくないようであり、くっ付いて離れようとしない。
「せっかく一緒にいられると思ったらまた出かけるんだから、エリスの気持ちも仕方がないわ。でもねエリス、サイキは皆を守れるようになるために稽古に行くんだから、それを邪魔しちゃいけないわよ」
ナオが諭すも、余計にサイキに強く抱きついてしまったぞ。
「……あの、エリスを連れて行くのは駄目ですか?」
何となくそう言うとは思っていた。
「エリスに分かってもらうにはそれが一番だろうが、時間が遅いからなあ。あちらにも迷惑になるかもしれないし」
「今日だけでいいのでお願いします。……それと、空から行きたい」
「うーん、サイキなりに考えがあるんだろうけど、さすがに空からだと青柳や相良家の許可がないと駄目だ」
「許可が降りればいいんですね?」
これは引かない気だな。仕方がない、ここはサイキに一任しよう。数分後答えが出た。
「……今日だけ特別に許可が出ました。それじゃあ行ってきます。エリス、しっかり掴まっていてね」
二人の保護者として、何かがあっては困るので到着までは監視させてもらう事にした。普段の戦闘とは違い、とてもゆっくりと慎重に飛んでいるサイキ。そしてその眼下に広がる菊山市の夜景が綺麗だ。
「……おねえちゃんの背中暖かい。街、綺麗だね」
「うん、そうだね」
背負われているエリスが小さく呟くように話す。サイキも呟くようにそれに答える。
「……ねえエリス、この街の明かり一つ一つに生活があって、人がいて、命がある。そしてお姉ちゃん達は、それを守りたいんだ。そのためにはお姉ちゃん達三人がそれぞれの役割を持って力を合わせなくちゃいけない」
「……うん」
サイキは優しく語りかけ、エリスも静かに耳を傾ける。
「ナオは頭が良くてしっかりしているから、作戦を考える力がある。リタは技術者としてお姉ちゃん達を支えてくれる力がある。でもお姉ちゃんには残念だけど、そういう力はないんだ」
エリスは無言で聞き入っている。サイキはゆっくりと言い聞かせるように話を続ける。
「お姉ちゃんには二人みたいな力はない。だから皆を守るためには強くなるしかない。強くなる努力をしなくちゃいけない。……エリスにはまだ話していなかったけれど、お姉ちゃん、足の先がないんだ」
「……」
エリスが口をつぐんだ。突然の姉の告白に言葉も出ないといった所か。サイキはエリスの反応を待っている。長い間が開き、ようやくエリスが一言発した。
「……そうなの?」
「うん。まだ兵士になって最初の頃にね、強い敵にやられてなくしちゃった。でもお姉ちゃんは努力をしてそれを克服したの。それでもね、今見えている皆を守るためには、まだまだ足りないんだ。お姉ちゃんはまだナオとリタの横には並べていない。だからもっと努力をしなくちゃいけない。そのために美鈴さんの剣道場に通っているんだ。ナオとリタに並び立てるように、そして皆を守れるように」
サイキの声はとても優しく、発する言葉はとても強い。
「だからねエリス。お姉ちゃんがあまりエリスを構ってあげられない事、許してくれないかな。皆を守るために努力をする事、許してくれないかな?」
再度しばしの沈黙。サイキの目線映像ではエリスの表情は見えないが、恐らくは必死に考えているのだろう。
「……約束して」
「ん? 何を?
「皆を守る事を。約束出来るなら許してあげる」
私は二人の会話を聞いている事を後悔している。この約束は、二人だけのものにしておいてやりたかった。私はサイキが答えを出す前にパソコンを閉じた。
「……やっぱり羨ましいです」
「私も。あのサイキがあんな優しい声を出せるんですものね」
いつの間にか私の横で姉妹の会話を聞いていたこちらの二人。
「それに、あの子が私達にそんな感情を抱いているとは思っていなかったわ。視点が違ったのね。私はサイキの強さに並ぼうとしているけれど、サイキから見ると私の方が先を行っていただなんてね」
「リタだって全然追いつけていないはずです。でも、サイキから見ると違ったです」
「互いが互いを支え合い助け合って進んでいる。だからこそ三人は一つのチームとしてやっていけているんだろ? ほら、お前達はお前達で出来る努力を探せよ。サイキに追いつかれるんじゃないぞ」
夜の九時半を回り、サイキから連絡が入った。エリスが眠そうなので、また空から帰るとの事だった。連絡が終わるとナオとリタがやってきた。それぞれ国語と数学のノートを持参。今日は付きっ切りでサイキの面倒を見る気のようだ。これも今出来る努力の一つだと言いたげである。
そしてもう一つ、青柳から電話があった。昼間の戦闘の報告だな。
「負傷者は四名、何れも転倒等による軽傷です。物的被害は相変わらずガラスの破損だけでした。最近は深紅のような大型種も現れていますが、それにしては被害が少なく済んでいますね。街の人も慣れてきているのでしょうかね」
「そうだなあ、例えば「こんな危険な街にいられるか!」っていう人も勿論いる……というか大多数であるはずなんだが、偶然なのか俺の回りではそういう話を聞かないんだよなあ。……ああそうだ、この際だから竹口はじめに連絡を取ろう。SNSの管理人ならば情報発信も出来るだろう」
「孝子先生が言っていた、あれですね。了解しました。以前ならば止めていましたが、もうその必要もありませんからね。ただし内容に関しては一旦こちらでチェックさせていただきます」
「ああ、そう伝えておくよ」