疾走戦闘編 15
「昼飯まだだろ? たまには奢らせろよ」
渡辺の提案で警察署のはす向かいにあるファミレスへ。青柳はやる事があるというので警察署でお留守番。席は四人掛けと二人掛けで、子供達とジジイ二人に分かれる。そういえば髪の色もリタの耳もそのままなのだが、やはり誰も気にも留めていない。
皆一様に今回の映像の話題には触れない。触れても仕方がないというよりも、触れたくないという感じ。そのためか、何処か普通の会話も少しぎこちない。
食後は我々も解散。私はリタにせがまれ、渡辺に頼み車で廃材屋まで送ってもらった。残りの三人はバスに乗り長月荘へ。
リタと共に廃材屋に到着。挨拶もそこそこにリタは場内へ、私は店主と少し話を。
「部品代なんですが、どうやら大きな収入が入りそうなので支払えると思います。それも彼女達のおかげですけどね」
「……」
店主は耳を傾け頷くが何も語らず。こちらの話を聞いているのは分かるので、返答はなくても何も問題はない。その後は事務所から見えない位置にリタが動いたので、私も監視のために場内へ。
私に気が付き、一旦手を止めて近付いてくるリタ。
「今回だけでエンジン以外は揃いそうです。でも一旦バラして、あの車用にリタが作り変えるですよ。リタ仕様にしてや……る、と思ってたですけど……」
最後に思い出したように私に遠慮をしたな。自分だけが突っ走っている事に気が付いた様子で、バツの悪そうな顔をしている。
「ははは、俺はリタに託したんだからな。直すんだろ? ならば遠慮はいらないよ」
「……色々と変わっちゃうですよ?」
「あの車に染み込んだ、俺や家族や住人との記憶は変わらない。まあ、あと何年乗ってやれるかは分からないけれどな」
じっと私の顔を見つめるリタ。探っているというのではなく、真意を見極めているという感じだな。
「……長く安全に乗れる事を優先するです」
長月荘に帰宅した所で時刻は昼の二時を過ぎていた。ナオは先にカフェに行っており、サイキはエリスと共に、私とリタを待っていたようだ。そしてエリスを私に託し、リタと共にカフェへと向かって行く。
「一息ついたらエリスもカフェに行ってみるかい?」
「か、かへですね……」
ああ懐かしき平たい発音。姉妹で同じ事を言うとは思わなかった。これは後でリタに相談しなければな。そうだ、ついでだから小学一年生の勉強道具一式をまた揃えよう。何かあの頃をもう一度なぞっているようで懐かしい気持ちになる。
さてと商店街へと出発。三人とならば十五分ほどだが、エリスの足だと二十分ほど掛かった。到着するとやはりエリスは注目され、その度に私の後ろに隠れる。肉屋の前を通ると、ナオやリタと同じくサービスとして牛肉コロッケを一つ貰った。歩きながら熱そうに頬張るエリスの表情は笑顔で溢れている。そして無事にカフェに到着。
「いらっしゃ……エリス! 来たんだあ」
私の手を離れサイキに抱きつくエリス。本当にこの子はお姉ちゃん大好きなのだな。私はいつものを頼み、エリスを座らせてはしこちゃんとの談笑を始める。
「さっき話聞いたわよー。本当にちっちゃいサイキちゃんね。あ、今回だけフロートをオマケしてあげるわよ」
「そういえばエリスには食の好き嫌いはあるのかい?」
「うーん……何でも食べられます。好きなのは、おねえちゃんからもらったキャンディかな」
嫌いな食べ物がないのは助かるが、この歳の子ならば多少の好き嫌いがあっても当然なのだから、少し無理をしていないかとも思ってしまう。そして好きな物はキャンディか。サイキからもらったという事は、あの棒の付いた奴だな。帰りに買ってあげよう。
「おまたせしましたあ」と満面の笑顔でサイキが持ってきたのは私のコーヒーと、エリスにはサービスのコーラフロート。何物かと凝視していたエリスだが、一口で虜になった様子。そうだ、エリスの勉強にサイキの使っていたものを再利用する手があったな。
「うーん、かなり書き込んでいるから、新しく買った方がいいと思うよ。勉強は見てあげられるけどね」
しかし後ろにいたナオからツッコミが入る。
「あんたは自分の宿題を終わらせなさい。私が見てあげるから」
「お前まさか冬休みの宿題終わらせてないのか? 弛んでるなあ」
「い、いや、ほらその、色々あったから、ね?」
まあ確かに色々とあったのは紛れもない事実だが、だからと言ってそれを理由に宿題を疎かにするのはいかんぞ。一方その”色々”の主役であるエリスは、我々の話など耳に入っておらず、とても満足そうにフロートを食しておられる。
「また来ていいですか?」
との事なので、今度からはエリスの分はお姉ちゃんにツケてもらおう。
のんびりとしていたら雲行きが怪しくなってきた。これはさっさと買い物を済ませて帰るべきかな。エリスはいまいち状況を分かっていない様子なので説明。悪天候になると侵略者が出てくるという話をすると、すぐに理解したようで帰ろうと私の袖を引っ張った。
「でも買い物もあるからなあ、なるべく早く済ませるか」
店を出るが、エリスの怖がり方がどうもおかしい。トラウマと言うよりは本能的に逃げたがっているように見える。仕方がないので買い物は後で三人にしてもらおう。
濡れる前に帰宅。エリスは私に張り付いて離れなくなっている。どうも極端な気がする。
「やっぱり怖いか?」
「怖い……うん。でももっと、何ていうか、嫌なんです。ぼくもよく分からないけど、見つかっちゃいけない気がするんです」
うーん、もしもエリスの中に隠されていた情報を、例の侵略派とやらが消したがっているとするならば、そしてそれを直感的に感じ取っているのであれば、エリスの言う見つかってはいけないという言葉にも信憑性が出てくる。考え過ぎという気もするが、しかしここは子供のカンに従い、警戒をしておくべきだな。
そうだ、三人に連絡をしておこう。食材の買出しと、今のエリスの状況を説明する。とりあえずは話をつけやすいナオだな。
「……分かりました。確かに、自分達への反撃を恐れて、その証拠であるエリスを抹殺しようとしてもおかしくはないわね。サイキとリタには私から説明しておきます。晩御飯の買出しは任せて」
ナオならば上手くやるだろうな。数分後折り返しサイキから連絡。やはり心配したか。
「エリスは?」
「俺にくっ付いてるよ。ほらエリス、お姉ちゃんからだ」
電話を渡すと何度か頷いている。そしてまた私へ。
「工藤さんがいるから大丈夫だと言い聞かせておきました。わたしも不安ではあるけど、ならば片っ端から倒すまで、ですよね」
「ああ。ただし無茶はするなよ。しっかり考えて行動するようにな」
実際に侵略者がどう動くのかは、その時にならないと分からないな。
そしてその時はすぐに来た。三人から電話があり、パソコンを起動し早速青柳も呼ぶ。時刻は夕方五時を回り、外は暗くなってきている。エリスは状況を察し私の手を強く握り締め固まっている。
「西の端に一体、その近辺に更に一体。どっちも中型で青と灰色。……エリスはどうしてますか?」
「俺の手を握って固まっているよ。距離はあるから問題ないだろうが、奴らが少しでも妙な動きをしたらすぐに報告よろしく」
配置はサイキとリタが灰色へ、ナオが青鬼へ。エリスは私の手を尚も強く握りながら、それでもパソコン画面からは目を離さずしっかりと見つめている。
サイキとリタが灰色の現場に到着、ほどなくナオも青鬼の現場に到着。
「わたしのエネルギー、やっぱりまだみたい。リタメインで行ってくれる?」
「任せるです。サイキは気を逸らす事を重視です」
サイキのいない間の分析を担当しただけあって、リタの判断が早くなっている。怪我の功名だな。
「こっちは有無を言わさずさっさと終わらせるわ。周囲は何もないからやりたい放題よ。終わったらすぐ合流するからね」
旗付きを出し、文字通り有無を言わさず突っ込んで行くナオ。そしてあっさり一振りで青鬼を撃破。
「どうよ、エネルギーが使えればこれくらい出来るものなのよ。……微生物ちゃん達ありがとうね」
「はっはっはっ、エネルギーの元にも感謝するとはな」
「当たり前よ。よくは分からないけれど、その微生物のおかげで私達は滅亡せずに済んでいるんだからね。言わば命の恩人」
とするならば、私からも感謝をしなければな。
一方灰色相手の二人だが、サイキは防戦に徹し、一撃をリタへと託す。サイキの肩越しから飛び出したリタの64式の連射により蜂の巣にされる灰色。こちらも問題なく撃破だ。
「リタの銃弾が発射出来るのもエネルギーがあるおかげです」
「わたしが防壁を張れるのもね。改めてわたし達は、自分の知らないうちに色んな人や物の恩恵を受けているんだなって思う」
そこへナオが到着。三人でカフェへと戻って行く。
「すっかり私は無用になっていますね」
と寂しそうな青柳。どうだ私の寂しい気持ちも少しは分かったか。