疾走戦闘編 14
次は我々の出番。リタが立ち上がり、私からパソコンを受け取ると壇上へと上がる。
「えっと、この画面をスクリーンに映せるですか?」
という事で用意をして、大型スクリーンに私のパソコンの画面が映し出される。
「エロ画像はないだろうな?」
「そんなもんあるか!」
とジジイコンビの冗談はさておき、リタがパソコンに触っていると、映像ファイルが作られた。色々出来るんだな。
「これから一つの映像を見せるです。この映像は、エリスをスキャンした際に発見した映像で、体内に隠されていたものです。それと、これを託されていた事自体をエリスは知らないはずです」
「うん? つまり情報漏洩を防ぐために、秘密裏にエリスの体内に映像が隠されていたっていう事か?」
「そうです。そしてこの映像を更に漏洩させないために、工藤さんのパソコンを持ってきてもらったです。先に断っておくですが、音声はリタが翻訳して編集で後付けしたものなので意訳も含まれるです。……再生するですよ」
皆一様に緊張をしている。映し出されたのは一人の女性だ。白い肌、白い髪、瞳もかなり色が薄い。背景には何もなし。屋内撮影だろうか。それ以外の情報は映像からは汲み取れないな。
「初めまして。この映像を見ているという事は、あなた方の世界は今、私達の手により、侵略行為を受けている事でしょう」
「え!?」「ちょ、こいつが親玉!?」
「しーっ、静かに」
思わず驚愕の声を上げる二人を静める。女性の声はとても清楚で穏やかで優しそうだ。音声は後付けだそうだが、恐らく声自体は本人のものだろう。
「今私達の世界は、一つの大きな問題に直面しています。それが過密問題。私達の世界は狭く、文明技術が進むにつれて寿命が飛躍的に延びた事もあり、極端に人や物の多い過密世界へと変貌しました。人工の惑星を作るに至ってもまだ足らず、既に惑星ですらも過密状態であり、新たな惑星の追加など出来ない事態へと陥っています」
「人工で星を作るって……」
誰からともなく声が漏れるが、それは確実に我々の世界の住人からだ。
「そこで私達が考え出したのが、別の世界に移住、入植する事でした。元々空間把握能力に対して秀でている私達の技術さえあれば、惑星ごとの空間転移は造作もない事。そして別の世界への転移もそう難しくはなく、この計画に異を唱える者は誰一人いませんでした。こうして私達は、この世界からの開放計画を発動しました。まず最初にやるべき事は、相手世界の状況を探る事。最初に選ばれた世界は戦乱が絶えず、とても入植地として適しているとは言えませんでした。これが原因となり、私達は極端に死への恐怖を抱きました。そしてこの経験を生かし、別の計画を発動させる事にしました」
「恐怖から来る行動と言えば、一つしか考えられませんよね」
静かに話す久美さんの言葉に、我々は不安を覚えずにはいられない。
「次なる私達の計画、それは、相手世界の先住民を根絶やしにして死の危険性を排除、惑星を整理し、自分達にとって最良の環境を整えた上での、万全の体制を取った上で入植を開始するというものです」
「なんて事……」
静かに聞き入るサイキに対し、ナオは怒りの表情だ。手を強く握り、今にも机を叩き壊しそうだ。
「事前の調査により、移住先の世界を十の候補から二つに絞り込みました。一つは大きく構築され、他愛もなく駆除の可能な世界。一つはとても広大に構築され、力はあっても疎らで稚拙な世界。私達は死ぬ事、即ち力の存在を極端に恐れ、そして最終的に前者の世界を移住先としました」
「お前達の世界の事だな」
目線を外さずに頷く二人。サイキとナオ。
「計画は第二段階へと移行。世界を浄化するという目的のために作られた人形を送り込みます。人形は全部で二十四種類。それを以って宣戦布告とし浄化計画を開始しました。およそ十年で計画は九割完了。しかし最後の一つの惑星が抵抗を続けました」
「わたし達の星だ」
「そして時間が経つにつれて、一部にこの計画に反対する者が現れました。自分達の都合を他の世界に押し付け、あまつさえ殺戮を繰り返している。それはおかしい事なのではないか。私達は世界の一部を手に入れ、共存していくだけで良いのではないかと。こうして浄化派と共存派が生まれました。しかし共存派は少数であり、対外圧力によって苦境に立たされています」
いつの世も、やりすぎた行為には反対勢力が現れるものだな。
「侵略開始から幾年月、最後の惑星の抵抗により計画は進まず、業を煮やした浄化派は、更にもう一つの候補であった第二の世界へと、その矛先を向けました」
「俺達の世界の事か」
一層睨むように食い入る”こちら側”の面々。
「ここで、この浄化派の凶行に反対する私達共存派は、反抗計画を立案します。抵抗を続ける彼の世界から、共存派の代行者として力を尽くしてくれる者を召喚し、使役する。そしてこの計画は実行され、浄化派に気付かれる事なく、一人の少女の召喚に成功しました」
「……それがぼく?」
「そうみたい」
唐突に降りかかった自らの重過ぎる使命を理解してか、サイキの腕を掴んで離さないエリス。
「しかし共存派の計画自体は失敗しました。召喚された少女は幼過ぎ、そして目を覚まさなかった。まるで凍りついたように動かず、私達のあらゆる試みにも何の反応も示す事はなかった」
「歳が離れたのはこれが原因か」
リタを見ると頷いた。
「その後、浄化派は別の世界の浄化を開始しました。しかしここで共存派に好機が見えました。第二の世界に対する浄化計画が進まないのです。理由は不明なものの、人形の投入を阻害され、その順番も出鱈目になってしまう。どうにか辿り着いてもすぐに消滅してしまうという有様」
自分達の事であるのは分かるのだが、誰も口を開く事はない。
「そこで共存派は一計を案じました。一か八か、この目を覚まさない少女を第二の世界へと送り込み、高度文明人がこのメッセージに答えてくれる事に賭けました。そして私達共存派こそが正しいと証明するために、私達こそが救世主である事を証明するために、代行者として浄化派を打倒する事を。このメッセージを受け取った諸君には、是非私達共存派の手足となり、共に彼の世界を救おうではありませんか! あなた方にはその使命を与えましょう! さあ我々とともに、救世主となりましょう!」
「……映像は以上です」
我々は浮かんでくる言葉を飲み込み、沈黙が続く。誰もが同じ感情を抱いてはいるのだが、それを表に出すべきか迷ってしまっている。奴らは、どちらにしろ狂っている。
「……リタ、翻訳前の映像持ってるんでしょ。見せて」
まずサイキが動いた。その声はとても今までの彼女とは思えないほどに冷たい。
「いいですけど、特殊な加工が施されていて、リタ達三人しか見られないですよ。工藤さん達はそれでもいいですか?」
「こちらは翻訳版だけでも充分だよ」
頷いたりタの元へ二人が近寄り手を繋ぐ。目を瞑り集中しているようだ。我々とエリスはそれを無言で見守っている。
途中、サイキとナオが同じ瞬間に表情を変えた。明らかに怒りの表情だ。
全てを見終わったと思われる二人が目を開けた。サイキが小さく呟く。
「……リタ、ありがとう。……ありがとう」
憤怒の表情で席へと戻るナオに対して、サイキは動かず、体を震わせている。
ドンッ! と、まるで叩き割るかのような勢いで机に拳を突き立てたサイキ。こんな彼女は見た事がない。泣いている表情ならば何度も見てきたが、ここまで激怒の表情は、ただの一度も見た事がない。
「あいつら全員殺す。わたしの家族に手を出した事、後悔させてやる」
小さく呟きながらも、今までとは比べものにならないほどに殺気立つサイキの様子に、我々の見た映像は、リタによって表現をかなり薄められ、エリスが見ても大丈夫なように加工している事が理解出来た。
次に動いたのはナオだ。こちらも大きく強く机を叩く。
「……によ、なによなんなのよこれは! まるで私達が害虫のように扱われているって事じゃないの! 人の命を何だと思っているのよこいつら!」
怒りの表情を浮かべるナオの瞳からは、涙が零れ落ちる。
「……リタ、すまなかった」
私の言葉に、表情を崩しながら抱きついてくるリタ。私は背中をさすり、頭を撫でてやると、リタは静かに頷く。そうか、昨日何故早急にこの件を片付けたがったのか。自分の世界を蔑ろにされたこの鬱憤を、早く解消したかったのだな。
「……ぼくのせいなの?」
「いや、エリスは何も悪くはないよ。むしろ俺達に最後の倒すべき相手を見つけさせてくれた。来てくれてありがとうな」
気付くと癖でエリスの頭を撫でている。しかしエリスも満更でもない様子だ。よし、ならば今度からは存分に撫でてやろう。
「ただでは済まさない。あいつらは越えてはいけない一線を越えた」
「サイキ、私もあいつら全員ぶっ殺してやるわ! 何倍にもして返してやる!」
「リタも手を貸すです。あんな下劣な連中、殲滅してやるですよ」
まるで私の知らない三人がそこにいる。温和なサイキが、優しいナオが、冷静なリタが、怒りに我を忘れそうになっている。
「ダメだよ!」
私ですらどうなだめていいものかと困惑していたのだが、一番幼いはずのエリスが三人を叱り始めた。。
「おねえちゃんたち何かおかしいよ! そんな事をしたらダメ! ぼくにはよく分からなかったけど、ぼくたちみたいな人を増やすのは、ぼくが許さないよ!」
エリスの力強い叱咤に、三人の表情から力みが薄れていく。
「……ごめんなさい。そうだね、こんなのわたし達らしくない。わたし達はあいつらとは違う。力で捻じ伏せるんじゃなくて、相手に考えさせるんだ」
「そうね。無血による解決を目指しましょう」
ようやく柔和な表情に戻った。エリスの力は凄いな。
「ただし、今までを許す事は絶対に有り得ないです。リタ達の世界から消えた全ての命を背負わせるです。何千年でも、何万年でも、ずっとです」
「うん。例えエリスに何と言われようと、それだけは譲れない。わたしやリタが背負っているものを、あいつらにも背負わせる。じゃないとこの戦いは終わらないし終われない。終わらせてはいけない」
ようやく三人が席に戻った。溜め息を吐き、話を次に進めよう。
「所でリタ、出てきた情報はこれだけか?」
「……あともう一つ。資料として侵略者、向こうで言う人形の設計図が入っていたです。詳しくは言えない事ですが、侵略者の稼動エネルギーと、リタ達の使うエネルギーはほぼ同一である事が判明したです。そしてこのエネルギー元は実は、生物です」
「え?」「どういう事?」
疑いの表情の二人。会話に付いていけている私も疑っている。
「リタ達の使うエネルギーには、リンカー等の小さな機械に使うものと、FAや翼に使う大出力のものとがあるです。今更ですが、小さなものに使うエネルギーは回復させる必要がないです。というのも、人間のカロリーを電池として使用しているので、ご飯を食べれば充電完了になるです」
「あ、だからエネルギー空っぽでもレーダーは使える訳か」
頷くリタ。二人もそこは知っているようだ。
「問題は大出力のエネルギーですが、これは実は世界の狭間に生息する、微細な生物が作り出すものである事が分かったです。そして、侵略者に使われるエネルギーも同一の生物由来のものです。唯一違うのは、リタ達はエネルギーを分け与えてもらっている状態で、侵略者はこの微生物から、強制的にエネルギーを吸い出しているという事です」
「じゃあわたしのエネルギー回復が停止したのって、本当に意思が働いていたっていう事?」
「そういう事です。微生物が何らかの方法で意思疎通を図り、サイキにだけエネルギー供給を停止させたという事です」
「そうなんだ……わたし、そんな生物すらもがっかりさせちゃったんだね」
少し顔が下がるサイキ。気にするなと言うほうが無理があるか。
「しかし、エリスのおかげで本当に大きな収穫が手に入ったな。倒すべき敵が見えた。その理由も見えた。ゴールが見えたんだ。まだまだ遠くて掴めないけれど、俺達には進むべき道がはっきりと見えたんだ。それはエリスの事で早とちりしたナオを防いだ、サイキの手柄だよ」
「……そうね。サイキ、私あんたに言っていなかった事があるわ。……ごめんなさい」
「ううん、ナオの言った事は間違ってないよ。ただ少しすれ違っただけ」
「そう言ってくれると助かるわ」
ナオとサイキは微笑み合う。
「……あ、ははっ、エネルギー少し回復した。ちょっと認めてもらえたのかな」
「また100%使えるように頑張れよ」
「うん! 今度は私達の世界と、この世界と、エリスのためにも頑張らないと!」
その意気だな。
「リタ、他には?」
「……それだけです」
最後の最後で私から目を逸らした。つまり他にも何か掴んでいるのだが、隠しておくべきだと判断したという事だな。リタがこういう判断を下した場合、今までの経験上、そのままにしておくべきだ。従ってそれ以上は追求しない事にした。
ここで一旦解散。私と四人と青柳と渡辺は一時待機。他の五名はそれぞれ四人に挨拶をして帰って行った。